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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年1月
242/506

梅が咲いた

 まだ一月なのに、最近春らしく、しかも暖かくなってきた。

 これが今話題の異常気象と言うやつか?

 でも、まだ江戸時代だから、温暖化とかそう言う事はないよなぁ?

 じゃあなんで春らしくなっているんだろう。


 斎藤さんの巡察の時に北野天満宮の前を通った。

 いつもより人が多いので、中も見たほうがいいかもしれないと言う事で、中に入ってみた。

 すると、梅がすでに満開だった。

「もう満開になっていますよっ!」

 いくらなんでも早すぎるだろう、満開なんて。

「当たり前だろう」

 斎藤さんは普通にそう言った。

 あ、当たり前なのか?

「まだ一月なんですよ」

 旧暦だから、一月でも下旬あたりに満開になるのならわかる。

 でも、まだ中旬になったばかり。

 ちょっと早すぎないか?

「梅は一月に咲くものだろう」

 それはわかっている。

「でも、昨年より満開になるのが早いですよ。最近温かいし、きっと異常気象なんですよ。そのうち、北極の氷が解けてしまいますよ」

「お前、何言っているんだ?」

 まだ北極はわからないか。

「昨年、閏月があっただろう。だから梅が咲く時期もずれるのは当たり前だろう」

 あっ、閏月。

 閏月と言うのは、一年が十三カ月あると言う特殊な月で、昨年は五月が二回あった。

 閏月をつくることで、暦のずれを治すらしいのだけど、私から見たら、余計にずれているような感じがする。

 そうか、いつもより春が来るのが早く感じるのは、そのせいだったのだ。

 異常気象でも何でもなかったのだ。

 なんだ、そう言う事か。

「やっとわかったみたいだな」

 斎藤さんにそう言われた。

「はい、わかりました」

 梅が満開だとわかったら、

「土方さんを連れてこないと」

 梅だって散ってしまうものだ。

 早く連れてこないと、梅もなくなってしまうぞ。

「なんで土方さんが関係してくるんだ?」

 斎藤さんが不思議そうな顔でそう聞いてきた。

「土方さん、梅が好きなんですよ」

 多分。

 梅の俳句を詠んでいたから、きっと好きなんだと思うんだよね。

 だから、ここに連れてきてあげないと。

 私が誘わないと、いつも仕事を入れちゃって、梅も見ないまま桜を見ることになりそうだもんなぁ。

「行かせたくないな」

 えっ?斎藤さん、何か言ったか?

 そう言ったかと思ったら、いきなり後ろから抱きしめられてしまった。

 な、なんだっ?

 斎藤さんの方が身長が高いので、後ろから来た人には斎藤さんしか見えないと言う状態だ。

 しかも、私の目の前は梅の木なので、前から人が来ると言う事はない。

 はたから見たら、斎藤さん一人、梅の木の前で立っているように見えるのだ。

「さ、斎藤さん、突然どうしたのですか?」

 なんで急に抱きしめられたんだ?

「土方さんとここに梅を見に行こうと思っているだろう?」

「はい」

 それがなんかあったのか?

「土方さんと行かせたくない」

 えっ?

「土方さんと行くなら、屯所にかえさない。ずうっとこのままでいてもいいぞ」

 そ、それは困るなぁ。

「ど、どうすればいいのですか?」

 何をすれば離してくれるんだ?ずうっとこのままだと、お互い困るぞ。

 トイレに行きたくなっても、行けないじゃないかっ!

「そうだな。土方さんと行くな」

「そ、それは無理だと思いますが……」

 私は屯所に帰って土方さんを見たら絶対に梅が満開だって言う自信はあるし、そうなったら、一緒に行くか?ってなると思うし。

「そうか。なら、ずうっとこのままだな。俺は構わないが」

 私は構うぞっ!思いっきり構うがっ!

「斎藤さん、ト……厠に行きたくなったらどうするのですか?」

「ここでするから、心配するな」

 ああ、そうか。

 男だから、そう言う心配はしなくていいのか。

 って、そう言う問題じゃないから。

「ずうっとこのままって言うわけにはいかないと思うのですが。ほら、ご飯も食べないといけないし、睡眠も大事ですよ」

 私がそう言うと、私を抱きしめたまま斎藤さんは声に出して笑った。

 いや、笑いごとじゃないからね。

「そうだな、お前の言う通りだ」

 斎藤さんは笑いながらそう言った。

「わかった。その前に、お前に一言言いたいことがある」

 なんだろう?

「俺の好きな花は、フジだ」

 そうなんだ。

 それがどうかしたのか?

