藤堂さんの許嫁?
文を読んでいた土方さんが難しい顔をしていた。
また何かあったのか?
「眉間にしわが寄っていますが……」
あまり眉間にしわを寄せていると、消えなくなってしまうと思い、そう言ってみた。
「はあ?」
だから、眉間にしわを寄せたままこっちを見ないで下さいよ。
豆投げますよ。
「顔が怖いですよ」
思わずそう言ってしまった。
「元からだ、ばかやろう」
なんか知らないけど怒っているぞ。
なにがあったんだ?
文を読んでいたから、文になんか書いてあったのか?
文机にのっている文を見ると、文の相手は尾形さんのようだ。
それだけはわかった。
後は、例のごとく、文字をつなげて書いているのでよくわからない。
私が文をのぞき込んでいたのを土方さんが見つけたみたいで、
「ああ、この文か?」
と、自分から話題に出してくれた。
「長州に行っている尾形からの文だ」
おお、そこは当たっていたぞ。
「なんて書いてあったのですか?」
問題はその内容だ。
「伊東さんたちが別行動を取っているらしい」
やっぱり。
「単独で長州に探りを入れ、勝手に老中とかと会って、俺たちは勤王だと言ったらしいぞ」
勤王とは、天皇を支持すると言う事だ。
ちなみに、新選組は幕府を指示しているので、伊東さんのやっていることは、僕たちは新選組にいるけど、考えが違うからとみんなに公表していると言う事だろう。
「今後の伊東さんの動きに注意したほうがいいですよ。あの人は絶対に裏切りますからね」
「そんなことわかっている。だから、今回も尾形をつけたんだろう」
それなら安心かな?
「でも、今後は尾形だけだと心細いな。やっぱり奥の手を使うしかねぇな」
「奥の手ですか?」
なんだろう?
「知りたそうな顔をしているが、これだけは教えられねぇからな」
そ、そうなのか?
「ケチですね」
「お前、そう言う問題じゃねぇだろう。これは隊にかかわる重要なことだからな。いくらお前でも教えられねぇよ」
そうなのか。
そんな重要なことってあったかな?
「お前、巡察じゃねぇのか?」
あっ!そうだった。
「行ってきます」
私はあわてて部屋を飛び出した。
「気を付けて行って来いよ」
土方さんの声が部屋から聞こえてきた。
今日は藤堂さんと巡察だ。
屯所の玄関から外を見ると、すでに藤堂さんは外に出て待っていた。
「すみません、お待たせしちゃって」
急いで草履をはいて外に出た。
「いいよ。そんなに待っていないから」
藤堂さんは笑顔でそう言ってくれた。
それから巡察に出た。
京の町をいつも通り歩いていたら、突然、藤堂さんが
「蒼良に頼みがあるのだけど」
と、言ってきた。
なんか、悩みがあるような感じで、表情が少しだけくもっていた。
「何ですか?」
「私の許嫁になってほしいんだけど」
えっ?
「な、何ですかそれ? 美味しいのですか?」
漬物かなんかか?
美味しそうなものならいいのだけど。
そう言った私が面白かったのか、藤堂さんはクスクスと笑っていた。
「食べ物じゃないよ」
そ、そうなのか? 食べ物ならいいなぁと思ったのだけど……。
「それなら何ですか?」
私が聞いたら、藤堂さんの顔が赤くなった。
「結婚の約束をした人のことを言うんだよ」
ああ、要するに、婚約者と言う事だろう。
……藤堂さんは、許嫁になってほしいと言わなかったか?
要するに……
「これって、プロポーズですか?」
「ええ?」
いや、この時代で言うと、なんていうんだ?
「結婚してくださいってことですか?」
自分で言っていて照れてきてしまった。
顔が熱い。
「いや、そうなんだけど、そうじゃないと言うか……」
藤堂さんも照れているみたいで、顔が赤い。
はたから見たら、男二人で照れているってことだからね。
すごく変な光景だよね。
「実は、事情があって……」
と、藤堂さんが言い始め、藤堂さんの事情が明らかになった。
藤堂さんの実家から珍しく文が来たらしい。
ちなみに藤堂さんの実家は津藩の大名だ。
で、その文の内容には、そろそろ嫁をもらえと書いてあり、すでに実家の方でお嫁さんも選んでくれてあるらしい。
藤堂さんは大名の愛人の子供になるらしいのと、すでに藩を継ぐ人は決まっているので、自分は実家とは何も関係ないと言う感じでいたのだけど、実家の方はそうは思っていなかったようだ。
子供が多ければ、それだけ使い道もあると言う事と、今は外国からの脅威もあり、藩と藩との結束も強くしたいのだろう。
結束が強くなる一番手っ取り早い方法は、相手の藩に子供がいれば、自分の子供と結婚させることだろう。
結婚して親戚になってしまえば、結束が強くなると言う事なんだろう。
「私の相手は、どこかの藩の側室が生んだ娘らしい」
藤堂さんが、悲しい顔をしてそう言った。
なんでそんなに悲しい顔をするんだろう?
