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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年3月
254/506

島田さんの赤ちゃん

「うわぁ、かわいい」

 島田の奥さんが、二・三日前に出産をした。

 その赤ちゃんを島田さんが連れてきていた。

「でも、産後一カ月は外に出さない方がいいんじゃなかった?」

 藤堂さんが赤ちゃんを見てそう言った。

「藤堂さん、詳しいですね」

「えっ、聞いた話だよ。私はそう言う経験がないからわからないけど」

 いや、誰もそこまでは言っていないぞ。

 島田さんもそう言う目で見ていたみたいで、

「嘘じゃないって」

 と、再び藤堂さんが否定していた。

「実は、うちのかみさんが産後の肥立ちが悪くて」

 島田さんの話によると、出産後、奥さんが寝込んでしまったらしい。

 命に支障はないみたいだけど、産後と言う事もあり、大事をとってゆっくり休むことになったらしい。

 この時代の出産は、棺桶に片足を突っ込んで産むと言われているらしい。

 現代の出産がどういうものかまだ分からないけど、きっと現代のお産より大変なものなのだろう。

「それで、島田さんが赤ちゃんを連れてきたのですね」

 私が言うと、島田さんは赤ちゃんを見ながらうなずいた。

「赤ちゃん、かわいいなぁ。ちょっと抱かせてもらってもいいかな?」

 藤堂さんが、島田さんの赤ちゃんに手を出した。

 島田さんがそろぉっと赤ちゃんを藤堂さんに渡した。

 藤堂さんが慣れた手つきで赤ちゃんを抱いていた。

「藤堂さん、慣れてますね」

 私の言葉に島田さんもうなずいてくれた。

「私も、自分の子供なのに、小さすぎて抱くのが怖いのに」

「だから、私は経験ないから」

 いや、それは嘘だな。

 こんなに慣れてるし。

「で、屯所に連れてきてどうするの? まさか、赤ちゃんと一緒に巡察するつもりじゃあ?」

 藤堂さんが話題を買えるようにそう言った。

 確かに、どうするのだろう。

「奥さんが元気になるまでおやすみをして、奥さんの面倒を見てはどうでしょう?」

 そっちのほうがいいと思うのだけど。

「いや、隊務をおろそかにできないので、一緒に巡察をします」

 いや、それは無理だろう。

「この時期の赤ちゃんは、外に出すより、家で寝かしていた方がいいと聞いたことが……」

 藤堂さんの言葉に、島田さんと一緒に、本当に詳しいなぁと言う、視線を送ってしまった。

 だから、藤堂さんは途中で黙ってしまった。

「だから、経験ないってさっきから言っているじゃない」

 そう言いながら、藤堂さんは抱いていた赤ちゃんを島田さんに返した。

「屯所で誰か見てくれる人はいないでしょうか?」

「私たちも巡察なので……。すみません」

 できれば見てあげたかったんだけど。

 巡察に行かない人に見てもらうしかないかな。

 あっ!いたぞ。

 巡察に行かない人がっ!


「で、俺のところに連れてきたのか?」

 土方さんが、座布団の上で寝ている赤ちゃんを見てそう言った。

 土方さんに頼めば、とりあえず間違いないだろうと思い、土方さんを探したら、近藤さんの部屋にいた。

「かわいいなぁ。赤ん坊は、この時期が一番かわいいぞ」

 近藤さんは、赤ちゃんを見て嬉しそうに言った。

「そうだ。近藤さんの方が慣れてるぞ。江戸に子供がいるからな」

 そう言えば、近藤さんは一児の父だったっけ?