「その季節になったら、俺に報告しろ。そして、俺を案内しろ。そしたら離してやる」

「わ、わかりました。一緒に見に行きますからっ!」

「約束だぞ」

 最後にそう一言言って離してくれた。

 フジって、五月だよな。

 でも、旧暦だと四月になるのか?しかも、閏月があったから、またずれるのか?

 ああ、わからなくなってきた。

 とにかく、フジの季節になったら、斎藤さんを連れてきて見せればいいんだよね。

 で、フジはいったい何月に咲くのだろう?


「なに、もう満開になっているのか」

 土方さんに報告したら、思っていた通りの反応をした。

「やっぱり驚きますよね」

「いや、別に驚かないが」

 そ、そうなのか?

「今日、北見天満宮に人がたくさんいたので、中に入ったら、梅が満開でした」

「北野天満宮か。梅の名所だからな。どうだ? 一緒に見に行くか?」

 やっぱり誘われた。

「はいっ!」

 思っていた通りだ。

 それがなんか嬉しかった。


 北野天満宮に、今度は土方さんを連れて行った。

 相変わらず梅を見る人でいっぱいだった。

「さすが梅の名所だな」

 あまりの人の多さに土方さんが一言そう言った。

「満開ですからね。梅も咲いたと思ったらすぐ散ってしまうので、みんな急いで見に来るのですよ」

「なるほどな。そう言う考え方もあるのだな。でも、桜よりは散るのはゆっくりだぞ」

 桜は咲いたと思ったらすぐに散ってしまう。

「だから、梅が好きなんだがな」

 そうだったんだ。

「土方さんはきっと梅が好きなんだろうなと思っていましたよ」

「なんでだ?」

「俳句で梅の花のことを詠んでいましたから」

 私がそう言ったら、土方さんの顔から笑顔がすうっと消えた。

「お前、それをどこで見た?」

 いや、どこで見たと言われても。

 土方さんが見せてくれたと言っても信じないだろうしなぁ。

 なんせ、土方さん本人は酔っていたから記憶がないだろうし。

「いや、私が見るわけないじゃないですかっ! それに、見たって土方さんの字が読めませんから」

 土方さんの字は、ミミズがはっているような感じの字で、続けてグニャグニャッと言う感じで書くから読めないのだ。

「それもそうだな。そうだ、お前は文字を読めないんだったな」

 そう言いながら土方さんは笑っていた。

 もしかして、ばかにされているのか?


 北見天満宮の中を歩いていると、綺麗な女の人が目の前を通った。

「あ、土方はんやないの」

 その女の人は土方さんを見ると、そう言って近づいてきた。

「なんだ、お前も来てたのか?」

「梅が綺麗やから、見に来たんよ」

 綺麗な笑顔で女の人はそう言った。

「こちらは? またええ男を連れて歩いとるね」

 いや、男じゃなくて、女ですっ!

 って言いたかったけど、堂々と言うことが出来ないのが悔しい。

「こいつは、隊士だ。今は総司と一緒に一番隊にいる」

「そうなん? 今度連れてきてよ」

「そのうちな」

「土方はんはいけずやわ。そう言って全然来いへんのやから」

 向こうの方で、男の人は女の人を呼んでいた。

 それを見た女の人は、

「ほな、行きますわ。土方はん、待っとるからね」

 と、最後に綺麗な笑顔でそう言った。

 綺麗な女の人だったなぁ。

「誰なんですか?」

 自分の口調が、思いかけず怒っている口調になっていたので、自分で驚いた。

「ああ、島原の女だ」

 そ、そうなのか?

「芸妓さんですか?」

「いや、太夫だ」

 だ、太夫?

 太夫と言えば、島原の花魁のランクが一番上の人だ。

「なんで太夫なんて知っているのですか?」

「こう見えても、俺は人気があるらしいぞ」

 土方さんは、ニヤッと笑って言った。

 確かに、ラブレターとかまた大量にもらっているみたいだけど。

「あ、そうですか」

 ふんっ!それがどうしたって言うんだっ!

 なんかイライラするなぁ。

「あ、土方はんやないの」

 再び女性の声が。

 今度はかわいい女の人がいた。

「あっ、お前も来ていたのか?」

 なんだ、また女の知り合いか?

「土方はんは、男二人で梅を見とるんか? うちを誘ってくれたらええのに」

「誘おうと思ったのだけどな」

「いけずやわ。そんなこと、思っとらんかったやろ」

 かわいい女の人は、土方さんの肩を軽くたたいた。

 その仕草がまた女らしくてかわいかった。

 今度はどういう知り合いなんだ?

