表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年3月
257/506

色々あって平等院へ

 もうすぐ三月も終わろうとしていたある日のこと。

 怪しげな浪士がいると言う通報があった。

 ちょうど斎藤さんと夜の巡察の当番になっていたので、一緒にその浪士がいたという場所へ向かった。

「俺はこっちから探すから、お前はそっちから行ってくれ。何もなければ、この向こう側で落ち合おう」

 斎藤さんが寺の前でそう言った。

 どうやら、この寺に潜伏しているらしい。

「わかりました」

「一人じゃ怖いとかって言うなよ」

 なんでそんなことを言うんだ?

「仕事中ですよ。そんなことないですよ」

「この寺に墓があって、どうやら出るらしいんだがな。ま、頑張ってくれ」

 えっ?

「今なんて?」

 と言いながら振り返った時には、斎藤さんの姿は遠くの方に行っていた。

 私も急いで行かないと。

 でも、出るとか、出ないとかって言っていなかったか?

 いや、仕事中だ。

 今は怪しい浪士を捕まえないといけない。

 出るの、出ないのって言っている場合ではないんだっ!

 ああ、でも、何が出るのかすごい気になるのだけど……。

 もし、人間以外の何かだったら?

 その時に、塀から何か落ちてきた。

「ひいいいいいっ!」

 思わずなさけない悲鳴を上げてしまった。

 よく見ると、塀から落ちてきたのは、猫だった。

 どうやら、猫が塀からジャンプして降りたらしい。

 ま、紛らわしいなっ!

 と思いつつ、ほっとしている私がいる。

 猫でよかったよぉ。

 そんなときに、肩をポンッとたたかれた。

 えっ、こんな夜にこんな人のいないところで、誰?

 斎藤さんかな?私が心配になって来てくれたんだよ、きっと。

 そう思って、振り向いたら、誰もいなかった。

 えっ、いない?

 確かに、肩をたたかれたんだけど。

 今度は、反対の肩をたたかれた。

 これって、やっぱり、この世のものではないものなのか?

 恐る恐る振り返ると、男の人の顔が私の目の前にあった。

「……っ!」

 驚きすぎて、声が出なかった。

 本当に驚くと、人間って声が出ないんだなぁと、実感してしまった。

「何驚いている? 忘れたか?」

 ん?この声は……

 男の人と距離を置いてよく見てみた。

 だって、ドアップだと、逆に誰だかわからないぞ。

「あっ!」

 思わず、指をさしてしまった。

「桂小五郎っ!」

 な、なんでここにいるんだ?

「実は、改名をしてだな、その名前ではないんだ。昨年の年末に会った時に言い忘れていたんだがな」

 そうだったのか?

「俺の名前を知りたいか?」

 いや、別に知りたくないが……。

「そんなに知りたいのなら教えるぞ。木戸貫治だ」

 そうなんだ。

 ようやく木戸の姓を名乗るようになったんだぁ。

「でも、あなたのことだから、名前はたくさんあるのでしょ?」

 あっちこっちに潜伏しているんだろうから、その度に名前も変えていると思うし。

「よくわかったな。さすが女隊士」

 その呼び方をやめてほしいのですが。

 それにしても、怪しい浪士がいると言うことで来たんだけど、もしかして……。

「あの、か……木戸さん」

「ああ、桂でいいぞ」

「じゃあ遠慮なく。桂さん、怪しい隊士がいると言う事で、ここに来たのですが、もしかして……」

「そう言えば、さっき、近所の住人と目があって挨拶をしたんだがな」

 挨拶をしたんかいっ!あんたっ!言っておくけど、追われてんだからねっ!

 そろそろそれを自覚してほしいなぁなんて思っているのだけど。

 無理そうだな。

「それで、お前がここに来たのか、なるほど」

 いや、感心している場合じゃないから。

「私は、あなたを捕まえないといけないので」

 私は、桂小五郎の両手を縄にかけた。

 あっさりつかまえたけど、大丈夫なのか?と、思ってしまった。

「さ、行きますよ」

「どこに行くんだ?」

「屯所ですよ。あなたを新選組の屯所に連れて行きます」

「女隊士よ。俺も今捕まるわけにはいかないのだ。悪いなぁ」

 いや、そう言っているけど、もう捕まっているからね。

 って、あれ?

 確かに縄をかけたはずなのに、桂小五郎の両手は自由になっていた。

 私がかけた縄は、地面に落ちていた。

 この人は、何をしたんだ?新種の手品ってやつか?

