沖田さんと京都見廻組
「おい、あの坊主、まだ通ってきているのか?」
あの坊主とは、先日、私が西本願寺での罰ゲ……じゃなく、修行で出会った小さい男の子のお坊さんで、色々あってかわいそうに思った私が屯所に連れてきたときに、土方さんに稽古に通って来いと言われた子だ。
お寺の生活にがあわないみたいで、今の生活から抜け出したいと考えているらしく、そのために屯所に稽古に通っているのだけど、今のところ、毎日通っている。
お寺の人に見つからず、しかもすきを見て毎日抜け出してくるのも大変だろうに、楽しそうに通ってくる。
「あいつ、意外と根性があるかもな」
土方さんの言う通りだ。
稽古に通い始めた時は、ほとんど遊びのような感じで稽古していたけど、毎日通ってくるものだから、稽古は息抜きじゃないんだぞという意味も込めて厳しくしてみた。
もう来ないだろうと思っていたら、次の日も普通にやってきた。
「今から鍛えていたら、強くなるぞ。将来が楽しみだ」
その様子を見ていた永倉さんがそう言って喜んでいた。
その日から、稽古も私だけではなく、手の空いている人たちが相手をするようになった。
日によって稽古が厳しかったりし、明日は来ないだろうなと思っても、ちゃんと道場に姿を現していた。
時間は遅かったり早かったりするけど、お寺の人に見つからないようにしてきているので、それは仕方がない。
「あと五才ぐらい年取っていたら隊士にしてやるのにな。まだ隊士にするのには若すぎる」
確かに。
あの男の子は、まだ十才になったかならないかぐらいだろう。
「まだ隊士には早いですね」
「五年後も変わらずにここに通ってきていたら、その時は隊士にしてやろう」
土方さんがそう言ったけど、五年後は隊士にするしないと言っている場合じゃないと思うんだよね。
男の子の将来を思うなら、隊士にしないほうがいいと思うんだけどなぁ。
「おい、何考えこんでいるんだ?」
土方さんが私に聞いてきた。
色々考えていたら、深刻な顔になっていたらし。
「あ、すみません」
まさか、五年後に新選組は無くなっていることを考えていたなんて言えないよね。
「何かあったのか?」
土方さんは心配そうに聞いてきた。
「いや、大丈夫です。あ、そろそろ男の子が来ているかもしれないので、道場へ行ってきます」
逃げるように私は部屋を出た。
道場へ向かって歩いていると、道場から竹刀のバアンッ!という音がした。
誰かが稽古をしているらしい。
もしかしたら、男の子が来ているのか?
そう思って道場をのぞくと、沖田さんの姿が見えた。
あれ?なんで沖田さんが?
安静にしていないといけないのに。
注意しないとっ!
そう思って、私は勢いよく道場へ入った。
「沖田さんっ! 安静にしていないと……」
途中で話が止まったのは、沖田さんの背中の向こうにいつも来る男の子がいたからだ。
「沖田さん、何をしているのですか?」
嫌な予感がして聞いてみた。
「決まっているじゃないか。稽古だよ。け、い、こ」
嫌な予感が当たってしまった。
「聞けば、西本願寺から毎日ここに稽古に通って来るらしいじゃない。だから、僕も稽古してあげようと思ってね」
いや、沖田さんはいいから。
沖田さんの稽古は稽古にならないぐらい厳しい。
というのも、沖田さんは自分のレベルが普通だと思っているからだ。
もちろんそんなことはない。
沖田さんは剣豪と言われているぐらいの実力のある人だ。
その人と同じレベルにあわせられて稽古される方は大変だ。
なんでこんなことが出来ないんだ?と言う事になる。
できなくて当たり前なのだ。
だって、沖田さんしかできないことを要求してくるんだもん。
よって、沖田さんの稽古は修羅場と同じような状態になる。
「お、沖田さん、稽古をしている場合じゃないでしょう。安静にしていないといけないのに」
安静とかじゃなく、男の子のことを思い、沖田さんを止めた。
「稽古ぐらい大丈夫だよ」
沖田さんはにっこりと笑ってそういった。
