恵方参り
西本願寺で無断で除夜の鐘をつき、お坊さんたちに追いかけられている間に私が江戸時代に来て三回目のお正月が明けた。
追いかけられている間に年が明けるって、今年はどういう年になるのよと言う不安がたくさんあった。
そんな不安もきっと恵方参りをしたら解消されるだろうと思い、南南東の方向にある神社へ恵方参りをすることになった。
藤堂さんの言う通り、伏見稲荷大社へ行くことになった。
屯所の玄関に出ると、江戸から一緒だったみんながいた。
このメンバーがそろうのってものすごく久しぶりだ。
「お、蒼良。明けましておめでとう」
永倉さんが声をかけてきた。
「おめでとうございます」
私は頭を下げた。
「新八に頭を下げなくていいぞ」
原田さんが私の頭をなでてきた。
「左之、なんだその言い方は」
「思ったとおり言っただけだよ」
「なんだとっ!」
永倉さんと原田さんがじゃれあっていると、斎藤さんが近づいてきた。
「新年が開けると同時にやらかしたらしいな」
な、なんで斎藤さんが知っているんだ?
「今日、坊主たちがえらい剣幕で乗り込んできたぞ」
土方さんからその話を聞いた。
「今年の除夜の鐘はえらい騒々しいなぁと思っていたら……」
そう言うと、クククと斎藤さんが笑い出した。
いや、騒々しくしようと思ってやったのでは……ま、こうなることは予想できていたけど。
「蒼良、おはよう」
沖田さんが後ろからやってきて、突然私の肩を抱き寄せてきた。
「お、おはよう……じゃないですよ。おめでとうございますですよ」
「そう言えば僕たち、新年の挨拶もしていなかったね」
沖田さんに耳元で言われた。
そう言えば、昨日会っていたし、一緒に年を明かしたのに、新年の挨拶をしていなかった。
それどころじゃなかったもんね。
「総司、お坊さんたちが朝から屯所に来ていたって」
藤堂さんが眠そうな顔をして沖田さんに言った。
そう言えば、昨日寝るのも遅かったよなぁ。
「だろうね。大騒ぎだったからね」
そう言った沖田さんは楽しそうだった。
「おい総司、いつまでそいつの肩に手をまわしてるんだ?」
土方さんが近づいてきて、私の肩の上にある沖田さんの手を持ち上げた。
「少しぐらいいいじゃん」
「なにが少しぐらいだっ! みんなそろったな。行くぞ」
「土方さん、まだ近藤さんがいませんよ」
近藤さんも連れて行かないとだめだろう。
せっかくこのメンバーがそろったのだから。
「近藤さんは、別宅で新年を迎えているからこっちには来ねぇよ」
そうなのか?別宅には確かお雪さんの妹がいるんだよね。
お雪さんと一緒に暮らしていたのに、いつの間にかその妹とできちゃう近藤さんって……。
ここにも来ないと言う事は、仲間より女を取ったのだよね。
ま、いいか。
「行くぞ」
土方さんのその声とともに歩き始めた。
一時間ぐらいで伏見稲荷大社に着いた。
「お前、初めて来るだろう?」
土方さんにそう聞かれた。
「いや、二回目です」
「誰と来たんだ?」
「山崎さんと一緒にきました」
「いつの間に……」
そんなに驚くことなのか?
土方さんは驚いている間にも、みんなお参りをし始めた。
「土方さん、置いて行かれますよ」
「ああ、わかった」
土方さんと一緒にみんなと合流した。
まず本殿にお参りをした。
今年はどんな年になるんだっけ?
確か、薩長同盟が結ばれる。
そして、長州征伐に出るんだけど、負けるんだよね。
後は、家茂公と孝明天皇が亡くなる。
ある意味歴史の分岐点になる年なのかもしれないなぁ。
「おい、いつまで願い事していやがる?」
えっ?顔をあげると、土方さんだけになっていた。
「安い賽銭でたくさん願い事をしやがって」
いや、まだ願い事はしていないぞ。
「行くぞ」
土方さんに手を引っ張られてしまった。
これじゃあ昨年と同じパターンじゃないかっ!
成長していないぞ、自分っ!
