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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年3月
251/506

源さんのお悩み相談室

 三月になった。

 現代で言うと、四月の中旬ぐらいにあたる。

 春の暖かい日が続いていた。

「暖かいと眠くなりますね」

 と言いながら土方さんを見ると、必死に書き物をしていた。

「よし、これはこれで終わり」

 書いた物を横に置いて、墨を乾かしていた。

 まだ仕事が終わってなかったのか?

「あの……」

 私が声をかけたら、

「なんか言ったか?」

 と、血走った目を私に向けてきた。

 こ、これは、明らかに働きすぎじゃないか?

「だ、大丈夫ですか?」

「なにがだ? なんか用があったんじゃねぇのか?」

 用?あったっけか?

「用がねぇなら声かけるなっ!」

 再び土方さんは文机に向かった。

 これ以上仕事をすると、過労死しちゃうんじゃないのか?

 近藤さんがいないからやることが多いのがわかるけど、自分の体もいたわらないとだめだろう。

 でも、休んでくださいと言って休む人じゃないからなぁ。

 お茶でも持ってくるか。

 私は部屋を出てお茶を入れてきた。

「あの……」

「なんだ?」

 再び血走った目を向ける土方さん。

「お、お茶を入れてきました」

 これで休んでくれるかな?と思っていたら、

「お前にしては気がきくな」

 と言いながら、お茶を一気飲みした。

 あっ、熱いんだけど……。

「うわっ! 熱いじゃねぇか」

 お茶は熱い物だろう。

「一気に飲めるように、冷めたのを持ってこい」

 えっ、そうなのか?

 お茶を飲んで少し休めればいいなぁと思ったのだけど、だめそうだな。

「ごちそうさま」

 土方さんは、空になった湯呑をお盆の上に置いた。

 そして、再び書き物を始めた。

 

蒼良そらいいところに来た」

 屯所の庭を歩いていると、縁側に座っていた源さんに声をかけられた。

 源さんの横には、隊士が一人いた。

「こいつは、俺の隊の隊士で佐藤って言うんだが」

 源さんの隊の隊士と言う事は、六番隊の隊士と言う事だな。

「好きな人が出来たんだが、どうすればいいかわからないらしい。どうすればいいと思うか?」

 源さん、それを私に聞くか?

「私はそう言う経験がないから、わからないですけど……」

「そうか。やっぱりあれだな、あれ」

 あれ?

「積極的に行くしかないな。好きな女の後をついて回ればいいんだ」

 うんうんと、自分の意見に賛同するようにうなずく源さん。

「源さん、それじゃあストーカーですよ」

 犯罪だろう。

「えっ? すとおかあ?」

 源さんと佐藤さんが一緒に言った。

 あ、この時代はなかった。

「そんなことしたら、逆に気味悪がられて嫌われますよ」

「それは困る」

 佐藤さんが困った顔でそう言った。

「確かに困るな。どうすればいいんだ?」

 うーん、どうすればいいんだ?

 まず、いくつか確認しないといけないよなぁ。

「相手の人は、佐藤さんのことを知っているのですか?」

 佐藤さんに聞くと、首をふった。

 と言う事は、女性から見たら、全く知らない人と言う事になるな。

「まず、顔見知りになるところから始めないと」

「蒼良、具体出来に何をすればいいんだ?」

「誰か、その女性を知っていると言う人がいれば、紹介と言う手があるのですが」

「それは無理そうです」

 佐藤さんが残念そうに言った。

「やっぱり、方法はないのでしょうか」

 佐藤さんは少し悲しそうな顔をした。

「そんな、すぐにあきらめるなよ。何か方法があるはずだ。な、蒼良っ!」

 源さんは、佐藤さの背中をポンッとたたいてなぐさめた。

 だから、私に同意を求められても、わかりませんからっ!

「他の方法はないのか?」

 だから、私に聞かれても……。

「何とかして顔見知りになれればいいのですが……」

 顔見知りになれれば、次は出来るだけ話をするようにしてって感じで、段階を踏んでいけばいいと思うのだけど。

 その、顔見知りになるのが難しい。

「顔見知りになればいいんだな。よし、いい方法があるぞ」

 源さんが得意げに言った。

「お前、その女の前で下駄の鼻緒を切れ」

 ええっ、そんなことをていいのか?

「自分の目の前で鼻緒が切れた人間を放っておく女がいないからな」

 そ、そうなのか?

「当然、手ぬぐいか何かを使って治してくれるはずだ」

 なるほど。

「その時に、このお礼がしたいからと言って、女の名前と住んでいるところを聞けばいいだろう」

「もし、放っておかれたらどうすればいいですか?」

 佐藤さんが心配そうな顔をしてそう言った。

「そんな女はこっちからお断りだっ! 目の前で下駄の鼻緒が切れて困っているのに、見捨てるなんて、ろくな女じゃないぞ」

 そ、そうなのか?

