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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年3月
255/506

八重桜

 巡察中に、菓子屋さんで桜餅を手に入れた。

 そう言えば花見はしたけど、桜餅は食べてないなぁと思い、買ってきた。

 土方さんと食べるかと思ったけど、残念ながら土方さんはいなかった。

「残念だなぁ」

 独り言を言い、全部一人で食べようかなぁと思ったけど、桜餅を見た時、一人で食べるのも寂しいなぁと思った。

 沖田さんならいるかもしれない。

 さっそく沖田さんの部屋に行ってみた。

「沖田さん、いますか?」

 そう言いながら襖を開けたけど、いなかった。

 もしかして、後ろに隠れているのか?と思い、さっと振り返ったけど、いなかった。

 廊下に出て、周りを見てもいなかった。

 ちなみに、天井も見た。

 沖田さんなら張り付いていそうだなぁと思ったもので。

 もしかして、押入れに隠れているとか?

 押入れを勢いよく開けたのだけど、いなかった。

 ここも、一応天井とかも確認した。

 本当にいないのか?

 どこに行っちゃったんだろう?安静にしているはずなんだけど……。


「沖田さん知りませんか?」

 本当に、どこ行っちゃったんだろう?

 もう、桜餅のことなんてどこかにってしまった。

 今は、沖田さんを探すことでいっぱいだ。

 色々な人に沖田さんがどこに行ったか聞いてしまった。

「沖田先生なら、良順先生の所に行きましたよ」

 えっ、今日は診察の日だったのか?

 どうしよう?部屋で待ってようかな。

 でも、沖田さんの今の状態も気になるから、私も行ってみようかな。

 他の隊士の人に聞いた話だと、さっき出たばかりだと言っていたので、間に合うかもしれない。

 よし、行ってみよう。


 良順先生の医院についた。

 沖田さんに会えるかなと思って急いで出たのだけど、全く会うことなくここまで来てしまった。

「ごめんください」

 そう言いながら、医院の入り口を開けた。

 インターフォンなんてないので、ひと声かけながら玄関を開ける。

 最初はその動作にとっても戸惑った。

 もし、人がいなかったら?とか、いきなり追い出されたら?とか、慣れてなかったので、色々考えてしまったからだ。

 しかし、今ではこれが普通になっている。

 慣れって怖いわ。

「こんにちわっ!」

 普通は、最初のごめんくださいで反応があるのだけど、今回は反応がなかった。

 いないのかな?

 でも下を見ると、草履が二つ並べておいてある。 

 一つは沖田さんので、もう一つは良順先生のかな?

 と言う事は、いると言う事だな。

「お邪魔します」

 大きな声でそう言って、中に入った。

 きっと中で診察中なんだろう。


 診察室になっている和室の前に来た。

 こんにちわと言いながら襖を開けようとした時、

「進行している」

 という良順先生の声が聞こえてきた。

 進行している?

 その声に、襖を開ける手を止めてしまった。

蒼良そら君の薬のおかげで、普通の人より病気の進行が遅いが、それでも進んでいる」

 結核が進んでいると言う事か?

「そうだとは思っていました。最近、なんか熱っぽいし」

 そう言えばお師匠様の薬は、もう無くなってしまったのか?

「あの毒薬を飲んでいた時は調子よかったんだけどね。無くなった途端にこうだもんね」

 いや、毒薬じゃないから。

 無くなった途端って、飲んじゃったらしい。

 そうだよね、渡したのもだいぶ前だったもんね。

 お医者さんを通さないで薬を持ってくるのも大変だろうから、薬はあれで最後だと思う。

 結核が進行している。

 どうすればいいんだ?

「ずばり聞くけど、僕はあとどれぐらい生きられるの?」

 沖田さん、それを聞いてしまうのか?

「それは人によって違う。若ければ若いほど進行も早く、亡くなるのも早い」

 やっぱり、そうなんだよね。

 沖田さんは確か、私と四歳ぐらいしか違わないから、25才ぐらいか?

 まだ、全然若い。

 と言う事は、進行も早い。

 思わず座り込んでしまった。

 その時に、ガタッと音がしたようで、

「誰だっ!」

 という沖田さんの声と、刀を少しだけ鞘から抜く時にする音が聞こえてきた。

 それと同時に、目の前の襖が明けられた。

「え、蒼良?」

 驚いて見下ろしている沖田さんと目があった。


 それから、沖田さんと二人で良順先生の話を聞いた。

「長くいきたければ、安静にすることだ。労咳は、決して治らない病気ではない。安静にしていれば治ることがあるのだ」

「新選組に安静なんて言葉は無いですよ」

 沖田さんは、笑顔でそう言った。

「いや、安静にしてください。私が安静にさせますから」

「蒼良も油断できないからなぁ。ここまでこっそり来ちゃうし」

 だって、ここにいるって聞いたから、居ても立っても居られなかったんだもん。

「蒼良君、あの薬はもう持ってこれないのか? あれがあれば進行は止められるのだが」

 お師匠様と会って状況を伝えなければならないだろうけど、お師匠様も、私たちの今の状態を知っていると思う。

 それでも姿を現さないと言う事は、やっぱり薬は期待できないだろう。

「すみません。多分、無理だと思います」

「そうか」

「別にいいよ。人間はみんな死ぬんだしね。ただ、畳の上で死にたくないなぁ」

「な、何言っているんですか、沖田さん」

「だって、一応僕も武士だからね」

 でも、沖田さんを斬るほどの腕を持った人はいないと思うのだけど。

「とにかく、安静にしていなさい」

 良順先生にそう言われた。

「はい」

 なぜか私も一緒に返事をし、良順先生のところを後にした。


「まさか、蒼良が来るとは思わなかったよ」

 屯所への帰り道に、沖田さんがそう言った。

「部屋に行ったらいなかったので」

「僕の部屋に? なんか用があったの?」

 うん、あった。

 なんだったっけ?

