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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年5月
268/506

瀬付きアジを食べる

 温泉から帰って来てから数日が過ぎた。

 お師匠様がフグを食べようと言っていたけど、それっきりだった。

 フグをごちそうしてくれるんじゃなかったのか?

 それとも、嘘だったのか?

 ありえるなぁ。

 

 今日も萩城に行ってきたけど、特に新しい情報はなかった。

 幕府はいつやってくるんだ?と言う藩士の鼻息が、相変わらず荒かった。

 本当に、いつ来るんだろうね。

 多分来月あたりになると思うんだけど。

 そんな情報を漏らした日には、ただでさえ幕府が負ける戦なのに、負けるだけでなく大きな犠牲も出てしまうだろう。

 キュッと口を結んで黙っていた。

 そのせいか、萩城を出たらフウッとため息が出てしまった。

蒼良そらさん、疲れましたか?」

 山崎さんの笑顔が夏の日差しをあびてまぶしかった。

「いや、今日も新しい情報が無かったなぁと思っていたのです」

 ちょっとがっかりもしたけど。

「なにもない方が平和でいいと思うのですが」

 そうだよね、山崎さんの言う通りだ。

「それにしても、暑いですね」

 山崎さんが、まぶしそうに夏の青空を見上げた。

「海にでも行きますか?」

 山崎さんが手を出してきた。

「はい」

 その手を私はにぎった。

 ここのところ、萩城からの帰りは海に行っている。

 海に行って何をしているかと言うと、涼んでいるのだ。

 エアコンなんてものがないので、家に帰っても暑いのだ。

 こういう日は、涼しい所に行って涼むのが一番いい。

 幸い、ここには海がある。

 だから、京よりは涼しく感じられる。

 京が涼しくなるまでここにいたいけど、来月には幕府軍が来て長州征伐が始まる。

 その前に私たちは長州から出ることになるだろう。

 なるよね?そう思っているのだけど。

 だって、鉄砲の玉や大砲が飛び交うところにいるなんて、怖いだろう。

 考えられないぞ。

 そんなことを思っている間に海に着いた。


 青い海をながめているだけでもいやされる。

 海風も吹いて気持ちいい。

 そして、海に来るといつもやることは……。

「また入るのですか?」

 草鞋を脱いで着物の裾をあげると、山崎さんにそう言われてしまった。

「気持ちいいですよ」

 この時代は海水浴と言うものがない。

 だから、海水浴シーズンと言われる夏に海に来てもほとんど人はいない。

 人がいない海に入るなんて、最高じゃないか。

 水着がないから、足だけしか入れないけど。

 日があたって熱い砂浜を、

「熱い、熱い」

 と言いながら飛び跳ねて走り、海へ足だけはいった。

 山崎さんは、その様子を優しい笑顔で見ている。

「山崎さんも入りませんか?」

 大きな声を出し、手を振りながら誘ってみた。

「私は見ているだけでいいですよ」

 なんて言いそうだなぁ。

 そう思って一人で楽しんでいると、突然、

「蒼良さん」

 と、近くで呼ばれたのでびっくりした。

「わっ!」

 思わずそう声に出していた。

「誘ったのは蒼良さんですよ」

 そうだけど。

 入ってこないだろうなぁと思っていたから。

「本当に気持ちいいですね」

 波が、私と山崎さんの足にからみついてからひいて行った。

「泳げたらもっと最高なんですけどね」

「泳ぐ? 蒼良さんは漁師か何かやっていたのですか?」

 山崎さんのその言葉にブンブンと首を振った。

「全身つかったら、さぞかし涼しいだろうと思っただけです」

 この時代、海に泳ぎに入るのは漁師ぐらいしかいないので、そう言ってごまかした。

 漁師に間違えられたら、たまったもんじゃない。

 それから夕日が見えるまで海にいた。

 きれいな夕焼けを見て、夕日が海に沈んだら、再び山崎さんと手をつないで家に帰った。


「相変わらず仲がいいな。本当に結婚すればいいのに」

 家に着いた私を待っていたのは、お師匠様だった。

「な、なんてことを言うのですかっ!」

 山崎さんは他に好きな人がいるんだぞ。

「本物の夫婦以上に仲がいいぞ」

 そう言ったお師匠様の口を手でふさいだ。

「本物の夫婦で潜入しているのですから、変なことを言わないでください」

 お師匠様の言葉を家の人たちに知られた日には、潜入捜査が失敗してしまうだろう。

「ふがふがふがー」

 お師匠様がそう言って苦しみ始めた。

 もしかして、死んじゃうのか?

 そう思ってあわてて手をはなした。

 ここで亡くなった場合、どうなるんだ?

