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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年4月
259/506

楓ちゃんの好きな人

「あ、蒼良そら

 屯所の中を歩いていると、藤堂さんに会った。

「今日、巡察で島原の方に行って、牡丹さんと楓さんに会ったよ」

 あ、そうだったんだ。

「元気でしたか?」

 牡丹ちゃんと楓ちゃんは、島原の芸妓さんで、この時代では貴重な女友達だ。

「元気だったけど……」

 けど?何かあったのか?

「話したいことがあるから、島原に来てほしいって言っていたけど」

 なんだろう?

 島原に一人で行くのはちょっと緊張するなぁ。

 というのも、島原は綺麗なお姉さんと飲める高級な所だ。

 だから、行く人はお金持ちの男の人だ。

 あまりお金を持っていない女が行くようなところではない。

 私とは、全く無縁のところなのだ。

「藤堂さん、一緒に島原に行きませんか?」

 藤堂さんが一緒に行ってくれないかなぁと思い、誘ってしまった。

「おお、島原か。たまにはいいな」

 そう言って顔を出してきたのは永倉さんだった。

「この際三人で行くのはどうだ?」

 牡丹ちゃんたち、永倉さんを連れて行って大丈夫なのかな?

 でも、お客さんが増える分には大丈夫だよね。

「今日は俺が……」

 そう言った永倉さんと目があった私。

「俺は、自分の飲み代は払うぞ」

「なんだ、俺のおごりだっ! って言うと思ったのに」

 藤堂さんが残念そうにそう言った。

「俺もそう言おうと思ったさ。でも……飲むだろ?」

 永倉さんが私の方を見てそう言った。

 私に言っているのだろうと思い、

「当たり前じゃないですか。島原で飲まない人って言えば、土方さんぐらいですよ」

 と、胸を張って私は言った。

「蒼良はたくさん飲むからなぁ。俺の金が足りるか心配だ。この際、自分が飲んだ分は自分で払うって言うのはどうだ?」

「新八さん、ずいぶんとケチなことを言うね」

 藤堂さんがそう言ったけど、永倉さんがおごるぞって言えないのは、私のせいでもあるんだよね。

「ほら、新八さんのせいで蒼良が落ち込んだじゃないか」

 藤堂さんが、私の背中をさすってきた。

「いや、大丈夫ですよ。確かに、私はたくさん飲んじゃうから、おごってもらうのは悪いですよ。自分の分を自分で払う分には、遠慮なく飲めますよね」

 私は永倉さんが気を使わないように言ったのだけど、逆に場がシーンとなってしまった。

「わかったっ! 俺はおごればいいんだろっ! おごってやる。どんと来いっ!」

「え、永倉さん、大丈夫なのですか?」

 さっきまで自分の飲み代云々と言っていたじゃないか。

「蒼良、新八さんに甘えちゃおう」

「おう、どんと甘えろっ!」

 永倉さんの言い方が、やけっぱちになっているように聞こえるぞ。

 でも、せっかくそこまで言ってもらっているのだから。

「わかりました。ありがとうございます」

 と、お礼を言った。

「おう、まかせとけ」

 永倉さんが自分の胸をボンッとたたいて言ったのだけど、痛々しく見えたのは、気のせいか?


 というわけで、三人で島原へ向かった。

 揚屋に行き、牡丹ちゃんと楓ちゃんを指名したら、すぐに来てくれた。

「久しぶりやね。元気やった?」

 牡丹ちゃんがお酒を注いでくれた。

「元気だったよ。牡丹ちゃんたちは?」

 牡丹ちゃんは、楓ちゃんをチラッと見て、

「元気は、元気やったけど……」

 と言った。

 けど?何かあったのか?

「うち、病にかかったんよ」

 楓ちゃんがそう言った。

 えっ、なんかの病気になったのか?

「恋の病って言う名前の病や。なんていうんやろ?」

 牡丹ちゃんが楓ちゃんの代わりにそう言った。

 そう言えば、坂本龍馬に失恋した直後に、

「東男に京女って言うやろ?」

 って言っていたよな?

「もしかして、今度のお相手は江戸の人なの?」

 私がそう言うと、楓ちゃんは顔を赤くしてうつむきながらうなずいた。

 やっぱり、そうだったのか。

「おっ、恋の相談か? こう見えても俺は恋の熟練者と呼ばれているぐらいだからな。相談に乗るぞ」

 永倉さん、恋の熟練者なのか?初めて知ったぞ。

「嘘だよ、嘘」

 隣で藤堂さんが小さい声で教えてくれた。

 そ、そうなのか?