「すみません。忘れちゃいました」

 何か用があったから、沖田さんの部屋に来たんだけど、良順先生のところで聞いた話のショックで忘れてしまったらしい。

「なんだ、忘れちゃったの? そのうち思い出すよ」

 そうだといいんですがね。

 その時に、私の肩に勢いよく男の人がぶつかった。

「あ、すみません」

 向こうがフラフラと歩いていたのだけど、よけなかった私も悪いので、謝った。

「謝ってすむと思うのか?」

 ああ、最悪な人にぶつかったらしい。

 お酒の匂いのする息を吐きながら、男の人は言った。

 しかも気がつけば、仲間が何人かいたみたいで、取り囲まれているし。

「すみません」

 こういう人たちは、口答えをすると刀を出してくるので、穏便に済ませるためにもう一回謝った。

「聞こえねぇな」

 男の人がそう言うと、仲間たちが下品に笑い始めた。

「蒼良は悪くないのにね。謝ることはないよ」

 お、沖田さんっ!人が穏便に済まそうとしているのに、なんてことをっ!

「お前、今なんて言った?」

 ほら、からんできたじゃないか。

「謝ることはないと言ったんだけどね」

 沖田さんは笑顔でそう言った。

 この状態をわかっていないわけじゃないよね。

「沖田さん、もう行きましょう」

 私が沖田さんの背中を押して行こうとしたら、

「逃げるのか?」

 と、下品な笑いとともに言われてしまった。

 はい、逃げますよ。

 あんたたちみたいなのを相手にしている暇はないのでね。

 そんな私の意思とは反対に、沖田さんはくるっと振り返った。

「なんなら、相手してやろうか?」

 沖田さんは、刀に手をかけてそう言った。

「沖田さん、こんな人たちを相手にすることはないですよ」

「蒼良、僕は今、ものすごく機嫌が悪いんだよね。だから、止めないでくれる?」

 沖田さんが刀を鞘から抜いた。

 相手の男たちも、

「やってしまえっ!」

 という声とともに、刀を抜いた。

 一瞬で沖田さんは数人の男に囲まれたけど、さすが剣豪。

 見事な剣さばきで、一人、二人と男たちを一人で倒していく。

 私も手伝わないければいけないのだろうけど、沖田さんの剣さばきのすごさに見とれてしまって何もできなかった。

 何してんだか、私っ!

 数分もたたないうちに、男たちを一人で倒してしまった沖田さん。

「あーあ。今回も刀で死ねなかったなぁ」

 そう言いながら、刀についた血を振り払い、鞘におさめた。

「奉行所が来たぞ」

 私たちの騒ぎを聞きつけたらしい。

 奉行所につかまると、色々と面倒なことになる。

「逃げますよ」

 私は、沖田さんの手をひいてその場から走って逃げた。


 気がついたら、仁和寺にんなじに来ていた。

 ここの桜は遅咲きで、ソメイヨシノがやっと散ったところだったけど、八重桜が満開になっていた。

 しかし、八重桜を見る余裕がなかった。

「沖田さんっ! 命を粗末にしないでくださいっ! 何が、刀で死ねなかった。ですかっ!」

 仁和寺に逃げてくるなり、私は沖田さんに怒ったのだった。

「だって、死ぬなら刀で死にたかったからね。あんな雑魚に斬られるのは嫌だったから、斬っちゃったけど」

 そう、それだって、刀を出さないですんだかもしれないのに。

「どうして、刀を出したのですか?」

「蒼良だって、向こうが悪いのになんで謝ったんだい?」

「刀を出したくなかったからですよ」

「僕は、刀を出したかったから、出したんだけど」

 そうなのか?

「死にたかったからじゃないのですか?」

 てっきり、良順先生にあんなことを言われてやけになって出したと思ったけど。

「あんなのに斬られたくないよ」

 確かに。

「でも、あの人たちに沖田さんは斬れませんよ」

「うん、その通りだね」

 沖田さんは笑顔でそう言った。

 その後に、ゴホゴホと咳をし始めた。

「だ、大丈夫ですか?」

 私は必死で沖田さんの背中をさすった。

「ただむせただけだよ。大げさだな、蒼良は」

 ま、紛らわしいぞっ!

 でも、本当にむせただけ?

 沖田さんのことをジイッと見てしまった。

「蒼良、見る物が違うよ」

 沖田さんはそういいながら、上を指さした。

 そこには、満開の八重桜があった。

 ここでやっと八重桜を見る余裕が出てきた。

「わぁ、綺麗」

「また花見ができるとは思わなかったね」

「はい。得した気分ですね」

 確か、八重桜の葉を塩漬けしたものが、桜餅の葉っぱに使われる。

 桜餅……あっ!

「私、沖田さんと桜餅を食べようと思って、それで部屋に行ったのですよ」

 そうだ、やっと思い出した。

「なんだ、そうだったんだ。それで、なぜか良順先生の医院にいたと」

 だって、心配だったんだもん。

「で、その桜餅は?」

 あっ……

「沖田さんの部屋に置きっぱなしかも」

「ああ、もうないね、それ」

 私もそう思います。

 なんせ男所帯の新選組。

 食べ物とお酒を置きっぱなしにしていた日には、すぐに無くなる。

「せっかく、一緒に食べようと思ったのに」

「それなら、今から一緒に買いに行って、ここで桜を見ながら食べようよ」

「それ、いいですね。そうしましょう」

 よし、桜餅を買いに行こう。

 歩き始めた私を見て、沖田さんが一言、

「蒼良は、やっぱり花より団子だね」

 と言ったのだった。

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