大和出張という名の花見
「大和に出張だ」
突然土方さんが言いだした。
えっ、大和?
「あの、それってどこですか?」
「お前の生きていた時代には、大和って地名はないのか?」
無いと思うけど。
「いいか、大和とはな……」
そう言いながら、土方さんは地図を出してきた。
この時代に一般に出回っている日本の地図は、丸い島が四つぐらい並べてあるものだ。
「だいたいここらへんかな」
うーん、この地図で場所をさされてもよくわからないや。
「京はどこですか?」
京を基準にしてみたら、わかるかな?
「京は、ここらへんだろう」
なるほど。
と言う事は、奈良県辺りか。
「な……大和に出張って、長州藩士か何かがいたのですか?」
それに急な話だし。
「いや、いねぇと思うぞ」
そうなんだ。
「それならなんで大和に出張なのですか?」
「たまにはみんなで出かけてゆっくりするのもいいだろう。最近は京も落ち着いているのか、たいした事件はねぇしな」
ん?これってもしかして、慰安旅行ってやつか?
「いいですね。たまにはみんなで楽しくやりましょうよ」
奈良に慰安旅行。
奈良ってなにがあったっけなぁ。
確か大仏があったよなぁ。
奈良時代に作ったものだから、江戸時代には当然あるだろう。
「そうだな。ちょうど桜も見ごろになりそうだから、花見が出来そうだな」
えっ、花見?
「まだ二月ですよ」
二月に花見はないだろう。
「今年はそろそろ咲きそうだぞ」
そう言われてみると、最近暖かい日が続いている。
桜のつぼみも膨らんできているような。
例年は三月に満開になるのだけど、今年は……あ、ずれているのか。
昨年、閏月と言うもがあって、五月が二回あると言う得した気分になった年だった。
だから、例年より季節の進みが早く感じるのだ。
「大和は初めてだからな。花見ができるところとかあるんだろう?」
「そりゃ、どこにいても花見ができるところはありますよ」
壬生の近くにも、畑の真ん中にある桜の木が綺麗で、みんなで花見をしたことがある。
いざとなれば、奈良の畑の真ん中で花見をしたっていいんだ。
と思うのだけどね。
それじゃあやっぱり駄目かなぁ。
誰かの土地とかだったら、やっぱり不法侵入になるだろうしなぁ。
あ、でも、この時代には法がないから、案外大丈夫かも。
いや、そう言う問題じゃないか。
「確かに、お前の言う通りだな。桜の咲いているしたで宴会すりゃ、それは花見だな。よし、わざわざ大和に行く必要もねぇな」
えっ、そ、そんなっ!
「何言っているのですかっ! せっかくだからみんなで行きましょうよ。奈良……じゃなくて、大和にっ!」
あわててそう言った私を見て、笑いながら土方さんは、
「わかった、わかった」
と言ってくれた。
というわけで、みんなで奈良に出張に来た。
「でかいなぁ」
原田さんが大仏の前で上を向いて言った。
奈良に着いたら、自由行動になり、私たちが最初に行ったのが、東大寺にある大仏だった。
やっぱり、奈良と言ったらこれだよね。
私が現代で見たものとほとんど変わりがなかった。
建物もそんなに変わっていない。
変わっている物がほとんどだけど、変わっていないものがあると、なぜかホッとしてしまう。
「聖武天皇が大仏を作ろうと言ったから、作ったらしいですよ」
「聖武天皇? それはいつのことだ?」
あれ?私は歴史で習ったから知っているけど、この時代は歴史って言う教科がないのか?
あっ、学校がないのか。
聖武天皇って、何年だったかなぁ。
「752年にできました」
確か、そう習ったぞ。
「今が確か1866年だから、千年以上も前の話か。すごいなぁ」
私がいた、150年先の未来なんて、小さい話になってくるなぁ。
「もしかして、蒼良はその時代にも行ったことがあるのか?」
「いや、ないです。来たのは、この時代だけですから」
何をしたくてそんな昔に行かなければならないんだ。
「そうだよな。この大仏のことに詳しいから、もしかして行ってきたのかと思った」
そ、そうなのか?
「私の時代では、みんなが教わることなのです」
この幕末のことも。
「そうか。だから知っていたのか」
原田さんはそう言って、再び大仏を見上げた。
次に行ったのは、大仏がある東大寺からそんなに離れていない場所にある、興福寺と言うお寺だった。
そこには、阿修羅像がある。
「大和は初めて来たけど、こういう像がたくさんあるね」
藤堂さんの言う通り、ここの興福寺だけでもたくさんの像がある。
そして、現代では国宝になっている。
「ここは、藤原氏のゆかりのお寺らしいですよ」
これは、修学旅行の時にガイドさんが説明してくれた。
「蒼良は、京のことも色々知っていたけど、大和のことも知っているんだね」
「だって、有名な観光地じゃないですか」
「えっ、そうなの?」
この時代ではどうなのかわからないけど、私の時代では、観光地だぞ。
平城京があったところだから、修学旅行でも行く学校が多いと思うぞ。
「そう言えば、幕府も保護をしていると聞いたことがあるよ」
そ、そうなのか?
「歴史のある建物だから、保護しているんだね」
それはどうなのかわからないけど、きっとそうなんだよね。
その次に行ったところは、やっぱり近くにあった春日大社だ。
ここも、藤原氏にゆかりのある神社だ。
そして、現代では世界遺産になっている。
「大和も、京と比べると地味なような感じがするな」
土方さんがそう言った。
「京と比べると、歴史は古いですよ」
「でも、京は何でもかんでも派手な感じがするな」
そ、そうなのか?
