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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年5月
269/506

長州から撤退

 五月も終わりに近づき、夏らしい毎日が続いていた。

 私の長州での日々は相変わらずだった。

 平和的に、何事もなく過ぎて行った。

 家にいても暇なので、山崎さんと一緒に萩城に向かい、藩士の話を聞く毎日だった。

 そんなある日、萩城へ行く途中でのこと。

 焼き物の器が置いてあるお店があった。

 その器が白かったので、目を奪われてしまった。

蒼良そらさん、これに目を止めるとは、さすがですね」

 山崎さんが、夏の日差しを浴びたまぶしい笑顔でそう言った。

「えっ、何かあるのですか?」

 見かけは普通の白い器だ。

「これは、萩焼と言うものです」

 萩焼?

 山崎さんの話によると、萩焼とは、長州の名産物の一つらしい。

 この器は茶器と言って、茶道でよく好まれて使われるらしい。

 と言うのも、お茶の世界では、一楽、二萩、三唐津と言われていて、萩焼の器は高く評価されている。

 どうして高く評価されているのかと言うと、私が見ている物は白いものだけど、この色が使っているうちに変化をするらしい。

 これを七化けという。

 萩焼は、土と粘土と釉薬ゆうやくと言う上薬を混ぜたものを器にして焼く。 だけど、陶器は焼くと収縮をするらしい。

 土と釉薬の収縮が同じように収縮するのなら問題ないのだろうけど、同じように収縮しないので、表面に細かいひびが入ったように焼けてしまう。

 これを貫入かんにゅうと言うらしい。

 お茶を器に入れて飲んでいるうちに、そのひびにお茶がしみ込むので、だんだん色が変わっていく。

 これが七化けの原因らしい。

 奥が深いのね、萩焼。

 だから、お茶で使われるのか。

 白い器を手にとって見ても、表面に細かいひびが入っているのがわかる。

「買うのかい?」

 お店の人に声をかけられた。

「お目が高いね。これは今日入ったばかりのおすすめ品だよ」

 そ、そうなのか?いや、買う気はないのだけど……。

 そろぉっと置いたらやっぱり怒られるかな?

「買いますよ」

 山崎さんが平然な顔でそう言った。

 ちょっと待て。

 今日入ったばかりのおすすめ品だぞ。

 きっと値段が高いと思うのだけど。

 お金持ってないぞ。

「つけで」

 ニッコリ笑顔で山崎さんが言った。

 つけって、誰の?まさか……

「鴻池さんのつけですか?」

 山崎さんの着物の袖を引っ張り、山崎さんをこちらに向かせてから小さい声で聞いた。

「他にいないでしょう」

 た、確かに。

「大丈夫なのですか?」

 この前も、瀬付きアジの料理をつけで食べたばかりだろう。

「長州から帰るときに、大坂によってこれを鴻池さんにあげれば問題ないでしょう」

 お土産ってことか?

 いや、鴻池さんのつけで買っているから、お土産じゃなくて、鴻池さんのために勝手につけで買ってきたってことか?

 鴻池さんが茶器に興味があればいいけど、興味が無ければ、ものすごい迷惑な話だろう。

「ついでにもう一つ買いますか?」

 え、いいのか?

「でも、つけですよね」

「はい、大丈夫ですよ」

 山崎さんは自信たっぷりに言うけど、何が大丈夫なのかさっぱりわからないからね。

 ちなみに私が鴻池さんだったら、人の金勝手に使うなっ!って怒っているからね。

「同じものをもう一つ下さい」

 山崎さん、言っちゃったよ。

 どんだけつけで買い物してんだ?

 鴻池さんに働いて返せって言われても、私は知りませんからね。

 しかし、木の箱に入った萩焼の一つをはいって渡されて、ためらわずに受け取った。

「これで、蒼良さんも同罪ですよ」

 えっ、そうなのか?

 働いて返せと言われたら、私も働かなければならないのか?

「冗談ですよ。天野先生にでもどうですか?」

 うちのお師匠様は茶道なんて全然合わないだろう。

 それなら、土方さんにでもあげようかな。

 土方さんの茶道と無縁そうだけど、お師匠様よりましだろう。

 よし、土方さんに渡そう。

 そう思いながら萩焼のはいった木の箱を風呂敷に包み、割れないようにそうっと持って歩いた。


 今日会った長州藩士は、ものすごく鼻息が荒かった。

 馬のようだとは言わないけど、それに近いものがあった。

 ものすごく興奮しているけど、何かあったのか?

