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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
文久3年4月
26/506

島原ストーカー事件

斎藤さんと巡察に出た。

 この日も特に異常がなかった。ちょっとした喧嘩の仲裁に入ったぐらいだ。

 それだけ平和だってことなんだろう。いいことだ。

 しかし、島原近辺に行ったときに事態が変わった。

 牡丹ちゃんにばったりと会った。夜にあったときと比べると、化粧もしていないし、着物も地味だ。

 でも、牡丹ちゃんの可愛らしさはそのままだった。

「蒼良はん、こんにちわ。」

「牡丹ちゃん、こんにちわ。」

 お互いにこやかに挨拶した。

「蒼良はんは、巡察どすか?」

「うん。今日も特にない事もなかったよ。」

 私がそう言うと、牡丹ちゃんが深刻な顔になった。

「何かあったの?」

 私が聞くと、ここじゃぁなんだからと言って、私たちを置屋に連れていってくれた。

 置屋では、そこのご主人が歓迎してくれた。一体、何があったのだろう?

 部屋で訳を聞くことになった。成り行き上、斎藤さんも一緒に聞くことになった。

「実は、姐さんの所に変な文が来てな。」

 変な文?

 詳しく話を聞くと、牡丹ちゃんの言う姐さんとは、深雪太夫のこと。その深雪太夫のところに変な文が来るということらしい。

 最初は、好きですとか言う感じで、ラブレターだと思っていたのだけど、だんだんその内容がエスカレートし出したという。

 今では、『君のことはなんでも知っている。』と書いてあり、その日の深雪太夫の行動が書かれているという。そして最後には『いつも君のことを見ているから』と書いてあるという。

 その部分を見たとき、斎藤さんが剣を持って置屋の周りを一周しに行った。けど、誰もいなかった。

「これが世に言うストーカーか。」

 私がつぶやくと、みんな一斉に

「すとおかあ?」

 と言った。あ、これも江戸時代にはない言葉だ。

「つきまといかな。つきまとい。」

「ああ、でも、姿が見えへんから、気味が悪い。」

「深雪太夫も、精神的に参ってしまってるんや。」

 置屋の旦那さんが困ったように言った。

 確かに、こんないつも見られているような文もらったら、誰だって参ってしまう。

「これは、このままほっておくわけにはいかないな。もしかしたら、そのうち深雪太夫に手を出すかもしれない。」

「斎藤さんもそう思いますか?」

「文が異常だ。」

 斎藤さんが一言だけ言い放ったものだから、ご主人や牡丹ちゃんがさらに怖がった。

「文が異常って、どないなるんや。」

「姐さん、どうなるん?」

 斎藤さんは無口な人なので、それ以上は話さない。

「た、多分だけど…あくまで私の予想だけど、この文を出した人は、深雪太夫のことはなんでも知っている。だって、俺の女だからぐらい勘違いしているかもしれない。その勘違いから何が起こるかというと、深雪太夫がほかの男の人と歩いたりしていたら、やきもちを妬いて、下手したら深雪太夫か、相手の男の人に手を出すかもしれない。」

「そないされたら、商売できひんやろう。」

 ご主人が困った顔で言った。

「蒼良はん、京の治安守ってはるんやろ。姐さんも守ってくれへんかな?」

 えっ、どうなんだろう?でも、話を聞いてしまったから、はい、そうですか、さようなら。って出来ないし。そんなことして本当に何かあったら、ものすごく後悔するだろうし。

「分かった。相談してみよう。」

 斎藤さん、即答だった。えっ、いいのか?

「ほんま?おおきに。」

 牡丹ちゃん嬉しそうにお礼を言った。

「斎藤さん、大丈夫なのですか?」

「話を聞いてしまったから、ほっとけないだろう。」

 なんだ、斎藤さんも同じ考えだったんだ。

「どうすれば深雪太夫を守れるか相談するから、その相談が済むまで、深雪太夫を一人にしないでください。そして、できれば置屋からも出さないでください。」

 私が言うと、ご主人が

「それは、どれぐらいかかるんや?」

 と聞いてきた。商売がかかっているのであまり長くなっても困るのだろう。

「このあとすぐに相談するので、そう長くはかからないと思います。だから、お願いします。」

「分かった。深雪太夫にも言うておくわ。」

 とりあえず話がまとまったので、斎藤さんと屯所へ帰った。


 帰ってすぐに土方さんに報告したら、土方さんから近藤さんに相談してくれることになった。


 次の日、先方の話を直接伺ってみないとわからないと言われ、斎藤さんと一緒に土方さんと近藤さんを深雪太夫のいる置屋に案内した。

 置屋には、ご主人と昨日はいなかった深雪太夫本人がいた。

 深雪太夫は、太夫と呼ばれるだけあり、綺麗な人だった。色が白くてこの人には自分が必要だっ!と思ってしまうぐらい頼りなさそうな、そんな感じがまた深雪太夫の魅力のひとつになっていた。

