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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年8月
284/506

秋の台風

蒼良そら、大変だ」

 屯所の庭にでると、永倉さんが私にそう言ってきた。

「何かあったのですか?」

「柿が全部とられてた」

 な、なんだとっ!

「それって、本当ですか?」

「こんな嘘ついてどうするんだ。いいから見てみろ」

 永倉さんに柿の木が見えるところに連れて行かれた。

 昨日までたくさん実っていた柿は、すべて無くなっていて、木の枝だけになった柿の木が寂しげにそこにあった。

「なんで全部実が無くなったのですか? まさか、全部とって食べちゃったのですか?」

「おい、いくら俺でも全部は食えないぞ」

 永倉さんならやりそうだからなぁ。

「ここの坊主がとったんだ」

 そ、そうなのか?

「でも、もともと西本願寺の物なので、お坊さんがとるのなら納得できますが……」

 私がそう言うと、がしっと両肩を永倉さんにつかまれた。

「お前はそれで満足なのかっ!」

 満足なのですが……。

「あの甘い柿が食えなくなるんだぞ」

 あ、そうだった。

「左之と楽しみにしながら食べていたのに、この楽しみを奪われた俺はどうすればいいんだ?」

 他の楽しみを捜せばいいと思うのですが。

「お前だって楽しみだっただろう」

 それは楽しみだったのですが……。

「そこまで落胆するのもどうかと思うのですが」

「あの坊主ども、俺の柿を勝手にとりやがって」

 いや、だからもともと永倉さんの物じゃなく、西本願寺の物ですからね。

「やっぱり、お前らかっ!」

 柿の木をながめながら永倉さんと話していると、後ろから聞いたことのある声が聞こえてきた。

 永倉さんと一緒に後ろを振り向くと、土方さんがいた。

 怒っているように見えるのは気のせいか?

「西本願寺の坊主どもにうちの隊士が柿を盗んだって、呼び出されてお説教をされたんだぞっ! お前らっ! なに柿をとっているんだっ!」

「土方さん、何言っているんだよ。俺は今日はとってないぞ」

「新八、何言ってんだっ! 今日はもう柿がないだろうがっ! 坊主どもが泥棒にとられないうちにとるって言ってたぞ」

「泥棒って、たくさんなっていたんだから、一つぐらいもらってもいいだろう」

 一つどころじゃないと思うんだけど。

「あ、俺はこれから巡察だからさ」

 えっ、そうなのか?

「後は頼んだぞ。蒼良」

 えっ?それってどういう意味なんだ?

 永倉さんを見送っていると、

「またお前がからんでいたのかっ!」

 と言う土方さんの声が聞こえてきた。

 えっ、またって……。

「いや、からんでいませんよ」

「嘘つけっ! 今、新八と柿の木を見ていただろう?」

 見ていただけですからっ!

「で、味はどうだったんだ?」

「味ですか? 甘くておいしかったですよ」

「やっぱり食べてたな」

 な、なんでばれてんだ?

「食わねぇと味がわからねぇだろうがっ!」

 そ、そうでしたっ!

「お前のせいで怒られるのは、これでもう何回目になるんだ?」

 何回目になるんだろう?

「さ、三回目ですかね?」

「四回目だぞっ!」

 そ、そうだったのか?

「それ以外でも坊主の長い愚痴を聞かされるんだぞっ! たまにはお前も聞いてみろ」

 いや、遠慮します。

「お坊さんのお話は勉強になるのでいいと思いますよ。ぜひ、勉強してください」

「お前の方が勉強したほうがいいと思うぞ」

 そ、そうなのか?

「あ、大丈夫ですよ。そのうち、うちで面倒見れないからよそ行ってくれって、よそに建物を建ててくれるかもしれないですよ」

 だから、逆に悪いことをしておくと、早く不動堂に屯所を建ててくれるかもしれない。

「ばかやろう。そんなうまい話があるかっ!」

 いや、それがあったりするから。

「というわけで、今から一緒に坊主の所に行くぞ」

 えっ?

「い、今からって?」

「また呼び出されてんだよっ! 俺は坊主に怒られるためにいるんじゃねぇんだぞ。お前も柿を食べたから同罪だろう。一緒に行くぞ」

 ものすごく遠慮したいのですがっ!

「ほら、来い。行くぞっ!」

 土方さんに手をひかれた時、

「今日は俺と巡察だっただろう」

 と、斎藤さんの声が聞こえた。

 土方さんにひかれていた手は、斎藤さんにうつっていた。

「お前、巡察だったのか?」

 土方さんが驚いた顔で私に聞いてきた。

 えっ、巡察だったのか?