「で、名前と住んでいるところを聞けたら、お礼を持って行けばいいんだ。それで顔見知りになれるだろう」

 確かに。

「わかりました。で、鼻緒はどうやって切ればいいですか?」

 それは私も思っていた。

「そんなの簡単だろう。あらかじめ力を加えたら切れるぐらいにしておいてだな、その女の前にきたら、足に力を入れればいいんだ」

「なんか、難しそうですね」

 力を加えたら切れるぐらいに切り込みを入れる、と言うのが難しそうだ。

「蒼良、これで顔見知りになれれば簡単なことだろう」

 確かにそうなんだけど。

「わかりました。やってみます」

 やってみるのかっ!

「よし、応援しているぞ」

「はいっ!」

 佐藤さんは元気に返事をしたら、走り去っていった。

 きっと、これから下駄の鼻緒に切り込みを入れるんだろうなぁ。

「蒼良、助かったよ。恋愛の相談はどうも苦手でな」

 源さんが、照れながらそう言った。

 って、私もそんな未知の世界の相談なんて、出来ませんからっ!


 しばらく縁側にいて、源さんと一緒に春を満喫していた。

「そう言えば、最近の歳の様子がおかしくないか?」

 そう、それなんですよっ!

「あのですね……」

 と私が話始めると、

「うおおおおおおっ!」

 という泣き声だか叫び声だかわからない声が響き渡ったと同時に、源さんの横に別な隊士がやってきた。

「僕は、脱隊をしますっ!」

 その隊士は、大きな声で泣きながらそう言った。

 そんな物騒な話は、小さい声でするものだろうっ!

 思わず、源さんと二人でその隊士の口を押えてしまった。

「お前、そんなことを大きな声で言うんじゃないよ。誰かが聞いていたらどうするつもりだ?」

 特に土方さんに聞かれていたら、大変だろう。

「で、なんで脱隊をする気になったんだ?」

 源さんが心配な顔をして聞いた。

 その隊士は、泣いていて話すことも出来なかった。

「とにかく、落ち着きましょう。何かいい方法があると思いますよ。ね、源さん」

「いや、何も考えてないが」

 ここは、何も考えてなくてもはいって言おうよ。

 源さんの言葉を聞いて、再び大きな声で泣き始めてしまった。

「ああ、だから、とにかく落ち着きましょうよ」

「お前男だろうがっ! いつまでもメソメソとしやがってっ!」

 源さんと私は、一緒になってその隊士をなだめたのだった。


 しばらくして、やっとその隊士も落ち着いた。

「で、その脱走したいと言う理由を聞かせろよ」

 源さんがその隊士の背中をさすりながら聞いた。

「家から文が来たのです」

 再びその隊士の目に涙がたまった。

「わかったから、もう泣くな」

「落ち着いてください」

 二人でその隊士をなだめた。

 また泣きはじめたら、それをやめさせるのが大変だ。

「で、文が着てどうしたんだ?」

 少し落ち着いたようなので、源さんが再び聞いた。

「父が、父がっ!」

「ああ、わかったから、わかったからっ!」

 結局、その隊士から話を聞き終わるまでに二時間ぐらいかかったか?

 簡単にまとめると、その隊士は家から文が届いた。

 その文によると、父親が病気で寝込んでいると書いてあり、その隊士に会いたがっているらしい。

「それで、脱隊か?」

 泣き疲れたのか、目をはらして下を向いている隊士に向かって、源さんが言ったら、うなずいた。

「お前、それは最後の手段だろう。まずは、実家に帰ればいいだろう」

 えっ、そんなこと出来るのか?

 その隊士も源さんの言葉に驚いて、顔をあげた。

「帰ってそのまま帰ってこなかったと言うなら問題になるが、帰ってちゃんと戻ってくるんだから、大丈夫だろう」

 そうなのか?

「いいか、脱隊は、隊の規則でもやったら切腹ってなっている。切腹になったら、その病気の父親だって泣くだろう」

 源さんの言う通りだ。

「だから、そんなことを考えるんじゃない」

「でも、家に帰ることが出来るでしょうか?」

 その隊士は、不安な顔をして聞いてきた。

「局長や副長だって、一回実家に帰っているんだぞ。それなのに隊士がだめって事はないだろう。安心しろ。俺から歳に言っておく」

 源さんがそう言ったら、その隊士はパァッと晴れやかな笑顔になった。

「ありがとうございます」

「いいか、脱隊なんて絶対にするなよ」

「わかりました」

 その隊士はまんべんの笑顔で去っていった。

「源さんって、いつもみんなの悩みを聞いているのですか?」

 思わず聞いてしまった。

 今日の短い時間だけでもう二件も相談に乗っている。

「そう言えば、そうかもしれないな。隊の中でも年長の方だからじゃないか」

 確かに、源さんは土方さんや近藤さんよりも年上だ。

 しかも、天然理心流では、近藤さんの前の道場主である周斎先生の時代からいるらしい。

「源さんは年はいくつですか?」

「あれ? 蒼良は知らなかったか?」

 あまり年の話はしなかったからなぁ。

「38歳だ。蒼良の親の年ぐらいだぞ」

 ええっ!そんなに若かったのか?

