表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年7月
279/506

玉子ふわふわ

「お前、数日前に島原にいただろう?」

 土方さんに突然言われた。

「数日前ですか?」

 身に覚えがないなぁ。

 島原に自分から行くと言う事があまりないしなぁ。

 だいたいが誘われて行くと言う感じなんだけど、私のことを知っている人はあまり誘ってこない。

 だから、ほとんど誘われないから行かないんだけど。

「行ってないですよ。どうしたのですか?」

 突然そんな変なことを言ってくるなんて、土方さんもおかしいぞ。

「いや、伊東さんと近藤さんが、この前島原に行ったときに出てきた芸妓が誰かに似ているとずうっと考えていたと言われてな」

 あ、そうなんだ。

「誰に似ていたのですか?」

「お前だ」

 土方さんがまっすぐ私を見てそう言った。

 えっ?私か?

「身に覚えがないのですが……」

「そうだよな。最近は島原に潜入捜査なんてねぇもんな」

 私は、コクコクとうなずいた。

 身に覚えが……あっ!

「なんだ、身に覚えがあるのか?」

 土方さんは、私の顔の変化を素早く見破った。

「い、いや、ないです。ないですよ」

 笑顔でごまかした。

 危なかった。

 身に覚えが思いっきりあったことを思い出した。

 数日前と言ったら、牡丹ちゃんに誘われて、家橘さんに会うために島原で芸妓になったのだ。

 そんなこと土方さんにばれた日には、絶対に怒られる。

 ごまかさなくてはっ!

「そうか。俺はてっきりお前が芸妓になって潜んでいたと思ったが、そうか、身に覚えがないか」

 土方さんが笑顔で言ったので、

「当たり前じゃないですか。なんで私が島原の芸妓になっているんですか?」

 と、私もとびっきりの笑顔でごまかした。

「近藤さんの話だと、その日は歌舞伎役者の市村家橘が来ていて、なかなか芸妓が来なかったと言っていたから、てっきりお前が芸妓に化けて潜入していたと思ったぞ」

 な、なんでそこまで知っているんだ?でも、まだばれてない。

「そ、そんなことないですよ。あはは」

 最後の笑い声は、もう乾いた笑い声になっていた。

「そうだよな。いくら家橘が好きだからって、島原に芸妓になってまで会いに行食わけねぇよな」

 土方さんも乾いた笑い声になっていた。

 どこまでごまかせばいいんだ?

「それはないですよ」

「で、数日前、近藤さんたちが島原に行った日、お前、どこにいた?」

 えっ?そ、そんなことまで聞くのか?

 アリバイってやつか?

「と、藤堂さんと一緒に道を歩いてたと思うのですが……」

 藤堂さんに島原で会ったから、そう言ってごまかせばなんとかなるかな。

 藤堂さん、ごめんなさいと心の中で謝った。

「そうか。で、なんで近藤さんが島原行った日を知っているんだ?」

 えっ?

「俺は数日前と言ったけど、日にちまではいわなかったぞ」

 これって、誘導尋問ってやつか?それにまんまと引っかかったと言うわけか?

「お前、島原にいたな」

「す、すみませんでしたっ!」

 もうごまかせないと思った私は、土方さんに頭を下げて謝った。

「お前、やっぱり島原にいたんだな」

 はい、いました。

「やっぱり目的は市村家橘か?」

 はい、その通りです。

「お前……」

 土方さんに絶句されてしまった。

「だって、こんな好機はめったにないのですよ。牡丹ちゃんは舞台とかで見たことあると言っていましたが、私なんて見たこともないのですよ」

 だから、島原に来るとなったら、ぜひ見てみたいだろう。

「わかった、わかった。今度、芝居小屋に連れて行ってやるから、二度と俺の知らないところで島原で芸妓になることはやめてくれ」

 芝居小屋に連れて行ってくれるのか?

「わーい、ありがとうございます」

「おい、俺の言ったことをわかっているだろうな? 島原に勝手に潜入するなよ。俺だって、ごまかすの大変だったんだぞ」

 はい、すみませんでした。


 やっぱり、あのときに近藤さんたちに会ったのはまずかったよなぁ。

 でも逃げられるような状況じゃなかったしなぁ。

 そんなことを思いながら歩いていると、気がついたら、台所の前に来ていた。

 出汁のいい匂いがしてきたので、思わずのぞいてしまった。

「あ、天野先生」

 台所にいた隊士たちが私の姿を見てそう言ってきた。

 先生なんて、照れるなぁ。

 そう思いながら、かまどを見ると、湯気と一緒にだし汁の美味しそうなにおいもただよってきた。

「いい匂いがしたのですが、なにを作っているのですか?」

 私が言うと、佐々山さんが出てきた。

「ああ、玉子ふわふわを作っているのですよ」

 えっ?たまごふわふわ?