「わしも見てやりたいがな。これかが出かけないといけないんだ。悪いな」

 近藤さんは、土方さんの肩をポンッとたたいていった。

「近藤さん、逃げるのか?」

「な、何言ってんだ歳。わしだって面倒は見たいさ。でも、あいにく今日は、容保公に長州から帰ってきた報告をしなければならないからな。うん、残念だ」

 そう言った近藤さんは嬉しそうだった。

「土方さん、近い未来のために経験しておいたほうがいいですよ。赤ちゃんのお世話。どうせ、一日屯所にいるのでしょう?」

「お前っ! 俺だってな、仕事があるんだっ!」

「すみませんっ! 私が魁太郎を連れてきたばかりに、副長に迷惑をかけてしまってっ!」

 突然、島田さんがそう言って頭を下げた。

「し、島田、顔をあげろ」

 土方さんもあわててそう言った。

「いや、副長に申し訳なくて、顔をあげられません」

 島田さんのその言葉を聞き、私たちは土方さんを見た。

「歳……」

 近藤さんにいたっては、名前まで呼んでいた。

「ああ、わかった、わかったからっ! 俺が面倒を見る。それでいいんだろ?」

 私たちの視線に耐えられなくなったのか、土方さんがそう言った。

「本当ですか? ありがとうございますっ!」

 島田さんはまた頭を下げた。

「わかったから、頭をあげろ」

「さすが、歳だ。歳なら安心して預けられるだろう。よし、お前たちも安心して巡察に行くといい」

 近藤さんがそう言うと、

「近藤さん、言っておくがな。面倒を見るのは俺であって近藤さんじゃないからな」

 と、土方さんが近藤さんを少しだけにらんでそう言った。

「それでは巡察に行ってきます」

 私たちは、近藤さんの部屋を出て巡察へ行った。


 今日は藤堂さんと巡察だった。

「藤堂さんって、いいお父さんになりますよ」

 今日の藤堂さんを見て思ったことを言うと、

「だから、本当に経験ないから」

 と、また否定をしていた。

 あまり否定をすると、信じられなくなるぞ。

「ところで、蒼良そら。伊東先生はいつごろ帰ってくるかわかるかい?」

 藤堂さんはどちらかというと伊東派の人なので、近藤さんより伊東さんの方が気になるのだろう。

「たぶん、月末には帰ってくると思いますよ」

「それならいいのだけど。近藤さんは帰ってきたけど、伊東先生がいなかったから、気にはなっていたんだ」

 伊東派の人たちなら気になるよね。

「それにしても伊東先生は、長州に残って何をしているのだろう?」

「なにをしているんでしょうかね」

 伊東さんのやっていることが何となくわかっている。

 それを言ったら、藤堂さんはどう思うのだろう?嬉しく思うのかな?それとも新選組を裏切っていることだから、悲しく思うのかな?

「どうしたの? 蒼良。怖い顔をしているよ」

 そんなことを考えたら、顔が怖くなってしまったらしい。

「何でもないですよ」

「私が、伊東先生のことを言ったからかな? 伊東先生は……」

「すみません。今、伊東さんのことは聞きたくないです」

 新選組を裏切っている伊東さんの話を冷静に聞ける自信がない。

「ごめん、蒼良」

 私と藤堂さんの間に気まずい空気が流れた。

 この空気を何とかしなければ。

「ところで藤堂さんは、なんであんなに赤ちゃんのこと詳しいのですか? もしかして、お世話したことがあるとか?」

「いや、ないよ。そんなことあるわけないじゃないか」

 顔を赤くして藤堂さんが言った。

「そうですか。私はてっきり近所の子か誰かをお世話していたのかなぁと思ったのですが」

「それもないよ。残念ながら」

 そうなんだ。

「と言う事は、赤ちゃんをお世話する才能がすぐれていると言う事ですね」

「そう言う才能は、あまり嬉しくないなぁ」

 そうなのか?

「でも、赤ちゃんのお世話をできる男の人って、人気があるのですよ」

 育メンってやつだ。

 私も、結婚するならそう言う人がいいなぁ。

 きっと楽しいだろうなぁ。

「私は、人気なんてなくたっていいよ。一人の人間から思ってもらえればそれでいいから」

 そう言った藤堂さんと目が合ってしまい、再び気まずい空気が流れたのだった。


 屯所に帰ってくると、盛大な赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。

「待っていたぞっ!」

 すごい勢いで泣いている赤ちゃんを抱いて土方さんが言った。

「どうしたのですか?」

 もしかして、何か変なことでもしたのか?

「こいつが泣き止まねえんだ」

 土方さんは、赤ちゃんが何をしても泣き止まないので相当困っているらしい。

「ちょっと貸してください」

 藤堂さんが、土方さんから赤ちゃんを抱き上げた。

「ああ、これはおむつですよ」

 藤堂さんは笑顔でそう言った。

「おむつって、ありますか?」

「島田から預かっているのがある」

 土方さんは急いで奥からおむつを持ってきた。

「えっ、布?」

 思わずそのおむつを見てそう言ってしまった。

「おむつは布でできている物だろう」

 そうだよね。

 この時代には、紙おむつなんて代物はないんだから。

 その間にも、藤堂さんが慣れた手つきでおむつを替えた。

「ああ、こんなにぬれて。気持ち悪かったね」

 赤ちゃんに話しかけてるし。

「平助。お前、育てたことあるのか?」

「ないです」

 今日何回目の質問になったのだろうか?藤堂さんは即答だった。

 赤ちゃんはおむつを替えても泣き止まなかった。

「泣き止みませんね」

「何かあったのか?」

 私と土方さんは、赤ちゃんに何が起こっているのかわからないので、ものすごく心配な顔をしていた。

「どうしたのですか?」

 藤堂さんが赤ちゃんに話しかけながら、再び慣れた手つきで赤ちゃんを抱いた。

 すると赤ちゃんは、藤堂さんの胸のあたりに顔をつけて何かを探していた。

「ああ、おなかすいているらしいですよ」

 よくわかったなぁ。

「ミルクを作らないと……」

 って、この時代はないよ。

「なんだ、みるくって」

 土方さんに聞かれた。

「いや、何でもないです」

 ミルクがないってことは、どうすればいいんだ?