「いい縁談じゃないですか」
私がそう言ったら、
「あったこともない女性と結婚なんて出来るわけないよ。好きでもない女性となんて」
と、藤堂さんが言った。
確かに、それはあるよなぁ。
「だから、蒼良は私の許嫁になってほしいんだ」
ちょっと待って。
なんでここでこういう話になるんだ?話が飛躍しすぎてないか?
「藤堂さんが実家から結婚話があるのと、私が許嫁になるのって、どういう関係があるのですか?」
「あ、許嫁のふりでいいんだ。私にはもう決めた人がいると言う事で、この話を断ろうと思ったんだ。本当に許嫁になってもらえたら、それはそれで嬉しいけど……」
そう言いながら、目をうるませる藤堂さんにドキドキしてしまった。
「い、いや、許嫁なんて、私にはまだ早いですよ」
やっと最近21歳になったばかりだ。
いくらなんでも結婚なんて早いだろう。
その前に好きな人も出来ていないのに。
「早いと言っても、もう21歳だよ。蒼良だって結婚してもいい歳だよ」
そう言われると思っていた。
この時代って、結婚が早いのよね。
「何歳で結婚するつもりでいるの?」
「30歳までには結婚出来たらなぁって……」
「それじゃあ遅すぎるよっ!」
やっぱりそう言われると思っていました。
「蒼良はのんびりしすぎだよ」
「はい、すみません」
思わず謝ってしまったけど、結婚なんてまだ考えられないよ。
「と言う事は、今のところ誰とも結婚する気持ちはないんだね」
「はい、ないです」
「でも、今回だけ私の許嫁になってほしい。もちろん、許嫁のふりでいいからお願いしていいかな?」
許嫁のふりをするって言う事は、女装するってことだよなぁ?
でも土方さんに、俺の前以外であまり女装するなって言われているんだよなぁ。
あ、ばれなきゃいいのか。
幸い、この前も俺の前で酒は飲むなって言われたけど、原田さんとかと飲んじゃったし、ばれちゃったけど、色々あったから何も言われなかったし。
藤堂さんも困っているみたいだから、人助けだと思って協力してあげよう。
「わかりました。いいですよ」
「ありがとう、蒼良」
藤堂さんはまんべんの笑顔でそう言ってくれた。
「ええっ、許嫁っ?」
牡丹ちゃんと楓ちゃんが声をそろえて言ってきた。
なんで置屋にいるのかというと、屯所で女装したら土方さんにばれてしまう。
置屋なら、色々着物もありそうだし、化粧もしてくれるだろうと言う事で、牡丹ちゃんと楓ちゃんのいる置屋に行ったのだ。
そこで、
「藤堂さんの許嫁になる……」
芝居をするから、着物を見てほしいと言おうとしたら、許嫁のところで二人が驚いたのだった。
だから、話を最後まで聞こうよ。
「いや、色々あって、私の許嫁のふりをしてほしいと蒼良に頼んだんだ」
藤堂さんが私の代わりにこうなったいきさつを説明をしてくれた。
「なんや、芝居か」
二人はそう言って落胆をしていた。
なんでこの二人が落ち込まないといけないんだ?
「蒼良を許嫁として紹介したいから、どんな着物を着せたらいいか見てもらいたいのだけど」
藤堂さんがそう言ったら、急に二人の顔が明るくなった。
「そうなん? 蒼良はんの設定は?」
牡丹ちゃんが楽しそうに聞いてきた。
えっ?設定?設定なんているのか?
「実は身分の高い公家の娘はんがええかな?」
「楓はん、あまり身分が高いのだと、色々調べられて厄介なことになるで」
そ、そうなのか?
