お正月の遊び
この時代のお正月は、信じられないことに十五日まである。
あきないのか?そう聞きたくなる。
誰かにそう聞いたら、
「面白いことを言うね」
と、いつも通り言われてしまった。
幸い、新選組のお正月は一日だけで終わった。
というのも、京の治安を乱す悪い奴にお正月と言うものはない。
と言う事で、そう言う奴を取り締まる新選組も、お正月気分をいつまでも味わっているわけにはいかず、二日からはいつも通りの巡察が始まった。
この日も藤堂さんと巡察をしていたのだけど、町はまだお正月一色だ。
「あ、こまをまわしているよ」
藤堂さんが子供たちの集まっている方へと近づいていった。
私も一緒に近づき、子供たちの間からこまをまわしているところを見てみた。
こまをぶつけ合って遊んでいるみたいだ。
そう言えば、こんな遊びも現代にあったよなぁ。
お師匠様の道場で子供たちの稽古をしたことがあるのだけど、その時に遊んでいたような?
あれは、確か……
「ベイブレードっ!」
そうだ、それだっ!
「蒼良、それは何なの?」
あ、この時代にはないですよね。
「私の時代でも、こういう遊びがあったなぁと思って」
「それがその……」
「べブレードですか?」
「そう、それなんだ」
そうです。
そう思いながらうなずいた。
「へぇ、蒼良の時代にも、こま回しがあるんだね。これは面白いからね」
そうなのか?やったことがないからわからないんだけど。
「久々にやってみようかなぁ。ちょっと貸してくれるかい?」
藤堂さんは近くにいた子供に声をかけた。
その子は笑顔でこまを貸してくれた。
こまとひもを貸してくれたんだけど、ひもなんて使うのか?
そう思いながら見ていると、藤堂さんが器用にこまにひもを巻き始めた。
そして、下に投げると、ひもがシュルッ!という感じで上に飛ぶように動いたと思ったら、下ではこまが回っていた。
しかし、他のこまにぶつかって止まってしまった。
「久々にやったから、負けちゃったよ」
それでも藤堂さんは楽しそうに言った。
「お兄ちゃんもやろうよ」
一人の子供が、私の袖をひっぱった。
えっ、私か?
「やろう、やろう」
いつの間にかこまを握らされていた。
初めてなんだけど、出来るかなぁ。
周りの子供たちのまねをしてひもを巻いてみた。
そして、みんな下に投げたので、私も下に投げたのだけど、ゴンッ!と音がして落ちただけだった。
一瞬の沈黙が訪れたのだった。
「もしかして、蒼良はやったことないとか?」
藤堂さんが小さい声でそう聞いてきた。
「ないです」
そう言うと、
「お兄ちゃんたちは忙しいから、またあとでね」
と子供たちにそう言った藤堂さんは、私の手をひいて、子供たちから離れた。
それからおもちゃ屋さんのようなところに行き、笑顔で出てきた藤堂さん。
「はい、蒼良」
そう言って渡されたものはこまだった。
屯所に帰って、部屋にある縁側でこまをまわす練習をしてみたけど、ゴンッ!という音を立てて落ちるだけで、全然まわってくれなかった。
意外と難しいんだなぁ。
「さっきから、ゴンゴン物を落として、何をやってんだ?」
土方さんがのぞきこんできた。
「おっ、こまか。懐かしいなぁ」
そう言いながら、土方さんも器用にこまにひもを巻き下に投げると、私が投げたこまと同じこまだと思えないぐらいにグルグルと回り始めた。
本当に同じこまなのか?
「お前、もしかして回せないとか?」
回せないですよっ!
「ま、これは女の遊びじゃねぇからな」
そ、そうなのか?
そう言えば、ベイブレードも男の子たちが遊んでいたよなぁ。
なんだ、別にできなくてもいいんじゃないかっ!
「女なら、羽子板だろう」
ああ、羽子板か。
「羽子板なら知っていますよ」
「あたりめぇだろうがっ! ばかにしてんのか?」
ばかにしていませんよ。
「でも、あれって飾り物じゃないのですか?」
ガラスケースに入っていて、綺麗な日本人形のような女の子が、綺麗な着物を着て飾られていたような感じがしたのだけど。
「羽子板市に売っている綺麗なやつは、飾り物にもなるだろう」
あれ?飾り物じゃなさそうだぞ。
「お前、遊んだことないのか?」
「あれって、遊ぶものなのですか? 飾り物だと思っていたので」
私がそう言うと、土方さんは無言で立ち上がってどこかへ行ってしまった。
どこへ行ったのだろう。
なんか悪いことでも言ったかなぁ。
しかし、すぐに戻ってきた。
しかも、羽子板を手にして。
土方さんの持ってきた羽子板は、木でできた飾りがあまりない羽子板だった。
「これが羽子板で、これをついて遊ぶんだ」
羽を指さして土方さんは言った。
バトミントンみたいなものなのか?
