秋の台風
「蒼良、大変だ」
屯所の庭にでると、永倉さんが私にそう言ってきた。
「何かあったのですか?」
「柿が全部とられてた」
な、なんだとっ!
「それって、本当ですか?」
「こんな嘘ついてどうするんだ。いいから見てみろ」
永倉さんに柿の木が見えるところに連れて行かれた。
昨日までたくさん実っていた柿は、すべて無くなっていて、木の枝だけになった柿の木が寂しげにそこにあった。
「なんで全部実が無くなったのですか? まさか、全部とって食べちゃったのですか?」
「おい、いくら俺でも全部は食えないぞ」
永倉さんならやりそうだからなぁ。
「ここの坊主がとったんだ」
そ、そうなのか?
「でも、もともと西本願寺の物なので、お坊さんがとるのなら納得できますが……」
私がそう言うと、がしっと両肩を永倉さんにつかまれた。
「お前はそれで満足なのかっ!」
満足なのですが……。
「あの甘い柿が食えなくなるんだぞ」
あ、そうだった。
「左之と楽しみにしながら食べていたのに、この楽しみを奪われた俺はどうすればいいんだ?」
他の楽しみを捜せばいいと思うのですが。
「お前だって楽しみだっただろう」
それは楽しみだったのですが……。
「そこまで落胆するのもどうかと思うのですが」
「あの坊主ども、俺の柿を勝手にとりやがって」
いや、だからもともと永倉さんの物じゃなく、西本願寺の物ですからね。
「やっぱり、お前らかっ!」
柿の木をながめながら永倉さんと話していると、後ろから聞いたことのある声が聞こえてきた。
永倉さんと一緒に後ろを振り向くと、土方さんがいた。
怒っているように見えるのは気のせいか?
「西本願寺の坊主どもにうちの隊士が柿を盗んだって、呼び出されてお説教をされたんだぞっ! お前らっ! なに柿をとっているんだっ!」
「土方さん、何言っているんだよ。俺は今日はとってないぞ」
「新八、何言ってんだっ! 今日はもう柿がないだろうがっ! 坊主どもが泥棒にとられないうちにとるって言ってたぞ」
「泥棒って、たくさんなっていたんだから、一つぐらいもらってもいいだろう」
一つどころじゃないと思うんだけど。
「あ、俺はこれから巡察だからさ」
えっ、そうなのか?
「後は頼んだぞ。蒼良」
えっ?それってどういう意味なんだ?
永倉さんを見送っていると、
「またお前がからんでいたのかっ!」
と言う土方さんの声が聞こえてきた。
えっ、またって……。
「いや、からんでいませんよ」
「嘘つけっ! 今、新八と柿の木を見ていただろう?」
見ていただけですからっ!
「で、味はどうだったんだ?」
「味ですか? 甘くておいしかったですよ」
「やっぱり食べてたな」
な、なんでばれてんだ?
「食わねぇと味がわからねぇだろうがっ!」
そ、そうでしたっ!
「お前のせいで怒られるのは、これでもう何回目になるんだ?」
何回目になるんだろう?
「さ、三回目ですかね?」
「四回目だぞっ!」
そ、そうだったのか?
「それ以外でも坊主の長い愚痴を聞かされるんだぞっ! たまにはお前も聞いてみろ」
いや、遠慮します。
「お坊さんのお話は勉強になるのでいいと思いますよ。ぜひ、勉強してください」
「お前の方が勉強したほうがいいと思うぞ」
そ、そうなのか?
「あ、大丈夫ですよ。そのうち、うちで面倒見れないからよそ行ってくれって、よそに建物を建ててくれるかもしれないですよ」
だから、逆に悪いことをしておくと、早く不動堂に屯所を建ててくれるかもしれない。
「ばかやろう。そんなうまい話があるかっ!」
いや、それがあったりするから。
「というわけで、今から一緒に坊主の所に行くぞ」
えっ?
「い、今からって?」
「また呼び出されてんだよっ! 俺は坊主に怒られるためにいるんじゃねぇんだぞ。お前も柿を食べたから同罪だろう。一緒に行くぞ」
ものすごく遠慮したいのですがっ!
「ほら、来い。行くぞっ!」
土方さんに手をひかれた時、
「今日は俺と巡察だっただろう」
と、斎藤さんの声が聞こえた。
土方さんにひかれていた手は、斎藤さんにうつっていた。
「お前、巡察だったのか?」
土方さんが驚いた顔で私に聞いてきた。
えっ、巡察だったのか?