「やっぱ一番調べられへんのは、商人やろう? 大店の娘はんでどうや?」
「さすが牡丹はんやっ!」
「もう任せるからさ」
牡丹ちゃんと楓ちゃんのやり取りに入って行けないと思ったのか、藤堂さんが苦笑いをしてそう言った。
「ほんまに? ほな、任せとき」
牡丹ちゃんと楓ちゃんはまた声をそろえてそう言い、私を奥へ引っ張っていった。
「着物はこれがええかな?」
「いや、これやろ?」
まずは色々な着物を合わせられ、着物が決まると、
「かんざしはこれがええかな?」
「これもええな」
かんざしが決められ、それから化粧も色々された。
なんか、着せ替え人形になった気分だ。
「うわぁっ! 蒼良はん似合うとるで」
「綺麗やで」
全部終わると、二人で私の全身を見た二人が交互にそう言った。
似合っていると言われているけど、鏡を見たわけじゃないので、自分がどうなっているのかわからない。
「さ、藤堂はんを驚かすで」
「行くで」
再び二人に引っ張られて、藤堂さんのところへ戻ってきた。
藤堂さんは、ポカンと口を開けて私を見ていた。
「お、おかしいですか?」
どこか変なのか?だからそんな顔をしているのか?
「い、いや、見違えちゃって。蒼良、綺麗だよ」
藤堂さんに真顔でそう言われ、照れてしまった。
「うちらの見立てやさかい、間違いないやろ」
牡丹ちゃんが胸を張って言った。
「ありがとう。このまま本当に許嫁にしちゃいたいぐらいだよ」
藤堂さんが笑顔でそう言った。
「許嫁にしちゃえばええやん」
楓ちゃんがうらやましそうにそう言った。
そう言えば、楓ちゃんは坂本龍馬にふられたばかりだったんだよなぁ。
危機を助けたのに、島原に帰って来ちゃったんだよなぁ。
「楓ちゃん、大丈夫?」
どうしてもうちょっと早く気がつかなかったんだろう。
「なにが?」
「えっ、坂本龍馬が好きだったのに、別な人と結婚しちゃったから」
「ああ、そのことな。もうええんよ。今うちは新しい恋に生きとるさかい。ほら、東男に京女って言うやろ?」
えっ?もう別に好きな人が出来たのか?
しかも、東男って言っているから、今度の相手は江戸の方の人なのか?
色々聞きたいことがあったけど、
「そろそろ行かないと」
と、藤堂さんに言われたので、置屋を後にしたのだった。
藤堂家の京屋敷はとっても大きかった。
会津藩のお屋敷と比べると小さいけど、周りの建物と比べると大きい。
聞いた話によると、お屋敷を京の中にもいくつか所有しているし、江戸にもあるらしい。
会津藩は一つだけだから、これは勝っているのか?って、勝手に会津藩と比べて何をしているんだ、私は。
「蒼良、合図があるまで頭を下げていて」
ひろい部屋に通され、その真ん中でポツンと座っている私たち。
まるで会津藩にお使いに行った時のことを思い出してしまった。
「わかりました」
緊張してきたなぁ。
「大丈夫だよ。蒼良はここにいてくれるだけでいいから」
藤堂さんが優しい笑顔でそう言ってくれた。
そう言われるとものすごく助かる。
こんな広い広間に通されてこうやって座っているだけでも、もう緊張して固まっている状態だ。
こんな状態で何かしろって言われた日には、何をするかわからないぞ。
足跡が聞こえてきたて、藤堂さんが頭を下げたので、私も頭を下げた。
「面をあげよ。久しぶりだな」
そう言う声とともに、前に人が座る気配がした。
私は、頭を下げたままのほうがいいんだよね。
藤堂さんからの合図がないから。
「で、女連れで何の用だ?」
私の横で、藤堂さんが頭をあげる気配がした。
「私は、すでに自分の決めた許嫁がいるので、今回の話はなかったことにしてもらいたい」
「ほお、その許嫁と言うのが、その女か?」
前から声が聞こえたと同時に、藤堂さんが私の膝の横を突っついてきた。
これが合図か。
「天野蒼良さんと言います」
藤堂さんがそう言ったので、それと同時に頭をあげた。
「天野蒼良と申します」
三つ指をついてやや下を向いてそう言った。
だって、ドラマでそんな感じでみんなやっていたから、真似をしたのだ。
「綺麗な女を連れてきたな。どういう身分の女なんだ?」
私はやや下を向いているので、前にいる男の人の顔は見えない。
声だけ聴くと、低くて迫力のある声をしていた。
「大店の娘さんです。鴻池家とつながりのある家です」
大店の娘の役だと言う事は、置屋でそう言う話になっていたからわかるけど、いつ鴻池家の親戚になったんだ?