「というわけなんで、失礼します」

 斎藤さんは私の手をひいて行った。

 で、私は巡察の日だったのか?

 そう思いながら、斎藤さんに手をひかれるがままになっていた。


「巡察じゃない」

 自分で巡察だったかどうかわからなくなっていたので、思いきって聞いてみた。

 聞いてみたら、斎藤さんがあっさりとそう言ったのだった。

 あ、巡察じゃなかったんだ。

 って……

「私、巡察じゃなかったのですか?」

 斎藤さんがコクリとうなずいた。

 いや、コクりじゃないから。

「俺は、お前が坊主たちに説教されることから助けてやったんだ」

 あ、それはありがたい。

 ありがたいんだけど……。

 今日は巡察に出てもあまり嬉しくはなかった。

 というのも風は強くて生暖かく、空を見ると黒い雲が早く流れていく。

 この状態って、現代で言う台風が来る前兆だろう。

 この時代、台風が今どこにいて、いつ来ると教えてくれる親切な人はいない。

「なんだ、説教聞きたかったのか?」

「いや、それは助かったのですが……」

「なんかあるのか?」

 斎藤さんは、この天気を見て何とも思わないのか?

「た……嵐が来ますよ、これ」

 台風と言っても通じなそうなので、嵐と言った。

「ああ、来そうだな」

 斎藤さんは、チラッと空を見て言った。

 なんだ、知っていたのか。

 って……。

「知っていたなら、なんで嵐の来る日に巡察なんですか?」

「巡察に嵐も何も関係ないだろう」

 いや、関係あるだろう。

「危ないじゃないですか。風も強くなって、色々なものが飛んできて、怪我しますよ」

「飛んでくるのは、紙ぐらいだ」

 えっ、そうなのか?

 周りを見ると、どの家も雨戸ががっちりと閉まっている。

 その上から、木をうちつけて強化している家もある。

 大丈夫そうだなぁ、と思っていたら、木の枝の大きなものが飛んできた。

「危ないっ!」

 斎藤さんが素早く私の体を引き寄せた。

 私の顔は斎藤さんの胸のあたり。

 ドキドキしてしまった。

 でも、それどころではなかった。

「大丈夫か?」

 斎藤さんから解放された時、自分のいたところを見ると、大きな木が刺さっていた。

 それを見たら、怖くなってしまった。

「ふるえてるぞ。大丈夫か?」

「だ、大丈夫です」

 と言ったけど、全然大丈夫じゃなかった。

 私、あれが刺さっていたら死んでいたぞ。

 やっぱり、嵐の日の巡察はよくないぞ。

「帰るか?」

 斎藤さんに聞かれ、うんうんとうなずいた。

「そうだな。屯所に帰るか」

 というわけで、屯所に戻ることになった。


 雨戸は他の木で打ち付けられて強化されていたので、雨戸を開けて外を見ることはできなかった

 ろうそくの薄暗い火の中、斎藤さんと一緒に、激しく降る雨の音を聞いていた。

「屯所に知らせなくて大丈夫ですかね?」

 それにしても、なんでこんなに薄暗いんだ?と思いながら斎藤さんに聞いた。

「これだけ嵐が強くなったら、誰も外には出れないだろう」

 そうだよね。

 それはわかっているのだけど。

「土方さんが心配していますよ」

 きっと心配していると思う。

「土方さんだって、こんな時に帰ってくるとは思わないだろう」

 そ、そうなのか?

「ここは、酒でも飲みながら、嵐が過ぎ去るのを待つしかないだろう」

 お酒かぁ。

「いいですね」

 予定外にお酒が飲めるのは嬉しい。

 部屋はなんか薄暗いし、たまにろうそくが隙間風で揺れて怖いけど、お酒さえあればなんとかなりそうだぞ。

 と言う事で、昼間からお酒を飲むことになった。


 お酒の強い斎藤さんが相手なら、酔いつぶれて介抱する言う事はないだろうと安心していた。

 しかし、台風が過ぎたのか、風は強いけど、雨戸にうちつけるように降っていた雨の戸が消えた時、その異変が起こった。

「斎藤さん、嵐が去ったみたいなので、そろそろ屯所に帰りましょう」

 トロンとした目でお酒を徳利とっくりから飲んでいた斎藤さんは、私を見た。

 どうしたんだろう?

「眠い」

 斎藤さんが、そう一言言った。

 うん、確かに眠そうに見えます。

「でも、そろそろ屯所に帰らないと、みんなが心配します」

 私は、斎藤さんが持っていた徳利を取り上げだ。

「さあ、帰りましょう」

「お前が悪いんだぞ」

 な、なんでいきなりそんなことを言うんだ?

