満月のお花見
いつもなら早くに雨戸を閉めるのに、今日はいつまでも開いていた。
土方さん、出かけたのかなぁと思い、巡察から帰って来て部屋に行くと、必死な感じで何かを書いていた。
「よし、これはこれで良し」
そう言いながら、書いていた紙を隣に置いた。
墨を乾かしているらしい。
「あの……雨戸閉めますよ」
声をかけたら、やっと私がいたことに気がついたらしい。
「いたのか?」
ついさっきからいましたから。
「もう夜か。早いな」
土方さんは、肩をグルグルまわし、首もグルグル回していた。
相当長い時間書き物をしていたのかなぁ。
「大丈夫ですか?」
思わず聞いてしまった。
「なにがだ?」
「長い時間書き物をしてんじゃないですか?」
「そうだが、それがどうした?」
「あまり長い時間同じ姿勢でいると、四十肩になりますよ」
「おいっ!」
土方さんの声が怒っていた。
わ、私何か悪いことでも言ったか?
「俺はまだ三十だっ!」
ああ、そうだった。
「じゃあ、三十肩ですかね?」
「うるせぇっ! 誰のために俺がこうやって書き物をしていると思ってんだ?」
誰の為なんだ?
「近藤さんが長州から帰ってきても、ちゃんと仕事ができるように、俺がこうやって働いているんだっ!」
そ、そうだったのか。
「近藤さんが仕事出来ねぇと、新選組も機能しなくなるからなっ!」
そ、それは困るっ!
でも、ちょっと待て。
「近藤さんから留守を預かったのは、土方さんですよね?」
「そうだっ!」
土方さんは胸を張ってそう言った。
「それなら、これは全部土方さんの仕事じゃないですか?」
「なんでそうなる?」
「だって、私たちは近藤さんから直接頼まれてないですもん」
「なんだと?」
「と言う事で、これは土方さんの仕事なのですよ」
「そうか、そうかもしれんなぁ」
うん、そうだよ。
「でもな……」
な、なんだ?なんか殺気を感じるぞ。
「お前らの為でもあるだろうがっ!」
ふ、筆が飛んできたっ!
さっと横によけた。
「お前かまっている暇はねぇんだ。仕事、仕事」
何事もなかったかのように、投げつけた筆を拾って、文机の前に戻る土方さん。
仕事で忙しそうだから、私が雨戸を閉めるか。
障子をあけて夜空を見ると、
「うわぁっ!」
思わず歓声を上げてしまった。
「な、なんだっ!」
土方さんも驚いて私の横に来た。
「満月ですよ。しかも綺麗ですよ」
「なんだ、月か、驚かせるなっ!」
「だって、月がとっても綺麗だし、月明かりも明るくて綺麗じゃないですか。もしかして、月が嫌いとか……。あっ!」
もしかして……
「なんだ?」
土方さんが私の方を見て、怪訝な顔をしていた。
「満月を見ると変身するとか……」
「なんか言ったか?」
土方さんを見ると、また筆をかまえていた。
「い、いや、独り言ですので」
今日の土方さんは疲れているのか、すぐに怒るなぁ。
こういう時は、そばにいないほうがいいかも。
私は気配を消して部屋から出たのだった。
「あ、蒼良」
私が部屋を出たら、目の前に沖田さんがいたので、びっくりした。
「な、何かあったのですか? もしかして、具合悪いとか」
「蒼良はすぐに僕の体のことを言うんだから」
だって、心配なんだもん。
「体調はものすごくいいよ。だから、蒼良を誘いに来たんだ?」
えっ?どこかへ行くつもりだったのか?
「夜桜を見に行こうよ」
よ、夜桜?
「夜に外出したら、体が冷えて具合が悪くなりませんか?」
「そんなこと気にしていたら、僕は何もできないじゃん」
いや、今は休む時期だろう。
何もしなくていいんだってば。
「なにも出来なかったら、つまらないよ」
た、確かにそうだよね。
この前、沖田さんも一緒に奈良に行ったけど、あの時ものすごく楽しそうだったもんなぁ。
あまりやったらいけないとか、外に出たらいけないとかって言ったらだめだよね。
「わかりました。夜桜を見に行きましょうっ!」
「さすが蒼良っ!」
「で、どこに行くのですか?」
まさか、とんでもなく遠いところで、馬を飛ばしてとかって考えてないよね。
「内緒」
沖田さんは、自分の人差し指を口の前に持ってきてそう言った。
えっ、内緒なのか?まさか、やっぱり、遠いのか?
