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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年4月
260/506

菖蒲(あやめ)と花菖蒲(はなしょうぶ)と杜若(かきつばた)

蒼良そら、いいところを見つけたんだけど、一緒に行かない?」

 沖田さんにいつも通り報告に行くと、そう言われて誘われた。

 安静にしているはずの人間が、なんでいいところを見つけたんだ?

「あの……安静なのになんでそんないいところなんて知っているのですか?」

「ちょっと散歩をしているんだよ」

 散歩かぁ。

 散歩は安静に入るのか?

 でも、健康のために散歩ぐらいならいいのかな?

「その散歩のときに、いいところを見つけたと言う事ですね」

「そうそう」

 そうなんだ。

「いいところって、どこなのですか?」

 私が聞くと、

「内緒」

 と、人差し指を口元に持ってきて、かわいらしく沖田さんが言った。

「一緒に行ったら、教えてあげるよ」

 そうなのか?

 一緒に行くべきなのか?そう言われると、いいところと言う物がすごく気になるじゃないかっ!

「一緒に行く?」

 沖田さんに聞かれた。

「ところで、体調はどうなのですか?」

 一番はそれだろう。

「蒼良はすぐそれを言うんだから」

 だって、一番気になるだろう。

 具合が悪いのに、無理して行かれても困るし。

「具合がいいから誘っているんじゃん」

 本当か?

 疑惑の目で見ていたのがばれたのか、

「嘘ついてないよ。こんなことで嘘をついても仕方ないでしょ」

 と言われてしまった。

 確かにそうだよね。

「わかりました。いいところと言うのも、ものすごく気になりますし、行ってみましょう」

「よし、行ってみよう」

 というわけで、沖田さんと一緒にいいところと言う所へ行くことになった。


 散歩がてらみたいなことを言っていたので、すぐ近くだろうと思っていたら、行くだけで一時間以上歩いた。

 これって、散歩じゃないだろう。

 ウオーキングになっているぞ。

 しかも、山がすぐそばに迫っているような所だ。

 もしかして、この山に登るとかって言い出すんじゃないだろうな?

「着いたよ」

 沖田さんが連れてきてくれたところは、大田神社と言うところだった。

「散歩だと言ったから、もっと近いところかと思いましたよ。遠いじゃないですかっ!」

「京の都の中に入っているから、近いうちに入るよ」

 歩いて一時間が近いのか?

「これぐらいはまだ散歩のうちだよ」

 沖田さんはどんな散歩をしているんだ?

 って、全然安静にしていないじゃないかっ!

「今度、柱にしばりつけますよ」

 思わず口に出してしまった。

 本当に、柱と言わず、布団に縛り付けておきたいぐらいだわ。

「蒼良にしばりつけられたら、僕も終わりだね」

 そりゃどういう意味だっ!


「ほら、これは蛇の枕と言って、雨乞いに使われていたんだよ」

 沖田さんが指さしたのは、水面から顔出している小さい石だった。

 話によると、蛇は雨を降らせる生き物で、農業で使われる道具でたたいてわると、蛇がおこって雨を降らせるらしい。

「割ってみる?」

 沖田さんが、いたずらっ子のような笑顔を浮かべて言った。

「今、雨が降ったら、帰り道が困るじゃないですか」

 しかも、農業の道具を持っているのか?持っているようには見えないけど。

 それだけじゃないぞ。

「雨が降ってぬれて沖田さんが風邪をひいたら困るじゃないですか」

 風邪をひいて、労咳が悪化してしまったら大変じゃないか。

「僕は大丈夫だよ」

「大丈夫じゃないです」

「なんだ、つまらないな」

 いや、つまらなくないから。

「ところで、私に見せたいものって、これですか?」

 蛇の枕だったのか?

「そう、これ」

 えっ、そうなのか?