「というわけなんで、失礼します」
斎藤さんは私の手をひいて行った。
で、私は巡察の日だったのか?
そう思いながら、斎藤さんに手をひかれるがままになっていた。
「巡察じゃない」
自分で巡察だったかどうかわからなくなっていたので、思いきって聞いてみた。
聞いてみたら、斎藤さんがあっさりとそう言ったのだった。
あ、巡察じゃなかったんだ。
って……
「私、巡察じゃなかったのですか?」
斎藤さんがコクリとうなずいた。
いや、コクりじゃないから。
「俺は、お前が坊主たちに説教されることから助けてやったんだ」
あ、それはありがたい。
ありがたいんだけど……。
今日は巡察に出てもあまり嬉しくはなかった。
というのも風は強くて生暖かく、空を見ると黒い雲が早く流れていく。
この状態って、現代で言う台風が来る前兆だろう。
この時代、台風が今どこにいて、いつ来ると教えてくれる親切な人はいない。
「なんだ、説教聞きたかったのか?」
「いや、それは助かったのですが……」
「なんかあるのか?」
斎藤さんは、この天気を見て何とも思わないのか?
「た……嵐が来ますよ、これ」
台風と言っても通じなそうなので、嵐と言った。
「ああ、来そうだな」
斎藤さんは、チラッと空を見て言った。
なんだ、知っていたのか。
って……。
「知っていたなら、なんで嵐の来る日に巡察なんですか?」
「巡察に嵐も何も関係ないだろう」
いや、関係あるだろう。
「危ないじゃないですか。風も強くなって、色々なものが飛んできて、怪我しますよ」
「飛んでくるのは、紙ぐらいだ」
えっ、そうなのか?
周りを見ると、どの家も雨戸ががっちりと閉まっている。
その上から、木をうちつけて強化している家もある。
大丈夫そうだなぁ、と思っていたら、木の枝の大きなものが飛んできた。
「危ないっ!」
斎藤さんが素早く私の体を引き寄せた。
私の顔は斎藤さんの胸のあたり。
ドキドキしてしまった。
でも、それどころではなかった。
「大丈夫か?」
斎藤さんから解放された時、自分のいたところを見ると、大きな木が刺さっていた。
それを見たら、怖くなってしまった。
「ふるえてるぞ。大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
と言ったけど、全然大丈夫じゃなかった。
私、あれが刺さっていたら死んでいたぞ。
やっぱり、嵐の日の巡察はよくないぞ。
「帰るか?」
斎藤さんに聞かれ、うんうんとうなずいた。
「そうだな。屯所に帰るか」
というわけで、屯所に戻ることになった。
雨戸は他の木で打ち付けられて強化されていたので、雨戸を開けて外を見ることはできなかった
ろうそくの薄暗い火の中、斎藤さんと一緒に、激しく降る雨の音を聞いていた。
「屯所に知らせなくて大丈夫ですかね?」
それにしても、なんでこんなに薄暗いんだ?と思いながら斎藤さんに聞いた。
「これだけ嵐が強くなったら、誰も外には出れないだろう」
そうだよね。
それはわかっているのだけど。
「土方さんが心配していますよ」
きっと心配していると思う。
「土方さんだって、こんな時に帰ってくるとは思わないだろう」
そ、そうなのか?
「ここは、酒でも飲みながら、嵐が過ぎ去るのを待つしかないだろう」
お酒かぁ。
「いいですね」
予定外にお酒が飲めるのは嬉しい。
部屋はなんか薄暗いし、たまにろうそくが隙間風で揺れて怖いけど、お酒さえあればなんとかなりそうだぞ。
と言う事で、昼間からお酒を飲むことになった。
お酒の強い斎藤さんが相手なら、酔いつぶれて介抱する言う事はないだろうと安心していた。
しかし、台風が過ぎたのか、風は強いけど、雨戸にうちつけるように降っていた雨の戸が消えた時、その異変が起こった。
「斎藤さん、嵐が去ったみたいなので、そろそろ屯所に帰りましょう」
トロンとした目でお酒を徳利から飲んでいた斎藤さんは、私を見た。
どうしたんだろう?
「眠い」
斎藤さんが、そう一言言った。
うん、確かに眠そうに見えます。
「でも、そろそろ屯所に帰らないと、みんなが心配します」
私は、斎藤さんが持っていた徳利を取り上げだ。
「さあ、帰りましょう」
「お前が悪いんだぞ」
な、なんでいきなりそんなことを言うんだ?
