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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応元年12月
239/506

除夜の鐘を鳴らせ!

 今年最後の稽古が終わったのは、大みそかだった。

 後はおそばを食べて寝れば新年だ。

 その前にやらなければいけないことがある。

 沖田さんに稽古の報告に行かないと。

 報告を忘れるとすごいいじけるんだよなぁ。

 でも、ほとんど屯所の部屋にこもっているから、報告を忘れただけでいじけたくなる気持ちも分かる。

 仕方ないか。

「沖田さん、入りますよ」

 部屋の襖を開けたら、沖田さんがいなかった。

 どこに行ったんだ?部屋にこもっているはずなんだけど。

「沖田さん?」

 部屋の中に入って呼んでみた。

 押入れに隠れているなんてないよね。

 一応押入れも開けて見たけど、いなかった。

 いったいどこに行ったんだ?

「あ、蒼良そら来ていたの?」

 押入れを開けて閉めた時に、沖田さんが部屋に帰ってきた。

「どこに行っていたのですかっ!」

 こもっていたんじゃないのか?

「ちょっと厠までね」

 なんだ、トイレに行っていたのか。

「京の街中にある厠ね」

 えっ?

「沖田さん、厠なら屯所にもありますよ」

「それはわかっているよ。街中の厠に行きたくなったんだよ」

 要するに、京の街中を歩いていたと言う事か。

「稽古終わりましたが」

 街中あるく元気があるなら、稽古に来いっ!

 でも、沖田さんの稽古って厳しいんだよな。

 沖田さんは自分を基準にして稽古をする。

 もちろん、沖田さんはすごい剣豪なので、それが基準になると、普通の人たちはできないことが多い。

 ほとんど稽古にならないと思う。

「あ、ご苦労様」

 沖田さんは、報告に来た私に一言そう言った。

「総司、いる?」

 沖田さんと話をしていると、藤堂さんが部屋に来た。

「平助、どうしたの?」

「あ、蒼良もいたんだ」

 藤堂さんが、私の方をチラッと見て言った。

「藤堂さん、いいお年を」

 私はお邪魔になるかなと思い、沖田さんの部屋を後にしようとしたら、

「蒼良もここにいてほしいんだけど」

 と、藤堂さんに言われた。

 なんだろう?

「恵方参り行くでしょ?」

 藤堂さんが、私と沖田さんの方を見ながら言った。

 この時代、初詣と言うものはなく、その代わりにその年のいい方向にある神社にお参りする恵方参りと言うものがある。

「来年はどこになりそう?」

 沖田さんが聞いてきた。

丙寅ひのえとらの方向だよ」

 藤堂さんが普通にそう言った。

「丙寅ってどっちの方向ですか?」

 私がそう聞くと、

「しらないの?」

 と、二人から声をそろえて言われた。

 知らないから聞いているんだけど。

「あっちの方向かな」

 藤堂さんが指でその方向をさした。

 南南東か?

「あっちの方向なら、伏見の方だね」

 沖田さんが藤堂さんの指さした方向を見てそう言った。

「伏見なら、伏見稲荷ですかね」

 私が言ったら、

「ああ、そうだね」

 と、二人が声をそろえて言った。

「じゃあ、伏見稲荷だね」

 藤堂さんがそう言って立ち上がったので、私も

「明日は伏見稲荷ですね。わかりました」

 と言って立ち上がった。

「ちょっと待って。恵方参りの前にやることがあるでしょ」

 沖田さんがそう言って、私たちを止めた。

「何ですか?」

 私が聞くと、

煩悩ぼんのうを落とさないとね」

 えっ?

「ああ、除夜の鐘だね」

 藤堂さんがそう言った。

 除夜の鐘か。

 確か、108回つくんだよね。

「蒼良も除夜の鐘は知っているんだ」

 沖田さんがそう言ってきた。

「除夜の鐘ぐらいは知っていますよ。で、その除夜の鐘がどうかしたのですか?」

「近くにあるのに、つかない手はないでしょ」

 も、もしかして……

「ここの鐘をつくつもりなのですかっ?」

 思わず大きな声で聞いてしまった。

 その後、しいっ!と言われたけど、変なことを言い出す沖田さんが悪い。

「総司、ただでさえ、私たちは邪魔者扱いなんだよ。除夜の鐘をつかしてくれるわけないじゃないか」

「平助、つかせてもらおうなんて思っていないよ」

 えっ、と言う事は……

「無理やりついちゃおうとか考えているのですか?」

「さすが蒼良、勘がいい」

 こんなことで褒められても嬉しくないわっ!って、本気で考えているのか?

