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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
文久3年4月
28/506

初めて人を切った日

蒼良そらは人を切ったことがありますか?」

 藤堂さんが突然質問してきた。

 切ったことがあるか?という質問は、殺したことはあるか?という質問と同じだ。

「どうしたのですか?突然。」

「いや、答えたくなければ無理しなくてもいいんだ。」

「切ったことがあるか?と聞かれれば、私はないです。でも、切ろうと思ったことはあります。」

 深雪太夫のストーカー事件の時。あの時はとどめを刺そうと思ったとき、土方さんが先に切った。

「そうなんだ。どう思った?」

「どう思ったって…。切らなければ、私がやられて、他の人にも被害が及ぶ可能性があって、それだけは避けなければいけないって、そう思って決断したけど、他の人が切ったので、私は切りませんでした。」

「やっぱり、決断しないといけないな。こんな気持ちじゃあ、他の人にも迷惑をかけてしまう。」

「藤堂さん、どうしたのですか?」

 実は…と言いながら、話し始めた。

 その話によると、藤堂さんが巡察中に、浪人3人と商人が喧嘩をしていたので、止めに入ったところ、浪人の方が刀を出してきた。

 藤堂さんも刀を出して抵抗した。相手の腕前は藤堂さんより下だった。切ろうと思えばいつでも切れた。

「でも、切れなかった。」

「どうしてですか?」

「怖かった。自分の刀で人の命を消すことが怖かったんだ。」

 結局、相手の刀を払い続けた。そのうちほかの隊士達が応戦に駆けつけたため、相手の浪人は逃げてしまった。

「藤堂さん、よく1人で3人も相手できましたね。」

「問題はそこじゃないから。」

 確かに。

 

 それから、副長である土方さんに報告したところ、『そんなことをしていると、禍根かこんを残すぞ。ちゃんととどめを刺せ!』要は、後日の災いになるぞということ。そう言われて怒られたらしい。