 なんか老けて見えるから、もっと年が行っているかと……って、なんて失礼なことを思っているんだ、自分っ!

「私の親より若いですよ」

「おだてても何も出ないぞ」

 いや、おだててないから、本当だから。

「人生五十年って言うからな。後十年少しか」

 人生五十年って短くないか?

「源さんの年なら、あと四十年ぐらいありますよ」

「何言っているんだ。そんなに生きれるわけないだろう」

 この時代は、人生五十年なのか?よく考えたら江戸時代にいるんだよね、私。

「さてっと。歳にさっきの隊士のことを言わないとな」

 あ、そうだった。

「もし、土方さんがだめだって言ったらどうするのですか?」

「言わせないから、安心しろ」

 源さんは自信たっぷりにそう言った。

 なんか、年長者の自身って感じだなぁ。

「で、さっきの隊士の名前、なんていうんだ?」

「ええっ!」

 源さんが知っていると思っていたけど、もしかして……

「知らなかったのですか?」

「蒼良が知っていると思っていたから」

 お互いが知っていると思っていたらしい。

「仕方ない。名前を調べるところから始めるか」

 と言う事で、その隊士の名前を調べることになった。


「なに、帰りてぇだと?」

 土方さんが、血走った目で源さんをにらんでいた。

 あれから、隊士の名前はすぐにわかり、一緒に土方さんの部屋に来た。

 土方さんは、相変わらず書き物をしていた。

 まだやっていたのか。

 そして、その隊士の話をしたら、顔が怖くなったと言うわけだ。

「歳だって、勇さんだって帰ったんだから、別にいいだろう。父親が病気だと言っているし、帰ってくるって約束させたんだから」

 源さんは、土方さんににらまれても特に表情を変えることなくそう言った。

「ま、確かに俺も帰ったがな」

「だから文句は言えないだろう。俺の顔に免じて帰してやってくれ」

 土方さんは、源さんの言葉を聞いて軽くため息をついた。

「源さんにそこまで言われちゃあ、何も言えねぇよ。わかった。許可を出すから、帰るように言ってくれ」

「ありがとよ歳。それと、もう一つ頼みがあるのだけどな」

 もう一つの頼みって何だろう?

「歳、俺と一緒に祇園で美味しいものでも食べに行かないか? 美味しいもの食べて泊まってゆっくりしよう」

 源さんも、土方さんを休ませたほうがいいと思ったらしい。

 でも、休もうと言わないのが、また源さんらしくていいなぁ。

「そんな余裕はねぇ。それに近藤さんがいねぇから、屯所をあけられねぇだろう」

 やっぱり、源さんが言ってもだめだったか。

「わかった。それなら蒼良と二人で行くからな。な、蒼良」

 えっ、私?

「私も一緒に言ってもいいのですか?」

「元から三人で行こうと思っていたが、歳がだめらしいから、二人でゆっくり過ごそう」

「いいですよ、わぁ、楽しみですね」

 料理とか、美味しいんだろうなぁ。

「おいっ! なんでお前があっさりと行く返事をしてんだよ」

 土方さんが、怖い顔をして私に言った。

 ええっ、だめなのか?

「だって、歳が行かねぇって行ったんだろ? なら、蒼良と二人で行ってくるから、別にいいぞ」

 源さんがニヤリと笑いながら言った。

「誰も、行かねぇとは言ってねぇだろう?」

 確かに、行かねぇとは言ってないけど、それに近いことを言ってたぞ。

「じゃあ行くのか?」

 源さんが聞くと、

「仕方ねぇだろう。源さんとこいつと二人で行かせるわけにはいかねぇからな」

 仕方ないなぁと言う感じで土方さんが言った。

「よし、決まりっ! 玄関で待っているからな」

 源さんはそう言うと、立ち上がって部屋を出たので、その後をついていくように部屋を出た。


「ああいう言い方をしないと、歳は休まないからな」

 やっぱり、源さんは一目見て土方さんが疲れていることが分かったらしい。

 そして、さりげなく休ませようとする源さんも、さすがだなぁと思った。

「で、蒼良も話したいことがあったんじゃないのか?」

 確かにあったけど……。

「土方さんが休まないので、相談しようと思っていたのですよ」

「それなら、もう解決しそうだな」

 源さんは、笑顔でそう言った。

「行かねぇのか?」

 土方さんが奥から出てきて、私たちの姿を見てそう言った。

「土方さんを待っていたのですよ。行きましょうっ!」

「よし、うまいものをたくさん食べるぞ。歳もゆっくりしろ」

「わかったよ。まったく、源さんにはかなわねぇな」

 土方さんは嬉しそうにそう言って歩き始めた。

 そして、三人で祇園でゆっくりしたのだった。

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