「お前にあわせて飲んでいたら、酔ったじゃないか」
そんなこと、私にあわせて飲む斎藤さんが悪いんじゃないかっ!
「眠いからねる」
そう言うと、斎藤さんは座っていた座布団を二つに折り、その上に頭をのせて寝てしまった。
「斎藤さん、起きてください。帰りますよ」
斎藤さんは酔わないと思っていたのに、これはどういうことだ?
「うるさいっ! お前も寝ろ」
そう言って突然起き上がった斎藤さんに抱きつかれ、そのまま横になった。
私は、斎藤さんに抱かれたまま寝ている状態になっている。
ど、どうすればいいんだっ?
「起きてください」
私の頭の上にある斎藤さんの顔に向かってそう言ったけど、斎藤さんから帰ってきたのは、スースーと気持ちよさそうにたてている寝息だけだった。
私だけでも帰ろうかと思ったけど、斎藤さんが私を抱いている力の方が強くて身動きが出来なかった。
どうすればいいんだっ!
斎藤さんの腕の中でもぞもぞとやっていると、閉められた雨戸からミシミシと音がした。
雨戸を補強していた板を外しているのだろう。
しばらくすると、その雨戸が勢いよく開いた。
夕方の赤い光が差し込んできた。
薄暗いところから光が差し込んで来たので、まぶしくて目を細めた。
やっと目が慣れてきたとき、雨戸を開けた人と目があった。
「あ、昼間から……」
その人は、私を抱いて寝ている斎藤さんを見てそう言った。
いや、誤解ですからっ!
誤解をとこうと思ったけど、斎藤さんに抱かれている私は身動きが取れない。
しかも、その人は私の背中の方にいる。
だから、その人と話をしたくても話ができない状態なのだ。
斎藤さんの胸に向かって、
「誤解なんですっ!」
と言っても聞こえるかわからないし、その前に聞いてもらえるかもわからない。
このまま知らんぷりをしていた方がいいのか?
「衆道か」
ため息をついて、その人は行ってしまった。
し、しゅうどうって何なのさっ!
そんな訳の分からない単語を出されたら気になるじゃないか。
「お前は気にするな」
私の頭の上から斎藤さんの声がした。
「斎藤さん、起きているのですか?」
起きているなら、屯所に帰るぞっ!
しかし、斎藤さんの返事はスースーと言う寝息だけだった。
本当に寝ているのか?
ふと気がつくと、夕方から夜になっていた。
私も眠ってしまったらしい。
目をさますと、目の前にいた斎藤さんが消えていた。
あれ?どこに行ったんだ?
「起きたか?」
雨戸が開け放たれた縁側に、斎藤さんが座っていた。
月明かりに照らされて、斎藤さんの影が長くうつっていた。
もうすっかり夜じゃないか。
あっ!巡察に出たまま、屯所に何も連絡入れていない。
「斎藤さん、急いで帰らないと、みんなが心配しています」
私は急いで起き上がってそう言った。
しかし、斎藤さんは相変わらず座ったままだった。
「そうあせるな。それより、月と星が綺麗だぞ」
いや、あせるだろう。
そう思いながら空を見た。
雲ひとつないすんだ夜空に、丸い月が白銀の光を降り注いでいた。
その光の間から、綺麗な星空が見えた。
そう言えば、台風が行った後の空って、綺麗だったよな。
昼間だったら、青空がすごく綺麗で、夜なら夜空が綺麗なんだよな。
これが台風一過ってやつか。
「綺麗だろ?」
「はい、綺麗ですね」
斎藤さんの顔を見ると、月明かりに照らされて優しい顔をしていた。
斎藤さんの優しい顔って、初めて見たかも。
「帰るぞ」
ポンッと私の頭の上に手をのせると、斎藤さんはそう言って立ちあがった。
帰り道は、月明かりに道が照らされて、綺麗な景色になっていた。
「そう言えば、お店の人にしゅうどうって言われたのですが、しゅうどうって何ですか?」
ずうっと気になっていたので、思い切って斎藤さんに聞いてみた。
「衆道か」
斎藤さんはそう言いながら私を見た後、クククと笑い出した。
「知らんのか?」
知らないから聞いているんじゃないか。
私はうなずいた。
「そうか。衆道か」
そう言って再び笑い出した斎藤さん。
だから、なんだって聞いているんじゃないかっ!
「自分で調べてみろ」
笑いながらそう言った斎藤さん。
教えてくれないのか?余計気になるじゃないかっ!