「なんだ、壬生ですか」
近くてホッとした。
「近くてがっかりした?」
沖田さんにそう言われて、ブンブンと首をふった。
「そ、そんなことないですよ。近くが一番ですよ」
近くてよかったよ。
「本当なら、大坂の方とかに行きたかったけど……」
「いや、壬生で充分ですっ!」
沖田さんの言葉をさえぎるように私は言った。
「それならいいんだけどね。ほら、見て」
沖田さんが指さした方を見ると、白銀の月明かりに照らされて、白く光るかのように咲いていた満開の桜の木があった。
ここは、壬生にいた時にいつも花見をしていた場所だ。
周りは畑なので、桜の木がものすごく目立つ。
「すごいっ! 綺麗ですね」
「僕が見つけたんだ。春の夜にここを通るといつも立ち止まって見ていたんだ」
そりゃ、立ち止まって見ちゃうよ。
だって、幻想的で綺麗なんだもん。
「僕も、あと何回これが見れるかわからないけどね」
うーん。
「あと一回ぐらい見れますよ」
「えっ、僕はそんなに早くに死ぬの?」
月明かりに照らされた沖田さんの顔は、ショックを受けた顔をしていた。
「そう言う意味じゃないですよ。慶応三年までは見れますけど、四年になると多分江戸にいると思いますよ」
そう言う意味で言ったのだ。
「なんだ、そう言う事ね。その時は、僕もいるよね?」
「当たり前じゃないですかっ!」
一緒に江戸に帰ることになっている。
それから体調が悪化しちゃうんだけど。
でも、
「そんな簡単に死なせませんよ」
と、思ったことを口にした。
「私がいる限り、絶対に沖田さんを死なせませんからねっ!」
絶対に死なせないっ!そう思っている。
もし歴史を変えられなかったらとか、それ以前の問題になっている。
歴史を変えることが出来なくても、絶対に沖田さんは死なせないっ!
「蒼良」
沖田さんに名前を呼ばれ、気がつくと抱きしめられていた。
「ごめん。わざとそれを言わせちゃった」
沖田さんの胸の中から声が聞こえてきた。
「不安でどうしようもないときに、蒼良のその言葉が聞きたくなるんだ」
そうだったのか。
「だから、言わせちゃった」
と言う事は、
「沖田さんは、不安なのですか?」
顔をあげたら、顔を下向きにして、私を見ている沖田さんと目があった。
「そりゃ、不安じゃないと言ったら嘘になる。でも、死ぬってわかっているなら、刀で死にたいなぁ。僕より強い人間と刀を合わせて、斬られて死にたいな」
それは無理だろう。
「沖田さんより強い人なんていないですよ」
「そうなんだよね。せっかく斬られたいと思っているのに、僕より強い人間がいないんだから」
クスッと沖田さんは笑った。
「大丈夫です。私が沖田さんを死なせませんから」
もう一回、同じセリフを言った。
「ありがとう」
沖田さんは笑顔でそう言ってくれた。
もう一つ行きたいところがあると言う事で、そのもう一つの所に行ったのだけど、門が閉まっていた。
「入れないですよ」
沖田さんの方を見たら、沖田さんはすでに塀に登っていた。
「何言っているんだい。門からなんて入らないよ。ここから入るんだよ」
そ、そうなのか?
「それならなんで門があるのですか?」
「それは、昼間専用の入り口なんだよ。夜はこっちから」
沖田さんはそう言いながら、塀の上から私に手を伸ばしてきた。
「早く、見つかったら大変だから」
それって、入ったらだめなんじゃないの?
そう思いつつも、沖田さんの手を取ってしまった。
あっという間に私も塀の上。
ああ、私も共犯だわ。
塀から入ったのは、なんと、三十三間堂だった。
夜にそこに行くのもどうなの?って感じなんだけど、沖田さんが
「一度夜に来てみるといいよ」
と、強く言っていたので、じゃあって感じでついてきたのだけど……。
門がしまっていたら、お堂の入り口だって閉まっているんじゃないのか?
沖田さんがお堂の入り口に手をかけると、あっさりと開いた。
防犯対策、大丈夫なのか?
いくら門を閉めたって、お堂が閉まっていなければ、盗んでくださいって言っているようなものじゃないかっ!
思わず沖田さんに言ったら、
「大丈夫。盗む人はいないから」
と、あっさり言われてしまった。
そ、そうなのか?盗んで売ったらいいお金になると思うのだけど。
「もしかして、盗もうとかって考えてる?」
「お、沖田さん、何言っているのですかっ! 盗んだらばちが当たりますよ」
「だから、きっと盗まないんだよ」
そうなのね。
そろぉっとお堂の中に入った。
小さな隙間から、月明かりがもれていた。
白銀の光がたくさんいる観音様を照らし、幻想的な風景になっていた。
「す、すごい」
思わずそう言っていた。
「でしょ。夜に一回来たらもう病みつきになっちゃって。やっぱり満月の三十三間堂はいいよね」
人間ではないものが出そうな感じがしていたけど、そんな雰囲気は全くなかった。
沖田さんが病みつきになる気持ちはわかる。
「でも、見つかったら怒られますよね」
「大丈夫。怒られるのはきっと土方さんだから」
えっ、そうなのか?