「で、その恋のお相手は誰だ? 江戸の者って言ったよな? 俺は江戸っ子だからな。江戸の人間の性格は熟知しているぞ」

 それは本当のことなんだろう。

 江戸生まれの江戸育ちと聞いたことがある。

「ほんまに? 心強いわ」

 楓ちゃんは嬉しそうに言った。

「で、今度のお相手は? まさか、私の知っている人じゃないよね」

 江戸の人って聞いてから、もしかしたら新選組隊士じゃないかと言う予感もしているのだけど、新選組隊士全員が江戸生まれってわけじゃないから、違うよね。

 できれば、知っている人じゃないほうがいいのだけど。

「それが、よう知っとる人や」

 牡丹ちゃんがそう言った。

「そうなんよ。蒼良はんたちがよう知っとる人なんよ」

 えっ、そうなのか?

「もしかして、土方さん?」

 三人で声をそろえて言ってしまった。

 というのも、土方さんは写真通りかっこいいので、島原でももてるのだ。

 現に、恋文も大量にもらっている。

 過去にその大量の恋文を、故郷に送りつけると言う考えられないことをしても、またすぐにその恋文がたまってしまう。

 また送ってやろうかと言った土方さんを止めている状態だ。

 もし、楓ちゃんの好きな人が土方さんだったら、自分は喜んで応援できるのだろうか?

 楓ちゃんは首をふった。

 土方さんではないらしい。

 なぜかホッとしてしまった。

 なんで私はホッとしているのだろう?

 でも、今はそんなことより、楓ちゃんの好きな人の話だ。

「俺たちの知っている人間だろ? 誰だ?」

 永倉さんがあたりを見回しながらそう言った。

 なんで私たちを見回しているんだ?

「わかったぞっ!」

 えっ、本当か?

「誰ですか?」

 藤堂さんと声を合わせて聞いた。

 永倉さんが、私を指さした。

「蒼良だろ?」

 えっ、私?

「それはないよ」

 藤堂さんと牡丹ちゃんと楓ちゃんが声をそろえて言った。

「なんでだ? こんな綺麗な男をほっとく女もいないだろう?」

 いや、ちゃんとほっとかれているから大丈夫だ。

「だって、蒼良はんは……」

 楓ちゃんは女だと言いたかったのだろう。

 素早く、牡丹ちゃんと藤堂さんが楓ちゃんの口を手でふさいだ。

「なんだ?」

「蒼良はんは……、そう、女に興味がないんよ。ね、蒼良はん」

 牡丹ちゃんは私に同意を求めてきた。

 えっ、これにどう答えればいいの?うなずけばいいのか?

 うなずけば男色になるし、否定したら、じゃあ女に興味があるのか?好きな人は誰だ?って話になりそうだしな。

「あ、そうか。蒼良は男色だったな」

 私が迷っている間に、永倉さんが勝手にそう言っていた。

 えっ、やっぱりそう言う話になっているのか?

「そ、それより、楓さんは誰が好きなのですか?」

 藤堂さんが話を戻してくれた。

 そうだよ、今はその話だよ。

「恥ずかしいわ」

 楓ちゃんはもじもじし始めた。

「近藤はんやって」

 もじもじしている楓ちゃんの横で、あっさりとその人の名前を告げる牡丹ちゃん。

「えっ?」

 声をそろえて聞き返してしまった私たち。

「近藤という名前の江戸の人って、他に誰かいましたか?」

 私の頭の中では、一人しか思い浮かばないんだけど。

「私も、一人しか思い浮かばないのだけど」

 藤堂さんも、やっぱり一人しか考えられないらしい。

「俺が知っている近藤と言う男は一人しか知らないな」

 やっぱり、その近藤さんなのか?

「一人しか思い浮かばんのは当たり前や。一人しかおらんのやから」

 牡丹ちゃんは、私たちの反応にあきれたように言った。

 やっぱり、あの、近藤さんなのか?

「そうや、新選組の近藤はんや」

 そう言った後、顔を真っ赤にした楓ちゃん。

「おい、うちの隊に近藤ってやつはいたか?」

 永倉さんが私たちに聞いてきた。

「あ、近藤さんの養子になった谷さんがいますよ」

「蒼良、谷君は江戸出身じゃないよ」

 藤堂さんの言う通り、谷さんは大坂出身だった。

「後は誰かいたか?」

「うーん、思い浮かびません」

 というか、思い浮かびたく無いんだけど。

 脳のどこかで思い浮かばせるのを拒否しているような感じがしているのだけど。

「誰なんだろうね。私も思い浮かばないや」

「あんたら、本気で言うとるん? あんたらの局長やろうが」

 やっぱり、そうなのか?