「藤堂さん、土方さんに怒られたぐらいでそんな悩まなくても大丈夫ですよ。あの人、年中怒ってますから。」

「誰が年中怒ってるだと!」

 後ろから突然土方さんの声がした。

「いや~、今日もいい天気だなぁ。」

「思いっきり曇ってるぞ。」

 突然話題を変えてやろうとしたけど、失敗した。そうか、曇っているか…。

「あっ!UFOだっ!」

 私は空を指さした。空を見たすきに逃げようと思ったけど、

「ゆうふぉお?」

 と、逆に聞き返されてしまった。そうか、この時代はUFOはそんなに有名じゃないのか。

「あっ、土方さん。いつからいたのですか?いやー全然気がつかなかったなぁ。」

「ばかやろう!今気がついたふりしやがって。さっきから気づいていただろう。」

 当たり前だけど、バレていた。

「で、誰が年中怒っているだって?詳しく聞かせろっ!」

「副長に聞かせるほどの話じゃないですよ。」

「なんだ、急に副長扱いしやがって。蒼良が、そういう扱いするときはろくなこと無いな。で、早く聞かせろっ!」

「土方さんは、いつも隊のことを考えていて偉いなあって、話していたのですよ。ね、藤堂さん。」

 藤堂さんに話を合わせるようにと視線を送ったけど、藤堂さん、こういうところは真面目なので、

「私が、土方さんに怒られていたことを話したのです。私が悪いのであって、蒼良は関係ありません。」

「話が見えてきたぞ。それで、蒼良が、俺が年中怒っているって言ったのだな。」

「土方さん、さすがですね。」

「ばかやろう!それで褒められても嬉しくないわっ!二人ともちょっと来いっ!」

 という訳で、藤堂さんと一緒に土方さんに呼ばれたのだった。


「いいか、ためらっていると、その分他の奴が背負うことになるのだぞっ!だから、切れるときは切れっ!と言ったのだ。それはわかるな。」

 藤堂さんは、『はい』と真面目に返事をした。

「でも、切るということは、命を奪うということですよね。簡単に人の命は奪えませんよ。」

 私は、反論をした。

「切りそこねた奴が、お前の命を奪うことになっても、切れないというのか?」

 ううっ、それは反論できない。

「そういうことだ。後日誰かがそいつの刀で命を奪われるかもしれん。だから、切れるときに切らなければならない。」

 この時代では、そういうことなのかもしれない。切るか、切られるか。そういう時代なのだ。

「壬生浪士組は、人を切る。そういう汚れ仕事もする組織なのだ。その覚悟がないと、この組織にはいられないぞ。分かっているな、平助。」

「はい。わかってます。私も、覚悟を決めなければいけませんね。」

 自分も、覚悟を決めなければいけない。これから様々な事件に遭遇することになる。その事件を思うと、人を切らずにここにいることはできない。

「蒼良も、分かったか?」

「分かりました。」

「辛いのはわかる。俺もできればお前たちにこんな汚れ仕事をやらせたくない。しかし、そういうわけにもいかない。それが現実だ。お前たちにこういう仕事をやらせて、申し訳なく思っている。」

「土方さん、大丈夫です。私が覚悟を決めます。」

 藤堂さんは真面目に答えた。

「土方さんが謝るなんて、珍しい。雨降るかもしれませんね。」

「蒼良、何が珍しいだ!俺だって人間だからな、謝るときもある。それに、何が雨が降るだ!ばかやろう。」

「土方さんは、謝っているより、そうやって怒鳴っている方が似合ってますよ。それに、汚れ仕事だとは思いません。京の治安を守っているのだから、堂々としていればいいのです。じゃあ、私たちは失礼します。雨が降ったら、土方さんのせいですからね。」