「さあ、どこからでもかかっておいで」
その笑顔で男の子にそう言った沖田さん。
何も知らない男の子は竹刀をもって沖田さんに向かって行った。
それを一振りで払う沖田さん。
払った竹刀の力が大きかったみたいで、男の子は道場の端まで飛んで行ってしまった。
「沖田さん、相手は子供なのですよっ!」
「僕だって、あれぐらいの時に近藤さんの試衛館で同じようにやられたけどね」
試衛館とは、近藤さんの道場の名前だ。
天然理心流の道場だ。
「沖田さんと違いますからね」
天才じゃないんだから。
男の子の方へ助けに行こうとしたら、
「蒼良、行ったらだめだ」
と、沖田さんは低い声で言った。
「稽古中だからね。起き上がれなかったら、それで終わり。明日から稽古に来なくてもいいよ」
声は低いけど、顔は怖いぐらいの笑顔だった。
そしてその言葉は、男の子に向けられていた。
男の子は立ち上がった。
よかった、怪我はないみたい。
再び男の子が沖田さんに向かって竹刀を振りおろしたけど、再び払われて道場の隅へ飛ばされた。
道場の床に強くうちつけられた男の子。
もう立てないかもしれない。
そう思ったけど、ヨロヨロとしながらも立ち上がった。
そしてまた沖田さんに向かって行く。
これを何回繰り返したのだろう。
とうとう男の子は倒れこんでしまった。
助けなきゃ。
そう思って男の子の近くへ行き、手を差し伸べると、払われてしまった。
そして、ヨロヨロと再び立ち上がった。
もうやめさせないと、男の子が死んでしまう。
そう思った時、沖田さんが男の子に近づいてきた。
「根性はあるね。うん、認めてあげるよ。明日からまたおいで」
沖田さんはそう言いながら男の子の坊主頭をなでた。
「大丈夫?」
私が聞くと、男の子はまんべんの笑顔で
「ありがとうございました」
と言って道場から出て行った。
走っていったから、大丈夫そうだ。
「こう見えても、手加減してあげたからね」
ほ、本当にそうか?
「蒼良、そんな目で見て、疑っているね」
ば、ばれたか。
「今からあの子を鍛えたら、一番隊組長をまかせられるね」
沖田さんは男の子が去って言った方を見ながらそう言った。
「そしたら、一番隊組長をしている沖田さんはどうなるのですか?」
まさか、僕はその時は死んでいないとかって言わないよね?
「僕は、副長かな」
あれ?
「じゃあ、土方さんはどうなるのですか? 局長ですか?」
「まさか。局長代理とかって名前を作ってそれになるんじゃないの?」
それって、副長より身分が低いのか?それとも高いのか?
なんかわからないが……。
「天野先生」
沖田さんと話をしていると、他の隊士が私を呼びに来た。
最近は、特に役職がない隊士から天野先生と呼ばれるので、少しくすぐったいような感じになる。
「はい、何ですか?」
返事をしたら、呼びに来た隊士が真顔で、
「巡察、忘れてないですか?」
と言ってきた。
あ、忘れてた。
「で、なんで沖田さんまで巡察しているのですか?」
「僕だって隊士なんだから、巡察ぐらいしないとね」
笑顔でそう言う沖田さん。
安静にしていないといけない人なので、巡察の当番に沖田さんの名前はないと思うのだけど。
「具合悪くなったらどうするのですか?」
ただでさえ、今日は男の子の稽古で体力を使っているんだぞ。
「蒼良はすぐそう言う事を言うんだから。」
だって、心配なんだもん。
「あれ? 天野君じゃないか」
沖田さんのことを心配していると、私を呼ぶ男の人の声がした。
振り向くと、
「あ、佐々木さん」
そう、京都見廻組の佐々木只三郎さんだった。
彼のお兄さんは会津藩の人で、そして彼は、私たちが京に来るきっかけを作った清河八郎を斬り、のちに坂本龍馬も暗殺する。
「蒼良、知っている人?」
沖田さんが私の肩を指で突っつきながら聞いてきた。
「京都見廻組の佐々木只三郎さんです」
私が紹介すると、
「あれ? ここは見廻組が巡察する場所じゃないと思うけど」
と、沖田さんが言った。
えっ、そうだったか?
