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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年5月
267/506

長州で温泉

 長州に来てから数日が過ぎた。

 山崎さんは毎日、萩城に行っている。

 表向きは、借金の取り立てと言う理由。

 そしてその裏は、新選組の潜入捜査だ。

 私はと言うと、山崎さんの奥さん役なので、つつましく家を守る奥さんを演じようと頑張ってみたものの、ものすごく暇な毎日が続いていた。

 と言うのも、朝起きたら朝ご飯の準備はできているので、それはかまどを使えない私にとってはとっても嬉しいことなのだけど、掃除をする人もいて、暇だから掃除でもするかと思ってほうきを持ったら、なんと、掃除をしてくれる人もいた。

 それなら、お店の手伝いでもと思ったら、手が足りていた。

 あまりに暇なので、竹刀を振り回していたら、みんなから変な目で見られてしまった。

 そうだよね。

 竹刀を振り回している奥様なんていないよね。

 その話をしたら山崎さんに笑われてしまった。

 散歩でもしようかと思ったけど、もうすぐ梅雨も終わると言うこの時期は、天候が不安定で、朝晴れていたと思っても、雷が鳴ったり、にわか雨が降ってきたりする。

 そんな感じでまったくやることが無く、暇な毎日を過ごしていた。

 それならゴロゴロしていようと思ったけど、使用人が目の前にいるのでゴロゴロも出来ない。

「うおー、暇だぞっ!」

 思わず吠えてしまった。

 それが使用人から山崎さんの耳に入り、

「それなら一緒に行きますか?」

 と、萩城行きを誘われた。

「いいのですか? 女の私が行っても」

「別にかまわないですよ」

 笑顔で山崎さんは言ってくれた。

 本当に暇で死にそうだったので、ありがたく同行させてもらうことにした。


 そんな萩城からの帰り道のこと。

蒼良そらさん、明日はどこか行きませんか?」

 と誘われた。

「萩城は行かなくてもいいのですか?」

「ここ数日は同じ情報しか入ってこないので、少しぐらい休んでも大丈夫でしょう。せっかく長州に来たのだから、どこか行きませんか?」

 そうよ、せっかく長州に来たのだから、もっと楽しまないと。

 って、私は仕事で来ているのよね。

 土方さんに聞かれていたら怒られるところだった。

「やっぱり、お仕事で来ているので……」

 遊べませんよと断ろうとしたら、

「少し山の方へ行くと、温泉があるらしいですよ」

 お、温泉っ!その言葉を聞いたら、もう何もかも吹っ飛んでしまった。

「それはぜひ行きたいですね」

 長州に温泉があってよかった。

 これぐらい楽しみがあってもいいだろう。

 土方さん?ああ、大丈夫。

 ばれなければいいんだ。

 ばれない自身ならあるぞ。

 でも、その前に……

「山崎さん、女湯の前で見張っていてくれませんか?」

 以前、温泉関係で色々と騒動があった。

 念のため、そうしてもらえると嬉しい。

「見張らなくても大丈夫ですよ。今は堂々と女湯に入れますよ」

 え、そうなのか?

「今の蒼良さんは、どこからどう見ても綺麗な女性ですよ」

 ああ、そうだった。

 今の私は女装をしていて、それが本来の姿なので、堂々と女湯に入れるのだ。

 それなら、なおさら温泉に行かなくては。

 明日と言わずに今すぐに行きたいが、一日ぐらい我慢しよう。

 楽しみは、ゆっくり味合わないとね。


 山崎さんと出かけた温泉地は、長門湯本温泉と言うところだった。

 ここら辺の人たちは湯本温泉と言っている。

 その湯本温泉、室町時代に大寧寺の住職が見つけたと言う伝説があるらしい。

 歴史もある温泉なので、藩主の湯治にも利用されていたらしい。

 この湯本温泉の浴場は二つに分かれていて、礼湯は武士や僧侶など、身分の高い人たちが入り、恩湯は一般の人たちが入れる。

 身分制度があった時代だから仕方ないか。

 私たちは、もちろん恩湯だ。

 礼湯の方にも入ってみたいなぁと言う欲望はあり、そっちを見ていると、見知った顔が入っていたような感じがして、ジイッと見入ってしまった。

「私たちはこちらですよ」

 と、山崎さんに言われてしまった。

 礼湯にしても恩湯にしても同じ温泉だ。

 温泉に入れるだけでもラッキーなんだから、満足しないとね。

 それにしても、あの見知った顔は誰だ?