鴻池家と言ったら知らない人がいないぐらい有名らしいからだろうか?
鴻池さんのことだから、勝手に親戚になっても
「ええよ」
の一言ですみそうだ。
「商人の娘か。身分が低いな。お前には不相応だ」
この時代には、身分制度と言うものがあったのだ。
商人の身分は下の方になる。
いい暮らしをしているのは商人なんだけどね。
「結婚は予定通りしてもらう。その娘は愛人にでもしておけ。愛人は何人でも作っていいぞ」
そ、そうなのか?
「私は、父上のようなことはできません。それに、今まで私のことはほっといたのに、今更、私を息子扱いするのですか?」
藤堂さんの言う通りだ。
「息子扱いなどしておらん。使えるものは使う。それだけだ」
すごいことを言うなぁ。
そう言えばこの人は、鳥羽伏見の時も幕府を裏切るんだよな。
戦況が悪いと判断したら、手のひらを反すように、薩摩・長州側に着いたんだよな。
「私としては、今回の話、お断りいたします。私に愛人などいりません。我が妻は、ここにいる蒼良一人で充分です」
そう言われると、なんか照れちゃって。
あと、ドキドキしちゃうなぁ。
そんなこと思っている場面じゃないんだけどね。
「なるほど。この女と一緒になるから、結婚の話を受けないと言う事だな。それなら、二度とこの敷居はまたげないが、いいのか?」
親子の縁を切ると言う事か?そんなことまでしてしまっていいのか?
「私には元々、父親はおりません」
藤堂さんはきっぱりとそう言った。
ええっ、いいのか?親子の縁を切っちゃっていいの?
「これにて失礼いたします」
藤堂さんは頭を下げるとすぐに立ち上がり、その後、私の手を引っ張って立ち上がらせた。
本当にこれでいいのか?
「ちょっと待ってくださいっ!」
思わずそう言ってしまった。
このままじゃだめだろう。
親子の縁は切ったらだめだ。
でも、どうすればいいんだ?藤堂さんは結婚したくないって言うし、藤堂さんのお父さんは結婚しなければ縁を切るって言うし。
「あ、あのですね……」
「なんだ?」
この時初めて藤堂さんのお父さんと言われている人の顔を見た。
鋭い目をしていて、私のことを見下すように見ていた。
でも、土方さんより怖くなさそうだな。
かっこよくもないけどね。
そう思ったら、緊張が解けていた。
「と……平助さんは私が幸せにしますっ! だから、親子の縁だけ切らないでください」
なんか、自分で言っていることがめちゃくちゃだよな。
ここは私が身を引くので、って言うならわかるけど、これを言ってしまうと、今度は藤堂さんの頼みを聞けないかったってことになるし。
でも、親子の縁を切れとも言えないし。
「あ、蒼良?」
藤堂さんが真っ赤な顔をして私を見ていた。
私も、自分で言ったことを後から振り返って顔が熱くなってしまった。
ど、どうしよう?なんか場がシーンとなっているし。
すると、藤堂さんのお父さんが大きな声で笑い出した。
「お前、変わった女だな」
閉じたままの扇子を私に向けた。
「こんな女初めて見た。おまけになかなかの美人だ。俺が若ければ愛人にしていたな」
えっ、ええっ!いや、それは困る。
「好きにしろ」
最後にそう一言言った。
えっ?思わず藤堂さんと目を合わせてしまった。
「俺はもう何も言わん。好きにしろ」
そう言うと、藤堂さんのお父さんは立ち上がって奥へ去っていった。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
「蒼良、私たちはどうやら認められたようだよ」
藤堂さんに抱きしめられてから気がついた。
作戦成功ってことか?親子の縁も切らずにすんだのか?ここら辺はよくわからないけど、どうやら一件落着って感じらしい。
「よかった。蒼良のおかげだよ。本当にこのまま結婚しちゃおうか?」
藤堂さんが私の耳のそばで小さい声でそう言った。
ええっ、そ、それも困る。
でも、ドキドキしてしまう。
「帰ろうか」
しばらくしてから、やっと藤堂さんから解放された。
藤堂さんは、優しく私の手をひき、一緒に藤堂家屋敷を後にした。
「蒼良の一言がとっても嬉しかったよ。ありがとう」
藤堂さんは何回も嬉しそうにそう言ったのだった。




