朝廷へのつて
八月になった。
現代になおすと十月上旬から中旬あたりになると思う。
だいぶ秋らしくなってきた。
しかし、先月末に十四代将軍である徳川家茂が急死した。
そのせいか、近藤さんが幕府へ顔を出しに行ったりと忙しそうだった。
屯所の中では、次の将軍は誰だ?という話で盛り上がっていた。
「家達公だろ」
永倉さんが得意げにそう言った。
「でも、家達公はまだ四歳だぞ」
原田さんがそう言った。
「えっ、四歳なのですか?」
驚いて私がそう言うと、
「知らないのか?」
と、原田さんと永倉さんから声をそろえて言われてしまった。
「十三代将軍の家定公のいとこにあたる人で、徳川宗家と血のつながりが一番強いから、将軍になるのは家達公しか思い浮かばないんだよなぁ。家茂公も、そう言って亡くなったと聞いているし」
永倉さんがそう説明してくれた。
そうなんだ。
「でも、四歳だろ? 長州征伐も残っているし、薩摩も変な動きをしているからな。時勢が安定している時なら将軍が四歳でも構わないが、今はだめだろう」
原田さんが永倉さんに反論するように言った。
「左之、それなら他に誰がいるんだ?」
「いるだろ、一ツ橋慶喜公が」
「あ、原田さん、それあたりですよ」
原田さんの一言に思わずそう言ってしまった。
「あたりってなんだ? 次期将軍がまだ決まってないのに、あたりもはずれもないだろう。不謹慎だ」
永倉さんに怒られてしまった。
「お前から不謹慎だと言う言葉を聞くとは思わなかったぞ」
それを原田さんが茶化していた。
「すまん、蒼良。言い過ぎた」
「いいですよ。確かに、今この時期にこういうことを言うのは、不謹慎ですよね。私こそ、すみませんでした」
永倉さんが謝ってきたので、私も謝った。
「で、左之はなんで一橋慶喜公だと思うんだ?」
そう、なんで原田さんはそう思ったのだろう?
「まず、家茂公は将軍になる前も、将軍候補として名前があがった。それに実力もあるし、一ツ橋公がなるのが一番無難だろ?」
そう言う理由だったんだ。
「でも、将軍になるのを断っているらしいぞ」
でも、結局は将軍になるんだよね。
「蒼良は、どうして一ツ橋公が将軍になると思ったんだ?」
えっ、永倉さん、その質問を私にふるか?
どう答えればいいんだ?
「あ、あのですね……。か、勘ですよ、勘っ!」
変なことを言ってあやしまれても嫌なので、いつもの勘でごまかした。
「蒼良、勘って……勘で将軍が決まれば苦労はしないぞっ!」
再び永倉さんに怒鳴られた。
「はい、ごもっともです。すみませんでした」
これ以上ここにいて、変なことを口走ったら大変だから、勢いよくそう言って頭をあげた後は、ダッシュで逃げたのだった。
「あ、蒼良いた」
屯所の中を歩いていると、沖田さんに声をかけられた。
沖田さんの横には良順先生がいた。
「沖田さん、具合が悪いのですか?」
良順先生がそばにいると言う事は、急に具合が悪くなって呼び出されたからなのか?
「蒼良はすぐそれなんだから。僕は元気だよ」
見た感じも元気そうだ。
「わしは蒼良君に用があって、沖田君と探していたのだ」
なんだ、そうだったんだ。
「何か用があるのですか?」
私が言うと、良順先生は、
「とりあえず、滋養のいい肉でも食べながら話そうか」
と言ったので、良順先生がよく行く肉料理を出してくれるお店に行くことになった。
「これは、焼き鳥ですね」
良順先生が連れてきてくれたところは、焼き鳥屋さんだった。
この時代にもあったんだなぁ。
久々に食べる肉を満喫していたら、
「これは、スズメの肉だ」
と、良順先生が食べながら教えてくれた。
思わず、吹き出しそうになってしまった。
スズメって、チュンチュンとそこら辺にいる鳥だよね?
「だから、肉は嫌なんだよなぁ」
沖田さんが焼き鳥を見てそうつぶやいた。
「沖田さんは特に食べないとだめですよ」
「蒼良だって、スズメと分かった途端、焼き鳥を置いたじゃん」
み、見ていたのか?