 三人で顔を合わせた私たち。

 そして口をそろえて、

「悪いことは言わないから、やめたほうがいい」

 と言ったのだった。


 それからが大変だった。

「なんでそんなこと言うん?」

 と、半泣きになっている楓ちゃん。

 それを必死でなだめつつも、あきらめるように説得をする私たち。

「あの人は、自分の拳を口の中に入れれるって、自慢しながらそれをやるんだぞ。口がでかいだけの男もどうかと思うぞ」

 永倉さん、口がでかいだけの男って、近藤さんに失礼だろう。

「あの人は、人を斬ることしか考えていない。あれでは隊の人間も野蛮になるのは当たり前だ」

 藤堂さんは、藤堂さんなりに考えていることがあるんだろうなぁと思ってしまった。

「近藤さんは、女性関係がかなり複雑なので、あまりお勧めできないよ」

 お雪さんを身請けしたのに、その妹と仲良くなっちゃって、お雪さんは大坂の方にいるとかいないとか?

 手切れ金を用意して、円満に別れたらしいので、それだけが救いなのかな。

 お雪さん以外にも、色々な女性の名前を聞くけど。

「全部言うたけど、聞かへんで」

 牡丹ちゃんはそう一言言った。

 そうなのか?

「恋は病って言うやろ? 一度かかったらもう周りの言う事聞かんのや」

 牡丹ちゃんはそう言っているけど、そうなのか?

 楓ちゃんの方を見ると、

「みんなして、ひどいわ。近藤はんのことを悪う言うて」

 と、涙を浮かべながら言っていた。

「あんなかわいらしい人おらんやろ」

 近藤さんって、かわいらしい人なのか?

 思わず永倉さんと藤堂さんを見ると、二人とも首をふっていた。

 だめだ、こりゃ。

 と言う事なんだろう。

「というわけで、協力してや」

 楓ちゃんは最後に私たちに協力を求めてきたけど、どうすればいいんだ?


「うおおおおっ!」

 帰り道、やっぱり永倉さんは酔いつぶれた。

 永倉さんが酔いつぶれたため、今日の飲み代は永倉さんのおごりではなく、永倉さんのつけになった。

「新八さん、もう夜遅いから、ほえないでくださいよ」

 原田さんなら、

「新八、うるせぇっ!」

 と言って、げんこつ落とすんだろうなぁ。

 藤堂さんは、げんこつを落とすと言う事はなかった。

 しかし、藤堂さんは小柄で、一人で永倉さんを背負って歩くのは大変そうだったので、永倉さんを真ん中にして、肩に手をまわして屯所に連れて帰ることになった。

「なんで、俺じゃなくて近藤さんなんだ? 俺だって男前だと思うぞ? そうだろ?」

「はいはい、永倉さんもいい男だから、大人しくしてくださいね」

「蒼良、そう思っていないだろう?」

 なんでわかったんだ?

「そう言えば、蒼良。今日はそんなに飲まなかったね」

 藤堂さんの声が永倉さんの向こう側から聞こえてきた。

 いや、もう飲むとかそれどころじゃなかっただろう。

「楓ちゃんの好きな人の名前を聞いたら、もうそれどころじゃなくて」

「ああ、あれは驚いたね」

「藤堂さんは、楓ちゃんの恋はうまくいくと思いますか?」

「いや、うまくいかないほうがいいと思うんだけどね」

 近藤さんが独身で愛人とかもいなければ心から応援できるのだけど。

 あの人、妻子いるし、愛人もいるからなぁ。

「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえっ!」

 永倉さんはそう叫ぶように言った後、道に落ちていた石を勢いよく蹴っ飛ばした。

 石はどこかに飛んで行ってしまった。

「新八さん、お願いだから、大人しくしてくださいよ」

「原田さんは、いつもげんこつ落としているのですが」

「どうやって落としているの?」

「こうやって」

 と、私は永倉さんにげんこつを落としてみた。

 すると、レロレロと騒いでいた永倉さんは大人しくなった。

「本当だ、静かになった。今度からげんこつを落とそう」

 と、藤堂さんが笑顔で言ったのだった。

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