「何ですか? それ」

 卵を使っているんだろうなぁと言うのはわかるんだけど、ふわふわ?

「知らないのですか? 人気な料理ですよ」

 そうなのか?

「あ、でも、どちらかと言うと高級料理だから、食べたことない人もいるかもしれないですね」

 佐々山さんはそう言ってくれた。

「食べてみますか?」

 そこまで言われたら、食べてみたくなるだろう。

 私はうなずいた。

「それなら手伝ってください」

 佐々山さんは笑顔で玉子と器とさいばしを出してきた。


 気がつくと、私はさいばしで器に割入れた卵を必死で泡立てていた。

 ハンドミキサーとまではいわない。

 せめて泡だて器がほしい。

 箸で泡立てるのも結構大変なのよ。

「手つきがいいですね」

 佐々山さんは私の持っている器をのぞき込んでそう言った。

「そうですか? ありがとうございます」

 褒められて嬉しくない人はいないだろう。

「でも、もうちょっと箸を動かして泡立ててもらえると、ありがたいです」

 さりげなく、だめ出しをしていかなかったか?

 もっと泡立てないとだめなのか?それなら、せめて泡だて器をくれっ!

「こうするといいのですよ」

 佐々山さんが私から器と箸を取り、泡立ての見本を見せてくれた。

 箸が動きで見えないぐらい激しく動いている。

 す、すごい。

「これぐらいやると泡立ちますと」

 そう言って、器を私に返してきたけど、そんな技、私には出来ないからねっ!


 それでも何とか卵を泡立てることが出来た。

「よくできました」

 と、佐々山さんから太鼓判をもらった。

 泡立った卵は、沸騰した出汁のはいった鍋にいっきに入れられた。

 そして、素早く蓋をした。

「これで出来上がりです」

 佐々山さんが嬉しそうに言った。

 そ、そうなのか?

 泡立てるのが大変だけど、後は簡単な料理なのね。

 少ししたら、鍋がかまどから降ろされた。

 ふたを開けると卵がふわふわしてはいっていた。

 確かに、玉子ふわふわだ。

「これをご飯にかけて食べるのですよ」

 佐々山さんはそう言いながら、ご飯にかけてくれた。

「どうぞ」

 そして、それを私に出してきた。

「食べてもいいのですか?」

「もちろん。手伝ってもらったので、遠慮せず食べてください」

 それではお言葉に甘えて。

「いただきます」

 そう言って、玉子ふわふわにご飯を混ぜて食べてみた。

 出汁がきいていてとっても美味しかった。

 食感は、卵かけご飯の卵をものすごくふわふわにした感じだ。

 美味しくて、あっという間に一杯食べてしまった。

「ごちそうさまでした」

 そう言って、空になった器を置くと、佐々山さんは再び玉子ふわふわが入った器と箸をお盆にのせて、私の前に置いてきた。

「もうお腹いっぱいですよ」

 この時代に来てかなりやせたとはいえ、やっぱり太ることを気にしてしまう。

「これは、局長にです。持って行ってもらえますか?」

 えっ、そうなのか?

