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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応元年11月
231/506

斎藤さんの罰ゲーム

 一番隊の隊士たちと一緒に稽古をしていた。

 沖田さんは、体調がいいと出てきて稽古をしてくれるんだけど、今日は来なかった。

 具合悪いのかなぁ。

 後で部屋に行ってみよう。

 そして稽古も終わり、道場を片付けていたら、斎藤さんがやってきた。

「あ、斎藤さん。道場使いますか?」

 私がそう聞いたら、無言でうなずいて竹刀を取った。

 私の横を通り過ぎると、無言ですぶりを始めた。

 斎藤さんは、新選組の中では沖田さんの次に強い、いや、同じぐらい強い?と言われているぐらい強い。

 沖田さんの稽古は、自分を基準にして教える。

 沖田さんが普通の人なら別にいいのだけど、沖田さんはものすごく強いので、それを基準にされると、私たちはとっても困る。

 なんでできないの?ってすぐ言ってくるけど、そんなものできるかっ!と言い返してやりたいぐらいだ。

 それに比べて、斎藤さんの稽古って、どうなんだろう?

 すぶりをしている斎藤さんを見ながら考えていた。

「斎藤さん、暇ですか?」

 すぶりをしているから暇なのかな?

「なんだ?」

 冬なのに、すぶりをしている斎藤さんから汗が出ていた。

「稽古をしてもらいたいのですが」

「今さっきまでしていただろう」

「斎藤さんに稽古してもらいたいなぁと思ったので」

 私がそう言うと、斎藤さんは素振りをやめた。

 手ぬぐいで汗を拭いた後に笑顔になり、

「わかった」

 と言ってくれた。


 斎藤さんの稽古は、無口な斎藤さんらしく口は少なかったけど、自分のためになる稽古だった。

 そして、その稽古からも、斎藤さんの強さがわかった。

 そろそろ稽古が終わるころに、斎藤さんは信じられない一言を言った。

「よし、どれだけ上達したか知りたいから、俺と手合せしろ」

 簡単に言えば、試合をしろと言う事で。

 それぐらいならいいかなぁと思ったので、

「わかりました」

 と、返事をした。

 絶対に斎藤さんが勝つ試合になりそうなんだけどね。

「ただの手合せじゃつまらんな。よし、俺が勝ったら、お前は俺の言う事を聞く。お前が勝ったら、俺がお前の言うことを聞くでどうだ?」

 えっ?それは、絶対に斎藤さんが勝つと思いますが……。

 そして、私が斎藤さんの言う事を聞くことになると思うのですが。

「それって不公平じゃないですか?」

「どこか不公平なんだ?」

 思いっきり不公平だろう。

 絶対に斎藤さんが勝つこの試合。

「ハンデをつけましょう」

「はんで?」

 あ、この時代にはそう言う言葉はないよね。

 どうやってごまかそうかと思っていたら、ちょうどいいタイミングで奥から永倉さんがやってくる気配がした。

「永倉さんっ! 早く早くっ!」

 道場から顔を出して永倉さんを呼んだら、

「なんだ、なんかあったのか?」

 と言いながら、永倉さんは小走りで来てくれた。

「あれ? 斎藤がいる。何かあったのか?」

「斎藤さん、永倉さんと一緒になら試合してもいいですよ」

 斎藤さん対私と永倉さん。

 これをハンデと言うのだ。

 永倉さんも新選組の中では五本の指に入るぐらいの強さがあるので、勝てるだろう。

蒼良そら、それはちょっとずるくないか?」

 えっ、ずるいか?

「武士としてどうかと思うぞ」

 永倉さんにそう言われてしまった。

「でも、斎藤さんは強いんですよ。それに、斎藤さんが勝ったら、私が斎藤さんの言う事を聞くことになっているんです。だから、助けてくださいよ」

「俺は別にかまわないが。戦う相手が何人増えようが同じだから」

 そ、そうなのか?さすが斎藤さん。

「そう言う理由があるなら、仕方ないな。蒼良を助けると思って協力してやるよ」

「ありがとうございますっ!」

 というわけで、斎藤さん対永倉さんと私の試合が始まった。


 斎藤さんと永倉さんはほぼ互角だった。

 問題は私。

 永倉さんと斎藤さんが戦っている間に、私が竹刀を入れるのだけど、すぐに斎藤さんに払われてしまう。

 最後の方には、

「永倉さん、頑張ってください」

 と、永倉さんの応援をしていた。

 もう、私は邪魔になってしまうので、ここは素直に応援したほうがいいだろう。

 永倉さん、本当に頑張ってくださいっ!


