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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年4月
263/506

便利屋新選組

 この日は藤堂さんと巡察だった。

 朝から霧雨が降っていた。

「もう梅雨なのかな」

 さしていた唐傘からかさから顔を少しだして空を見ながら藤堂さんが言った。

 今は四月だけど、旧暦なので、現代になおすとだいたい六月の上旬ぐらいだろう。

 だから、梅雨に入っていてもおかしくない時期だ。

 でも、この時代に梅雨に入ったらしいと言ってくれる人はいない。

 自分で判断するしかない。

「梅雨かもしれませんね」

 私も唐傘から空を見た。

 どんよりと灰色の雲から霧のような雨が降っていた。

 こういう雨って、ぬれないような感じがするけど、意外とぬれる。

 唐傘も現代の傘と比べるととっても重い。

 だから、現代と比べると、雨の日が憂鬱になる。

 はあっとため息をついて、傘を持ち直した。

蒼良そらも憂鬱そうだね」

「はい、憂鬱です」

 傘は重いし、洗濯物はたまっていくし、憂鬱以外のなにものでもないだろう。

 そんな私の答えを聞いて、藤堂さんは笑っていた。

「蒼良は正直だね。蒼良のことだから、雨の日も楽しみましょうって言ってくるかと思っていた」

 いや、本当に楽しめないから。

 現代なら、雨の日は静かでいいなぁとかって思えるけど、この時代の雨は、本当に嫌だ。

 地面はぬかるんでいるし、ああ、憂鬱だぁっ!

 と思っていても仕方ないので、巡察に集中しよう。

 しかし……

「こんな雨の日に悪いことをしようっていうやつがいると思いますか?」

 雨の日は、家の中にいるのが一番だ。

「蒼良も面白いことを言うね」

 そうか?

「悪いことをするのに、雨も晴れもないと思うけど」

 そうなのか?

「でも、どうせやるなら、晴れている日のほうがいいと思いますよ」

 せめて、雨が降っていない曇りの日でもいいけど。

「でも、そう言う事をする人たちって、あまり天気は関係ないと思うよ」

 確かに、そうかもしれないなぁ。

 やっぱり、そう言う人たちがいるから、雨の日の巡察も必要なんだね。

 はあっと再びため息。

「少し雨宿りする?」

 藤堂さんが、憂鬱になっている私に気を使ってくれたのだろう。

「いいのですか?」

「少しぐらい雨宿りしても大丈夫だよ」

 藤堂さんが優しく言ってくれた。

 その言葉に甘えてしまおうと思い、長屋の軒下に移動した。

 唐傘をたたんで軒下から降ってくる雨を二人でながめていた。

 

 しばらく雨をながめていると、

「あんたら、新選組やろ?」

 という声が聞こえた。

「はい、そうです」

 返事をしながら見てみると、年配の女の人が立っていた。

 何かあったのかな?

「あのな、買い物を頼みたいんや」

 ……えっ?

「私たちは、そう言う者ではないので……」

 そう言って抵抗する藤堂さんの言葉を押し切って、

「きゅうりと甜瓜てんかを買うて来てや。頼んだで」

 ポンッとお金を渡され、思わずそのお金を受け取ってしまった。

「待っとるから」

 年配の女性はそう言い残して去って行った。

 お金、受け取っちゃったよ。

「どうしましょう? 藤堂さん」

 お金を握った手を見せながら、藤堂さんを見ると、藤堂さんは困った顔をしていた。

「私も、そう言う仕事をする人間じゃないことを言おうとしたけど、言えなかったから仕方ないね」

 確かに。

 藤堂さんを黙らせちゃったもんね。

「仕方ない。買い物に行って来よう」

 藤堂さんが、霧雨が降っている外に向かって唐傘をさした。

「なんで、買い物を頼んできたんでしょうかね」

 そう言いながら、私も唐傘をさした。

「きっと、雨で買い物が行けないし、売りにも来ないから、困っていたんだよ」

 そう言う事か。

「きゅうりと……」

 なんか、初めて聞く名前を言っていたな。

 両方とも八百屋か?

 それにしても、甜瓜ってなんだ?

