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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年9月
289/506

制札事件

「三条大橋のところにある制札を守れ」

 土方さんに呼び出されたと思っていたら、そう言われた。

「三条大橋のところにいる制札と言う人ですね」

 顔がわからないけど、三条大橋にいるその人を守ればいいんだな。

「人じゃねぇ」

「制札だよ、制札」

 横に座っていた原田さんがそう言った。

「まさか、制札がわからねぇとかって言うんじゃねぇだろうな?」

 土方さん、いくらなんでもそこまでばかじゃないですよ。

 この時代に来て早三年ぐらいたつ。

 巡察で毎回のように通る三条大橋。

 人通りも多いので、そこに制札もたくさんある。

「お知らせとかを書いてある木で出来た札ですよね」

「おお、よくわかったな」

 土方さんと原田さんに拍手されてしまった。

「ありがとうございます」

 そんなにほめられるとうれしいな。

「遊んでいる場合じゃねぇんだ」

 土方さんが真顔に戻った。

 なんだ、遊んでいたのか?

「これは昨日今日始まった話じゃねぇんだよ」

 なんか、そんな事件があったよなぁ。

 歴史で。

 土方さんの話によると、先月末に長州は朝敵だ!みたいなことをが書いてある制札が、わざわざその文字を黒く塗りつぶして川に捨てられていたらしい。

 それでもう一回新しくして建てたらしいんだけど、また捨てられていたらしい。

 というわけで新選組の出番になったらしいんだけど……。

「動いてないですよね」

「制札が動くかっ!」

 なんか物を、しかも単なる制札を守れって言うのもどうかと思うんだけど……。

「もう一回建て直すとかしたほうがいいんじゃないですか?」

 そっちの方がいいと思うんだけど……。

「要は、幕府の権威をたもちたいんだろ」

 原田さんがそう言った。

 ああ、そう言う事か。

 長州征伐で幕府が負けたため、幕府の権威は落ちるところまで落ちている。

 そんなときに、長州のことを書いてあるものが川に捨てられた。

 ここで黙っていたら、幕府もやられたい放題になってしまうだろう。

 幕府から見たら小さいことだけど、制札を守りたいんだよね。

「わかった。制札を壊した犯人を見つけてくりゃいいんだよな」

 原田さんがそう言った。

「犯人を捕まえるのですか?」

「ただ守っているだけなら、他の奴にもできるだろうが」

 確かに、土方さんの言う通りだ。

「わかりました、まとめます。制札がたびたび壊されるから、制札を壊されないようにしてほしい。ついでに犯人も捕まえて来いってことですね」

「おい、ついでは余計だろう」

 あ、すみません。

「で、いつから行けばいいんだ?」

 原田さんが土方さんに聞いた。

「今夜から頼む」

 えっ、今夜からなのか?


 この制札を守るために、新選組の隊士三十人以上がかかわることになった。

 たかが制札一つにこんな人数……。

 今のところ、制札に異常はない。

「これ、制札を強化すれば抜けないんじゃないですか?」

 木で作っているからすぐに壊れるんだよ。

 鉄か何かで作れば頑丈だし壊れないと思うんだけど。

 ツンツンと制札を突っついてみた。

 突っついただけなのに、グラグラと制札がゆれた。

「ほら、こんなのすぐ抜けちゃいますよ」

 軽く抜く真似をしてみたら、なんとスポッと抜けた。

「あ、蒼良そら……」

 原田さんが私を指さして固まっていた。

「あ……」

 私も、抜けた制札を片手で持って固まっていた。

「制札を抜いたやつを見つけたぞっ!」

 そんな声が聞こえ、ゾロゾロと隊士があちらこちらから出てきた。

 あれ?どこにこんなにたくさん隊士が隠れていたんだ?

「見つけたぞっ!」

 他の隊士に私は指をさされた。

 って、私か?