 心を込めて応援をしたのだけど、結果は……

「蒼良、すまんっ!」

 と、永倉さんが謝ってきた。

 そう、永倉さんが負けてしまった。

 結構いいところまでいっていたんだけどなぁ。

「いいですよ。永倉さんが頑張ってくれただけでありがたいです」

 ずるくないか?なんて言いつつも、斎藤さんと試合してくれた永倉さん。

 それだけでもありがたいのだ。

「でも、斎藤の言うことを聞かなければいけないんだろ?」

「斎藤さんだって、変なことは言ってこないですよ」

 と思うのですが……。

「おい」

 永倉さんの後ろから、斎藤さんの声が聞こえた。

「俺の勝ちだから、俺の言う事を聞け。明日、屯所の門で待っていろ」

 そう言って、斎藤さんは道場を後にした。

「蒼良、本当に悪かったな」

 永倉さんが、本当に申し訳なさそうな感じで謝ってきた。

「大丈夫ですよ」

「でも、斎藤のことだから、何言ってくるかわからないぞ」

 え、そうなのか?

「蒼良、本当にごめんな」

 いや、もうそれ以上謝らないでくれ。

 何言われるかものすごく気になるじゃないかっ!


 次の日、斎藤さんに言われたとおり、屯所の門の前で待っていた。

 今日は曇り空でまた雪が降りそうだなぁ。

 そんなことを思いながら空を見上げていると、

「待たせたな」

 と言って、斎藤さんが来た。

「寒かっただろ?」

 斎藤さんが優しいぞ。

 驚いて、斎藤さんの顔を見てしまった。

「なにを驚いている。行くぞ」

 優しくされると、その罰ゲームの中身が余計に怖くなってくるのは、気のせいか?

「置いてくぞ」

 少し離れたところで斎藤さんに言われてしまった。

「あ、すみませんっ!」

 私は、あわてて斎藤さんを追いかけて行った。


 京の街中を通り過ぎ、ついたところは、伏見にある御香宮神社ごこうのみやじんじゃと呼ばれるところだった。

「ここの水がうまいらしいぞ」

 斎藤さんはそう言いながら、御香水と呼ばれている湧き水を飲んでいた。

 私も恐る恐る飲んだ。

「本当においしいですね」

 それにしても、罰ゲームはいつやるんだ?

「水がおいしいところは、酒もうまいからな。楽しみだ」

 そ、それは楽しみですっ!なんか、罰ゲームどころの騒ぎじゃないのですが……。

「お前も酒は好きだろう。一緒に飲むぞ」

 本当に一緒に乗んでいいのかなぁ。

 斎藤さんがおいしそうに飲んでいるのを横でじいっとながめるのが罰ゲームかと思っていたけど、そうでもなさそうだしなぁ。

「斎藤さん、罰ゲ……いつ言うことを聞けばいいのですか?」

 それを先に聞いておいたほうがいい。

 安心したいのよ。

「もう言うことを聞いているだろう」

 えっ?そうなのか?

「こうやって俺の後についてきて、一緒に伏見にいるだろう」

 じゃあ、今ここにいるのが……そうなのか?

「それだけでいいのですか?」

「なんだ、何か不満なのか?」

 斎藤さんにそう言われ、ブンブンと首を振った。

 不満なんてとんでもない。

 これで言うことを聞いていることになるのだったら、こんないいことはない。

 おまけに、美味しいお酒も待っているらしいぞ。

「急に笑顔になったな」

 斎藤さんも笑いながら言った。

 いやぁ、何されるかとかまえていたから、なかなか楽しむことが出来なくて。

 やっと楽しむことが出来そうだぞ。

 

 ちなみにこの神社、徳川家の人たちがここの水を産湯に使ったり、豊臣秀吉が、伏見城内にこの神社を移動したのだけど、家康が元の場所に戻したりと、徳川家に縁がある神社なんだけど、鳥羽伏見の戦いでは薩摩軍の本陣になるんだよね。

 なんで薩摩軍の本陣になったんだろう?