「そ、そんなことないですよ。美味しいですよ」
食べたくないけど、沖田さんのために引きつった笑顔で食べた。
スズメだと思わなければいいんだ。
だって、美味しいんだもん。
「さ、次は沖田さんの番ですよ」
私が食べ終わると、沖田さんにそう言った。
「仕方ないなぁ」
と言いながら、焼き鳥を口に運ぶ沖田さん。
思っていたより美味しかったみたいで、もう一口、もう一口という感じで焼き鳥を口に入れていた。
「ところで良順先生。用って何ですか?」
「そうだ。すまなかったな」
突然、良順先生が頭を下げて謝ってきた。
「な、なんですか、突然」
「わしは、家茂公が脚気で亡くなると知っていたのに、それを予防することはできなかった」
ああ、そのことか。
「いいのです。今回は歴史を変えることが難しかったのですよ。だから、気にしないでください」
「すまないな。玄米を食わしていたんだが、家茂公は甘いものも好きでな。ご飯は少ししか食べないのに甘いものには目が無くてな。歯もボロボロだったんだ」
そうなんだ。
「わしが食べさせるのは、玄米ぐらいしかできなかったからな」
それでも、脚気になってしまったのなら、もう脚気になる運命だったのだろう。
歴史を変えることは、大きな川の流れを変えることだ。
それはとっても難しい。
そのまま流されてしまう事の方が多いのだ。
「あまり気にしないでください」
私は良順先生にそう言った。
終わったことより、これからのことが気になるのだ。
「私からも一つ聞きたいことがあるのですが」
これから気になることのために、良順先生に聞いた。
「なんだ?」
「孝明天皇のお体を診察できますか?」
私の言葉に、沖田さんと良順先生が驚いていた。
「蒼良、幕府と朝廷は違うからね」
そ、そんなことわかってますよ。
「なんで突然そんなことを?」
良順先生は驚きながら聞いてきた。
そうだよね、そう思うよね。
「実は、今年の年末に孝明天皇も亡くなります」
私のその言葉に驚いたのか、しばらく沈黙が流れた。
「蒼良、それは本当のことなの?」
「こんな嘘つきませんよ」
嘘だったらどんなにいいか。
「今、亡くなられたら、幕府も困るだろう」
良順先生の言う通りだ。
「孝明天皇が亡くなった後、明治天皇が即位します」
明治天皇が即位したときは、まだ十四歳だったと思う。
「そうなんだ」
沖田さんは興味なさそうな返事をした。
「即位後は、討幕派が朝廷への工作を強ます。そのため倒幕が進み、最終的に幕府は無くなります」
「幕府が無くなったら、新選組はどうなるの?」
興味なさそうにしていた沖田さんは、幕府がなくなると言う言葉を聞いて驚いてそう聞いてきた。
「新選組も存続の危機にさらされます」
存続の危機というか、鳥羽伏見から敗戦して、蝦夷に行って敗けて、消滅しちゃうんだよね。
「そ、そんな」
沖田さんはそう言って黙ってしまった。
「そうならないために、孝明天皇に長生きをしてもらいたいのです」
「蒼良の言う通りだ。何とかならないの?」
今、何とかしようとしているところなのだ。
「残念ながら、朝廷につてはない。知り合いもいない。知り合いがいれば何とかなったかもしれないが」
そうだよね。
ましてや、孝明天皇と顔見知りになっている人を探すのは大変なことだ。
「重ね重ね、申し訳ない」
良順先生が頭を下げてきた。
「良順先生は何も悪くないのですから、頭をあげてください」
私は良順先生に頭をあげさせた。
なんとしてでも、孝明天皇に近づかなければ。
でも、どうやって?
結局、孝明天皇に近づく方法が思いつかなかった。
孝明天皇と親しい人を探せばそれが一番なんだけど。
「蒼良、どうかしたのか? さっきから悩んでいるみたいだが」
原田さんがそう聞いてきた。
原田さんと巡察中だったんだ。
それすら忘れてしまうぐらい、必死に悩んでいた。
「原田さんは、孝明天皇を知っていますか?」
「そりゃ、知っているさ」
えっ、そうなのか?
「知り合いだったのですかっ!」
意外と近いところに親しい人がいたんだなぁ。
「ち、ちょっと待て。蒼良、落ち着け」
原田さんが私の両肩に手を置いてきた。
「落ち着いていますよ」
「俺が、孝明天皇と知り合いなわけないだろう。俺が知り合いになっていたら、新八は友人になっているぞ」
そ、そうなのか?
