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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年7月
281/506

江戸時代で運動会?

 これは、私のささいな一言から始まった。

 七月も下旬になり、旧暦なので現代に直すと九月の下旬あたりになるのか、だいぶ秋らしくなった日のこと。

 秋の青空を見上げ、それに向かって両手をあげた私は、

「なんか、運動会って感じの空だぁっ!」

 と、屯所の庭で叫んでいたのを土方さんが見つけた。

「なんだ、運動会って?」

 誰もいないと思っていたから、声が聞こえた時は驚いた。

「な、何ですか、突然」

 声のした方を見ると、土方さんが屯所の長い縁側に立っていた。

 そこは、大部屋だったと思うけど、なんでそこにいるんだ?

「大部屋に用があって立ち寄ったら、外からお前の声が聞こえたんだ。で、なんだ、その運動会ってやつは」

 縁側の上で私を見下ろすように腕を組んで立っていた。

 運動会……どう説明すればいいんだ?

「あのですね、日頃の鍛錬の成果を組に分かれて競い合うと言うか……」

 この説明でわかるかなぁ。

「なるほど。で、今日はその運動会ひよりなのか?」

「運動会って、秋に行われていたので、秋らしい日になったなぁと思ってつぶやいたのですよ」

 最近は、春にやるところも多いらしいけど。

「ずいぶんでかい声でつぶやくんだな」

 わ、悪かったですねっ!

「その運動会ってやつ、悪くねぇな」

 土方さん、何を考えているんだ?

「よし、やってみるか。その運動会ってやつを」

 そ、そうなのか?

「本気でそう言ってます?」

 恐る恐る聞いてみると、

「本気だ」

 と、あっさり言われてしまった。

「なんか準備があるのか?」

 準備と言えば、色々あるぞ。

「まず、競い合うものを決めます」

 徒競走とか、組体操とか、障害物競走とか、色々あったよなぁ。

「そうか。それは何とかなりそうだぞ」

 そうなのか?江戸時代でも、徒競走とかあったのか?

「後はなんだ?」

 後は……

「組み分けをしなければいけませんね」

「それも何とかなるだろう」

 そうなんだ。

「他にはなにがある?」

 運動会と言えば……

「万国旗とお弁当っ!」

「はあ? 万国旗ってなんだ?」

 それはこの時代にはなかったよね。

「異国の旗を飾るのですよ」

「それは却下だ。なんでわざわざ異国の旗を飾らなければならないんだ」

 そうだよね、この時代だとそうなるよね。

「後、弁当ってなんだ? あの食べる弁当か?」

 それ以外何があるんだ?

「そうですが……」

「弁当の早食い競争でもするのか?」

「いや、違いますよ。お昼にみんなで食べるのですよ」

「それも運動会ってやつなのか?」

「もう、欠かせないものですよ。運動会には」

 ちなみに、体育祭になると家族でお弁当を食べるなんてことは無くなるよね。

「よし、わかった。早速やってみよう」

 本当に運動会をやるのか?


 数日後。

 土方さんの号令で、屯所の庭に集められるだけの隊士が集められた。

 その数は百人以上。

「まず何をするんだ?」

 その百人以上の前で堂々と私に聞いてくる土方さん。

 他の隊士たちが怪訝な顔をしている。

「なにをするか、説明したのですか?」

「まだだ」

 まずはそこからだろう。

 私の思っていたことが分かったのか、隊士たちの方を見て土方さんが、

「これから、運動会をやる」

 と、一言言った。

「えっ、運動会?」

 というつぶやきがあちらこちらから聞こえ、

「なんだそりゃ?」

 という声に変わっていった。

「あの……説明になっていないと思うのですが……」

「俺もよくわからんからな」

 よくわからないでそれをやろうとしてたんかいっ!

「お前から説明しろ」

 ええっ、私が説明をするのか?

「あ、あのですね……」

 私が隊士たちに向かって声を出すと、いっせいに私に視線が集まった。

 ち、ちょっと、緊張するのですがっ!

「組み分けをして、日頃の鍛錬の成果を競い合います」

 私がそう言うと、一瞬シーンとなったけど、再びざわざわしだした。

 ど、どうすればいいんだ?