「お前にあわせて飲んでいたら、酔ったじゃないか」

 そんなこと、私にあわせて飲む斎藤さんが悪いんじゃないかっ!

「眠いからねる」

 そう言うと、斎藤さんは座っていた座布団を二つに折り、その上に頭をのせて寝てしまった。

「斎藤さん、起きてください。帰りますよ」

 斎藤さんは酔わないと思っていたのに、これはどういうことだ?

「うるさいっ! お前も寝ろ」

 そう言って突然起き上がった斎藤さんに抱きつかれ、そのまま横になった。

 私は、斎藤さんに抱かれたまま寝ている状態になっている。

 ど、どうすればいいんだっ?

「起きてください」

 私の頭の上にある斎藤さんの顔に向かってそう言ったけど、斎藤さんから帰ってきたのは、スースーと気持ちよさそうにたてている寝息だけだった。

 私だけでも帰ろうかと思ったけど、斎藤さんが私を抱いている力の方が強くて身動きが出来なかった。

 どうすればいいんだっ!

 斎藤さんの腕の中でもぞもぞとやっていると、閉められた雨戸からミシミシと音がした。

 雨戸を補強していた板を外しているのだろう。

 しばらくすると、その雨戸が勢いよく開いた。

 夕方の赤い光が差し込んできた。

 薄暗いところから光が差し込んで来たので、まぶしくて目を細めた。

 やっと目が慣れてきたとき、雨戸を開けた人と目があった。

「あ、昼間から……」

 その人は、私を抱いて寝ている斎藤さんを見てそう言った。

 いや、誤解ですからっ!

 誤解をとこうと思ったけど、斎藤さんに抱かれている私は身動きが取れない。

 しかも、その人は私の背中の方にいる。

 だから、その人と話をしたくても話ができない状態なのだ。

 斎藤さんの胸に向かって、

「誤解なんですっ!」

 と言っても聞こえるかわからないし、その前に聞いてもらえるかもわからない。

 このまま知らんぷりをしていた方がいいのか?

「衆道か」

 ため息をついて、その人は行ってしまった。

 し、しゅうどうって何なのさっ!

 そんな訳の分からない単語を出されたら気になるじゃないか。

「お前は気にするな」

 私の頭の上から斎藤さんの声がした。

「斎藤さん、起きているのですか?」

 起きているなら、屯所に帰るぞっ!

 しかし、斎藤さんの返事はスースーと言う寝息だけだった。

 本当に寝ているのか?


 ふと気がつくと、夕方から夜になっていた。

 私も眠ってしまったらしい。

 目をさますと、目の前にいた斎藤さんが消えていた。

 あれ?どこに行ったんだ?

「起きたか?」

 雨戸が開け放たれた縁側に、斎藤さんが座っていた。

 月明かりに照らされて、斎藤さんの影が長くうつっていた。

 もうすっかり夜じゃないか。

 あっ!巡察に出たまま、屯所に何も連絡入れていない。

「斎藤さん、急いで帰らないと、みんなが心配しています」

 私は急いで起き上がってそう言った。

 しかし、斎藤さんは相変わらず座ったままだった。

「そうあせるな。それより、月と星が綺麗だぞ」

 いや、あせるだろう。

 そう思いながら空を見た。

 雲ひとつないすんだ夜空に、丸い月が白銀の光を降り注いでいた。

 その光の間から、綺麗な星空が見えた。

 そう言えば、台風が行った後の空って、綺麗だったよな。

 昼間だったら、青空がすごく綺麗で、夜なら夜空が綺麗なんだよな。

 これが台風一過ってやつか。

「綺麗だろ?」

「はい、綺麗ですね」

 斎藤さんの顔を見ると、月明かりに照らされて優しい顔をしていた。

 斎藤さんの優しい顔って、初めて見たかも。

「帰るぞ」

 ポンッと私の頭の上に手をのせると、斎藤さんはそう言って立ちあがった。


 帰り道は、月明かりに道が照らされて、綺麗な景色になっていた。

「そう言えば、お店の人にしゅうどうって言われたのですが、しゅうどうって何ですか?」

 ずうっと気になっていたので、思い切って斎藤さんに聞いてみた。

「衆道か」

 斎藤さんはそう言いながら私を見た後、クククと笑い出した。

「知らんのか?」

 知らないから聞いているんじゃないか。

 私はうなずいた。

「そうか。衆道か」

 そう言って再び笑い出した斎藤さん。

 だから、なんだって聞いているんじゃないかっ!

「自分で調べてみろ」

 笑いながらそう言った斎藤さん。

 教えてくれないのか?余計気になるじゃないかっ!

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