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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年8月
287/506

山崎さん帰京

 長州征伐は、家茂公の死亡で総督が逃亡するなどし、幕府の士気は落ちるところまで落ちた。

 近々、幕府が宮島に来て停戦へ向けた会談をするらしい。

 小倉口以外の戦場では、まだ会談が行われていないのにもかかわらず、戦は終わっていた。

 小倉口だけは、まだ戦闘をしていた。

 今回の長州征伐では、小倉藩だけが士気が高かった。

 しかも、小倉藩は自分の領地がとられるかもしれないという状態だから、否が応でも士気は上がるだろう。

 ただ、他の場所の戦闘が終わっているのに、小倉口だけが戦闘中というのもどうなんだ?と思うが。

 負けるのも時間の問題なんだろうと見ている。

 とりあえず戦闘が終わったので、私は長州の店をまかせられていた鴻池の人たちと再び長州の地を踏むことになった。

 局長から帰って来いと言う命令がないので、今まで通り長州に潜入して捜査した方がいだろうと思った。

 鴻池家の長州の店は無傷だった。

 ここ以外の長州の萩城周辺の店もみんな無傷だった。

 長い間留守にしていたので、それなりのほこりはたまっていたので、帰ってくるなり大掃除が始まった。

「あんたは京へ帰ったと思ってたよ」

 私の事情を知っている番頭さんが、掃除をしながら私に話しかけてきた。

「帰って来いと言う命令がないので」

「そりゃ大変だね。あんたの仕事も楽な仕事じゃないね」

 番頭さんのその言葉に何も言えず、笑顔で返したのだった。

 

 夕方になったら掃除が終わり、とりあえずこれで生活できそうだと言う状態になった。

 店も、再び始めることが出来るだろう。

 それを確認した後、海を見に行った。

 ちょうど日が沈むところだった。

 蒼良そらさんがいた時は、毎日のように夕方になると海を見に来ていたなぁ。

 ちょっと前のことなのに、あの戦闘を見た後なのか、だいぶ前のような感じがする。

 あの時は平和だった。

 幕府が負けるかもしれない。

 それはなんとなく思っていたが、まだかもしれないという段階だった。

 まさか、本当に負けるとは思わなかった。

 表向きは停戦という事で、今のところ勝ち負けはないと言う事になるだろうが、誰がどう見ても、幕府が戦に負けたと言う事実は変わらない。

 たかが一つの藩相手に、多藩でしかも兵力もあった幕府が本当にまけてしまうとは思わなかった。

 やっぱりと思うものの、その事実を受け入れることが出来ないでいた。

 夕日が海に近づいてきた。

 そのたびに海の色が赤く変わっていく。

 夕日が沈んだら、海の色は刻々と変わり、やがて夜の色になっていく。

 この様子が綺麗だと蒼良さんが言っていた。

 だから、毎日見に来ていた。

 あの時はなんて平和だったんだろう。

 蒼良さんがいた時だって、戦前だったから平和と言える状態ではなかったはずだ。

 でも、蒼良さんがそこにいたって言うだけで平和だと思えた。

 今、蒼良さんは何をしているのだろう。


 次の日から、戦前と同じ仕事を始めた。

 表向きは、長州藩への借金の取り立て。

 しかし真の目的は、潜入捜査。

 長州藩が今どういう状態にあるのか捜査をする。

「戦がひと段落ついたと思ったら、また来たな」

 久しぶりに長州藩の人間にあった。

 彼は私の顔を見て迷惑な顔をすると思っていたが、そんなことは全然なかった。

 むしろ、懐かしそうに話しかけてきた。

「久しぶりだな。どこに避難していた?」

 借金の取り立てに来ている私にそう話しかけてくると言う事は、返す気がないのだろう。

「広島の方に」

 私も、まさか戦場を渡り歩いていたとは言えないから、鴻池家の人たちが避難していた場所を言った。

「そうか。幕府の方にいたのだな」

 しまった。

 広島は幕府側の陣地だ。

 別な場所の名前を言った方がよかったか?