「そ、それはたぶん……今も帝がいるからだと思いますが」
たぶん……。
「ま、そうかもしれなぇな。それに、仏像が多いな」
「奈良の仏像は、美男子が多いって聞きますよ」
「はぁ? お前、何言ってんだ?」
だって、テレビとかでやっていたんだもの。
「俺から見りゃ、どれも同じに見えるがな」
「土方さん、そんなこと言うと、罰が当たりますよ」
「罰が怖くて、副長なんかできるかってぇんだっ!」
た、確かに。
土方さんは鬼副長だからなぁ。
「あ、土方さんは鬼だからきっと罰は当たらないと思いますよ。豆なら投げられると思いますが」
「お前っ! なんか言ったか?」
いや、じ、冗談だから、そんな怖い目で見ないでくれっ!
次の日は、氷室神社と言うところで、お花見をした。
ここはしだれ桜が見事に咲いていた。
「花見にはちょっと早かったかと思ったが、ここの桜は早咲きらしいから、ちょうどよかったな」
永倉さんが桜を見てそう言うと、さっそく敷物が敷いてあるところに座って、お酒を飲み始めていた。
「お花見なんだから、桜を見ましょうよ」
「珍しいことを言うな。蒼良もこれが一番楽しみなくせに」
永倉さんは、お酒を私の方に差し出して言った。
「そりゃそうですけど」
でも、私は桜も見るぞ。
「さぁ、のめのめっ!」
そう言いながら、永倉さんが私にお酒をそそいでくれた。
「ありがとうございますっ!」
お礼を言って一気に飲み干した時に、
「なにが桜を見ましょうだっ! お前みたいなやつのことをなんていうか知っているか?」
と、土方さんの声が聞こえた。
ん?私のようなやつのことを?
「桜小町とでもいうのですか?」
ウフフ、土方さんったら。
桜が似合っているなら、似合っているって言ってくれればいいのに。
なんて思っていたら、
「酔っ払っているのか? 花より団子って言うんだ」
あ……そうともいうよね。
うん、確かに。
「土方さんも、そんな意地悪言わないで、飲めよ」
永倉さんが間に入ってくれて、土方さんにもお酒を注ぎはじめた。
「土方さんは、お酒が飲めないから、蒼良にやきもちを妬いているんだよ」
沖田さんが近づいてきてそう言った。
「そうなのですか?」
「そうに決まっているじゃん」
それなら私がお酒を飲まないほうがいいかな。
飲みたいのに、弱くて飲めないと言うのも、なんかかわいそうだよね。
「だから、酔いつぶせばいいんだよ」
私の考えと違う事を沖田さんが言った。
「酔いつぶしちゃえば、何も言えなくなるじゃん」
そりゃ、沖田さんの言う通りだけど……。
「なにこそこそやってやがるっ!」
私と沖田さんの間に、土方さんが入ってきた。
目がすわっていたので、もう酔っ払いっているのだろう。
「二杯しか飲ませてないのに、酔っ払ったみたいだぞ」
永倉さんが楽しそうにそう言っていたけど、全然楽しいことじゃないですからね。
「土方さん、酔っていますね」
「俺は酔ってないぞ」
レロレロとした口調でそう言った。
いや、もうその口調は酔っているだろう。
「いいか、こいつは俺の物だからなっ! さわるんじゃねぇぞっ! 誰にもさわらせたくねぇからな」
土方さんはそう言いながら、私の肩を抱き寄せてきた。
俺の物って、私は土方さんの物になった記憶がないのですがっ!
「だめだよ。僕も蒼良のことを気に入っているからね。いくら土方さんでもそれは許さないよ」
沖田さんが笑顔でそう言った。
ああ、みんな酔っ払っているよ。
「私は誰のものでもないですよ。自分の物ですからね」
酔っ払いにそう言っても無駄だろうなぁ。
「お前の物は、俺の物。俺の物はお前の物だ」
土方さんは、私の肩を抱き寄せたままそう言った。
なんか、そんなセリフを聞いたことがあるぞ。
「とにかく、もっと飲んだ方がいよさそうだね」
沖田さんは、土方さんにお酒をそそいだ。
それって、逆効果なんじゃないのか?
案の定、お酒を飲みほすと、土方さんはそのまま仰向けに倒れてしまった。
「これでうるさいのは消えたね」
だ、大丈夫か?
「大丈夫だよ。あれぐらいの酒で死にはしないよ」
そ、そうだけどさぁ。
「さ、蒼良、楽しもう」
沖田さんにお酒をそそがれたので、それを一気に飲んだ。
私も沖田さんにお酒を注ごうがと思い、お酒を射れようとしたら、
「僕はいいよ」
と言われてしまった。
「病気してから、あまり飲まないようにしているんだ」
あ、そうか。
「すみません。気がつかなくて」
「いいよ。蒼良が楽しんでいるのを見ると、僕も楽しいから」
沖田さんは笑顔でそう言ってくれた。
「最近は、体の調子はどうですか?」
「蒼良は、すぐそれを言うね。おかげさまで、あの毒薬を飲んだせいか、大丈夫だよ」
いや、だから、毒薬じゃないから。
「あれ? お前はこれで飲むんだろ?」
斎藤さんがやってきて、お銚子を握らされてしまった。
「みんなの前で飲んだら、お行儀が悪いじゃないですか」
「安心しろ。誰もそんなこと思いはしないよ」
そう言って、斎藤さんは去っていった。
仕方ないなぁ。
せっかくなので、お銚子で直接飲むと、
「蒼良、お行儀が悪いよ」
と、沖田さんに言われてしまった。
ここにそういうことを思うやつって言うか、言う人がいたじゃないかっ!
そして次の日、
「昨日なにがあったが覚えてないんだがな」
と言いながら、頭を押さえている土方さんがいたのだった。