 ここに知り合いがいないから、きっと似ている人なんだろう。


 いつもは、温泉に入るたびに何かがあったのだけど、今回は平和だった。

 平和が一番ありがたい。

 ただ、仲のいい若い夫婦が来ているらしく、女湯はその話題で持ちきりだった。 夫婦仲がいいのはいいことじゃないか。

 そんなことを思いながらつかっていた。

 温泉から出て着替えて外に出ると、山崎さんが待っていた。

「すみません、待ちましたか?」

 久々の温泉で、しかも平和だったので、長湯をしてしまったかも。

「いや、私も今出たばかりなので大丈夫ですよ」

 それならいいのだけど。

「蒼良さん、ちょっと歩きませんか?」

 長い時間つかっていたので体が熱い。

 しかも梅雨明けしたのか、外に出ても夏の日差しが差し込んできて暑い。

「川が流れているので、川辺で涼みましょう」

 山崎さんが笑顔で手を出してきた。

 川辺なら涼しいかも。

 そう思いながら、山崎さんの手をとった。

 二人で手をつないで川辺まで歩いた。


 川は綺麗な川だった。

 大きな石に座り、草履を脱いで着物を少しまくってから、足を川にひたした。

 冷たい水が足をぬらし、とっても涼しく感じた。

 山からは、ミンミン蝉の大合唱が聞こえてきていた。

「梅雨が明けたのですかね?」

 空を見ると、夏の青空が広がっている。

 昨日まで梅雨空だったのになぁ。

「夏らしい天気ですね。明けたのかもしれませんね」

 山崎さんも、私の横に座って、足を川にひたしていた。

「この川の名前を知っていますか?」

 山崎さんが優しい笑顔を浮かべて聞いてきた。

「なんていう名前なのですか?」

 今日来たばかりだから、川の名前なんて知らない。

音信川おとずれと言うのですよ」

「変わった名前ですね」

「この川も、伝説があるのですよ」

 山崎さんの話によると、近くに清音亭と言うお茶屋があり、そこに湯女ゆなと言う人たちがいる。

 その人たちは、温泉でお客さんの体を洗うサービスをする女の人たちだ。

 そこで働いている湯女が、お客さんと恋に落ちることもあり、その思いをつづった恋文、別名音信を、この思いを届けてほしいと言う思いを込めて橋の上から流したらしい。

「切ないですね」

 思わずそう言った。

 届くかわからない、秘めた思いを文にたくして川に流す。

 なんて切ないんだ。

「私の思いも文に書いて川に流したら、相手に思いは届くと思いますか?」

 ええっ、山崎さん、好きな人がいるのか?

「でも、川に流すより、相手に直接渡したほうがいいと思いますよ」

 あ、でも、川に流すと言っているぐらいだから。

「もしかして、好きになってはいけない人を好きになっているのですか?」

 ほら、人妻とか、誰かの恋人とか。

「どうなんでしょうかね」

 笑顔でかわされてしまった。

 山崎さんに好きな人がいるのに、私と夫婦役で潜入捜査なんてして大丈夫なのか?

 相手に誤解されないか?

「山崎さん、こんなことしていて大丈夫なのですか?」

「え? こんなこととは?」

 え?じゃないよ、ずいぶんのんきだなぁ。

「私と夫婦役でここにいたら、相手の女性が山崎さんは結婚してしまったって、誤解しちゃうじゃないですか」

 思いを伝える前に失恋しちゃうじゃないか。

 私が真剣に心配しているのに、山崎さんは声を出して笑った。

 いや、笑いごとじゃないだろう。

「それは大丈夫ですよ。私と結婚していると誤解してほしいぐらいですから」

 ちょっと赤くなった顔で山崎さんがそう言った。

 誤解してほしいぐらいって、どうなの?

