長州征伐
蒼良さんと一緒に広島に行き、蒼良さんを船に乗せて京へ帰してから数日後。
幕府の軍艦がやってきた。
いい時に蒼良さんを帰したと、ホッとした。
少しでも遅れていたら、蒼良さんに怖い思いをさせてしまうところだった。
私は、しばらく広島で様子を見るように言われたため、今度は広島の中であっちこっちと動くことになった。
幕府軍は、上関口と言う四国の方からと、芸州口と言う山陽道の方からと、石州口と言う山陰道の方からと、小倉口と言う九州の方からの四方向から攻撃すると言う作戦がとられたらしく、兵力が四方向へ分散して行った。
やはり、数は幕府軍の方が圧倒的に多い。
長州は士気が高かった。
その士気を見るたびに幕府軍は負けるかもと言う思ったが、こうやって幕府軍の数の多さを見ると、幕府軍が負けるかもと思った自分がばかばかしく思える。
この戦いは、幕府が勝つだろう。
戦いは、上関口方面にある大島と言う島から始まった。
幕府軍は多くの軍艦で侵入し砲撃をはじめ、あっという間に大島を占拠した。
「この分だと、幕府が勝ちそうだ。長州なんて、最初から弱かったからな」
広島で一緒に潜入捜査をすることになった吉村が、この様子を見てそう言った。
しかし、私はそうは思えなかった。
長州軍は、数も少ない。
だが、来ている物や身につけている銃が幕府のそれと全く比較にならないものだった。
幕府軍は、火縄銃に槍や刀を持ち、いつの時代の物かわからない甲冑を着ていた。
あれじゃあ動くのも重くて素早く動けないだろう。
しかも、今は夏で暑い。
自然と幕府軍の動きは鈍いものになるだろう。
一方、長州軍は軽装で、武器は私が萩城で見てきた、異国から買った最新鋭の武器だった。
しかも、異国式に訓練されていて、幕府軍と動きは全然違うものになっていた。
数での勝負なら幕府軍が勝つだろう。
しかし、武器での勝負なら長州軍だ。
今回は幕府が勝ったが、これで簡単に終わるような気はしなかった。
「起きろっ! 大変なことが起こったぞ」
大島を幕府軍が占拠して数日後の夜、吉村に起こされた。
これが蒼良さんなら、自然と笑顔になって
「なにがあったのですか?」
と言えるのだが、相手は男だから、夜中に起こされたと言う不満が苛立ちになっていた。
こんな夜中になにがあったと言うのだ。
「長州軍が、大島に奇襲をしたぞ」
なんだって?
吉村の言葉に驚き、ガバッと布団から飛び起きた。
「詳しく聞かせろ」
吉村につめ寄った。
吉村の話によると、高杉晋作率いる奇兵隊が大島の周りに停泊している幕府の軍艦に攻撃をしたらしい。
「長州は丙寅丸と言う小さい軍艦で攻撃をしてきたらしいが、それに積んであった大砲がすごい物だったらしいぞ」
蒼良さんが言っていた、あーむすとろんぐ砲と言うやつだろう。
新選組や幕府で使っている大砲とはえらい違いと言っていた。
「で、幕府の被害状況は?」
私は吉村に聞いた。
そんなすごい大砲で撃たれて、被害がないと言う事はないだろう。
「特に被害はないらしいぞ」
吉村の言った言葉が信じられなかった。
「それは本当のことか?」
「俺が調べてきた情報だ。間違いない」
私だったら、幕府の軍艦を破壊して、完全に大島を奪回するだろう。
それなのに高杉晋作は、大砲を打つだけ打って去っていったらしい。
萩城で浮かんだ高杉晋作の顔が頭によぎった。
あいつは、何を考えているんだ?
次の日になり、高杉晋作の考えていたことがわかったような感じがした。
というのも、大島を占拠していた幕府軍は、奪回に来た長州軍との戦いがあった。
それにあっさりと幕府軍は負けてしまったのだ。
敗因はわからないが、昨晩の夜襲が長州軍の勝因の一つになっていることは確実だろう。
高杉晋作は、そこまで読んでいて昨晩の夜襲を実行したのか?