 その魅力の虜になってしまったのが近藤さんだった。

 話も聞かないうちに、

「例の相談の件、お受けしよう。この娘さんがこんなにも悩んでいるなんて、ほっておけん!」

 と、張り切っていた。だから、まだ話を聞いていないじゃん。と、ツッコミを入れたかった。

 一通り話を聞き、作戦会議となった。

 それにしても、この部屋はなんで障子を締め切っているのだろう。何か薄暗いし、部屋に人数も増えているので暑い。

「すみません、障子開けてもいいですか?」

 と言いながらも、私は障子を開けた。

 障子を開けながらみんなの方を見ると、みんな固まっていた。

 えっ、何?

 そう思って外を見ると、男の人がいた。って、ここは2階だろうっ!なんでいるんだ?

 斎藤さんが窓から飛び出し、相手の男を追いかけた。

 もちろん2階なので、追う方も逃げる方も屋根の上だ。

「逃げられた。」

 斎藤さんが、窓から帰ってきた。

「な、なんですか?さっきの。」

 驚きつつ私が尋ねると、

「おそらく、奴が文を出した人間だろう。」

 土方さんが言った。

 文には、細かく深雪太夫の行動が書かれていた。

 盗聴器やらカメラやらがないこの時代、こうやって相手を追わないと、ここまでの行動はわからないだろう。

「度々こんなことがあるのですか?」

 私が聞くと、深雪太夫がうなずいた。だから障子も閉めていたのだ。

「こんな綺麗な人にこんな怖い思いをさせるなんて、許せんっ!」

 ますます張り切る近藤さん。 

「こういう奴は、出てくるまで待っていたら時間がかかる。ここはいっきに相手を出して解決しよう。」

「歳、心強いことを言ってくれるじゃないか。」

 さらに張り切る近藤さん。

「どうやって表に出すのですか?」

 私が聞くと、

「深雪太夫のことを自分の女だと思っているから、その自分の女に男ができたら黙ってないだろう。」

「なるほど。相手の男にヤキモチ妬かせて表に出そう作戦ですね。」

「ずいぶん長い作戦名だな。」

 土方さんがあきれていた。

「ということは、男役が必要だな。歳だと、こういうのは合わないし、斎藤は若すぎる。蒼良は論外だ。ここは俺の出番だ。俺がやろう。」

 近藤さん、私が論外って…。要は、自分が深雪太夫の男役をやりたいらしい。

「よし、男役は近藤さんで決定。問題は、深雪太夫の護衛だ。相手の男がここまでくるということは、ここも安全な場所ではない。」

 確かに。目の前にいたもんね。

「まさか、置屋の中まで近藤さんが入るわけにもいかない。」

 いくら恋人でも、揚屋にいるならわかるけど、置屋にいるっていうのは聞いたことがない。

「置屋に入るには、女装して護衛するということですか?」

 斎藤さんが土方さんに聞いた。

「そういうことになるな。表なら俺たちが守れるが、置屋の中までは難しい。誰かに女装させて花魁になってもらうしかないな。」

「やっぱり、女装は斎藤さんですか?」

「蒼良、なんで俺が女装をするんだ?」

「強いし、さっきも男の人追いかけたから、一番いいのではと思ったのですが…。」

 あれ?みんな私を見ているけど?

「俺よりピッタリな奴がいるだろう。」

 斎藤さんが、私を見ながら言った。

「そうそう、ぴったりな奴がな。」

 土方さんも私を見ているのですが…。

「そうか、蒼良なら、女装しても大丈夫だな。剣も使えるし、ピッタリだ。」

 最後に近藤さんがとどめをさした。

 やっぱり、私なのか?