「楽しそうだな。その運動会ってやつをやってみよう」

 永倉さんが前に出てきてそう言ってくれた。

「で、まずは組み分けか。どうするんだ?」

 永倉さんが私に聞いてきた。

「どうやって組み分けをするのですか?」

 土方さんに聞いたら、

「どうするんだ?」

 と、聞き返されてしまった。

 いや、聞き返されても困るのだけど。

「とりあえず二組に分かれましょう。あ……い組とろ組でどうですか?」

 赤と白と言おうとしたけど、そう言って通じなかったら困るから、いろはのいとろで組を作ってみた。

「それでいいぞ。二組に分けるんだな。よし、一・三・五・七・九番隊はい組。二・四・六・八番隊とその他はろ組だ。それで別れろ」

 土方さんがそう言うと、真ん中から二つに分かれた。

 そう言う組み分け方法もあるのね。

 でも、その他って?

「その他って、なんだ?」

 私の代わりに永倉さんが質問してくれた。

「その他は、監察方などがいるだろう。それと俺だ」

 そ、そうなのか?土方さんも参加するのか?

 永倉さんもそう言う目で見ていたのだろう。

「俺が参加するのは、いけねぇのか?」

 と、土方さんが言ってきた。

「いや、別に悪くはないよ」

 永倉さんはそう言った。

 でも、審判みたいな人は誰がするんだ?

「競技をして、それを評価する人はいないのですか?」

「そんな人間がいるのか?」

 私が聞いたら、逆に土方さんに聞かれてしまった。

 えっ、いらないのか?

「お前も組に入れ。お前はい組だぞ」

 本当にいなくていいのか?と思っている間に、土方さんにそう言われ、私はい組の方へ行った。

 い組は、あまり知っている人がいなかった。

 斎藤さんと沖田さんぐらいだ。

 えっ、沖田さん?

「な、なんで沖田さんがいるのですかっ!」

 運動会に参加するつもりでいるのか?安静にしていないといけないのに。

「土方さんが集合をかけたからいるんだよ」

 なんだ、それだけか。

 参加する気はないのだな。

「運動会って、楽しそうだね。なにがあるんだろう?」

 沖田さんは嬉しそうにそう言った。

 やっぱり参加するつもりなのかいっ!

「沖田さんは無理ですよ」

「えっ、なんで? 僕は楽しみなんだけど、蒼良そらは悲しくなるようなことを平気で言うんだね」

 いや、そう言うつもりじゃないんだけど。

「僕だけ参加させないなんて、意地悪するんだ」

 いや、そんな気持ちは全然ないんだけど。

「ひどいや」

 なんか、勝手にひどい人になってないか?私。

「蒼良は、ひどいや」

「いや、そんなつもりで言ったんじゃないのですよ」

 沖田さんが心配だから言ったんだけど。

「そう。なら、参加してもいいよね。僕がいないと、蒼良が大変だしね」

 そ、そうなのか?

「蒼良の嫌いな武田君も同じ組だよ」

 そ、そうなのか?

「知り合いは斎藤君しかいないしね」

「沖田さん、一緒に頑張りましょうっ!」

 これ以上、知り合いを減らしたくないわ。

 ろ組を見ると、土方さんをはじめ、永倉さん、原田さん、源さん、藤堂さんなど、知っている人がたくさんいて楽しそうだ。

 この組み分けって、公平なようで、不公平じゃないのか?


「まずは、何をするんだ?」

 土方さんにそう聞かれた。

 って、全部考えてたんじゃないのか?