「ほら、縄はとけたぞ。どうする?」

 桂小五郎はニヤッと笑っていた。

「何かやりましたか?」

「いや、別に」

 絶対に何かやったな。

「何をやったのですか?」

「それは、秘密だ。じゃあな、女隊士。また会おう」

「あっ! 待てっ!」

 そう言って追いかけたけど、桂小五郎の逃げ足は速かった。

 あの人は、追われている自覚はないけど、逃げ足は速いんだよなぁ。

「何かあったのか?」

 斎藤さんが、桂小五郎が逃げたほうと反対の方向から走ってきた。

「今、桂小五郎がっ!」

「なに、奴が?」

 斎藤さんは、刀の鞘に手をかけ、いつでも抜けるような体勢であたりを見回した。

「逃げられたな」

「はい」

 またもや、逃げられてしまったのだった。


 一つの事件が起こると続く物で、次の日も事件があった。

「なに、谷が死んだ?」

 土方さんが、その話を持ってきた隊士に向かって、驚きながら言った。

「で、何番目の谷だ?」

 というのも、新選組には谷三兄弟と言うものがいる。

 名前の通り兄弟で、一番下の周平さんは、近藤と名前を変え、近藤さんの養子になっている。

「一番上の谷です」

 一番上の谷って言われても、ピンと来ない私。

 しかし、土方さんは違っていた。

「三十郎だな。あいつは、弟を近藤さんの養子にしたことを鼻にかけていて嫌われてたからな。殺されたんじゃねぇのか?」

 しかし、死因は不明と言う事だった。

「わからなければ、解剖とかしてみたらどうですか? 良順先生に頼んだら死因がわかりますよ」

「お前っ! 何言ってんだっ!」

 えっ?なんか悪いことでも言ったか?

「そんなこと出来るわけねぇだろうが」

 後で知ったのだけど、この時代、解剖とかに使われる死体は、処刑とかされた死体で、それ以外は穢れると言う事で、死体にさわることはあまりいいことではないらしい。

 でも、死因を究明するなら、それが一番いいと思うのだけど。

「死因は頓死とんしでいいだろう」

「あの……」

「なんだ?」

「頓死って何ですか?」

 私が聞いたら、土方さんは無言になってしまった。

「お前の時代には、頓死と言うものがねぇのか?」

 さぁ、どうなんでしょう?

 ちなみに、土方さんも私が未来から来たことを知っている。

「あのな、頓死って言うのは、急に亡くなることだ」

「まさしく、谷さんのような人なのですね」

「だから、頓死だなって言っているんだろうがっ! 俺はこれから谷の遺体を引き取りに行ったり、葬儀はどうするか谷兄弟と話し合いをしたり、色々と忙しいんだっ!」

 はい、すみませんでした。

 谷さんは地元の大坂に葬られることになった。


 谷さんが亡くなってから、変な噂が流れていた。

 私は、一番隊の隊士からその噂を聞いた。

 いつも通り稽古をした後のことだった。

「天野先生。七番隊組長の谷さんは、斎藤さんに切られたって本当ですか?」

 そ、そうだったのか?と、思ってしまった。

「私は、頓死だと聞いていますが」

 土方さんがそう言っていたんだから、間違いないだろう。

「それは表向きの理由で、本当は、谷さんに頭に来ていた斎藤さんが斬ったとみんな言っていますが」

 そうなのか?

「でも、斬られたなら、傷があるからわかるでしょう? それなら頓死にならないと思うのですが」

 傷があったなら、土方さんだって、

「斬られたらしい」

 って言うだろう。

「天野先生は、死体を見たのですか?」

 えっ? そんなものは見たくないから見ていないぞ。

 首をふったら、

「それなら、斬られたかもしれないのですね」

 と、その隊士は言った。

 そうだなぁ、死体を見ていないから何とも言えないよなぁ。

 だから、解剖しろって言ったんだけど。

 ちゃんと解剖して見ていたら、その隊士にちゃんと説明も出来ただろうけど。

 これじゃあ何も言えないよ。


 それから沖田さんの部屋へ、今日の稽古の報告に行った。

「そう言えば、斎藤君が谷君を斬ったんだって?」

 沖田さんのところにまでそんな噂が来ているのか?

「わかりませんよ。私は見ていませんから」

 本当かどうかわからないことに対して、返事はできない。

「でも、火のないところに煙はたたないって言うじゃん」

 確かに、そう言う言葉もあるけど。

「斎藤さんがやったと言う証拠がないですよ」

 証拠がないのに、噂を広げるのもどうかと思うのだけど。

「証拠なんて、あるわけないじゃん」

 そうなのか?

「だって、隊の規則にあるじゃん。私闘をしてはいけないって。ばれたら切腹だからね」

 だから、証拠を残さないってことか。

「でも、斎藤さんじゃないと思うのですが」

 土方さんは頓死と言ったのだから、斬られたのではないと思うのだけど。

「蒼良は、斎藤君の肩を持つんだ」

「いや、肩なんて持ってないですよ。こればかりは、亡くなった谷さんじゃないとわからないと言う事ですよ」

「確かに。死人に口なしだね」

 沖田さんはそう言ってお手上げという感じで、両手をあげた。

 勝手に噂を流されている斎藤さんはどう思っているのだろう。

 斎藤さんと言えば、なんか約束をしていたよなぁ。

 なんだったっけ?