 私はそう言って、藤堂さんを先にして部屋を出た。私が出ようとしたとき、

「蒼良、ありがとな。」

 と、土方さんが言った。


「やっぱり、土方さんの言う通り。いつまでもこうやって人を切ることを避けているわけにはいかない。」

 部屋を出たあと、藤堂さんが言った。

「でも、抵抗ありますよね。」

「ないと言えば嘘になる。でも、私は、切りそこねた人間が、後日蒼良とかを切るかもしれないということの方が耐えられない。」

「藤堂さん、無理しないでくださいね。」

「蒼良、話聞いてくれてありがとう。それにしても、源さんの言っていたとおりだな。」

「源さん、何か言っていたのですか?」

「蒼良と土方さんとのやりとりを聞いていると面白いって。」

「見世物じゃないですから。」

 そう言っても、藤堂さんはくすくすと笑っていた。


 その後、大雨が降った。しかも、雷つきの。

「土方さんがらしくないことをするから、雷までなっているじゃないですか。」

「それは関係ないだろうが。」

「あ、いいこと考えた。」

「なんだ。」

「雨を降らせたい時は、土方さんが謝ればいいのですよ。」

「俺は祈祷師きとうしじゃねぇ!ばかやろう。」

 このやりとりのどこか面白いのだろう。今度源さんに聞いてみよう。


 それから数日後。藤堂さんと夜の巡察に出ることになった。

「藤堂さん、結局人を切ったのですか?」

「運良くというか、そういう機会はないですね。」

 それはよかったと言っていいのだろうか?何か複雑な気分だ。

「あ、お前、この前のやつ。」

 突然、居酒屋のような店の出口から声が聞こえた。

 見てみると、私は見覚えがない。

「藤堂さんの知り合いですか?」

「私がこの前斬り合いになった奴らですよ。」

 確かに、3人いる。がらの悪い浪人たちだ。

「この前の決着を付けるぞ。」

 浪人がそう言うと、3人とも刀を抜いてきた。

 抜いた刀を戻すことはめったにない。相手も切る気満々なのだ。

「蒼良、1人お願いします。」

「分かりました。」

 私が1人を担当し、藤堂さんは1人で2人も相手するらしい。

 私たちも刀を抜いた。

 私の相手は、浪人だけあって、素人よりは腕がいい。私は相手の刀を払った。

「蒼良!後ろ!」

 藤堂さんの声を聞き、相手の刀を払ってから後ろを向くと、私に向かって振り落とされてくる刀があった。

 藤堂さんが相手していた2人のうちの1人がすきを見て私を後ろから切ろうとしたらしい。

 しかし、その刀が私に振り落とされることはなかった。その前に藤堂さんが相手を倒していた。

 今度は私の後ろから気配がした。私が相手していた人が切りつけてきた。切りつけられる前に私から切り倒した。

 最後の一人は藤堂さんが切った。藤堂さんはこの日いっぺんに2人も切った。

 刀を振って、刀についた血を落とした。血独特の鉄のような生臭い空気が鼻についた。

「藤堂さん、行きましょう。」

 無言で刀をしまう藤堂さんに声をかけた。

「ああ、行こう。」

 京は治安が悪いので、こういう死骸が出ることはたくさんある。あとの始末は奉行所の人か誰かがするだろう。

 現代では、人を殺すと徹底的に調べられ、捕まる。でも、この時代はそういうことはない。切るか、切られるか。そういう時代なのだ。割り切ろう。

「蒼良、ごめん。肩、借りる。」

 藤堂さんはそう言うと、私の方に頭をのせてきた。突然だったので、びっくりした。それから、藤堂さんの背中がふるえていた。

 泣いているのだ。

 人を切ることができなかった、優しい人だ。今日も、相当の覚悟で臨んだのに違いない。できれば切りたくなかったのかもしれない。

 でも、そういうことが許されない立場なのだ。

 どう思って泣いているのかはわからない。でも、辛い思いをしているのはわかる。

 私は、藤堂さんの背中をポンポンと優しく叩くように撫でた。

 藤堂さんは、しばらく私の肩で泣いていた。

 しばらく泣いたあと、吹っ切れたのか、顔を上げて、

「蒼良、ありがとう。もう大丈夫。行こう。」

 と、笑顔で言った。

「スッキリしましたか?」

「なんで?」

「涙を流すということは、心を浄化する作用があるのですよ。だから、泣きたい時は我慢しないで泣いた方がいいのです。」

「そうなんだ。そう言われると、何かスッキリしたような感じもする。」

「泣きたい時は、遠慮せずに泣いてください。私の肩ぐらい、いくらでも貸しますよ。」

「ありがとう。」

 藤堂さんは、数年後に新選組を抜けて殺される。そういう運命を少しでも避けられるなら、今のうちに彼の心の負担を軽くし、新選組を抜けないようにしたい。


 屯所に帰り、土方さんに報告をした。

「ご苦労だった。」

 一言、そう言われただけだった。

 しかし、藤堂さんと別れて部屋に帰ってくると、

「蒼良、大丈夫か?」

 と、聞いてきた。

「何がですか?」

「人を切ることに対して、あんなに抵抗していただろう。それなのに、切ってきて平気な顔していられる方がおかしい。」

「どうして土方さんはそう鋭いのですか?」

 その言葉を言ったと同時に、心をせき止めていた何かがあふれ出すような、そういう感じになり、気がつくと、涙を流して泣いていた。

「俺も、好き好んで鋭くなったわけじゃないさ。」

 土方さんは、そう言いながら、私に肩を貸してくれた。土方さんの肩で思いっきり泣いた。

 思いっきり泣いたらスッキリした。

「鼻をかんでもいいですか?」

「それだけはやめろ。」

 やっぱり、肩で鼻をかんではいけないらしい。当たり前か。

「ありがとうございます。もう、大丈夫です。」

 私は笑顔で言った。土方さんがいてくれるから、大丈夫。

「無理するなよ。」

「あんまり優しくすると、また雷が鳴りますよ。」

「うるさいっ!」

 痛くないげんこつが落ちてきた。


 その後、藤堂さんはあんなに人を切ることに対して抵抗を感じていたのに、そんなことを微塵も感じさせないぐらいの剣の使い手になっていた。

 巡察のとき、怪しい所に最初に踏み込むとき、一番最初に踏み込む人間が一番切られやすいということで、死番と言われていたのだけど、藤堂さんはその役目を進んでかって出た。

 そして、まっ先に戦闘に飛び込むので『魁先生さきがけせんせい』と呼ばれるようになった。

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