「羽子板で遊んだことがねぇって、考えられねぇな」
遊んだことがないのだから、仕方ないでしょう。
「とにかく、やってみた方がわかるから、やってみるぞ」
土方さんは羽子板をもって外に出た。
羽子板に羽が当たるとコンッ!と言い音がした。
しかし、外れると、
「よし、墨塗るぞ」
と言って、矢立から筆を出してきて、顔に書いてきた。
「お前の顔、真っ黒だぞ」
そうなのか?もう何回も書かれているから、真っ黒にもなるだろう。
そしてまた羽をついていると、今度は土方さんが珍しく外した。
「わーい、書きますよ」
「お前、嬉しそうだな」
「だって、初めてなので。目をつぶってください」
「なんで目をつぶるんだ?」
と言いながらも、目を閉じてくれた。
土方さんって、目を閉じてもなんかかっこいいなぁ。
「おい、いつまでつぶってればいいんだ?」
「あ、すみません」
そう言いながら、まぶたの上に目を書いたのだった。
目をつぶっていても、起きていると言う感じな落書き。
「いいですよ」
外に鏡があるわけじゃないから、自分の顔がどうなっているかなんてわからない。
しばらくやっていると、私もコツがつかめてうまくなってきたみたいで、土方さんがミスする回数が増えてきた。
土方さんがミスをすると、私が楽しそうに顔に書き、私がミスをすると、土方さんが楽しそうに書くと言う事が続いた。
「意外と楽しいな、これ」
「もしかして、土方さんも遊んだことがないのですか?」
「女の遊びをするわけねぇだろう」
そうなのか?
「お前がやったことがないって言うから、付き合っているだけだ」
そう言っている土方さんも楽しそうなんだけど。
「何してんだ? 二人で羽子板か? こまじゃなくて?」
そう言いながら外に出てきたのは、永倉さんだった。
そして、土方さんを指さして、プッと吹き出した。
「なんだっ!」
「土方さんの顔が面白くって。蒼良が書いたのか?」
「はい、寝ていても起きていますみたいな感じでかきました」
「へぇ、土方さん、目を閉じてみてくれ」
永倉さんに言われ、土方さんが目をつぶると、再び吹き出していた。
ちなみに、描いた自分も吹き出した。
「お前、人の顔に何を書きやがったっ!」
土方さんはそう言いながら、屯所の中に入って行った。
部屋に帰って鏡を見るのだろう。
もしかしたら怒られるかもしれない。
「蒼良の顔も真っ黒だぞ」
永倉さんにそう言われて気がついた。
そう言えば、私も何を書かれたのかわからないのよね。
急いで部屋に飛んでいくと、自分の顔を見て笑っていた土方さんがいたのだった。
「昼間は楽しそうだったね」
夜になり、巡察のことを報告しに沖田さんの部屋に行くと、昼間の騒動がここまで聞こえていたみたいで、そう言われた。
「ああ、羽子板をついたのですよ」
「蒼良、まだここに墨ついているよ」
えっ、まだついているのか?
なんか鏡で見たら、私の顔本当に真っ黒に塗りつぶされていたもんなぁ。
落とすのが大変だった。
ごしごしと袖でこすると、
「そんなこすり方をすると、傷がつくよ」
と沖田さんが言い、手ぬぐいをぬらしてきてくれた。
「ありがとうございます」
その手ぬぐいを受け取ろうと手を出したけど、
「どこについているかわからないでしょ」
と言ったかと思ったら、沖田さんの顔が近づいてきた。
そして、手拭いがアップになり、優しく顔をなでられる感触がした。
沖田さんの顔が近くて、なんか恥ずかしいので、目をつぶっていた。
しばらくするとなでられる感触が消えた。
「ありがとうございます」
そう言って目を開けると、まだ沖田さんの顔が近かったので、びっくりした。
「あ、目を開けちゃった」
開けたらいけなかったか?
「接吻をしようと思ったのに」
接吻って……キスか?
ええっ!
「冗談だよ」
そう言って沖田さんの顔が離れて言った。
なんだ、冗談か。
よかった。
「総司、いる?」
藤堂さんの声が聞こえてきた。
「あれ? 蒼良の顔が赤いけど、どうかしたの?」
藤堂さんが部屋に入ってくると、最初にそう言った。
「な、何でもないですよ」
「顔に墨がついていたから、ふいてあげてたけど、ちょっと力が強かったかな」
沖田さんがそう言うと、
「ちゃんと丁寧にやってあげないとかわいそうだよ」
と、藤堂さんが言った。
顔をふいてくれた時は、ものすごく丁寧で優しかったのだけど。
「で、何か用?」
沖田さんがそう言うと、
「別に用はないんだけど、どうしているかなぁと思ってきただけ」
と、藤堂さんが言って座った。
もしかして、藤堂さんも沖田さんの病気を知っているのかなぁ。
「そうだ。せっかく三人もいるし、お正月だから、双六をやろう」
そう言った沖田さんは、紙に絵を書いた物を広げてきた。
よく見ると、双六だった。
「僕が作ったんだけどね」
「すごいですね。ちゃんとした双六ですよ」
思わず私がそう言うと、
「蒼良は、双六は知っているんだね」
と、藤堂さんに言われた。
双六ぐらいは知っていますよ。
「さいころをまわして、出た数だけこまを進めるやつですよね」
「おお、知っている」
二人から拍手をもらってしまった。
もしかして、バカにされているのか?
「とにかく、僕の双六やろうよ」
と言う事で、沖田さんの作った双六をやった。
「どういうすごろくなのですか?」
さいころをふりながら聞くと、
「目指せ、局長」
と、一言沖田さんがそう言った。
「えっ?」
藤堂さんと声を合わせてそう言ってしまった。
よく見ると、池田屋事件とかあるよなぁ。
しかも、なぜか一回休みだし……。
「総司、事件があるたびに一回休みになっているよ」
「すぐにあがっちゃったら面白くないでしょ」
そ、そうなのか?
沖田さんの言う通り、このすごろくはなかなかあがらなかった。
こっちが根負けしそうな時に、沖田さんがあがった。
「僕が作ったのに、僕があがっちゃった」
と、楽しそうに言ったけど、もう誰が上がっても嬉しいという状態だった。
とにかく、無事に双六が終わったよかった。
「というわけで、僕は今日から局長だから」
えっ、そうなのか?