「幕府が六月の初めに軍をここに送ってくると言う情報が入った」

 そろそろそんな時期になっていたか。

「やっと幕府軍が攻めてくるぞ。たたきのめしてやる」

 それで鼻息が荒かったんだな。

「兵力は?」

 山崎さんはすぐにそう聞いた。

「うちは約四千だ」

 えっ?四千万人とかじゃなくて、たったの四千ってことか?

「幕府の兵力は?」

 再び山崎さんが聞いた。

「十五万ぐらいとかって言っていたかな?」

 ちょっと待て。

 いくらなんでも違いすぎないか?

「本気か? 降伏した方がいいんじゃないのか? 兵力が違いすぎる」

 山崎さんがそう言った。

 普通の人はそう思うよね。

 でも、こんなに兵力の違いがあるのに、幕府の方が人数が多いのに、負けちゃうんだよね。

 信じられない。

「兵力なんて問題じゃない。要は勝てばいいんだ」

 確かに、そうなんだけど。

「正気か?」

 山崎さんの反応がものすごくまともな反応なんだろうなぁ。

「正気だ。いつでも来いって感じだ」

 藩士は再び鼻息を荒くしてそう言った。

 この日はこんな感じで話が終わった。


 萩城を出て、城門まで歩いているときに山崎さんがふと私の方を見た。

「どうかしましたか?」

 私は背の高い山崎さんを見上げて言った。

「蒼良さんは、長州を出てください」

 えっ?

「あなたを戦乱に巻き込ませたくない。だから、明日にでも広島へ」

「山崎さんはどうするのですか?」

 私だけが避難するのか?それとも、山崎さんも一緒なのか?

「私はここに残るつもりだ。これからの情報収集の方が大切ですから」

「それなら、私も残ります」

 私は、山崎さんと一緒に情報収集するためにここにいる。

 だから、山崎さんが残るなら、私も残る。

「だめです。あなたを危険にさらすわけにはいかない」

「私だって、山崎さんだけを危険な目にあわせたくないです」

 一緒に仕事をしているんだから、危険な事だって一緒にやらなくては。

「なんだ、夫婦喧嘩か?」

 山崎さんと言い合いをしていると、高杉晋作が出てきた。

 後ろの方を見ると、奇兵隊と思われる人たちが訓練をしていた。

 幕府が攻めてくると言う話を聞いたのだろう。

 その訓練は気合が入ったものだった。

「こんにちわ」

 とりあえず、挨拶をした私。

「お前らも聞いただろう? 幕府が攻めて来るらしいぞ。ずいぶんゆっくりしていたな。待ちくたびれていたところだ」

 はははっと豪快に笑う高杉晋作。

「本気なのか?」

 山崎さんが高杉晋作に言った。

「なにがだ?」

「十五万の兵に四千人で挑むらしいが」

「本気だ。問題は兵力じゃない。勝つと言う意思だろう」

 確かに、幕府軍はその意思がない。

「それに、兵力は低いが、うちには最新鋭の武器がある。これで幕府軍を一網打尽にしてやる」

 高杉晋作の目には闘志がみなぎっていた。

 いや、高杉晋作だけじゃない。

 この長州藩全体がそうなのだ。

 だから、幕府軍は負けてしまうのだろう。

「どうだ、これを機に奇兵隊に入らないか? お前なら歓迎するぞ」

 えっ、山崎さんを勧誘しているよ。

 山崎さんの正体を知らないってことだよね。

 知っていたら、勧誘どころか斬られているもん。

「店があるから、すまんな」

 山崎さんはそう言って断った。

「そうか。断られると思っていた」

 高杉晋作は、ちょっと悲しげな顔をした。

「でも、いつでも歓迎するから、入りたくなったらいつでも来いよ」

 そう言って、山崎さんの肩をポンッとたたいた。

 後ろの方で、奇兵隊の人たちから呼ばれていた高杉晋作は、

「じゃあな」

 と、片手をあげて去って行った。

 

「幕府軍にも、ああいう人間がいたらなぁ」

 帰り道に山崎さんがポツリとつぶやいていた。

「確かに、そうですね。今の幕府軍は士気が全然ないですから」

 長州藩の士気は、きっと彼があげているのだろう。

 彼が幕府軍にいたら勝っていたのだろうか?