もしそうなら、あいつはすごい男だな。
敵にするには恐ろしい男だったと言う事だ。
「山崎さん、そう落ち込まないで。まだ三方向への攻撃は残っているのだから」
吉村が俺を元気づけるために背中をポンッとたたいてそう言った。
これが蒼良さんならどんなによかっただろう。
しかし、彼女をこの戦に巻き込むわけにはいかない。
吉村でよかったんだ。
納得できないが、そう思うことにした。
吉村の言う通り、戦に敗れたのは上関口方面だけで、あと三方向残っている。
残りで勝てば幕府軍の勝利になる。
次は芸州口での戦いだった。
ここは私たちのいる広島に本営が置かれていた。
総督は、紀州藩主だ。
ここなら勝てるだろう。
誰もがそう思っていた。
幕府軍の先鋒は彦根藩だった。
川をこえれば長州の領地と言うところに着いた時、山の中に潜んでいた長州軍に攻撃をされた。
数は幕府軍が多かったが、長州に奇襲され最新鋭の武器で攻撃されたら勝敗は目に見えるだろう。
しかも、軽装の長州藩に対し、鎧兜をつけた彦根藩士たちは動きも遅い。
長州藩士たちは銃の訓練も重ねていた。
動きの遅い彦根藩士たちは銃の餌食になった。
彦根藩の敗走を聞き、待機していた高田藩は戦うことなく撤退した。
「彦根藩も高田藩も弱虫だ。新選組がここにいたら、戦勝をあげていただろうに」
吉村はこの二藩をバカにして笑うと同時に悔しがっていた。
しかし、新選組がいても同じ結果になっただろう。
あの最新鋭の武器に対抗できる武器が新選組にはない。
刀で向かって行っても、相手の懐にたどり着く前に銃で撃たれてしまうだろう。
「今回は仕方ないだろう」
私がそうつぶやくと、
「山崎さん、本当にそう思いますか? 私は最後は幕府が勝つと思ってるが」
吉村の考えがめでたいと思ってしまった。
長州軍は負けたら後はない。
しかし幕府軍は寄せ集めの軍で、負けても逃げても自分たちは失うものは何もないのだ。
そこからしてもう士気が違うのだ。
蒼良さんの言う通り、この戦いは長州軍が勝つかもしれない。
現にもう幕府は二敗している。
もう後はない。
後はないけど、失うものは何もない。
芸州口の戦いはこれだけで終わらなかった。
その後、敗走した彦根藩の代わりに紀州藩が出てきた。
ここは、銃も最新鋭の物をそろえてあり、士気も高かった。
四十八坂と言う場所で長州軍と戦が展開された。
今まで長州軍が圧倒的に強くて勝利をおさめていたが、ここだけは長州軍と同等の戦いが出来た。
しかし、長州軍の強さに驚いた老中の本庄宗秀が長州藩との和議を図ろうとした。
勝手な行動に怒った総督の紀州藩主は、総督をやめると幕府に言ってきた。
そのため、ただでさえばらばらだった幕府軍はさらに混乱してばらばらになっていった。
そんな中、長州藩に友好的だった幕府側の広島藩と長州藩が休戦協定を結んだ。
負けるかと思われた芸州口での戦は、引き分けで終わった。
次は石州口と小倉口だ。
幕府軍の先方は津和野藩と浜田藩と福山藩だった。
しかし、先鋒軍の一つである津和野藩は、長州と戦をしたくなかったようで、戦わずに長州軍を通した。
次に長州軍と当ったのは、浜田藩だった。
自分の領地に長州軍が潜入して来ると言う事態になった浜田藩は抵抗するものの、持っている武器の強さが全く違うため負けてしまい、長州軍が浜田藩の領地を占領した。
幕府は紀州と福山藩に出撃させたが、それもだめだった。
戦う気力のなかった紀州藩は、敗走する幕府軍を敵と間違えて敗走すると言う、考えられない行動をとる。
「なさけない」
吉村はそう言っていた。
私は、蒼良さんの言う通り、幕府が負ける予感しかしなかった。
一方の小倉口は、あの高杉晋作が出てきた。
大島の時の戦いと同様に奇襲攻撃を仕掛けてきた。
小さい軍艦にのった最新鋭の大砲で撃ちまくるだけ打ちまくった。
そして、高杉晋作率いる奇兵隊の小倉への上陸作戦を援護していたのは、亀山社中の坂本龍馬だった。
幕府軍は占領されてしまうかもしれないと言う小倉藩と久留米藩と肥後藩で長州軍を迎え撃った。
やる気があったのは小倉藩だけだった。
八王子の千人同心もいたが、彼らも逃げ出してしまった。
幕府軍はそんな状態だから、ここも負けるのは目に見えていた。
「奇兵隊ってやつは、一体何なんだ? 上陸しては銃で撃ちまくって攻撃してくるが、ある程度攻撃するとさっと逃げてしまう。こちらが攻撃する機会がないじゃないか」
吉村と小倉に来ていた。
高杉晋作率いる奇兵隊の戦いを見て、吉村は不満をもらしていた。
この高杉晋作、引き際もうまい。
こういう人間が幕府にいたら、この戦いももっと違うものになっていたのかもしれない。
今日も奇兵隊は、小倉へ上陸して攻撃したと思ったら、あっさりと去っていった。
今日も去っていくのか。
何回こういう戦いをするつもりなんだ?