「あの……。きゅうりはわかるのですが、甜瓜も八百屋ですか?」

 魚の名前でそんなの聞いたことないし、やっぱり野菜の一種なんだよね?

「そうだよ。もしかして、甜瓜を知らないとか?」

「初めて聞きました」

 素直にそう言った。

「真桑瓜のことだよ」

 まくわうり……聞いたことあるぞ。

 名前だけだけど。

「大丈夫だよ。私も一緒に行くから」

 もちろん、一緒に行ってもらわないと困る。

 だって、一つ知らない名前があるんだもの。 

 というわけで、藤堂さんと一緒に八百屋へ向かったのだった。


 八百屋さんに着いた。

 雨のせいか、お客さんがあまりいなかった。

「蒼良、これが真桑瓜だよ」

 藤堂さんに見せられたものは、緑色の長い丸型をしたものだった。

 こんな形の西瓜もあったよなぁ。

 西瓜もウリ科だから、西瓜の仲間なのかもしれない。

「もしかして、初めて見たとか?」

 スーパーとかにも売っていたかもしれないけど、わざわざ足を止めて見ることはなかったなぁ。

「初めて見ました」

 真桑瓜を見ながら私はうなずいた。

「あときゅうりだよね」

 藤堂さんがきゅうりをとってきてくれた。

 トゲがついていて、新鮮なきゅうりだった。

「これください」

 藤堂さんがこの二つを八百屋さんに持って行った。

「あ、あんたら、新選組やろ?」

 な、なんでわかったんだ?

 というのも、この時期はもう浅葱色の隊服を着ていない。

 池田屋事件や禁門の変で着たらもうボロボロになってしまった。

 血のような汚れや、禁門の変の時の火事の汚れなのか、黒いものがついて落ちなくなってしまったり、ひどいものになると、こげて穴が開いていたりした。

 じゃあ何を着ていたかと言うと、黒い羽織に黒い着物を着ていた。

 だから、普通に歩いている分には目立たないと思うのだけど。

 なんでみんな分かっちゃうんだ?

「はい、そうですが」

 私がそう答えると、

「ちょうどええ所に来てくれたわ」

 えっ、何かあったのか?

「雨漏りがしてて、困っとったんや」

「あ、それは屋根屋に……」

 藤堂さんが屋根屋に頼んでくれと言おうとしたのだろう。

 しかし、

「治してくれたら、野菜のお代はいらんよ。ほな、頼んだで」

 と、一方的に言って行ってしまった。

 やっぱり、治さないとだめなのかなぁ。

「はぁ、仕方ないなぁ。なんか便利屋になった気分だね」

 藤堂さんは、持っていたきゅうりと真桑瓜を置くと、八百屋さんの奥の方へ入って行った。

 私も藤堂さんの後についていった。

 