 そんなことを思いながら参拝したのだった。


「ええっ! 泊まるのですか?」

 伏見の宿の前で私が叫ぶように言った。

「当たり前だろう。うまい酒を飲むなら、ゆっくりしたいからな」

 と、泊まるなんて聞いてないぞ。

 うまいお酒飲んでゆっくりしたけど……。

「嫌だとは言わせないぞ」

 そ、そうなのか?

「お前は、俺との手合せで負けたんだ。しかも永倉まで用意しておいて負けたんだからな。約束は覚えているだろ?」

 うっ、それを言われると弱い。

「わ、わかりましたよ」

 私も斎藤さんの後について宿の暖簾をくぐった。


「お酒、美味しいですね」

 最初はどうしよう?と思ったけど、一口飲んだお酒が美味しかったから、ま、いいかと思うことにした。

「そんなめんどくさいことをせずに、直接飲め」

 斎藤さんは、直接お銚子に口をつけて飲んでいた。

「なんかお行儀が悪いじゃないですか」

「いまさら何言ってんだ。何回もそうやって飲んでおいて」

 た、確かに。

 というわけで、私もお銚子から直接飲んだ。

「今日はどうだった?」

 斎藤さんが、お酒を飲みながら聞いてきた。

「楽しかったです。ありがとうございます」

「お前と来たかったんだ、ここに。でもどうやって誘えばいいかわからなかった」

 そうだったのか?だから、手合せをして勝ったら云々って言っていたのか?

「直接、普通に誘ってくれればよかったのですよ」

 勝ったら云々だったら、何されるか不安でたまらなかったぞ。

「おまえが俺の誘いに付き合うか?」

「当たり前じゃないですか」

「泊まりでもか?」

 そこで思わず固まってしまった。

 いや、泊りだったら考えちゃったかなぁ。

 その様子を見て斎藤さんは笑っていた。


 過去に、斎藤さんを酔いつぶしたことがあったので、今日は酔いつぶさないように気を付けていた。

 つもりだった。

 帰る前まで普通に飲んでいたのに、帰るとき立ち上がったら、なんと斎藤さんがふらついていたのだ。

 そんなに飲ませたつもりは……。

 そう思ったけど、部屋中に散らばっている大量のお銚子が目に入った。

 結構飲ませちゃったかな?

「斎藤さん、しっかりしてください」

 私は斎藤さんを支えて歩いた。

 斎藤さんの足元はおぼつかなかったけど、私が支えたらなんとか歩ける状態だった。

 お酒を飲んだ料理屋さんと、今日泊まる宿が近かったのも幸いした。

 宿に入り、部屋に行くとすでに布団が敷いてあった。

 斎藤さんを支えたまま、足で掛け布団をめくった。

「斎藤さん、お布団に着きましたよ」

 そう言って布団に寝かせようとしたら、斎藤さんに引っ張られ、私も一緒に布団に寝っ転がってしまった。

 早くどかなくちゃ。

 そう思って体を起こそうとしたら、

「蒼良」

 と、私を呼ぶ斎藤さんの声がした。

 それと同時に、私の背中に斎藤さんの腕が回り、抱きしめられてしまった。

 脱出できないじゃないかっ!

 動いても、斎藤さんの腕の中から出ることはできそうにない。

 どうしよう?なんかドキドキしちゃって寝れないじゃないかっ!

 と、最後に思った記憶はある。

 そう、気がついたら夜は明けていたのだった。

 夜が明けても、斎藤さんに抱きしめられたままだった。

 こんな状態でも寝れる私って……。

「斎藤さん、朝ですよ」

 顔を上に向けると、斎藤さんの寝顔があった。

「朝ですよ」

 もう一回言ったけど起きなかった。

 くすぐれば起きるか?