「女のお前しかできない仕事だ。頼んだぞ。」

 私の耳元で、他の人には聞こえない声で土方さんが言った。

 やっぱり、私なのね。

「よし、早速作戦を実行する。蒼良は、深雪太夫から離れるな。俺たちは外から見ている。近藤さんは恋人役を頼む。置屋のご主人は、深雪太夫と近藤さんが出来ていると噂を流してくれ。」

 みんないっせいに『わかりました。』と言って、解散した。

 

 そして夕方。

 なんと太夫道中に同行することになった。

 そのため、私も花魁の格好をすることになった。

 私が女であることを置屋のご主人と深雪太夫だけが知ることになり、というか、土方さんが言っていったのだけど、深雪太夫は、

「心おきなく一緒にいてもらえるわ。」

 と、喜んでくれた。

 他の人たちには内緒なので、化粧と着付けは深雪太夫とご主人がしてくれた。

「男の格好させとくのもったいないぐらい綺麗や。」

 ご主人が私を元気付けようとしたのか、お世辞を言ってくれた。

 それにしても、頭と着物が重い。こんなに重くて、何かあったときに身動きできるのだろうか。

 刀を着物の中に隠し、準備完了。太夫道中へ。


 数日前に見ていた太夫道中に、自分が加わるとは思わなかったわ。

 深雪太夫は、例の高い下駄を履き、その下駄を横に倒して八の字をかきながらゆっくりと進んでいく。

 私も、その後にゆっくりとついて行く。さすがに八の字歩きはしないけど。

 ゆっくりと進むので、周りも良く見ることができるが、見物人が多いので、例の男がいるのかはわからない。

「おっ、太夫道中だ。俺はこの前も見たぞ。」

「新八さん、結構来ているのだな。ずるいなぁ。」

「うらやましいか、平助。」

 この声は…声の方を見ると、永倉さんと藤堂さんがいた。

 や、ヤバイ、バレるかも。しかも、二人と思いっきり目があった。

 私は慌てて目をそらした。バレたかも。

 しかし、花魁の化粧がよかったのか、バレなかった。

 夜に土方さんが来たので、そのことを報告した。

「あいつら巡察サボりやがったな。分かった。しばらく島原に出入り禁止にしておく。」 

 巡察中だったんかいっ!

「それにしても、変われば変わるものだなぁ。」

「何がですか?」

「お前だ。いつもはかまはいて剣を振り回しているから、色気とかないけどな。そういうかっこうをすると、それなりに色気も出るものなのだな。」

「なっ、なに言ってんですか。」

 照れてバシンッ!と思いっきり土方さんの背中を叩いてしまった。

「うっ、お前、痛いだろうがっ!」

「土方さんが変なこと言うからですよ。」

「前言撤回するっ!色気もなんもあったもんじゃないっ!」

「どうせ、ガキですよっ!」

 私がそう言うと、土方さんはしみじみと私を見た。

「でも、ガキじゃないぞ。その格好も、似合ってる。明日は斎藤が来ると思うから。何かあったらすぐに知らせろ。」

 そう言って、土方さんは去っていった。

 その様子を見ていた深雪太夫は、

「蒼良はん綺麗やから、惚れてしもうたんやない?」

 いや、それはないでしょう。


 次の日は斎藤さんが来た。斎藤さんは無口な人なので、特に何も言葉を交わさなかったけど、

「見違えた。」

 と、最後に言って去っていった。


 怪しい男は出なかったけど、噂がそれなりに功をそうしているのか、深雪太夫に来る文の内容は日々激しくなっていった。

 そしてとうとう『お前と一緒に心中する』と言う内容が書いてあった。

 やっぱり奴は勘違いしているようで、自分は深雪太夫の男で、近藤さんは無理あり付き合わされている人らしい。この世では自分と結ばれない運命なんだと、勝手に勘違いをし、心中話が出たようである。

