近藤さん2回目の帰京
「おい、近藤さんはいつ帰ってくるんだ?」
土方さんに突然聞かれた。
「中旬には帰ってくると思いますよ」
無事に帰ってくるのは知っているけど、何日に帰ってくるかまでは知らない。
「中旬ってもう中旬だろうがっ!」
えっ、そうなのか?
「もう十二日だろう」
土方さんに言われて暦を見た。
「あれ? そろそろ帰ってきてもいいと思うのですが」
「本当に帰ってくるんだろうな?」
「帰って来ますよ」
帰ってこなければえらいことになるだろう。
帰ってくるはず、いや、帰ってくる……と思う。
もしかして、変なふうに歴史が変わって、実は近藤さんは殺されて帰ってこないなんてことはないよね。
うん、ないよね。
無いはずっ!
「帰ってこなかったら、どうすんだ?」
「どうしましょう?」
って、私に聞かないでくれっ!
「ああ近藤さん、そろそろ帰ってきてもいいころなんだけどな」
そうなんだよね。
「今回は、迎えはいらないって文に書いてあったから、迎えは出さなかったが、出した方がよかったか」
土方さんは心配のあまり、部屋の中をグルグルと歩いて回っていた。
「落ち着いてください」
とりあえず、落ち着かせないと。
「これが落ち着いてられるかっ! もし、近藤さんに何かあったら、俺はどうすればいいかわからなくなるだろう」
そ、そうなのか?
「とにかく、落ち着きましょう。部屋の中を歩き回っても、近藤さんが帰ってくるとは限らないでしょう」
「なんだとっ! 近藤さんは帰ってこねぇのか?」
ものすごく顔を近づけて土方さんが言った。
「だ、大丈夫ですよ。ちゃんと帰って来ますから」
思わず、顔をひいてしまった。
「本当だろうな?」
「本当ですよ」
こんなことで嘘をついてどうなるっていうんだ?
「わかった。それにしても、遅すぎるぞ」
土方さんは、私の近くから顔を離すと、再び部屋の中をグルグルと歩き始めた。
「ただ待っているだけっていうのも時間がもったいないので、近藤さんが帰って来た時にする宴会の準備をしたらどうですか?」
少しは、気晴らしになるだろう。
「おう、それがいいな。よし、とりあえず酒を買って来い」
えっ、私が行くのか?
「私はこれから巡察なのですが」
「俺に行けって言うのか?」
それが一番気晴らしになっていいと思うのだけど、そう思うのは私だけ?
「巡察中にちょっと酒屋に寄って注文すればいいだろう。ここに配達してもらうように頼めば、巡察にも支障がねぇだろうが」
巡察中にいいのか?副長がそう言っているんだからいいんだろう。
お金をもらおうと思い、手を出したら、
「なんだっ!」
と言われてしまった。
「買い物をするに必要なものですよ」
「ああ、金か」
わかっていたか。
「つけで買って来い」
そ、そうなのか?
「つけで大丈夫ですか?」
「いつもそれで買っているから大丈夫だ」
いつもつけなのか?それもどうなの?本当に大丈夫なのか?
「いいか、ケチるなよ。近藤さんが無事に帰ってきたことを祝う会だからな」
「わかりました、行ってきます」
これ以上ここにいると、今度は何を頼まれるかわからないので、さっさと部屋を出た。
「ちょっと酒屋によっていいですか?」
一緒に巡察をしていた原田さんに聞いた。
「蒼良、昼間から飲むのか?」
「ち、違いますよっ!」
いくら私がお酒好きだからって、そんな明るいうちから飲みませんよ。
多分。
「土方さんに頼まれたのですよ。近藤さんが帰って来た時に宴会が出来るように買っておけって」
「土方さんも、気が早いなぁ」
いや、私が言ったんだけどね。
だって、部屋の中をグルグルと回られたら迷惑なのよ。
犬や猫ならいいけど、でかい人間だとなおさらだよ。
「わかった。いつもの酒屋でいいんだな」
「はい、お願いします」
というわけで、原田さんと一緒に酒屋に寄った。
酒屋には色々な日本酒が置いてあり、量も色々あった。
「樽一つください」
私が普通に言うと、
「樽で買うのか?」
と、原田さんが驚いていた。
「土方さんがケチるなと言ったので。二つ必要ですかね?」
「一つで充分だろう」
「大きさは?」
酒屋さんの人に聞かれたので、
「一番大きいやつで」
と言ったら、
「大きすぎないか?」
と、原田さんに言われた。
「ケチるなと言われたので」
「蒼良が飲みたいだけじゃないのか?」
それもあるんだけどね。
「そう言えば、新選組には剣豪もいるが酒豪もいるって噂が流れているぞ」
そ、そうなのか?