 ああ、タイムマシンの鍵はお師匠様が持っているし、操作方法もお師匠様しか知らないから、私も永遠に現代に帰れなくなるだろう。

 それは大変だ。

「お、お師匠様っ!」

 今度は、お師匠様を激しく揺さぶった。

「蒼良さん、大丈夫ですよ。そんな揺さぶらなくても」

 山崎さんがお師匠様を揺さぶっている手をおさえてきた。

 お師匠様は、ぜえぜえと息を荒くしながら、

「死ぬかと思ったぞ」

 と言った。

 なんだ、じゃない。

 やった、生きていたんだっ!

「お前、口と鼻を一緒にふさぐな。息が出来んじゃろうがっ!」

 す、すみません。

「ところで、今日はどうしたのですか?」

 山崎さんがお師匠様を家の中に案内しながら聞いた。

「そうじゃ。フグを食べようと思ってきたのじゃ」

 おお、あの約束を覚えていたらしい。

「もう一人、知人を招待したんじゃが、まだ来ないようじゃな」

 えっ、もう一人誰か来るのか?

 そう思っていると、玄関の方がにぎやかになった。

 使用人の人に部屋の中まで連れてこられたその人は、なんと、高杉晋作だった。

 って、ええっ!なんでここにいるの?

「お、高橋じゃないか」

 山崎さんを見て、高杉晋作がそう言った。

 山崎さんを知っているのか?

 高橋って言っていると言う事は、偽名を使っているんだ。

「高杉、こいつは……ふがふがふが」

 お師匠様、今、こいつは山崎だって言おうとしただろう。

 あわてて手でお師匠様の口をふさいだ。

 山崎さんが偽名を使っているんだから、ここでばらしたらいかんだろう。

 今度は鼻をふさいでないから大丈夫だぞ。

「高杉……何でここに?」

 山崎さんも驚いているみたいでそう聞いていた。

「天野先生にフグを食べないか? って誘われてここに来たんだ。お前も天野先生と知り合いだったんだな」

 え?高杉晋作も、お師匠様のことを知っているのか?

 お師匠様は私の手をどかして、

「なんだ、二人とも知り合いだったのか?」

 と、何事もなかったかのように言った。

 私は、お師匠様をひじで突っつき、小さい声で、

「高杉晋作といつ知り合ったのですか?」

 と聞いた。

「この前、飲み屋で一緒になってな。仲良くなった。わしもこれでまた顔が広くなったぞ」

 いや、広すぎだろう。

「女は、お前のかみさんか?」

 高杉晋作と目があった。

「そ……はなと申します」

 危ない、蒼良と言いそうになった。

 山崎さんも偽名を使っているんだから、私も山崎さんがつけてくれた偽名を使ったほうがいいだろう。

「何言っているんだ、そ……」

 今、蒼良って言おうとしただろう?

 空気を読め、空気をっ!

 そう思いながら、再びお師匠様の口を手でふさいだ。

「そうか、お前、結婚していたのか。しかも、いい女と」

 高杉晋作は山崎さんの肩をたたいて笑いながらそう言った。

「ところで、フグを食べに行くと言っていたな?」

 高杉晋作は、お師匠様の方を見てそう言った。

「そうじゃ。長州はフグがうまいと聞いたからな」

「残念ながら、今はフグはないぞ」

 え、そうなのか?

「フグの時期は冬だ」

 この時代、冷凍庫と言う便利なものがないので、旬なものは旬な時期しか食べられない。

 お師匠様のことだ。

 どの季節に行っても普通に食べられると思ったのだろう。

 実は、私も少なからず思っていた。

 ああ、楽しみにしていたのに、フグが食べれないとは。

「その代わり、瀬付きアジなら年中食べれるから、今日も食べれるぞ。これもうまいがどうする?」

 高杉晋作がそう言ってきた。

 瀬付きアジって、アジだよね?

「刺身で食えるのか?」

 お師匠様がそう聞いた。

 冷蔵庫がないこの時代、お刺身は高級品になる。

 しかも、とれたての物をすぐ食べるのでものすごく美味しいお刺身になる。

 私も、刺身で食べれるなら刺身がいいなぁ。

「もちろんだ」

 高杉晋作がそう言ったとたん、お師匠様と

「やったぁ!」

 と言ってハイタッチをしてしまった。

 それを山崎さんと高杉晋作が不思議な顔で見ていた。


「美味しいっ!」

 瀬付きアジのお刺身を一口入れて思わずそう言ってしまった。

 高杉晋作が行きつけの料亭に着いた。

 瀬付きアジとは、長州の方でとれるアジで、餌の豊富なと天然の瀬に住みついていて、良質な餌を食べて育っているので、他のアジと比べると、脂ものっていて美味しい。

 黄色を帯びているので、地元の人たちは「黄アジ」とも呼んでいるらしい。

 そもそも、アジは回遊魚で住みつくなんてことはないらしいのだけど、それだけ餌が豊富で美味しいんだろう。

「満足してもらったようだな」

 高杉晋作も、満足した私たちを見て満足そうにお猪口に入ったお酒を飲んでいた。

 今回は、私はお酒を遠慮した。

 ここでいつも通り飲んだら、山崎さんの顔がつぶれるだろう。

 一応、ここでは山崎さんの奥さんだし、あいつのかみさんは大酒飲みだって噂が流れた日には、山崎さんが恥ずかしい思いをして、外を歩けなくなるだろう。

 それなのに、

「お前も飲め」

 と、お猪口にお酒を注ぐお師匠様。

 あんたは空気を読めんのかいっ!