「ここは、これから夕飯作りで忙しくなって、猫の手も借りたいぐらい忙しくなるので、お願いします」

 卵ふわふわもごちそうになったし、それぐらいなんてことない。

「いいですよ。近藤さんのところですね」

 そう言って、そのお盆をもって近藤さんの部屋へ向かった。


「おお、この匂いは、玉子ふわふわだな」

 さすが、近藤さん。

 好物だからすぐわかるのだろう。

「正解です。さすが、好物だとすぐわかるのですね」

「わしの好物も知っていたか」

「佐々山さんから聞きました」

「そうか、そうか」

 近藤さんは嬉しそうにそう言って、玉子ふわふわを食べ始めた。

 普段から食べるのが早いのか、好物だから食べるのが早いのか。

 あっという間に食べ終わった。

「おかわりいりますか?」

 私が立ち上がると、

「これでいっぱいだ。ごちそうさま」

 と、近藤さんは言って箸を置いた。

「この料理は、東海道中膝栗毛とうかいどうちゅうひざくりげにも出ているんだぞ」

 そうだったのか。

「あの、十返舎一九じっぺんしゃいっくのですか?」

「そうだ。よく知っていたなぁ」

 古典の授業で習ったような。

 でも、玉子ふわふわは出てこなかったなぁ。

「この料理は知っていたのか?」

 近藤さんに聞かれ、

「さっき、佐々山さんから教わって知りました」

 と、正直に答えた。

蒼良そらは、普通の人が知らない東海道中膝栗毛の作者は知っているが、普通の人が知っている玉子ふわふわは知らなかったんだな」

 と言われてしまった。

 い、いや、それには深い、深いわけがあるのですよ。

「他の隊士がよく言っているが、その通りだな」

 近藤さんはそう言って笑った。

 他の隊士って、どの隊士が言っていたのか、私なりにすごく気になるのですが。

「ま、それも個性のうちだからな」

 個性で片づけられたから、よかったのか?

「ところで、この前島原で蒼良によく似た芸妓がいたが、あれは知り合いか?」

 心臓がドキッとしてしまった。

 急にその話題かっ!驚くじゃないかっ!

「あ、いえ、他人の空似じゃないですか?」

「そうなのか? 歳は、遠い親戚だと言っていたが」

 土方さん、そんなことを言っていたのか?

「そ、そうです。遠い親戚なんです」

 私は必死でごまかした。

「そうか。遠いってどれぐらい遠いんだ?」

 そ、そんなことを言われても……どうすればいいんだ?

「あのですね、私の母のいとこのお姉さんの旦那さんのいとこのおばさんの子供です」

 しばらく沈黙が流れた。

「蒼良の母のいとこのお姉さんの旦那さんのいとこのおばさんの子供か?」

「はい。母のいとこの妹の旦那さんのお姉さんのいとこの子供です」

 あれ?さっきと違うような気がするが……ま、いいか。

「そうか。それって、他人じゃないのか?」

 えっ?そ、そうなのか?

「だ、だから、遠い親戚なんですよ」

 後でよく考えると、旦那さんと言う言葉が入ってきた時点でもう他人になるんだけど、その時はわからなかったので、必死でごまかした。

「そうか。よく似ていて、美人だったからな。わしのことなんか言っていたか?」

 えっ?

「特には何も言っていなかったと思うのですが……」

 何かあったのか?何もなかったと思うのだけど。

「そうか。それなら、蒼良からさりげなくわしのことを教えておいてくれ」

 教えておくのか?

「わかりました」

 近藤さんが私に言った時点で教えたことになると思うのだけど。

 そんなことを思いながら、近藤さんの部屋を後にした。


「お前っ! それでなんて言ったんだっ!」

 気になったから、部屋に入ってから土方さんに近藤さんの部屋であったことを全部話した。

 そしたら、すごい勢いでそう言われた。

「わかりましたと言いました」

「近藤さんは妾がいるんだから、もういいじゃないですかとかって言わなかったのか?」

「それって、余計なお世話じゃないですか」

「そんなのんきな事を言ってられるかっ! 近藤さんが芸妓になったお前を気に入ったって事だろう」

 ええっ!そうなのか?

「そ、そんな、考えすぎですよ」

 うん、土方さんの考えすぎですよ。

「いや、絶対にそうだ。そこまで言ってきたのなら間違いない」

 ええっ!どうすればいいんだ?

「とりあえず、もう二度と芸妓姿で近藤さんに会うな。会わなければ、そのうち近藤さんも忘れるだろう」

 時間が経てば忘れるだろう。

 題して、自然消滅作戦だな。

「わかりました」

 もう二度と、近藤さんの前で芸妓姿になるのはやめておこう。

 でも、もし……

「もし、芸妓姿で会ってしまったら、どうするのですか?」

「お前は、また変なことをたくらんでいるのか?」

 いや、まだ企んでいない。

「今度そうなったら、お前はそのまま近藤さんの妾になってもらうからなっ!」

 ひいいいっ!

「そ、それだけは勘弁してくださいよ」

 近藤さんには愛があるかもしれないけど、私にはないんだぞ。

「俺だって、お前が妾になるのは嫌だからな。絶対に近藤さんの前で芸妓姿になるなよっ!」

「わかりました。絶対になりません」

 妾になんてなりたくないっ!

 絶対に、近藤さんの前を芸妓姿で出るのはやめようと、固く誓ったのだった。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