「藤堂さん、気をつけてくださいね」

 屋根の下で上に上っている藤堂さんに声をかけた。

 藤堂さんは、一瞬笑顔で私を見た後は、板とトンカチを持って屋根の上を歩いていた。

 相変わらず霧雨が降っている。

 屋根はきっと滑りやすいんだろうなぁ。

 藤堂さん、大丈夫かなぁ。

 そんな不安な思いで藤堂さんを見つめていた。

「蒼良、ここらへんかな? 雨漏りしているところ」

 藤堂さんが上がっている所の下を見ると、部屋の中に器が置いてあって、雨水がたまっていた。

「そこですね」

 私がそう言うと、瓦を動かし始めた。

 瓦、重そうだよなぁ。

「ああ、ここだ。穴が開いていたよ」

 藤堂さんはそう言うと、その場所に板を置いて、くぎを打ち始めた。

 トントントンと言う音がしばらく続き、その音が止んだ時に、

「中はどう? 雨漏りしている?」

 と、聞かれた。

 部屋の中に入り天井を見ると、雨漏りは止まっていた。

 器の中にたまっている水も静かになっていた。

「大丈夫でした」

 外に出て藤堂さんに教えると、

「よかった」

 と言って、屋根の上を歩き始めた。

 途中でするっと滑りそうになり、滑った藤堂さんじゃなく、私が

「きゃっ!」

 と、悲鳴を上げた。


「応急措置ですから、近いうちに屋根屋に頼んでくださいね」

 藤堂さんは無事に降りてきて、八百屋さんにそう言った。

「助かったわ。約束通り、この野菜のお代はとらんよ。あ、甜瓜を切ったから、食べて行き」

 八百屋さんがそう言って、甜瓜の切ったものを出してきてくれた。

 これが、甜瓜ともいう真桑瓜なんだぁ。

 なんか、メロンみたいだなぁ。

 それもそのはずで、この真桑瓜とスペインメロンをかけあわせてできたのが、プリンスメロンになるらしい。

 味も、現代のメロンほど甘くはなかったけど、ほんのり甘さがあって、野菜と言うより果物だなぁと思った。

 うん、意外とおいしい。

「蒼良、初めて食べたでしょ?」

 藤堂さんが楽しそうに聞いてきた。

「はい。甘くておいしいですね」

 八百屋の主人が井戸で冷やしておいてくれたのだろう。

 冷たくておいしかった。

「藤堂さん、メロンって知っていますか?」

「えっ、メロン?」

 この瓜を食べてメロンを思い出したので、聞いてみた。

 やっぱり知らないらしい。

「これに似ているのですよ」

 メロンが作られるようになると、瓜はあまり流通しなくなったらしい。

「蒼良の時代の食べ物かぁ。美味しいの?」

「はい。味はこれと似ていますが、甘くておいしくて、高級なものまであるのですよ」

「食べてみたいなぁ」

「今度、食べさせてあげますよ」

 約束したけど、本当に食べさせてあげることが出来ればいいなぁ。


 きゅうりと真桑瓜を風呂敷でつつみ、藤堂さんが持った。

 雨宿りした長屋へ帰る途中、私の唐傘がこわれた。

「ああ、壊れちゃった」

 だから、雨の日は嫌いだぁ。

 この傘は隊で使いまわされていたので、乱暴に使った人もいるんだろうなぁ。

 竹でできた骨組みが折れていた。

「こっちに一緒に入ろう」

 藤堂さんが私の肩に手を伸ばしてきて、自分のさしている傘の中に私もいれた。

「藤堂さん、ぬれませんか?」

「私は大丈夫だよ。蒼良と一緒の傘の中に入れるとは思わなかったなぁ。雨に感謝だね」

 そう言われると、照れるじゃないかっ!

 顔が熱くなって、下を向いた。

 地面は相変わらずぬかるんでいた。


「ずいぶん遅かったやないか?」

 長屋について、年配の女性に会うとそう言われてしまった。

「八百屋さんに屋根の修理を頼まれたもので」

 私が言うと、

「そうや、うちの屋根も……」

 と、年配の女性が言い出した。

 ここの屋根も雨漏りするのか?

 そう思っていると、

「言われたことはやって来ましたから。失礼します」

 と、素早く藤堂さんが言って、私の手をひいて長屋から去った。

「危なかった。うちの屋根も直してくれって言われるところだったよ」

 あの話の流れ的に、そうだったかも。

「危なかったですね」

「帰ろうか」

 藤堂さんが傘をさして私を入れてくれた。


 屯所について、傘をかたす藤堂さんを見ると、肩の半分がぬれていた。

 私は全然ぬれていなかったので、私の方に傘を多く傾けてくれていたのだろう。

「藤堂さん、ぬれてるじゃないですか」

 私のせいで、申し訳ないなぁと思い、急いで手拭いで藤堂さんのぬれた着物をふいた。

「蒼良がぬれなかったからそれでいいんだよ」

「でも、それで藤堂さんが風邪をひいてしまったら、申し訳ないじゃないですか」

「その時は、蒼良に看病してもらうから」

 と、笑顔でそう言われてしまった。

「もちろん、その時は看病しますよ」

 私のせいで風邪ひいたってことになっちゃうんだから。

「今回だけじゃなくて、他の時でも風邪ひいたら看病してくれる?」

「当たり前じゃないですか。仲間が病気になったら、看病しますよ」

「あ、仲間ねぇ」

 藤堂さんの顔から笑顔が消えていた。

 あれ?なんか悪いことでも言ったか?

「それでもいいか。今は」

 藤堂さんはそう言って、一人で納得していた。

 私は、何が何だかわからなかったけど、藤堂さんが納得しているのならいいのか?


  

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