 その時に、土方さんと藤堂さんが私を見ていることに気がついた。

「お前、出ねぇのか?」

「えっ?」

 な、何がだ?

「決まっているだろう? 乳だ、乳っ!」

 はあっ?

「出ませんよっ! 言っときますけど、女なら誰でも出るものじゃないですからね」

 赤ちゃんを産んだばかりの女の人じゃないと出ないと思う。

「あ、そうなんだ」

 藤堂さんまでそんなことを言っていた。

「役に立たねぇな。お前のはついているだけか」

 ひ、土方さんっ!

「セクハラですよ、それっ!」

「はあ?」

 思わず言ってしまったけど、セクハラなんて言葉はこの時代にはない。

 しかしあまりの事で、その時は全く気がつかなかった。

「どこか、乳の出る女性がいませんかね」

 乳母ってやつか?

「そんなの俺が知るわけねぇだろう」

 私だって知りませんよ。

「あ、八木さんなら知っているかもしれないぞ」

 ああ、八木さんなら知っているかも。

「よし、頼んだぞ」

 土方さんは、赤ちゃんを抱いている藤堂さんの肩をたたいた。

「あれ? 土方さんは?」

 私が聞くと、

「勘弁してくれよ。俺だって初めてのことでだな、色々あって疲れたんだ。こんなことなら、出来の悪い隊士を見ていた方が数倍ましだ」

 と、疲れた顔で土方さんは言った。

 相当赤ちゃんに振り回されたらしい。

「わかりました。私は藤堂さんと行ってきます」

「頼んだぞ」

 というわけで、藤堂さんと壬生へ行った。


「あんたらなら、いつかやらかすと思うとったわっ!」

 赤ちゃんを抱いた藤堂さんと私の姿を見た八木さんは、出てくるなりそう言った。

「えっ?」

 訳が分からず、藤堂さんと声をそろえてそう言った。

「あんたの子供やろ? よその女に産ませたんやろ? その女は旦那がいるのに、手を出したんやろっ!」

 八木さん、なんか話が出来上がってないか?

「いや、違いますっ!」

 藤堂さんは真っ赤な顔をして否定した。

 私に向かって言われなくてよかった。

「島田さんのお子さんですよ」

 というわけで、今までのことを全部話した。

「なんや、てっきりあんたが女に手を出して……って思ったで」

「私はそんなことしません。私はそんなふうに見えますか?」

 藤堂さんのその一言に、八木さんは黙ってうなずいた。

 そ、そうなんだ。

「で、乳の出る女を探しとるんやな。ちょうどええ所に来たな。近所におるで」

 八木さんにそう言われてホッとした。

 よかったぁ。

 それから八木さんの案内でその人のところに連れて行ってもらい、無事にお乳をもらうことが出来た。

 お腹いっぱいになると、赤ちゃんはスヤスヤと寝てしまった。


「この時期の赤ちゃんは本当にかわいいね」

 藤堂さんが赤ちゃんの寝顔を見てそう言った。

「色々ありましたが、寝顔を見るとホッとしますね」

 だって、寝顔がとってもかわいいんだもの。

 きっと、赤ちゃんの親である島田さんもそうなんだろうなぁ。

 屯所に帰ると、心配な顔をしてオロオロしている島田さんと、なぜか土方さんもいた。

「ああ、よかった、よかった」

 藤堂さんの腕の中で寝ている赤ちゃんを見た島田さんは、そう言いながら、藤堂さんから赤ちゃんを受け取った。

「無事にもらえたようだな」

 土方さんもホッとした顔でそう言った。

「ありがとうございます」

 島田さんは私たちに向かって頭を下げた。

「いや、私たちも、赤ちゃんに癒されたので、お礼なんていいですよ」

 藤堂さんが島田さんに言った。

「いや、本当に助かりました」

「島田、また連れてきてもいいぞ」

 土方さんの口から出た言葉が信じられなくて、三人で土方さんの顔を見てしまった。

「な、なんだ、その顔はっ!」

「あ、すみません、副長」

「いや、特に意味はないです」

「土方さんの口から信じられない一言が聞こえたもので」

「なんだとっ!」

 土方さんの怒声にビクッとなった私たちと、

「おんぎゃああああああ」

 と、泣きだした赤ちゃん。

「副長、そんな大きな声を出さないでくださいっ!」

「し、島田、すまんっ!」

 土方さんも、赤ちゃんには勝てないらしい。

 みんなが必死になって赤ちゃんを泣き止まそうとしているのに、顔が笑ってしまったのだった。

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