 そう思い、斎藤さんに抱きしめられて埋もれていた自分の腕を引っ張り出し、斎藤さんの脇の下をくすぐってみたけど、余計に強く抱きしめられてしまった。

 朝なんだけどなぁ。

 でも、斎藤さんの体って温かいなぁ。

 こうやって抱き合って寝ると温かいんだなぁ。

 って、何考えてんだっ、自分っ!

 独りで照れたりしている間に、再び睡魔に襲われたのだった。


「おい、いつまで寝てんだ?」

 斎藤さんの声が私の耳のそばでした。

 なんで声がこんなに近いんだ?あっ!そうだ、私っ!斎藤さんに抱きしめられたままだった。

 慌てて目を開けると、斎藤さんと目があった。

 その顔が近かった。

「やっと起きたか」

 いや、私の方が一応先に起きて、斎藤さんを起こしたのですからね。

「お前の体は温かいな。ずうっとこうしていたいな」

 確かにお互い温かくていいと思うのだけど、でも、ずうっとこうしていたら、トイレとか行けないじゃないか。

「斎藤さん、朝ですから」

 私はそう言ったけど、

「もう少しだけ」

 と、斎藤さんが言ったので、少しぐらいならいいかなぁと思い、しばらくそのまままでいた。

 温かいから、再び睡魔に襲われかけた時、

「もう起きないとな」

 と言って斎藤さんが起き上がった。

 やっと斎藤さんから解放された。

「今朝はずいぶん冷えるな」

「本当ですね」

 斎藤さんの言う通り、今日はずいぶんと冷え込んでいる。

 障子を開けて、雨戸を開けると、目の前の景色は銀世界だった。

「雪ですよっ!」

「お前は、嬉しそうに言うなぁ」

 まぶしいものを見るような眼をして、斎藤さんは私の横に立ち、一緒に雪を見た。

「もう一泊かもな」

 ええっ、そうなのか?

「この雪では歩けないだろう」

 た、確かにそうなんだけど……。

「土方さんが心配していると思うのですが」

 いつも通り黙って出てきちゃったもんなぁ。

 まさか泊まるとも思っていなかったし。

 そう言ったら、突然、斎藤さんに抱きしめられた。

 な、なんだ?

「忘れろ」

 えっ?

「土方さんのことは忘れろ」

「そ、そんなこと出来ないですよ。ただでさえ存在感がある人なんですから」

「土方さんのことを好きなのか?」

 好きって言うと?友達としてか?いや、友達とかそう言う感じじゃないよな。

「男として、土方さんを好きなのか?」

「いや、そう言うんじゃないんですが……」

 と言っている自分がなぜか悲しかった。

 なんで悲しいんだ?

「ならいいだろう」

 斎藤さんはそう言って、抱きしめる腕に力を入れた。

「今だけでいいから、忘れろ」

 わ、忘れていいのか?そんなことを思いながら、斎藤さんに抱きしめられていた。


 この日はまたお泊りか?土方さんにどう言おうか?とか色々悩んでいたら、雪が冷たい霧雨のような雨に変わった。

 雨で少しだけ積もった雪もとかされ、何とか帰れそうだぞという雰囲気になってきた。

「帰るぞ」

 斎藤さんがそう言ったので、帰るしたくをして宿の外に出ると、斎藤さんが傘をさしていた。

「一本しかなかったから、これで二人で入って帰るぞ」

 傘の中に入ると、斎藤さんは肩に手をまわしてきた。

「俺の方によれ。じゃないとぬれるぞ」

「はい。じゃあ遠慮なく」

 私は斎藤さんに近づいた。

 斎藤さんは片手で傘を持ち、片手を私の肩に回していた。

 周りの人たちの視線が少し気になった。

 はたから見れば、男二人が寄り添って傘さしているように見えるからね。

「なんか視線が気になりますね」

「気にするな。見たい奴は好きに見ればいい。見せつけてやるぐらい見せてやれ」

 え、そ、そうなのか?

 そうやって、無事に屯所に帰ってきたのだった。

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