「お前も長州が負けると思っていたのだな。だから幕府の陣地に避難していたのだろう? 広島よりこの地が一番安全だったぞ」

 要は、自分たちが勝ったと言う事を自慢したかっただけだったらしい。

「幕府相手にここまで勝とは思わなかったので。あの時はとにかく安全な場所に逃げることで必死だったもので。ああ、あなたの言う通り、ここにいたらよかったですよ」

 そんなこと、考えもしなかった。

 しかし、自分を守るためにスラスラと言葉が出てきていた。

「あれだけ強い武器をそろえて幕府を追い払ったんだから、こちらに払うものも揃っている事でしょう?」

 揃っているわけないだろう。

 口でそう言いながら心の中では逆のことを思っていた。

 自慢している藩の人間をちょっといじめたくなりそう言ってみただけだ。

「こっちだって、今回の戦で火の車なんだ。返せるわけないだろう」

 藩の人間は、堂々とそう言った。

 もう返す気がないのは明らかだった。

 しかし、ここでつながりを切るわけにはいかない。

「返してもらうまで、また通わせてもらいますよ」

 私はそう言ってその場を後にした。

 藩士のチッという舌打ちが聞こえてきた。


 萩城の中を歩き、いつも出入りしている門にたどり着いた。

 門を出る時、ふと振り返った。

 ここで奇兵隊が訓練していたなぁ。

 高杉晋作の生き生きとしていた顔を思い出した。

 最後に会ったのは、小倉口での戦の後だ。

 燃える小倉城を見ながら話をしたのだ。

 その時に彼は血を吐いた。

 労咳が悪化していた。

 それから休養しているという噂を聞いた。

 彼、高杉晋作はまだ生きているのだろうか?

「おい」

 不意に声をかけられた。

 振り向くと、知っている顔がいた。

「桂小五郎」

「残念だが、それは昔の名前だ。今は木戸準一郎だ」

 その名前を言いたかっただけなのか?

 名前が変わったところで、人間は変わらないだろう。

 私は京でこいつを何回も追いかけた。

 逃げの小五郎とまで呼ばれ、逃げ足の速いやつだ。

「そんなお人が私に何の用ですか?」

 私のことはばれていないようだ。

 そ知らぬふりをして私は聞いた。

「お前は新選組の山崎だな」

 なんで知っているんだ?

 刀に手をかけようと思い、腰に手を持って行ったが、今の自分は商人だ。

 刀をさして歩いているわけではなかった。

 だから腰には着物の帯があるだけだった。

「安心しろ。それを藩に報告しようとか思っていない。今日は高杉に頼まれてお前に会いに来た」

 高杉?

「何かあったのか? もしかして……」

 亡くなったのか?

 あの血の吐き方から見ると、彼の命はもう長くはないだろう。

「いや、大丈夫だ。今、桜山という場所で静養をしている」

 そうか、よかった。

 敵なのに、無事を知って安心してしまった。

「高杉がお前に会いたいそうだ」

 本当なのか?そう言って私を捕まえるつもりでいるんじゃないのか?

「そんな顔をするな。今はお前に手を出すつもりはない。ましてや高杉が呼んでいる人間に手を出せるわけないだろう」

 それはわからない。

「まだわからないようだな。負けた幕府の人間に手を出したところで、今更何も変わらんだろう? それを無駄なことと言うのだ」

 そこまで言うのか?

「桜山まで来い。わかったか? 本当は連れて来てくれと言われていたが、お前が自分で行け。俺に道案内なんてしてもらいたくないだろう?」

 当たり前だ。

「わかった。桜山だな」

「そうだ。お前もわかっていると思うが、あいつはもう長くない。早めに行ってくれ」

 桂……木戸準一郎はそう言うと、去っていった。

 高杉晋作は、もう重症なのか?

 だから、あいつを使いによこしたのか?

 早めに来いと言っていたな。

 

 桜山という場所は、萩から二日ほど歩いたところにあった。

 あれからすぐに出発した。

 自分なりに急いだつもりだったが二日かかった。

 木戸に教えられていた場所に行くと、高杉晋作が庭に立っていた。

 顔が青白く、そして最後にあった日よりやせていた。

 労咳末期の典型的な症状た。

「お、来たか。もう京へ帰ったかと思っていた」

 高杉晋作が私に気がつき、笑顔でそう言った。

「起きていて大丈夫なのか?」

「今日は調子がいいんだ」

 高杉晋作は笑顔でそう言い、私に中に入るように言った。

 部屋に入ると、布団が敷いてあった。

 少し前まで横になっていたらしく、掛け布団がまくられていた。

「座れ。またお前に会えるとは思わなかったぞ」

 私に座るように居ながら、高杉晋作は敷いてあった布団の上に座った。

「私に用があったらしいが、なんだ?」

 私が聞いたら、

「用なんかない」

 と、あっさりと高杉晋作がそう言った。

 ないだと?