 しかも、なんか照れているみたいだし。

 うーん、わからない。

 しばらくセミの鳴き声だけが聞こえていた。

「おお、そこにいたかっ!」

 しばらくの沈黙の後、それを突き破るかの声が橋の上から聞こえてきた。 

 その姿は、温泉で礼湯に入って行った知っている人に似ている人だった。

 あれ?お師匠様?

 お師匠様は猛スピードで私たちのところに来た。

 年寄りに見えないよなぁ、ってのんきに思っていた。

 それにしても、なんでここにお師匠様がいるんだ?

「聞いたぞっ! お前たち、結婚したらしいな」

 えっ、そうなのか?

 って、ええっ!

「誰が結婚したのですか?」

 私が質問したのに、山崎さんの両手を握りしめて、

「よかった、よかった」

 と喜んでいるお師匠様。

 いや、良くないだろう。


「なんじゃ、そうだったのか」

 お師匠様は、私と山崎さんが結婚して、ここに新婚旅行に来ていると勘違いしたらしい。

 と言うのも、女湯で流れていた仲のいい若い夫婦って私たちのことで、手をつないで湯本温泉に来て宿に入り、その後も手をつないで温泉に行ったので、なんて仲のいい夫婦なんだって噂になっていたらしい。

 そんなこと全然知らなかったよ。

「本当は土方か沖田あたりがよかったんだが、ま、山崎でもいいかと思っていたんじゃ」

 それは山崎さんに失礼だろう。

「お師匠様、私も聞きたいことがあるのですが」

 話の流れを変えるために、お師匠様に質問した。

「なんじゃ?」

「まず、なんでお師匠様がここにいるのですか?」

 それが一番の疑問だ。

「お前、温泉のあるところにわしがいるのは当たり前だろう」

 そうだった。

 江戸時代温泉巡りの旅をしているのだから、居るのは当たり前だよね。

 でも、数多い温泉地があるのに、なんで偶然に会うんだ?

 よく考えたら、今まで京以外で会ったのって全部温泉地だよな?

 なんだ、てっきり長州に重要な動きがあって、それを助けるためにここにいるのかと思った。

 そうか、温泉に入るためだけにいたのか。

「なんか不満そうな顔をしとるな?」

 顔に出ていたか?

「気のせいですよ」

 私はごまかした。

 それを見て山崎さんが笑っていた。

「この際だから、本当に結婚したらどうだ?」

 お、お師匠様っ!な、なんてことを急に言うのですかっ!

「や、山崎さんの気持ちってものがあるでしょう」

 山崎さんは好きな人がいるのに。

「私は構いませんよ」

 笑顔で山崎さんがそう言った。

 え、いいのか?

「よし、話は決まったぞ」

 そこに私の意思はないだろうがっ!

「ちょっとすみません」

 山崎さんに一言言って、お師匠様を引っ張って川から少し離れた。

「お師匠様、結婚は一生を決める大事なものなのですよ。そんな簡単に決めないでくださいっ!」

「なんじゃ。山崎と結婚したら、色仕掛けで現代に連れて帰れるじゃろう」

 このジ……お師匠様、最低だ。

「連れて行くのは、山崎さんだけじゃないでしょう」

「おう、それはまた色仕掛けで何とかすればいいだろう」

 やっぱり、最低だ。

「山崎と結婚して、すぐ離婚すればいいんじゃ」

 何を言い出すと思ったら……。

「そんな簡単にできるわけないでしょう。もうちょっと私の意思とかも考えてくださいよ」

「なんじゃ、いい考えだと思ったんじゃがな」

 全然いい考えじゃないから。

「そうじゃ。長州はフグがうまいらしいぞ。帰ったら、フグを食べよう」

 フグかぁ、いいねぇ。

「じゃあな」

 フグ料理を色々想像しているうちにお師匠様は去って行った。

 あ、いつ食べ肉かとか、聞きたかったのに。

 いつも突然現れるよな。

「蒼良さん、話は終わりましたか?」

 山崎さんがそばにやってきた。

 終わったような、終わってないような……。

「行きましょう」

 山崎さんが手を出してきてくれたので、その手をにぎって宿に帰ったのだった。 

 そう言えば、お師匠様は身分の高い礼湯に入っていなかったか? 

 ああ、毛がないから、お坊さんと間違えられてそれでは入れたのか。

 そこら辺の話も聞きたかったなぁ。

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