「こんなことをやるのは、新選組しかいないって話になるでしょ。それで怒られるのは、副長である土方さんだから」
そう思われるのはどうなの?とも思うのだけど。
そんなに評判が悪いのか?……悪いかも……。
「そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ」
「いや、新選組しかいないって思われるのもどうかと思って」
私がそう言うと、沖田さんはクスクス笑って、
「今さらそんなこと思っても仕方ないじゃん」
確かにそうなんだけどね。
思わず納得してしまった。
無事に、誰にも見つかることなく、三十三間堂から出て屯所に帰ってきた。
「あれ? 二人でどこか行ってたの?」
屯所の庭には、藤堂さんがいた。
「はい。夜桜を見に行っていました」
「ずるいなぁ。私も誘ってくれればよかったのに」
「平助はいなかったんだよ」
にっこりと笑って沖田さんが言った。
これは、いなかったんじゃなく、探さなかったと言う事だな。
「どこに行っていたの?」
「壬生です」
「壬生の桜も綺麗だったもんなぁ」
藤堂さんもそう思っていたか。
「綺麗でしたよ」
「ああ、私も行きたかったなぁ」
「すみません。誘えばよかったですよね」
ちょっと探して誘うことぐらい大したことないんだし。
「いや、蒼良は悪くないよ。いなかった平助が悪い」
沖田さんは一言そう言った。
そ、そうなのか?
「じゃあ、一人で桜を見に行こう。ものすごく近いところにあるんだよね、桜」
そうなのか?
「今日は満月だから、月明かりに桜ははえてとっても綺麗に見えますよ」
「そうなんだ。じゃあ、蒼良も一緒に見ようよ」
藤堂さんに手をひかれた。
すると、手刀で沖田さんがつながれた手を切ってきた。
「ずるい。僕も行く」
そう言って、私の手をにぎってきた。
「総司はさっき蒼良と行ったじゃん」
「でも、何回見たっていいと思うけど」
「私だって、蒼良と行きたいから」
「わかりましたっ! 三人で仲良くいきましょうっ!」
二人の手を持ち上げて私はそう言った。
こんなことでいつまでも口げんかしていたら、もったいない。
「さっ! 行きますよっ!」
と、私が言ったら、二人声をそろえて
「はい」
と言ってくれた。
「こんなところにあったのですね。桜の木」
現代もあるのか?あまり聞いたことないけど。
「一本だけだけど、こんな近くにあったとは思わなかったでしょ」
藤堂さんが少し得意げに言った。
「こんなに近いところは、目が行かなかったなぁ。ここなら抜け出して見れるね」
沖田さん、抜け出して見るつもりなのか?
「さっと行って、さっと帰ってこれる」
沖田さんの言う通り、こんな近くにあればそれも可能だろう。
そう、藤堂さんに案内された場所は、西本願寺。
屯所がある所と同じ敷地内だ。
ただ、柵の外にあるので、新選組の屯所内ではなく、西本願寺の敷地内となる。
だから、ここも見つかるとかなり大事になる。
「よく見つけられましたね」
ここは、新選組隊士は進入禁止の場所だ。
「ほら、除夜の鐘をついた時に桜の木があったなぁと思っていたんだ。それを思い出しただけだよ」
「ああ、あの時ね」
沖田さんと声をそろえて言ってしまった。
あの時も見つかって必死で逃げたよなぁ。
「あの時のことを思い出しつつ、もう一回鐘をつこうか?」
沖田さんが楽しそうに言ったけど、いや、もう、あのスリルは二度とごめんです。
「鐘をつく場所が閉まっていると思うよ」
藤堂さんの言う通りだ。
きっと、じゃなくて、絶対にしまっているよ。
「下から石を投げて当てるって言うのはどう?」
ちょうど近くに鐘があり、そこに向かって石を投げる沖田さん。
と、止める間もなかった。
そして、地味にコンッ!と鳴っただけだった。
「なんだ、つまんないなぁ」
いや、これでよかったんだよ。
「なんや、音がしたなぁ」
奥からお坊さんたちの声がした。
この音が寺の中まで聞くことが出来たって、どんだけの耳を持っているんだ?
「逃げろっ!」
沖田さんと藤堂さんに手を引かれて逃げたのだった。