「用がないが、お前に会いたかったから呼んだ。それはいけないことか?」

 いけなくはない。

 同じ味方同士なら全然普通のことだろう。

 しかし……

「私はあなたの敵なのですよ。それなのに、こんな簡単に呼んで、私があなたを斬らないとでも思っているのですか?」

「お前は斬らないさ」

 そこまで思える根拠は何なんだ?

「今は刀もないだろう」

 そう言われて、腰に手をやった。

 商人としてここまで来たので、刀はない。

 あっても斬るつもりはなかった。

 ここまで弱ってる人間を斬れない。

 それに、私は高杉晋作が人間として好きになっていた。

 私に彼は斬れない。

「あなたにはかなわないな」

「お前がわかりやすいんだ」

 人からそう言われたのも初めてた。

「お前はいつ京に帰るんだ? 戦も一応終わったしそろそろ帰るんだろ?」

「隊から命令が来ないから、今のところ長州に残っています」

「そうか。でも、いつかは帰るんだよな。女も待っているしな」

 女とは、蒼良さんのことだ。

 蒼良さんが長州にいるときに、高杉晋作も交えて食事をしたことがある。

 話を聞くだけ聞いてさっさと帰るつもりでいたが、いつの間にか話が盛り上がり、夜になってしまった。

「せっかく萩から来たんだから、泊まって行け」

 高杉晋作のその言葉に甘えて、泊まっていくことになった。

 敵の家に泊まるなんて、局長や副長が知ったらどう思うだろうか?

 士道に背いた罪で切腹だろうな。

 

 次の日、高杉晋作のいた桜山を後にした。

 もうこれで会うことがないかもしれない。

 心の底ではそう思っていたが、それを認めたくなかった。

 それは高杉晋作も同じ思いだったらしく、最後はさらばじゃなく、

「またな」

 という言葉で別れた。


 萩へ帰ってくると、文が届いていた。

 局長からの文で、京へ帰って来いと書いてあった。

「やっと帰れるな」

 ため息をつきながらつぶやいた。

 長かったなぁ。

 やっと会える。

 

             *****


「えっ、そろそろ帰ってくるって……」

 突然土方さんが、

「そろそろ山崎が帰ってくるぞ」

 と言ってきた。

 あまりに急なことだったので、驚いてしまった。

「あっ! お迎え。大坂まで迎えに行かなくていいのですか?」

 近藤さんの時は迎えに行ったけど。

「一人で帰ってこれんだろ」

 そ、そうなのか?近藤さんの時とえらい違いだと思うのは、私だけか?

「でも、私の時も土方さんが迎えに来てくれたじゃないですか」

「あれは、お前が一人で帰ってこれるか不安だったからだ。山崎だったら帰ってこれんだろ?」

 た、確かに。

 じゃあ、お迎えはいらないのかな?なんかそれも寂しいと思うけど、ま、いいか。

「巡察に行ってきます」

「おう、行って来い」

 私は屯所の門のところまで出た。

 その時に、遠くからこちらへ向かってくる人影が二つ見えた。

 一人はよくわからないけど、一人は知っている。

 あれは山崎さんだ。

「山崎さーんっ!」

 私は山崎さんを呼びながら大きく手を振った。

 すると、山崎さんがすごい速さで近づいてきた。

 あ、走ってきたんだ。

「そんな急がなくても大丈夫ですよ」

 屯所は逃げませんからと言おうとしたけど、その言葉が言えなかった。

 あっという間に近づいてきた山崎さんに強く抱きしめられていた。

 えっ、突然、なんだ?

「やっと、帰ってこれた」

 山崎さんからその一言が聞こえてきた。

 そうか、長州で戦も見てきたんだもんね。

 私が帰った後も色々と大変だったんだろう。

 そう思ったら、自然と山崎さんの背中に手が回り、よしよしと背中をなでていた。

「お帰りなさい」

 私がそう言うと、

「ただいま」

 と、私の耳元で山崎さんがそう言ったのだった。

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