「いや、こいつは違う」

 原田さんが私をかばって言ってくれた。

「ちょっとさわったら抜けちゃったのですよ。わざとじゃないです」

 私も慌てて制札を土にさしてたたせた。

 しかし、なかなかたたない。

「とにかく、制札は元に戻すから、各自持ち場に戻れ」

 原田さんが隊士たちを追い払ってくれた。


「これで大丈夫ですね」

 原田さんが近所から土を掘る道具を借りてきてくれたので、それで土を掘って制札をたてなおした。

 今度はちゃんと深く掘ってたてたから、ちょっとしたことでは抜けないぞ。

 実際引っ張ってみたら、抜けなかったから大丈夫だった。

「それにしても、制札を抜いただけであんなに人が来るとは思いませんでしたよ」

「隊士たちも気合が入ってんだろう」

 そんな話をしながら持ち場に戻った。

 私は原田さんと行動を共にし、制札所から南側にあるところで待機していた。

 他に制札所から東の方向に大石さん。

 この人は人斬り鍬次郎と呼ばれていて暗殺をメインでやっている人だ。

 西の方向には新井さんというやっぱり新選組でもやり手の人だ。

 何かあったら知らせる役目として、物乞いに変装している橋本さんと浅野さんという隊士がいた。

 というわけで今回の作戦は、制札に何かあった場合、物乞いに変装している橋本さんと浅野さんが大きな声を出すなりして知らせ、そして三方向からせめて犯人を捕まえると言う。

「短時間で制札を抜き、書いている内容を墨で塗りつぶすまでやるのは一人じゃできないだろう。多人数の仕業だな」

 原田さんが制札の方に耳をすませながらそう言った。

 いつ声が上がっても飛び出せるようにだろう。

「そこまでわかるのですね」

「一人だったら、やっているうちに見つかるだろう。多人数でさっさとやったから目撃者もいないんだ」

 なるほど。

 で、確か……。

「犯人は、土佐の人でしたよね」

「えっ、そうなのか?」

 え、そうなのか?

 って、私、今、自分で犯人は土佐の人って言ったよな。

「蒼良、犯人を知っているのか?」

 原田さんは、制札の方を見てではなく、私の方を見て言った。

 この事件、知ってたわ。

 今まで忘れていたけど。

 そうよ、犯人は土佐の人なのよ。

「誰かまではわかりませんが、土佐の人だったと思います」

 原田さんは私が未来から来たことを知っているので、そんなに驚かなかった。

「土佐の人間か」

「ただ、ほとんど逃げられちゃうのですよ」

 確か、八人中六人に逃げられたのだ。

「なんでだ?」

「すみません、そこまではわからないです」

 なんで逃げられちゃうんだろう?

 ああ、もっと新選組のことを勉強しておくべきだった。

「でも、報奨金がかなり多くもらえるのですよ」

 それだけは覚えていた。

 土方さんに言ったら、

「そんな事ばかり覚えてやがって」

 と怒られるところだけど、原田さんだったので、

「そいつは楽しみだな」

 と、ニコッと微笑んでくれた。

「じゃあ、報奨金をもらったら、蒼良と飲みに行くか」

「あ、いいですね」

 うふふ、お酒が飲める。

 楽しみだなぁ。

 ぜひとも犯人を捕まえなくては。

 変に気合が入った私だった。


 しかし、この日は何もなかった。

 何事もなく朝日を拝み、そのまま屯所に帰ってきた。

 ずうっと動かない制札を見張っていると言うのも疲れるなぁ。

 何もしないと言う事自体がつかれるのだ。

「疲れているようだな。大丈夫か?」

 部屋に帰ってきたら土方さんからそう言われた。

「なんとか大丈夫です。今夜もきっと犯人は来ませんよ」

 今思い出したんだけど。

「いつ来るんだ?」

「見張りを初めて三日目に来ると思います」

 確かそうだと思った。

「それなら明日くるか」

 そう言うことになる。

「というわけで、明日みはれば大丈夫ですよ」

「ばかやろう。そう言うわけにもいかんだろう。会津藩から直接言われてるんだからな。手は抜けねぇよ」

 そ、そうなのか?