「そう言えば、この前フジを見に行ったのだけど、ちょうど見ごろで綺麗だったよ」

 あ、フジだっ!俺はフジが好きだから、その季節になったら花を見せろって言われてたんだ。

「どこへ見に行ったのですか?」

「宇治にある平等院と言う所だったよ」

 ちょっと待て。

「沖田さん、安静にしている約束でしたよね」

「だから、安静にしながら見に行ったんだよ」

 それは嘘だろう。

 宇治は、伏見より遠いところにあるぞ。

 と言っても、ここから徒歩二時間ぐらいで着くところにあるのだけど。

 でも、安静にしていなければいけない人間が、二時間歩くなんてだめだろう。

「蒼良にも見せてあげたかったよ」

 なんて、笑顔で報告する沖田さん。

 その笑顔を見て何も言えなくなってしまった。

 無事に帰ってきたし、具合もよさそうだから、ま、いいか。


 約束したのだから忘れないうちにと思い、斎藤さんを誘った。

「宇治の方にあるのですが、いいですか?」

「俺は別にかまわない」

 というわけで、宇治の平等院へフジの花を見に行った。


「覚えていたのだな」

 見事な藤棚を見て、斎藤さんはそう言った。

「はい」

 昨日まで忘れていたのだけどね。

「見事だな」

 立派な藤棚からぶら下がって咲いている大量のフジの花はとっても綺麗だった。

 斎藤さんは、その中の一つを枝から折ってとった。

「とってもいいのですか?」

「とったらだめだとも書いてないだろう」

 確かに。

 でも、とっていいとも書いてないぞ。

 そのフジの花を私の髪の毛を結んでいるひもにさした。

「女のように髪の毛を結っていればもっと似合ったのだろうな」

 今日の私はもちろん男装なので、後ろで一本に結んでいる。

 ポニーテールの長くなったバージョンかな。

 そこに斎藤さんがフジの花をさしてくれたのだけど、自分でもその姿が見たいのだけど。

「鏡なんて、ないですよね」

 斎藤さんが手鏡を持っているわけないか。

 私も持っていないけどね。

「見たいのか?」

 斎藤さんに聞かたのでうなずいた。

 すると、鳳凰堂の前にある池に連れてこられた。

「ここで見れるだろう」

 池に顔をうつすと、後ろからフジの花がぶら下がっていた。

「はい、見えました」

 そう言いながら、鳳凰堂を見て思わず

「十円玉……」

 と、つぶやいてしまったのだった。

「えっ? なんだと?」

 そのつぶやきが斎藤さんに聞こえてしまった。

 まさか、十円玉の表にここの絵が描かれているなんて言えないよね。

「お前のことだから、酒の名前でも思い出したのか?」

「そ、そうなんですよ」

 斎藤さんが言ってきたので、酒の名前でごまかしたのだった。


 再び藤棚の下に戻り、のんびりとフジを見た。

 ずうっと疑問に思っていたことを聞いてみようと思い、斎藤さんに話しかけた。

「斎藤さん。谷さんを斬ったって噂が流れていますが」

 私の話を聞いた斎藤さんは、ああ、とつぶやいてフジを見ていた。

「本当なんですか?」

「お前はどう思っているんだ?」

 私?

「わ、私は、谷さんは病死だと思います。脳卒中か心筋梗塞で倒れてそのまま亡くなったのでしょう」

「はあ? なんだ、その難しい言葉は」

 あ、この時代は、まだそこまで医術が発達していないから、そう言う病名はまだないか。

「要するに、急に心臓が止まって亡くなったのでしょう」

「死人は、みんな心臓が止まるだろう」

 斎藤さんは笑いながらそう言った。

 確かにそうなんだけど。

「お前が俺じゃないって思うなら、俺じゃない。お前が俺が斬ったと思うなら、俺が斬った」

 それって、私の考え次第ってことじゃないか。

「それでいいのですか? 斬っていないなら、反論したほうがいいと思いますよ」

「人の噂も七十五日と言うだろう。そのうち消えるだろう」

 それもそうだな。

「帰りは、伏見を通るから、うまい酒でも飲んで帰るか?」

 えっ、いいのか?

「俺をここに案内してくれた礼だ」

 わーい、お酒が飲めるぞっ!しかも、伏見の美味しいお酒だぞ。

「ありがとうございます」

「お前は、単純だよな。本当に」

 斎藤さんは、笑いながら私の頭をなでた。

「それがお前のいいところでもあるんだけどな」

 そうなのか?

「今度、この季節にここに来るときは、女になって来い。そしたら、その髪にフジの花をさしてやる」

 私の髪をさわりながら斎藤さんがそう言った。

 私は、勝手にとって髪にさして大丈夫なのかなぁと思っていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