永倉さんと原田さんが騒いでいたので行ってみると、おもかる石を持ち上げていた。
このおもかる石、自分が予想していたより石が軽いと、その願いは軽くかない、重ければなかなかかなわないと言う物だ。
前来た時に、沖田さんの労咳の治癒をお願いしたけど、ものすごく石が重かった。
「重いぞっ!」
そう言いながらも、永倉さんは石を持ち上げていた。
「なにをお願いしたのですか?」
「今年こそ、女がほしいっ!」
永倉さんのその言葉にしーんとなってしまった。
「くだらない願い事するなよ」
原田さんが重そうに石をおろしている永倉さんに言った。
「いいだろう。俺の願い事だ」
た、確かに。
「でも重いと言う事は……」
「なかなか女が出来ないかもな」
思わず原田さんと顔を見合わせて笑ってしまった。
「人の願い事を笑いやがってっ! お前らもやってみろっ!」
永倉さんにそう言われた。
「私はこの前来た時にやったら、持ち上がらなかったので、いいです」
「それなら、前来た時と違う願い事をすればいいだろう」
永倉さんにそう言われ、あ、なるほどと納得をして石を持とうとした。
あ、その前に願い事。
何がいいかなぁ。
簡単なのにしてみようかなぁ。
よし、これで決まりだっ!
願い事を心の中で念じて石を持ち上げると……
「あ、この前より軽く感じます」
「と言う事は、この前何を願ったのか知らないが、その願い事よりかなうってことだろう。よかったな、蒼良」
永倉さんに背中をボンッ!と叩かれてむせそうになり、思わず石を落としそうになった。
「おい、蒼良が石をちゃんと置いてからにしろよ」
原田さんが永倉さんにそう言った。
私はそおっと石を置いた。
「ところで何をお願いしたんだ?」
永倉さんに聞かれた。
「それは、内緒です」
現代にみんなを連れて帰れますようにと言うお願いだったのだけど、そんなお願いを口に出すことはできないだろう。
「なんだ、ケチだな。教えろよ」
そんなことにケチも何もあるのか?
「永倉さん、願い事は口に出したらかなわなくなるのですよ」
「そうなのか?」
「新八は思いっきり口に出していたから、もうかなわないな」
「左之、嬉しそうにしているじゃないかっ! そう言うお前もこの石持ってみろっ!」
「よし、持ってやる」
原田さんが石を持ったら、なんと、持ち上がらなかった。
「左之は持ち上がらないじゃないか」
「うるさい、新八っ!」
石のご利益と言うか、こういう事が本当にあるのだなぁと実感したのだった。
「ところで、何をお願いしたのですか?」
「さっき、蒼良は願い事を口に出すとかなわないって言っただろう。だから内緒だ」
原田さんは、口に人差し指をあててそう言った。
なんだ、内緒なのか。
ケチだなぁ。
おみくじの売り場の前では藤堂さんと沖田さんが騒いでいた。
「あ、蒼良。蒼良もおみくじ引いてみなよ」
沖田さんにおみくじをすすめられた。
この時代にもおみくじってあったんだ。
「どんなおみくじですか?」
チラッと横から沖田さんのを見たら、隠されてしまった。
「人のを見るなんて、だめだよ」
そうなの?
「私は吉だったよ」
代わりに藤堂さんが見せてくれた。
なんだ、現代のおみくじとそんなに変わりはないぞ。
おみくじのひき方も同じみたいだし。
というわけで、私もおみくじをひいてみた。
「わーい、大吉ですよ」
「よかったね、蒼良」
藤堂さんは一緒に喜んでくれたけど、
「かわいそうに」
沖田さんにはそう言われた。
「な、なんでですか?」
「大吉が一番いいんだよ」
それ以上いいものがないだろう。
「蒼良は今が一番よくって、今後は悪くなると言う事だよ」
そ、そうなのか?
「だって、大吉よりいいものはないもんね」
た、確かにそうなんだけど……。
「総司、そういじけるなよ。凶をひいたからってさ」
藤堂さんが沖田さんの肩をたたきながらそう言った。
そ、そうなのか?