京都見廻組の人たちは意外とおしゃべりだなぁ。
「それは、斎藤さんのことですよ」
うん、きっとそうだよ。
斎藤さんだってあの場にいて一緒に飲んでいたし。
「俺は蒼良だと思ったが……」
ばれてるよ。
「で、どないするんや?」
酒屋さんの人にもう一回聞かれた。
「一番大きいのでお願いします」
私はそう言った。
だって、ケチるなって言われたしね。
ここはどーんと行きましょうっ!
「で、持ってきたんか?」
酒屋さんの人は手を出してきた。
お金って事だろう。
「つけでお願いします」
私が言うと、思いっきり嫌な顔をされた。
「かなりつけがたまっとるんやけど」
やっぱりそうだと思っていました。
「蒼良、土方さんから金をもらって来なかったのか?」
「だって、つけとけって言われたもので」
「そうか。酒が無ければ暴れる奴もいるからなぁ」
そ、そうなのか?
「酒が手に入らなかったとなると、ここに押し込んで無理やり酒を持って行く奴もいるかもしれないな」
「原田さん、そんな人がいるのですか?」
「酒がかかわると、人間が変わるやつもいたしなぁ」
「なんか、芹沢さんみたいな人ですね」
「ああ、懐かしいなぁ。そう言えば、あの人は昔、何か気に食わないことがあったのか、どこかの店の蔵に火をつけたよな」
そう言う事もあったよなぁ。
「つけでええで」
突然、酒屋の人が言った。
「えっ、いいんですか?」
「屯所に配達しとくさかい、これでええな?」
「はい、ありがとうございます。つけは早く返すように言っておきますね」
「む、無理せんでええで。ほな、おおきに」
急に人が変わったかのようになったけど、大丈夫か?
首をかしげつつ外に出ると、原田さんが笑っていた。
「うまくいったな」
えっ、何かやったのか?
「酒屋の奴、隊の奴が酒が手に入らなくて店に押しかけてきたら困ると思ったんだろう」
そ、そうなのか?
確かに、話の流れがそんな感じだったなぁ。
「原田さん、わざとそう言う話をしたのですか?」
私が聞くと、原田さんは笑ってうなずいた。
「蒼良ならつけを払ってもらえると思ったんだろ? だから大きく出やがって」
甘く見られたってことか?
「気に食わなかったから、ちょっと脅してやった」
「おかげでお酒が手に入りました。後は、近藤さんが帰ってくるだけですね」
帰ってきた日の宴会が楽しみだ。
それから原田さんと巡察をした。
今日も京の町は平和だった。
「さて、帰るか」
原田さんの一言で、屯所に足を向けた時、
「おーいっ!」
と、遠くから声がした。
ん?どこかで聞いたことがある声だな。
「おーいっ!」
声が近づいてきた。
見てみると、近藤さんと尾形さんが手を振ってこちらに向かってきていた。
「帰って来ましたよっ!」
「そのようだな」
私たちも待っていられなくて、近藤さんたちのそばまで走って行った。
「お前ら、元気そうだな」
近藤さんが嬉しそうにそう言った。
「お帰りなさい、近藤さん」
原田さんと二人で声をそろえて言うと、
「ただいま」
と、笑顔で返してくれた。
「あれ? 伊東さんは?」
原田さんが近藤さんの後ろの方を見てそう言った。
「伊東君は、長州についてからずうっと個人で交渉していたみたいで、わしも顔を合わせてないんだ」
やっぱりそうだったか。
「そんなことがあっていいのか?」
原田さんが驚いてそう言った。
局長を置いて交渉するなんてありえないだろうって感じだ。
「伊東君は、伊東君の考えがあるんだろう。一応、帰る日が決まった時に連絡をしようと思ったのだが、どこにいるのか場所もわからなかったからな。仕方ないから置いて帰ってきた」
何なら、一生長州にいてもかまわないんだけどね。
でも、伊東さんだって月末には帰ってくることになっている。
「俺が近藤さんだったら、伊東さんを斬っているぞ。勝手すぎるのもほどがあるだろう」
原田さんは、少し怒っているようだ。
「左之、そう怒るな。伊東さんは伊東さんの仕事をしているのだろう。さ、屯所に帰ろう」