 明日みはれば大丈夫だから、今日は休もうと思ったんだけど。

「お前がつらいなら、休んでもいいぞ」

 でも、私だけ休むわけにもいかないだろう。

「大丈夫です。今日もみはります」

「頼んだぞ」

 今夜も見張るのかぁ……。


 二日目の夜も何事もなかった。

「やっぱり、来るのは今夜なのか?」

 朝日に照らされた制札を見ながら原田さんが言った。

「そうですね。三日目の夜、今夜ですね」

「今夜けりがつけばいいが。他の隊士たちの体力も限界だろう」

 確かに。

 他の隊士たちもここ数日は昼と夜が逆になった生活をしている。

 普段と違う生活をすると言う事も疲れる要因になっているようで、私たちも疲れているけど、他の隊士たちの疲労度もかなり大きかった。

「今夜けりがつかなければ、交代してもらうしかないな」

 交代とかがあれば楽だろう。

 でも、今夜で決まるだろう。

「大丈夫ですよ。今夜けりがつけると思いますから」

 未来を少し知っているとちょっと楽だなぁと思った。


 そして三日目の夜。

 今までと同じように見張った。

 今までと違うのは……

「蒼良、飲むか?」

「あ、いただきます」

 原田さんに出されたお酒を飲んだ。

 そう、お酒があるのだ。

 九月、現代になおすと十月の夜。

 ふるえるほどの寒さではないものの、じいっとしていると少し肌寒くなる。

 そこで出てきたのがお酒だった。

 原田さんから、

「寒いからちょっと飲んで体を温めろ」

 と言われたのだけど、さすがに勤務中だから、

「いや、大丈夫です」

 と、一度は断った。

「大丈夫だ。一口ぐらいなら飲んでも支障はないだろう? 体も温まるし」

 もう一回原田さんに言われ、一口ならいいかと思い、いただいた。

 もちろん、一口でおさまらなかったんだけどね。

 と言う事で、お酒を飲みつつ楽しい見張りになっている。

 気がつくと、他の隊士たちも飲んでいて、空になった大きなとっくりがあちらこちらに転がっていた。

 今夜現れると言うのに、これで大丈夫なのか?と思いつつ、お酒の誘惑には勝てない。

 でも、お酒は入っているけど、見張りはしていた。

 現に原田さんもちょっと物音がすると手を止めて見ていた。

 そしてその時がやってきた。

「来たぞっ!」

 原田さんが槍をもって出た。

「え、来たのですか?」

「さっき声が聞こえた。間違いない」

 原田さんはかけだしていた。

 三条大橋の上では数人の男たちがいた。

 その中の一人は制札を持っていた。

 間違いない、こいつらが犯人だ。

 間もなく、新井さんたちも逃げる男たちを止めるような感じで出てきてくれた。

 これで半数以上も取り逃がすなんてないでしょう。

 八人対二十数人になっている。

 これで大石さんたちも来てくれたら完璧だろう。

 そう思っていたけど、大石さんたちはなかなか来ない。

 あれ?

 ふと見ると、物乞いに変装していて、何かあった時に大石さんを呼びに行く役目があった浅野さんが橋の上の乱闘を見てふるえていた。

「浅野さん、大石さんを早く呼びに行ってくださいっ!」

 相手は八人しかいなかったけど、新井さんたちも原田さんたちもお酒が入っていた。

 だから酔っ払ってどこかふらふらとしたような感じで動いていた。

 これなら逃がすはずだよな。

 って、なんで知っていてお酒飲んじゃったんだろう。

 早く大石さんたちが来なければ、ほとんど逃げてしまうっ!

「浅野さんっ! 早くっ!」

 ようやく逃げるように動き出した浅野さん。

 しかし、時は遅かったみたいで、大石さんが知らせを受けてかけつけた時は、ほとんど逃走して行った後だった。

 それでも一人を斬り、一人を捕縛した。

 半数以上逃げられたけどね。


 朝になり、捕縛した人を調べた結果、土佐藩の人間だと言う事が判明した。

「一人は怪我が重かったようで、土佐藩邸で自害した」

 土方さんがたんたんと教えてくれた。

「よくやった」

 その後にそう言った。

「でも、半数以上も逃したんだぜ」

 原田さんが悔しそうにそう言った。

「しかし、犯人が誰かわかったから、会津藩の面目も保てた」

 そ、そうなのか?

 土方さんに報告後、原田さんと一緒に部屋を出た。

「酒さえ飲んでなければなぁ」

 原田さんがそうつぶやいた。

「すみません」

「蒼良が謝ることじゃないだろう。俺が飲めってすすめたんだし」

「私と一緒に飲むと、一緒に飲んでいた人は飲みすぎてしまうらしいです」

 これはよく言われることだ。

 それを聞いた原田さんはあははと笑った。

「それは蒼良のせいじゃないだろう。勝手に飲みすぎる奴が悪いんだ」

 そ、そうなのか?

「だから、今回も自分の飲む量を管理できなかった俺が悪い。蒼良はそんなこと気にするな。それに……」

 そう言うと、原田さんの顔が私の耳に近づいてきた。

「どうせ飲むなら、そんなこと気にせずに楽しく飲みたいだろ?」

 と小さい声で言ってきた。

 私はコクンとうなずいた。

「楽しく飲めればいいんだ。他人のことまで気にすることないさ」

 原田さんは優しく私の背中を叩いた。

 その言葉で少し心が軽くなった。

 ありがとうございます、原田さん。


 その後、橋の上でふるえていて大石さんを呼びに行くのを遅らせてしまった浅野さんは、隊に居ずらくなってしまったようで、翌年に隊を後にするのだった。

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