 いい迷惑だ。

「今日あたり、奴が出てくるかもしれんから、心して警護しろ。」

 土方さんに言われ、着物に隠してある刀をすぐ出せるか点検した。

 よし、大丈夫だ。


 夜までは何事も無く平和だった。

 夜になり、揚屋の仕事が終わったとき、揚屋に近藤さんが迎えに来た。

「今日あたりくるかもしれんと歳に言われたから、迎えに来た。置屋まで送っていこう。」

 近藤さんと深雪太夫がいい雰囲気で歩いていた。その少し後ろに私がいた。

 置屋に近づいたとき、殺気を感じた。男がこちらをじいっと見ながら近づいてきた。

 奴だ。置屋の窓にいた奴と同じ人間だ。間違いない。

「近藤さん、深雪太夫、中に入ってください。」

 私は二人を置屋の中に押入れた。

 着物に隠してあった刀を出す。

「なぜ邪魔をするっ!許せんっ!」

 奴が刀を振り上げてきた。それをはらった。

「あなた、なにものですか?なんで深雪太夫につきまとうのですか?」

「うるさいっ!あいつは俺の女だ。邪魔する奴は誰であっても許せんっ!」

 目が、完全におかしかった。狂った人の目というものがあれば、この目のことを言うのだろう。

 正気じゃない。そもそも、花魁に切りかかること自体が正気じゃない。

「深雪太夫は誰のものでもないです!」

「うるさいっ!花魁ごときに言われる筋合いはないっ!」

 また刀を振り上げてきた。それをはらった。

 切りたくはないけど、ここでとどめを刺しておかないと、私が殺られて、深雪太夫や近藤さんにまで害が及ぶ。

 刺そう。

 そう思って刀を持ち替えたとき、急に奴が膝からガクンっと倒れた。倒れた奴の向こうには、血が付いた刀を持った土方さんがいた。

「大丈夫か?」

 こくんっと私はうなずいた。

「花魁姿に刀は似合わんな。」

 刀を持って立ち尽くしている私にそう言った。

 それから、自分の刀をしまい、私の刀を取り、

「よくやった。」

 と、微笑みながら言った。それですべて終わったことが分かった。

 するとホッとしたのか、全身の力が抜けて、ヘナヘナと座り込みそうになった。それを土方さんが支えてくれた。

「今のお前は女だからな。肩、貸すぞ。」

 そう言うと、優しく抱きしめてくれた。

 怖かったと言えば、怖かったのかもしれない。でも、必死だったからわからない。ただ、こうやって土方さんの肩を借りると、安心したのか、涙がでてきた。

 普段なら、『甘えるな、ばかやろう』といいそうな土方さんは、黙ったまま抱きしめてくれている。

 しばらくそうしていた。


 その後、斎藤さんの調査で奴のことが分かってきた。

 刀を持っていたから浪人だろうとは思っていたけど、本当に浪人だった。深雪太夫とも面識はなかった。

 多分、太夫道中で深雪太夫を見て惚れて、色々想像しているうちに、わからなくなってしまったのだろう。そこから先はもう狂気。きっと、何かのきっかけがあって狂ってしまったのだろう。

 それで、こういうことになったのだと思う。


 深雪太夫も怪我一つなく、無事にこの仕事は終わった。

「あんさん、壬生浪士に置いておくのもったいないから、うちに来いへんか?」

 と、置屋の主人に言われたけど、丁重にお断りした。江戸時代に来てから、鴻池さんからも誘われたし、就職難とは無縁の生活が出来そうだわ。


 こうして数日ぶりに屯所に戻ってきた。

「ああ、やっぱりこっちの格好のほうがいい。」

「やっぱり変わったやつだな。女なら、綺麗な着物着たりしたいだろう。」

 屯所で、いつもどおり袴を履いた。こっちの方が本当に軽くて動きやすくていいものだから、ぼそっとつぶやいたら、土方さんが聞いていたらしい。

「あの着物、重いのですよ。ちなみに頭も。深雪太夫はか弱そうなのに、よくあんな重いものを着て歩けるなぁって思いましたよ。」

「そんなに重いのか?」

「なんなら、土方さんも着てみますか?似合うと思いますよ。」

「ばかやろう。」

 なんか、いつもの日々が戻ってきたなぁ。

 道場の方へ行くと、永倉さんと藤堂さんがいた。

「おう、蒼良。土方さんの個人的な仕事していたんだってな。」

 永倉さんが私の肩をお疲れっ!と言いながらポンポンと叩いていた。

「蒼良は、太夫道中を見たことがあるの?」

 藤堂さんが突然言い出したので、ドキッとした。

 まさか、その太夫道中に参加していたとは言えない。

「あ、ありますよ。永倉さんと一緒に。原田さんもいましたね。」

「ああ、いたいた。あのあと平助に見せてやろうと思って行ったらさ、土方さんにバレてよ、島原出入り禁止になったよ。」

「それは、巡察中に寄り道なんてするからですよ。」

「なんで蒼良が知ってんの?」

 藤堂さんに言われてはっとした。私が知らないことになっている話だったわ。

「ひ、土方さんが言ってましたよ。巡察中にっ!って。」

「でも、なんでバレたんだろうなぁ。」

 不思議そうな顔をして永倉さんが言った。

「土方さんのことだから、花魁まで刺客に使っているかもしれないですよ。」

「ああ、それありえるかも。」

 藤堂さんが納得したような感じで言った。

 えっ、本当にありなのか?

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