と言うわけで、近藤さんたちと一緒に屯所に帰った。
「近藤さんが帰って来ましたっ!」
奥にいる土方さんに聞こえる声で言ったら、ガラッと襖が開く音がして、ドンッ!と転んだかなんかしたのかそう言う音がして、それからドタドタと言う音がして、少し着物が乱れた土方さんが姿を現した。
どうやら、あわてて着物の裾を踏んで転んだらしい。
「近藤さんっ! なかなか帰ってこねぇから、心配したぞ」
「歳、代理局長、ご苦労だった」
お互いそう言いあってから、熱い抱擁を交わした。
なんか、男の友情もいいなぁ。
そんなことを思いながら眺めていた。
「蒼良、目がうるんでいるぞ」
原田さんに言われてしまった。
「なんか、友情っていいなぁと思って」
特に、土方さんと近藤さんの絆の深さってすごい。
お互いがお互いを信頼しきっていて、頼っていて、なんかいい感じなのだ。
そんないい雰囲気の中、
「お届け物です」
という声が聞こえてきた。
いっせいに声の方を向くと、大八車に大きな酒樽が積んであった。
あ、配達に来てくれたんだ。
「ご苦労様です」
配達の人は、重そうに酒樽をおろして去って行った。
しばらく場がシーンとなった。
「お前、何がご苦労様ですだっ!」
ええっ!私、土方さんに怒られるようなことを何かしたか?
「俺は確かにお前に酒を買って来いと言ったよ」
はい、確かに言われました。
「だが、こんなでかいものを買って来いとは言わなかったぞっ!」
ええっ!そうなのか?
「だって、ケチるなって言ったから、大きなものを買ってきたのですよ」
「お前が飲みてぇだけだろうがっ!」
そうとも言いますが……。
「歳、いいだろう。男なら酒ぐらい飲めないとな、蒼良」
近藤さんが私の方を見て優しく言ってくれた。
「でも、近藤さん。新選組には、剣豪もいるが酒豪もいるって噂が流れてんだぞ」
ええっ、土方さんまでその噂を聞いたのか?
「その酒豪が蒼良だと言うわけでもないだろう」
「いや、絶対こいつだ」
「斎藤さんですよ」
斎藤さんだっていたんだから、斎藤さんのせいにしちゃえ。
「お前、何が……」
「歳、ここは俺に免じて許してやれ。さ、宴会だ」
土方さんは近藤さんに言われると何も言えないらしい。
文句を言いたい顔で私の方を見ていた。
「だから、斎藤さんですから」
「いや、絶対にお前だ」
それから宴会が始まった。
「酒は一杯あるから、たくさん飲め」
近藤さんがそう言ってくれたので、遠慮なく飲んだ。
「確かに、酒はたくさんあるが、なんでお前はまたお銚子から直接飲んでんだ?」
いちいちお猪口に入れて飲むのが面倒になってしまったもので。
「斎藤さんも飲んでますよ」
「あいつは、男だからいいんだ。お前は女だろうがっ!」
今は男ですっ!
そう思いつつ、一気に飲んでお銚子を空にした。
「大酒のみの女なんて、嫁のもらい手ねぇぞ」
そう、それなんだよ。
「やっぱり、嫁のもらい手ないですかね」
私がそう言ったら、
「なんだ、そんな深刻な顔をすることねぇだろう」
と、土方さんに言われてしまった。
いや、深刻になるだろう。
今すぐ結婚したいとは思わないけど、遅くても十年後ぐらいまでには結婚したい。
でも、こんな大酒飲みだとだめだよね。
そう思いつつ、またお銚子を空にした。
「お前、本気で悩んでねぇだろう?」
「悩んでますよ、一応。ただ、今すぐのことじゃないので、いいかなぁって」
「いや、よくねぇぞ。大酒飲みの女は嫌われるからな」
そ、そうなのか?
「酒は、控えたほうがいいぞ」
土方さんの言う通りかもしれないなぁ。
「俺が言っているそばから、お銚子を空にしてんじゃねぇ」
あら、いつの間に空になっているわ。
あ、でも、嫁のもらい手が無くてもいいか。
「別に、もらい手が無くてもいいです」
「なんだ、急に」
「お師匠様に、婿をもらって道場を継げと言われているので、婿をもらいますから」
そう言って、またお銚子を空にしたのだった。
そんな私を見て土方さんはあきれていたけど、
「婿か。それもいいかもな」
と言っていた。