 思わず、水の中から少しだけ顔出している石をジイッと見つめてしまった。

 それを見て、沖田さんが笑っていた。

「嘘だよ。違うやつ」

 そう言って、沖田さんは私の手をひいて歩き始めた。


 沖田さんに案内されたのは、青色の花が一面に咲いていたところだった。

「わぁ、綺麗ですね。ここだったのですね」

「そうだよ」

 よかった、蛇の枕じゃなくて。

「ところで、この花は何か知っている?」

 この花?

菖蒲(あやめ)ですよね?」

 あやめだと思うけど……違うのか?

「違うよ。あそこら辺が、菖蒲あやめで、向こうの方が花菖蒲はなしょうぶ。ここら辺が杜若かきつばただよだよ」

 そ、そうなんだ。

「全部同じ花に見えますが、全部違う花なのですね」

 すごい似ているぞ。

 見分けがつかないぐらい似ている。

「全部同じ花だよ」

 えっ?さっきは全部違うようなことを言っていたじゃないか?

「蒼良は、菖蒲と花菖蒲と杜若の違いが分かる?」

 沖田さんにそう言われて、三つの花が私の頭に浮かんだけど、どれも同じものだった。

「あれ? 違いがあるのですか?」

「だから、あそこにあるのが花菖蒲で……」

 さっきは、あそこに花菖蒲があるって、指さして言ってましたが。

「沖田さんはわかるんですか?」

 沖田さんもわかっていないんじゃないのか?

「僕はわかるよ。向こうは杜若だよ」

「さっきは、花菖蒲って言ってましたよ」

 私がそう言うと、シーンとなった。

「嫌だなぁ、蒼良は。僕の話も覚えられないのかい?」

 私のせいなのかいっ!

 で、結局、どれがどれだかわからないまま、綺麗な青い花をずうっとながめていたのだった。

 ちなみに、大田神社にある花は、杜若だった。

 しかも、平安時代からの名所になっているらしい。

 だから、あっちが菖蒲でとかっていう話は、まったく嘘だった。

 沖田さんにだまされるところだった。


「もう一つ、見せたいものがあるんだ」

 屯所への帰り道に沖田さんがそう言った。

「これ以上歩くと、もう安静じゃなくなりますよ」

 行きと帰りで二時間以上も歩いている。

 これって、もう散歩じゃないだろう。

「近くだから、大丈夫」

 本当か?

「その目は信じてないね」

 なんか今日は、沖田さんにだまされてばかりのような感じがしたので。

「そもそも、散歩って言ってましたけど、もうこれ散歩じゃないですからね。もしかして、毎日この距離を歩いているのですか?」

「その日によってかな」

 その日によって、こんな長い距離を歩き、全く安静にしていなかったと言う事だよね?

「やっぱり、しばりつけたほうが……」

「だから、蒼良に僕はしばれないよ。蒼良にしばりつけられたら僕も終わりだからね」

 やっぱりそうなるのか?

「で、もう一つのいいところは、どうする?」

 そう言われると、もう一つのいいところと言うのも気になってしまう。

「わかりました。行きましょうっ!」

 その代わり、明日から安静ですよっ!って言いたかったけど、言う前に、

「そうと決まったら、早く行こう」

 と言われ、手を強くひかれてしまった。


 屯所についたら、もう日が暮れそうになっていた。

「さあ、もう一つのいい所に行くよ」

 えっ、これから行くのか?

 もう日が暮れそうになっていたから、今日は行かないと思っていた。

「もう暗くなっちゃいますよ」

「暗くならないと見れないものだから」

 そうなのか?

「さあ、行くよ」

 と言う事で、もう一つのいいところに行くことになった。


 着いたところは、壬生だった。

「ね、近いでしょ?」

 確かに、近い。

 近くてよかった。

 こんな暗いのに、また遠いところに連れてかれた日には、怖いからねっ!

 で……。

「どう見ても、田んぼしかないのですが……」

 ここがいいところなのか?