高杉晋作に聞いてみたかった。
「あ、高橋じゃないか。広島にいたんじゃなかったのか?」
小倉で奇兵隊の去っていく姿を見ているときに、そう声をかけられた。
私のことをその名前で呼ぶ人間は一人しかいない。
「高杉」
そう、高杉晋作だ。
「ここは戦場だぞ。戦を避けて広島に逃げたのだろう? なんでここにいるんだ?」
高杉晋作は、怪訝な顔をして聞いてきた。
そうだろう、高杉晋作の言う通り、戦を避けるために広島に行ったことになっているんだ。
そんな人間が戦をしている場所にいるのはおかしいだろう。
ここで会うべきじゃなかったのだ。
「高橋じゃない、新選組の山崎と言ったほうがいいか?」
高杉晋作は、私の本名を知っていた。
「驚いているな。俺だってな、京に潜伏していた時があったんだ。お前のことは前から知っていたさ」
身分がばれていた。
私の不覚だった。
「なんで黙っていた?」
いくらでも私を斬ることが出来ただろう。
「お前が奇兵隊に入ればいいなと思ったからだ。お前に惚れたと言う事だ」
何を言っているんだ、こいつは。
私は刀に手をかけた。
「まて、そう怒るな。冗談だ」
こんな時に冗談を言っている場合じゃないだろう。
「お前を奇兵隊に入れたいと思ったのは本当だ。あと、人の恋路を邪魔する奴はなんとかって言うだろう?」
また、なにをわからないことを言っているんだ?
「お前ははなとかと言う女と本当の夫婦ではないことは知っていた」
はなとは、蒼良さんの仮名だ。
危ないと思い、本名をふせたのだ。
「ただ、本当の夫婦ではないのに、本当の夫婦以上のものを感じた。お前がその女に惚れているんだろ?」
なんでそこまで知っているんだ?
「だから、お前の恋路を邪魔して馬に蹴られたくないからな」
高杉晋作はそう言うと豪快に笑った。
「この戦は我々が勝つ。今からでも奇兵隊に来ないか?」
豪快に笑った後の高杉晋作は、急に真面目な顔になってそう言った。
奇兵隊に入ってしまおうか?一瞬そう思った。
このまま幕府側にいても、この士気のない状態じゃ異国にも勝てないだろう。
異国すらない長州にも負ける始末だ。
しかし、蒼良さんの笑顔が頭を横切った。
「待っています」
彼女はそう言った。
私を待っていてくれる蒼良さんを裏切りたくない。
「すまないが……」
「そう言うだろうと思っていたさ」
ニヤッと高杉晋作は笑った。
「すまないと思うなら、俺はここでお前とあわなかったことにしろ。見逃せと言っているんだ。わかったか?」
私が見逃さなくても、高杉晋作は銃で私を打つことが出来るだろう。
この状態で不利なのは私なのだ。
それを自分が不利なように言う。
「じゃあな」
私の返事を聞かずに高杉晋作は去っていった。
小さくなっていくその後姿を黙って見送る自分。
できれば、敵味方じゃなく、味方として出会いたかった。
高杉晋作の後姿を見てそう思った。