そう言われてみると、いつも新選組が巡察している場所だよな。
京都見廻組も新選組もやっていることは同じなんだけど、巡察の場所が全然違うので、会うことがない。
佐々木さんが非番だったら会う事もあるだろうけど、佐々木さんも巡察中みたいだし。
お互いが巡察中に会うと言う事はないはずなんだけどなぁ。
「先日、幕府から警備地域の変更があったんだけど、知らなかったとか?」
佐々木さんがそう言ってきた。
そうだったのか?あ、そうだったような気がする。
土方さんにそんなことを言われたような感じがしたよ。
「蒼良、そうなの?」
沖田さんに聞かれて私はうなずいた。
「僕が休んでいる間に色々あったんだね。でも、報告がなかったなぁ」
あ、忘れていた。
「すみません、うっかりしていました」
「え、うっかり?」
沖田さんがチラッと横目で私を見た。
沖田さんへの報告を忘れると、色々と面倒なことがあるんだよなぁ。
どうしようか……。
「ところで、天野君の横にいる人は誰だい?」
佐々木さんがちょうどいいときに話しかけてくれた。
なんてナイスな人なんだ。
「沖田さんです」
私が紹介すると、
「ええっ! 新選組の沖田って言ったら、剣豪で有名じゃないか」
そう、その沖田さんです。
「三段突きなんて、あまりの突きの速さで三回突いているのに、一回だけ突いているようにしか見えないらしい」
そうなのですよ。
沖田さんの必殺技です。
「ぜひ見てみたい。これからうちの道場にどうだ?」
えっ、そう言う話になっているのか?
巡察中だから、断らなければ。
「喜んで行きますよ」
と、断る間もなく、沖田さんが笑顔で佐々木さんのお誘いを受けていたのだった。
京都見廻組の道場へ呼ばれされた私たち。
パァンッ!という音とともに、見廻組の人がまた倒れた。
もう何人倒しているんだ?
竹刀を楽しそうににぎっている沖田さんを見てそう思った。
ずうっと安静にしていて、竹刀を握っていなかったのにもかかわらず、腕が落ちていない。
さすが剣豪沖田総司だ。
「すごい、噂は本当だったんだ」
一番最初に手合せをした佐々木さん。
もちろん一番最初に倒された。
倒されても、佐々木さんの目がキラキラと輝いていた。
「あの三段突きを受けれるなんて、なんて幸せなんだ」
と言いながら、楽しそうにしている佐々木さん。
一番最初に倒されたのでその分回復も他の人より早い。
回復した後は、ずうっと沖田さんの三段突きを見ていた。
「姿がなかなか見えなかったから、亡くなったと言う噂もあったが」
えっ、そうなのか?
「でも、生きていたのだな。こんなに強いんだから、斬られることはないだろう」
そうなんだよね。
本人が、剣で刺されて死にたいなんて言っているけど、沖田さんを刺す人がいませんからね。
「もう一回、三段突きを受けてこようかな」
なんて物好きな人なんだ。
私なんて、そんなもの痛くて体に受けたくないけど。
というわけで、佐々木さんは喜んで再び沖田さんの前に出て行ったのだった。
それより、沖田さんの体が心配なんだけど、あんなに動いて大丈夫なのか?
「楽しかった」
あれから、道場で向かってくる京都見廻組の人たちを次々と倒した沖田さん。
向かってくる人がいなくなるまで竹刀を持っていた。
いなくなると、
「そろそろ帰ろうか」
と、私に言ってきたので、やっと屯所に帰ることになった。
そしてその帰り道に満足そうにそう言ったのだった。
「沖田さん、あんなに暴れて大丈夫なのですか?」
安静にしていないといけないのに、なんで竹刀を握っていたんだ?
「大丈夫だよ、あれぐらい。ゴホゴホゴホ」
そう言いながら、突然沖田さんが咳をしだした。
「うわぁっ! 沖田さん、大丈夫ですか?」
叫びつつ、あわてて背中をさする私。
「大丈夫だよ。むせただけだから。本当に蒼良は大げさなんだから」
だって、急に労咳の人が咳をしたら驚くだろう。
しかも、あんなに暴れた後なんだぞ。
沖田さんは本当にむせただけみたいで、ケロッとした顔をしていた。
大丈夫そうだ。
「ところで、見廻組と新選組の巡察の場所が変わったことの報告がなかったんだけど」
あ……。
それを今思い出すか?
「そうなんですよ。幕府からそう言われたみたいですよ」
私は何事もなかったかのように今報告した。
「いまさら報告されてもねぇ」
え、そうなのか?
「さて、どうするかな?」
えっ、どうするかなって……
「なにをするのですか?」
恐る恐る聞いたら、
「お仕置き」
と言われてしまった。
ひいいいいっ、それだけはご勘弁をっ!