「うん、田んぼしかないよ。そろそろ見れるかなぁと思ったから、来たんだ」

 何が見れるんだ?

「ほら、見えたよ」

 沖田さんが指さしたので、田んぼを見た。

 田んぼには、青白い光がふわふわと浮かんでいた。

 この光はっ!

「蛍ですねっ!」

 今は旧暦だから四月だけど、現代で言うと五月の下旬から六月の上旬ぐらいになる。

 まさに蛍の季節だ。

「綺麗ですね」

 うっとりと、蛍に見入ってしまった。

「蛍って、田んぼに行けば見れるでしょ? もしかして、蒼良の時代には蛍がいないの?」

「あまり見たことないです」

 現代では、田んぼに行けば見れると言うものではない。

「じゃあ、まさに僕の教えたところは蒼良にとってもいいところだったんだね」

「昼間の杜若もいいところでしたよ」

 そう、昼間も菖蒲だか花菖蒲だかわからなかったけど、綺麗な所だった。

「蛍は初めて見たとか?」

 沖田さんに聞かれたので、

「いや、昨年見ましたよ」

 と、答えた。

「え、見たの?」

 えっ、いけなかったか?

「一人で?」

「いや、山崎さんと」

「えっ、山崎君と?」

 沖田さんに聞かれたので、コクンとうなずいた。

「先越された」

 ポツリと一言、沖田さんが言った。


 その後沖田さんが、

「楽しいことをしよう」

 と言って、数匹蛍を捕まえて、虫かごに入れた。

 虫かごまで持ってきていたんだ。

「準備がいいですね」

「蒼良に、もう一つ見せたかったから。蛍をあまり見たことないなら、これもやったことないでしょ?」

 これって、なんだ?

 すごく気になるなぁ。

「気になる?」

 沖田さんに聞かれて、コクンとうなずいた。

「お楽しみだね」

 と言う事で、沖田さんと屯所に帰った。


 屯所に帰り、沖田さんが蚊帳かやを出してきた。

「蚊帳って、まだ早くないですか?」

 蚊帳とは、網でできたテントのようなもので、網戸と言うものがなかったこの時代には、貴重なものだ。

 というのも、この蚊帳を部屋の中ではり、その中に布団を敷いて寝るのだ。

 虫が寝ているところに入ってこないので、とても便利な道具だ。

 しかし、まだ蚊は出ていないので、出すのはちょっと早いのでは?

「いいから、いいから」

 そう言いながら、蚊帳を張った沖田さん。

「蒼良、中に入って」

 蚊帳をめくって、私に中に入るように言ってきたので、遠慮なく中に入った。

 沖田さんも中にはいると、蚊帳の中に蛍をはなした。

 蚊帳の中で飛び回る蛍。

「わぁっ!」

 思わず歓声をあげてしまった。

「小さい頃よくやっていたけど、蛍が珍しいと言う蒼良はやったことないでしょ?」

「初めてですよ」

「よかった。これは初めてだったんだね」

 初めてだといいことなのか?

 そんなことを考えていると、

「あのさ、蛍をこのままここに放っていると、みんな死んじゃうんだよね」

 え、そうなのか?

「かわいそうでしょ?」

 それは、かわいそうだ。

「かわいそうだと思うなら、一緒に蛍を捕まえて、元の場所に返しに行こう」

 そうなるのか?このままだと死んじゃうなら、そうするのが一番だろう。

 と言う事で、その後、沖田さんと蛍を一生懸命つかまえたのだった。

「沖田さんっ! 蛍って虫じゃないですかっ!」

「虫だよ。なんだと思ったの?」

 虫だと思っていたけど……。

 虫はあまり好きではないのだ。

 と言う事で、捕まえてはすぐに虫かごに入れていたので、その状態を見て沖田さんは笑っていた。

 全部つかまえたころには、夜もだいぶ深くなっていた。

 それでも、ちゃんと二人で壬生に蛍を返しに行ったのだった。

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