 西本願寺に屯所を置いているのだけど、これだって私たちがおしかけて無理やり屯所にしたようなものだからね。

 藤堂さんの言う通り、邪魔者扱いされているんだからね。

 その証拠に、西本願寺の中に柵が作られて、ここから向こうは新選組と言う感じになっているし、ちょっとでも何かあるとすぐ文句を言われる。

 豚とか飼い始めた時だって文句を言われた。

 そんな状態なのに、無理やり鐘をついた日には……。

 たくさんのお坊さんに追いかけられる姿を想像してしまった。

「やっぱり、やめたほうがいいですよ。除夜の鐘ならよそでいくらでもつけますよ」

「蒼良の言う通りだよ、総司、やめたほうがいい」

 藤堂さんも、私と同じことを言っている。

「でもさ、僕はここの鐘をつきたいんだよ。ここで鐘をついて煩悩を落としたいんだよ」

「ここじゃなくても、よそでも充分落ちますよ」

 私はそう言ったけど、沖田さんは言うことを聞きそうにない。

「ここでつくと決めたんだっ! 絶対につくっ!」

 こうなった沖田さんを誰も止められない。

 最終的に私と藤堂さんが、

「わかったよ。そうしよう」

 と言う事になってしまった。

「よし、さっそく作戦会議だね」

 沖田さんは楽しそうにそう言った。

 ちなみに作戦だけど、除夜の鐘をつくのは、大みそかのうちらしい。

 そして、最後の一つを年明けにつくらしい。

 ここで108回も鐘はつけないと思うけど。

 つくまでにお坊さんに追いかけられそうだわ。

 話がそれたけど、除夜の鐘をつく時間になったら、こっそり鐘に近づいてつくと言う、ものすごく簡単な作戦だった。

「お坊さんに見つかったらどうするのですか?」

「蒼良、絶対に見つかるに決まっているじゃないか。だって、鐘をつくんだよ。音が出ちゃうもん」

 藤堂さんの言う通りだ。

「見つかったら、逃げる」

 沖田さんはそう一言言った。

「ものすごい簡単な作戦ですね」

 作戦って言うのか?

「ほめてくれてありがとう、蒼良」

 いや、ほめたんじゃないからねっ!


 そろそろ年が明けそうだぞという時間、屯所の玄関に集合した。

「よし、行こう」

 私たちの顔を見て嬉しそうに沖田さんが言った。

 外に出ると、シーンとしていた。

 遠くの方から読経の声が聞こえてきた。

 きっと年が明けるからお経を読んでいるのだろう。

 その読経の声を聞きながら、私たちは西本願寺と新選組とを分ける柵をこえた。

 とうとう柵をこえちゃったよ。

「この歩く音が意外と耳にさわるね」

 沖田さんが歩きながらそう言った。

「ああ、玉砂利を踏む音だね」

 藤堂さんはそう言いながら、ジャリッと玉砂利を踏みつけて歩いた。

「これって泥棒避けになるのですよ」

 私が言うと、二人から

「えっ?」

 と言われてしまった。

「ほら、歩くと音がするじゃないですか。だから、泥棒が嫌がるらしいですよ」

「なるほど、それじゃあ龍安寺りょうあんじの石庭も、泥棒避けなんだ」

「沖田さん、それは違うと思うのですが……」

 あれは芸術だろう。

 確かに、玉砂利で綺麗になっているけど、泥棒避けじゃないと思うぞ。

 そんな会話を聞いて、藤堂さんは楽しそうに笑っていた。


 読経をしている本堂の前を通った時は、見つかるかもしれないと思い、ものすごく緊張したけど、お坊さんたちは読経の方に集中しているらしく、見つかることはなかった。

「ついた」

 沖田さんが、鐘の前でそう言った。

 なんか、あっさり着いちゃったよな。

「で、いつつくの?」

 藤堂さんが沖田さんに聞いた。

「他の寺から除夜の鐘が聞こえてきたらつこう」

 ずいぶんといい加減な時間の決め方だなぁ。

 というわけで、他の寺の除夜の鐘の音が聞こえるまで無言で待った。

 しばらくすると、ゴーンと遠くから聞こえてきた。

「よし、つこう。見つかるまでにたくさんつきたいから、ついたらすぐ交代ね」

 そ、そうなのか?