 その前に、幕府軍をみて嫌になってどこかへ行っちゃいそうだよな。

「兵力は幕府軍の方が高いが、もしかしたら、この戦は負けるかもしれない。もうちょっと士気をあげてから戦を仕掛けたら勝つ戦いなんだが」

 負けるかもしれないじゃなく、負けるのだ。

 こんなに兵力が違うのは知らなかったけど、こんなに兵力があるのに、幕府軍は負けてしまうのだ。

 帰り道は、二人でため息ばかりついていた。


 家に帰ると、文が数通来ていた。

 鴻池家専属の飛脚が届けてくれた文なので、普通なら数日かかるのに、二~三日ぐらいで到着したらしい。

 その中に鴻池さんからと新選組からの文があった。

 この時代の文字が読めない私は、山崎さんが読み終わるまで大人しく待っていた。

 山崎さんは、使用人の代表者みたいな人を呼んだ。

「鴻池家の長州店は広島へ撤退します。長州は戦になるので、広島へ避難しろと鴻池さんから指示がありました。三日後に広島に行くので準備をお願いします」

 使用人の代表者は、

「わかりました」

 と、深々とお辞儀をすると忙しそうに去って行った。

「私たちも広島に行くのですか?」

 みんなが広島に行くのなら、私たちもきっとそうなんだろう。

 山崎さんはうなずいた。

「しかし、蒼良さんは広島から船に乗って京へ帰ってもらいます」

 えっ、そうなのか?

「山崎さんは?」

「私は広島に残ります」

「それなら、私も残ります」

「だめです。今回は副長命令です」

 えっ、土方さんが?

 山崎さんはわかりやすく新選組から来た文を読んでくれた。

 そこには、山崎さんは広島から潜入活動をすること。

 私の代わりに、別なところで活動していた吉村貫一郎さんが広島で合流することになっているらしい。

 私は、やっぱりこのままいては自分自身が危険な目にあう事はもちろん、山崎さんたちにもそれが及ぶ可能性があるため、京へ戻るようにと書いてあった。

 ようは、足を引っ張るからと言う事なんだろう。

 なんて役に立たないんだ、自分。

「蒼良さん、落ち込まないでください。あなたは立派に仕事をしてくれました。いつも私を助けてくれました。感謝しています」

 私は、何もしていない。

「私は、ただここにいただけです」

 仕事どころか、海に行って遊んだり、温泉に行って遊んだりしただけだ。

「あなたがここにいるだけで、私は満足でした」

 山崎さんは、いつもの優しい笑顔でそう言ってくれたけど、いるだけで役に立つなんてあるのか?

「泣かないでください」

 気がつけば、私は泣いていたらしい。

 だって、仕事の途中で帰るなんて悔しいじゃないか。

 しかも、原因は自分の未熟さにあるのだぞ。

 そんな私を山崎さんは優しく抱きしめてくれた。

「蒼良さんが長州に来てくれて、それだけでよかったです。ありがとう」

 そんなお礼なんて言わないでくれ。

 私なんて何もやっていないのに。

 声に出して言いたかったけど、泣いていたので言えなかった。

 ただ、ひっく、ひっくと泣いていた。


 そして三日後。

 みんなで広島に入った。

 鴻池家は広島にも支店があったのか、鴻池家で使われていた人たちは、そのまま広島の鴻池家に入った。

 山崎さんは、吉村さんと広島藩に入ることになっていた。

 私は、大坂へ行く船へ、来るときに一緒だった永井殿と一緒に乗って帰ることになった。

 それを山崎さんが見送りに来てくれた。

 その時の私は、もう女装ではなく男装に戻っていた。

「山崎さん、大丈夫ですか? 危険とかないですか?」

 長州じゃないとしても、すぐ近くで戦をやっているんだ。

 しかし、山崎さんは笑顔で

「心配しなくても、大丈夫ですよ。ちゃんと京に帰って来ますから」

 と、言ってくれた。

 私は、土方さんからもらった、ものすごくご利益のあるお守りを着物の上から握りしめた。

 今、これが必要なのは山崎さんだろう。

 首にかかっているお守りを取って、山崎さんにかけた。

「これは?」

 山崎さんが、驚いた顔で聞いてきた。

「ものすごくご利益のあるお守りです。私より、山崎さんが持っていたほうがいいと思ったので」

 山崎さんが、お守りの中を見ようとしたので、あわてて止めた。

「ものすごくご利益があるから、中を見たら、ものすごいばちが当たりますよ」

 多分。

 土方さんがそう言っていたような気がしたんだけど。

「わかりました。必ず京に帰ってこのお守りを蒼良さんに返します。だから、待っていてください」

「ご武運を祈ってます」

 ドラマで聞いたことあるセリフを言っていた。

 ご武運じゃなくて、無事に帰って来ることを祈っています。

 そう言いたかったのだけど、その場の雰囲気に負けてしまった。

 だめじゃん、私。


 船に乗り、山崎さんも、土方さんと同じように見えなくなるまで見送ってくれた。

 私は、土方さんと同じように、海に向かって泣いたのだった。

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