「とりあえず、走りましょうか?」

 私は横に線をひいた。

 百メートルぐらい離れたところにちょうど原田さんが立っていたので、線を引いてくれと頼んだら、快く線を引いてくれた。

「これから、い組とろ組から二人ずつ出して、ここに四人並んで一緒に走ります。向こうに線が引いてあるので、最初に線のところに着いた人が勝ちになります」

 私が説明すると、

「面白そうだな」

「よし、やるぞ」

 という隊士たちの前向きなつぶやきが聞こえてきた。

「全員やるときりがないから、各組二十人出せ。十回それが出来れば十分日頃の鍛錬の成果を見れるだろう」

 土方さんがそう言うと、各組で選手の選定が始まった。

 各々二十人出た。

 最初に二人ずつ、四人がスタートした。

 一位と二位の差が大きかったので、簡単に順位が決まった。

 しかし、五回目の時は、順位に差が出来なかった。

「い組の方が速かったっ!」

「いや、ろ組だっ!」

 言い合いが始まった。

 こういう時のために審判が必要なんだけど、今回はあえてそう言う人を置かなかったしなぁ。

「よし、やるか?」

「やってやろうじゃないのっ!」

 荒くれ者の集まる新選組。

 大人しく言い合いしている間はまだよかった。

 しかし、どこからか竹刀が出てきて、殴り合いや、竹刀を使っての喧嘩に発展した。

「やめろっ!」

 最初は、私たちも必死に止めていたけど、横を見ると、沖田さんが一人を竹刀で倒していた。

「お、沖田さん?」

「大丈夫だよ。気絶しているだけだから」

 いや、そう言う問題じゃなくて、安静にしているはずの人間が、なんで人を倒しているんだ?

 しかも、止める立場なのに。

 でも、沖田さんだけじゃなく、永倉さんも竹刀を持って暴れていた。

 これじゃあ、運動会どころじゃないじゃないかっ!

「おい、何してんだっ!」

 近藤さんの声が聞こえてきた。

「歳、急いでこれを止めろっ!」

 そう言った近藤さんの顔が、血の気がひいたように見えた。

 何かあったのかな?

「近藤さん、何かあったのか?」

 土方さんも私と同じように見えたみたいで、近藤さんに近づいてそう聞いた。

「今、幕府の方から情報が入った。家茂公が、亡くなった」

「な、なんだってっ?」

 近藤さんのその言葉に土方さんは驚いた。

 そして、その声を聞いた永倉さんが、

「家茂公が、亡くなったって?」

 と大きな声で言ったので、みんながそれに驚き、自然と乱闘は止まった。


「死因はなんだ?」

 土方さんは、近藤さんにそう聞いた。

 あの後、隊士たちは各々の部屋へ引き上げて行った。

 土方さんと私は近藤さんの部屋にいた。

脚気かっけらしい」

「そうか、脚気か」

 信じられないと言う感じで、土方さんは言った。

 良順先生も、家茂公の死を止めることはできなかった。

 今回は歴史を変えることが出来なかったのだ。

 それなら、もう一つの方を何とかしないといけないかな。

 近藤さんの部屋を後にし、部屋に戻ると、

「お前は、驚かねぇんだな」

 と、土方さんに言われた。

「知っていたんだな」

 そろそろだとは思っていた。

 それが今日、この日だとは思わなかった。

「ずいぶんと早い死だな」

 家茂公は、若いとは聞いていた。

「何歳だったのですか?」

「なんだ、死ぬことは知っていたが、歳は知らなかったのか?」

 土方さんにそう言われ、コクンとうなずいた。

「二十歳だったと思ったが」

 私と一つしか変わりないじゃないかっ!

「ずいぶんと若かったのですね」

 自分と年が変わらない人が将軍になっていたとは思わなかった。

「近藤さんの話だと、次の将軍は家達公になりそうだと言っていたが」

 いえさとこう?誰だそれは?

「お前が知らないと言う事は、次の将軍は違うと言う事だな。誰だ?」

 確か、この時はまだ徳川ではなかったはず。

「一橋慶喜公です」

「一橋殿かっ!」

 私の一言に土方さんが驚いていた。

 私からしたら過去のことだから、普通のことだと思うのだけど、土方さんからしたら、驚くことだったのだろう。

「そうか、わかった」

 そう言って、土方さんが立ちあがった。

「これから忙しくなりそうだな」

「もっと忙しくなりますよ」

 十二月には、孝明天皇まで崩御してしまうのだ。

 今度はそっちを何とかして阻止しないと。

 出来るかわからないけど、何もやらないで見ていることはできない。

 やってみよう。

 そう思って、私も立ち上がったのだった。

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