 この女の人も男の人と一緒に来ていたのか、他の男の人に呼ばれていた。

「土方はんが誘ってくれんから、他の人と一緒に来たんや。たまには顔出してや」

「わかった、わかった」

 土方さんは、手を振って追い返すようにしていたけど、顔は笑顔だったので、まんざらでもない様子だ。

「今度は誰なんですか?」

 また怒っているような声で質問している私。

「そう怒るなよ」

「怒っていないですよっ!」

 と言いつつ、なぜか怒っている私。

「あれは、祇園の女だ」

 さっきは島原で、今度は祇園か。

 土方さんが女性にモテるのはわかるけど……。

 ああ、なんでイライラしているんだ、自分。

「あら、土方はんやないのっ!」

 また女の声だ。

 今度の女性は強く土方さんの肩をたたく。

 どういう人か見たくもないけど、肩をたたく音がバシッ!と言い音がしたので、思わず見てしまった。

「あ、お、お前っ!」

 あ……こ、この時代にも……

「お前って、嫌な顔しはって、うちに会いたくなかったんやろ?」

 声が、一生懸命女性の声を出そうとしているのだろうけど、男性の声の裏返ったような声をしている。

 のどにはしっかりとのど仏が……。

 この時代にも、こういう男の人がいたのね。

 女の人と言った方がいいのか?要するに、女装をしている男性だ。

 男装をしている女性もいるのだから、逆もいるんだろう。

 思わず吹き出してしまった。

「お前、面白がってねぇで、何とかしろ」

 私に何とかしろって言われても……。

「お、面白がっていませんよ」

 いかん、また吹き出しそうだ。

「そうだ、こいつを紹介してやろう」

 土方さんがそう言って、私をその人の前に出した。

「うちは土方はんがいいのにっ! 他の人を紹介するなんてひどいわっ!」

 その人は、ガラガラ声で泣き出してしまった。

 黒い涙が出ているのは、気のせいか?

「わっ、な、泣くなっ!」

 土方さんは、その人の涙を必死に止めようとしたけど、泣き声は大きくなっていく。

「土方さんが悪いんですよ。女心を踏みにじるから」

 男心と言った方がよかったのか?

「ばかやろう、何が女心だ」

「ひどいっ! そんなことを言うなんてっ!」

 土方さんの言葉を聞いて、泣き声がヒートアップした。

 これは何とか泣き止ませないと。

 周りの人もこちらを見始めている。

「とにかく、泣くのをやめろ」

「これで涙をふいてください。せっかくのいい顔が台無しですよ」

 私がそう言って手拭いを出したら、

「おおきに」

 と言って、その手ぬぐいで涙をふいた。

 ついでに鼻までかまれた。

 その手ぬぐいを返してきたけど、鼻水つきはちょっと……。

「差し上げますから」

 と言ったら、

「おおきに。よう気がつく子や」

 と言ってくれた。

「土方はん、待っとるさかい、顔出してや」

「わかったから、早く行け」

 土方さんは手を振ってその人を追い返したのだった。

「どこで知り合ったのですか?」

「お前、顔が笑っているぞ」

「えっ、何言っているのですか。心配しているのですよ。こう見えても」

 半分以上は面白半分で見ていたのだけど。

「いったいどこで知り合ったのですか?」

「あれはだな、酔って記憶がなかった時のことだから覚えていない」

 そ、そうなのか?

「新八と飲んでいて、気がついたらあいつがいた」

 永倉さん……なんてナイスなことを……じゃなかった。

 なんてことをっ!


 しばらく土方さんと梅を見て歩いた。

「梅って、確か夏近くになると、実がなるのですよね」

 梅を見ながら私は言った。

「そうだ。そんなことも知らなかったとか?」

 それぐらい知っていますよっ!

「こんなに梅が咲いているのだから、実もたくさんなるのですよね」

「そりゃそうだろうな」

「梅酒を作って飲んだら美味しそうだなぁ」

「梅干しがたくさん作れそうだな」

 二人で声をそろえて、梅の使い道を言った。

「お前っ! 梅酒って、また飲むことばかり考えやがってっ!」

「土方さんこそ、梅干しって、漬物のことばかりじゃないですかっ! 塩分の取りすぎは、体に悪いですよっ!」

「酒よりましだっ!」

「梅干しより、お酒のほうがいいですよ。それに、ちゃんと土方さんの前で飲みますからっ!」

「そう言う問題じゃねぇだろう」

 しばらく言い合いをしてから気がついた。

 これは、北野天満宮の梅であって、私たちの梅ではないことを。

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