「フグが食べられなくて残念だったが、これはこれでうまいぞ」

 お師匠様は、お酒を飲みながら刺身を食べていた。

 美味しそうだなぁ。

 って、あんたは誘惑してんのかいっ!

 負けるものかっ!

「ところで、どうして高杉さんとお知り合いなのですか?」

 私は山崎さんに聞いた。

 だって、ずうっと不思議に思っていたんだもん。

「実は、奇兵隊に誘われたのですよ」

 奇兵隊と言えば、高杉晋作が作った軍隊だ。

 藩士や武士以外にも、庶民も入っている。

 それに誘われたって、しかも、新選組から見たら思いっきり敵だからね。

「しかし、断られた。断るわけだよな。今じゃ鴻池家の長州の店を任されてんだろ? 知らない間に結婚までしているし。こんな綺麗なかみさん置いて奇兵隊に入れないよな」

 そう言いながら高杉晋作は、山崎さんのお猪口にお酒を注いだ。

 そうか、断ったんだ。

 そうだよね。

 ちょっとホッとした。

「ところで、俺は自己紹介もしていないのに、なんで俺の名前がわかったんだ?」

 今度は、私の方を見て高杉晋作がそう言った。

 しまった。

 教科書で写真を見ていたから、顔と名前は知っていたけど、高杉晋作の方から見たら、会ったこともない女がなんで?ってなるわけだよね。

「わかるに決まっとるじゃろ」

 お師匠様が美味しそうにお酒を飲みながら言った。

 今度は何を言うつもりなんだ?

「お前は自分が思っとる以上に有名人だからな」

「なるほど、俺が有名ね。確かに、俺みたいなめちゃくちゃな人生を歩んだ男もいないだろうな」

 そう言いながら、高杉晋作はお酒を飲んだ。

 この人も、肺結核で亡くなるんだよなぁ。

 そう思った時、高杉晋作のお酒を止めていた。

「なにをするんだ?」

「労咳にお酒はよくないですよ」

 沖田さんより早く亡くなってしまうから、もう発病しているだろう。

「そうなのか?」

 山崎さんが驚いて高杉晋作の顔を見ていた。

「なんでわかったんだ?」

 思わず行動してしまったため、ごまかせなかった。

 どうしよう?

「そんなこと、見る奴が見ればわかるじゃろ」

 お師匠様がそう言ってくれた。

 そして、高杉晋作を指さした。

「顔色が悪い。それで充分にわかる」

 指をさされた高杉晋作は、あははと笑い出した。

「天野先生には嘘はつけないな。そうだ、俺は労咳だ。でも、やりたいことは全部やるつもりだ。労咳だからってそれはあきらめる理由にはならない。だから、酒だって飲むのさ」

 この時代の人たちは、死ぬかもしれない病気にかかっても、どうして意思を変えずに強く生きることが出来るんだろう。

「わしは、お前のことを止めるつもりはない。ただ、無理はするなよ」

 そう言って、お師匠様は高杉晋作のお猪口にお酒をそそいだ。

「無理は、するだろうな」

 そう言いながら、高杉晋作はお酒をグイッと飲み干した。


 この食事の代金は、なんと、鴻池家のつけになった。

 私はお師匠様がごちそうしてくれるのだろうと思っていたのだけど、

「誰も、ごちそうするとは言ってないぞ」

 と言われた。

「湯本温泉で言ってなかったですか?」

「そんなこと言っとらん」

 そうだったか?

 そして高杉晋作も、料亭に案内してくれたのにもかかわらず、お金を持っていなかった。

「貧乏者なのでな。悪いな」

 そう言って、山崎さんの肩をたたいた。

 そうなのか?

「大丈夫なのですか?」

 勝手に鴻池さんのつけにしちゃって、大丈夫なのか?

 そう思って山崎さんに聞いた。

「大丈夫ですよ。鴻池さんのところにはお金がたくさんあるんだから、料亭のつけぐらい何ともないですよ」

 藩にお金を貸すぐらいだから、料亭のつけなんて小さい物なんだろうけど、本当に大丈夫なのか?

 心配しているうちに、お師匠様と高杉晋作と別れた。

「そんな心配しなくても大丈夫ですよ。鴻池さんには文を出しておきますから。小さいことでって言われそうですがね」

 あの人のことだから、

「そんな小さいこと気にせんでええ」

 って言いそうだよな。

「帰りましょう」

 山崎さんが手を出してきた。

 月明かりに照らされて白くなっていた。

 その手をにぎった。

 二人で月を見ながら手をつないで家に帰ったのだった。

 

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