「知っているか? と聞かれたから、知っていると答えただけだ。今の天皇だからな」
なんだ、そうだったのか。
「そう落ち込むなよ。何かあったのか?」
何から話せばいいんだろう?
「孝明天皇の知り合いを捜しているのです」
そう話してから、沖田さんと良順先生に話したことを原田さんに話した。
「そうか。で、なんで亡くなるんだ?」
「確か、疱瘡だったと思います。他殺説もあるのですが……」
「そうなのか? 要するに、病死か他殺か、蒼良の時代でもわからないと言う事だな」
原田さんは、私が未来から来たことを知っているから、そう聞いてきた。
私はうなずいた。
「何とかして止めないとっ!」
「蒼良、とりあえず落ち着け」
私の肩にのった原田さんの手が重くなった。
「落ち着いてられないですよ。もう四カ月しかないのですよ」
半年もないのだ。
その間に、孝明天皇の知り合いを探さなければ。
「まだ四カ月もあるだろう」
原田さんは、私の目を見てそう言った。
そうか、まだ四カ月あるんだ。
そう考えたら、落ち着いてきた。
「落ち着いたようだな」
原田さんは、私の肩から手をどかし、頭をなでてくれた。
「まず、天野先生と連絡を取れ。それが一番早いだろう」
なんで、お師匠様なんだ?
「天野先生なら顔が広いから、知り合いの一人や二人見つけられるだろう」
そう言われてみると、そうだわ。
四カ月あれば、何とか連絡が取れるかもしれない。
「わかりました。ありがとうございます」
「落ち着いたようで、よかったよ。ようやく笑顔になったな」
原田さんのおかげだ。
「黙り込んでいる蒼良より、笑顔の蒼良がいい」
原田さんは、私に優しく微笑んでそう言った。
ちょっとだけ、胸がドキッとした。
早速、お師匠様を捜さないと。
そう思って屯所に着いた時、
「よう、久しぶりじゃの」
という懐かしい声が聞こえてきた。
「お、お師匠様じゃないですか」
一番会いたかった人が目の前にいる嬉しさっ!
思わず、お師匠様に向かって勢いよく飛びつこうとしたら、あっさりとよけられたため、屯所の外壁に思いっきりぶつけた。
「鼻じゃなく、ほほをぶつけて赤いと言う事は、鼻が低いと言う事じゃな」
な、何言ってんだっ!
生まれて初めて、お師匠様に会えてうれしいと思ったのに。
「ところで、なんの用ですか?」
外壁に顔をぶつけて転んだので、私は顔をさわりつつ起き上がった。
「お前、わしに会いたかったんじゃなかったのか?」
そ、そうだったっ!
「わしも、お前に用があってきたのじゃがな」
そ、そうなのか?
「ゆっくりできんから、今ここで言う」
お師匠様もなんか急いでいるようだなぁ。
「何ですか?」
「お前のことだから、家茂公が無くなってから、孝明天皇のことを考えたじゃろう?」
そう、その通りだ。
「孝明天皇のことは、わしが何とかしてみる。知り合いがいるから、何とかなるじゃろう」
原田さんの言う通りになったぞ。
「ありがとうございます。それで悩んでいたのですよ」
「お前ごときが、孝明天皇の知り合いを探すことはできんじゃろう」
確かにそうなんだけど。
「だから、この件はわしに任せろ」
お師匠様はそう言うと、私に背中を向けて去っていこうとした。
早速、その知り合いの所に行くんだろう。
ありがとうございます、お師匠様。
しかし、お師匠様が歩き出した方向は、孝明天皇がいるであろう場所と全く逆の方向だった。
「あの、お師匠様。方向が違うのですが」
「こっちで合っているだろう? 大坂の方向は」
えっ、大坂?
「なんで大坂なのですか?」
「温泉巡りの旅に出るには、大きな街道に出なければな。大坂なら、街道の一つや二つあるじゃろう。ついでに大坂観光もしてくるかな」
おい、孝明天皇はどうなった?
「じゃあな。その件はわしに任せておけっ!」
お師匠様は、自分の胸を拳で叩くと、意気揚々と大坂方面に向かって歩き始めたのだった。
本当に、大丈夫なのか?