 交代しやすいように、三人で横に並んだ。

 最初は沖田さんがついた。

 ゴーンッと鐘の音が響き渡った。

「早く早くっ!」

 沖田さんにせかされ、鐘の音の余韻に浸る間もなく、藤堂さんがつき、私もついた。

 きっと私たちがついた鐘の音は、ゴーンゴーンゴーンと、せわしないものなんだろうなぁ。

 とにかく見つかるまでにたくさんつきたいと言う事で、このペースでついていった。

 一人五回ぐらいついた時だろうか。

 本堂の方角がにぎやかになってきた。

「見つかったらしいぞ、逃げろっ!」

 沖田さんがそう言って鐘のある塔のようなところから降りた。

 ここも早く降りないと、降り口が一カ所しかないので、そこにお坊さんたちが集まると、逃げ場所が無くなっていしまう。

「蒼良、大丈夫?」

 藤堂さんが、急な階段を下りているときに声をかけてくれた。

「大丈夫です」

 そう言ったけど、藤堂さんが手を出してきてくれた。

「ありがとうございます」

 私たちが下に到着すると、私たちの方へすごい怒っている顔をして向かってくるお坊さんたちが見えた。

「見つかっちゃった」

 沖田さん、鐘をつけば見つかるだろう。

 大きな音が出るんだから。

「新選組の奴らだっ!」

 そう言う声が聞こえてきた。

「ばれちゃったね」

 ばれちゃったねって、私たちぐらいしかいないだろう。

 こんなことをやるのって。

「とにかく逃げよう」

 藤堂さんがさりげなく、私の手を引いてくれた。

 三人で必死に逃げた。

 玉砂利に足を取られそうになったけど、それでも必死に逃げた。

 捕まったら大変なことになりそうなことだけはわかったから。

 お坊さんたちも必死になって追いかけてくる。

 自分たちの嫌いな新選組が除夜の鐘をついていたんだから、そりゃ必死になって追いかけるよね。

 ようやく、新選組の屯所の場所を示す柵が見えてきた。

 あの柵をこえたらお坊さんたちは追いかけてこない。

 だって、屯所に入るだけでも汚れると思っているのか、今まで中に入ってきたことはないからだ。

 私たちは無事に柵の中に入った。

「ここまでくれば大丈夫」

 藤堂さんが笑顔でそう言った。

「あ、平助。いつの間に蒼良と手をつないでいたの? ずるいや」

 こんなことにずるいも何もあるのか?

 お坊さんたちが柵に追いつき、悔しそうな顔をしていた。

 沖田さんはべーっと舌を出していた。


「アハハッ! そう言う事か」

 土方さんは新年早々大笑いをしていた。

 やっぱり、新年早々お坊さんたちが文句を言いに来たらしい。

 それはもちろん昨日のこと。

 そして私に、

「うちの隊士が勝手に除夜の鐘をついたと文句を言いに来たが……」

 と、言ってきたのだ。

 隠していても仕方ないので、土方さんに昨夜のことを全部話した。

 そしたら、大笑いをされてしまったのだ。

「先に除夜の鐘をつかれたら、そりゃ怒るわな」

 土方さんは、まだ笑っていた。

「笑いごとじゃないですよ。追いかけられて大変だったのですよ」

「でも、よくやった。いつも俺たちのことを邪険な目で見てくるから、今に見てろよとは思っていたんだ」

 そうだったのか。

 まさか褒められるとは思わなかったな。

「それなら、今度の年末は土方さんも一緒に仲間に入りますか?」

 私は、もうあんな思いはごめんだけど。

「俺が加わって一緒になって除夜の鐘ついたら、今度は近藤さんが文句を言われるだろうが」

 そうなのか?

「でも、来年も鐘をついていいぞ」

 と言われた。

 本当にいいのか?

 逃げるときは、捕まった時のことを想像して怖かったけど、鐘をついた時は楽しかったよなぁ。

 

 新年の挨拶をしに、沖田さんの部屋に行った。

 藤堂さんも来ていて、お互い挨拶をすますと、なぜか三人で顔を見合わせて笑ってしまった。

「今年の年末もやろうか?」

 沖田さんが楽しそうにそう言った。

 今年はなにがある年なんだろう?

 確か、家茂公と孝明天皇が亡くなる。

 薩長同盟もそろそろ結ばれるんじゃないか?

「今年は大変な年になりそうですよ」

 思わず言ってしまった。

 この二人は、私が未来から来たことを知っている。

「えっ、そうなの?」

 藤堂さんが心配そうにそう言った。

「でも、僕たちはここにいるでしょ」

 沖田さんがそう言ってきたので、私はうなずいた。

 伊東さんもまだ新選組にいる。

「それなら、また鐘がつけるよ。今年の年末、やるからね」

 沖田さんは楽しそうにそう言った。

 私と藤堂さんも笑顔でうなずいたのだった。

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