「蒼良、今笑ったでしょう?」
沖田さんにそう言われた。
「わ、笑っていま……プッ」
すみません、面白すぎてふいてしまいました。
「ひどいなぁ、蒼良は」
「総司だって、いじけて変なことを言わなければ笑われなかったのに」
藤堂さんはそう言いながらおみくじを木に結んだ。
木に結ぶところも一緒なんだ。
沖田さんはなぜか左手で一生懸命結んでいる。
「沖田さん、右手で結べばいいと思うのですが」
「蒼良、知らないの?」
な、何がだ?
「凶が出た時は、利き手と反対の手で結ぶと、修行をしたことになって吉になるんだよ」
そ、そうなのか?
思わず藤堂さんを見たら、藤堂さんはうなずいてくれたので、本当のことなのだろう。
初めて知った。
土方さんと斎藤さんを探しに千本鳥居の中を歩いた。
「じゃあ、頼んだぞ」
そう言う土方さんの声が聞こえた。
声のした方へ行くと、斎藤さんも一緒にいた。
「あ、二人ともいたのですね。そろそろここを出るそうです」
「そうか。わかった」
土方さんは斎藤さんに何を頼んでいたのだろう。
斎藤さんの方を何気なく見ると、目があった。
「さっきの話を聞いていたな」
斎藤さんにそう言われた。
「頼んだぞという言葉しか聞いてませんよ」
「聞いていたじゃないか」
そう言われると、聞いていたことになるのか?
でも、そこだけしか聞こえなかったぞ。
「なにを話していたのですか?」
斎藤さんに聞くと、
「聞きたいか?」
と言われた。
聞きたいかと言われると、聞きたくなるじゃないか。
「この後、屯所で年明けの宴会をするから、伏見で美味しい酒を調達して来いと言われたのだ」
そ、そうなのかっ!
「土方さんがそう言ってくれたんだ。礼なら土方さんに言え」
斎藤さんにそう言われ、少し先を歩いていた土方さんに
「ありがとうございますっ!」
と、元気よくお礼をした。
「な、何がだ?」
突然お礼を言われたので驚いた土方さん。
「宴会で伏見の美味しいお酒をごちそうしてくれるそうで」
「お前っ! 頭の中は酒しかねぇのか?」
あれ?斎藤さんがそう言ったんだぞ。
斎藤さんを見ると、おなかを抱えて笑っていた。
もしかして、だまされた?
「今年は、お前に禁酒を言い渡すぞっ!」
「ええっ、そんなっ! 私、酔いつぶたり暴れたりして迷惑かけてませんよ」
「女が水のように酒を飲むもんじゃねぇだろう」
今は男も女も関係ないのに。
「迷惑をかけていなくてもお前は禁酒だっ!」
ええっ、そんなっ!
「わかりましたっ! 土方さんに内緒でこっそり飲みますからねっ!」
「それはもっとたちが悪いだろうがっ!」
「禁酒だから、土方さんの前で飲めませんからっ!」
「わかった。俺のいない所で飲むなっ! わかったな」
これって、禁酒令がちょっとゆるくなったのか?
「わかりました」
土方さんのいないところで飲んだって、わかりゃしないから、楽勝だ。
「お前のことだから、どうせ飲むのだろう?」
斎藤さんが耳元でそう言ってきた。
「当たり前じゃないですか」
そう言ったら、また笑われてしまった。
ところで、斎藤さんと土方さんは何を話していたのだろう?
それからみんなで屯所に帰った。
屯所ではすでに宴会が始まっていた。
その中に入ってお酒を飲んだ。
「蒼良ももう21歳だな」
源さんがお酌をしてくれた。
この時代はお正月にいっせいに年を取る。
そうか、もう21歳か。
この前まで18歳だと思っていたのに。
「そう言えば、源さんは伏見稲荷大社にみんなで行った時にいなかったですね」
源さんにお酌をしながら、いなかったことに気がつき、聞いてみた。
「昨日の除夜の鐘がやかましくて寝れなかったんだ。だから寝不足で一緒に行けなかったんだ」
昨日の除夜の鐘って……
「西本願寺のですか?」
「そうそう。あの坊主たち、日頃のうっぷんを晴らそうとしてあんなに鐘をついてたんじゃないのか」
すみません、あの鐘をついたのは、私たちです。
でも、そんなことを言えないので、
「源さん、飲んで飲んで」
と、お酌をしてごまかしたのだった。




