会津藩邸へお使い
土方さんに呼ばれたので、近藤さんの部屋である局長の部屋に行ったけど、いなかった。
どこに行ったんだろう?人を呼んどいて。
「あ、蒼良」
近藤さんの部屋でイライラしていたら、藤堂さんが来た。
「土方さんなら、自分の部屋にいるよ」
えっ、そうなのか?
「私も呼ばれ部屋に行ったのだけど、蒼良がなかなか来ないから探しに行ってくれと言われて探してたんだけど、やっぱりここにいたんだね」
なかなか来ないって、代理局長をしている土方さんに呼ばれたら、近藤さんの部屋である局長の部屋に行くだろう。
なんで自分の部屋にいるんだ?
「土方さんが待っているから、一緒に行こう。近藤さんの部屋にいたって言ったら、許してくれるよ」
そうかなぁ。
「とにかく行こう」
藤堂さんに手を引かれて、土方さんの部屋に行った。
「遅かったな」
ムスッとした顔で土方さんが言った。
「なんでここにいるんですか? 私はてっきり近藤さんの部屋にいると思いましたよ」
「なんだ、近藤さんの部屋で待っていたのか?」
「局長様に呼ばれたので、局長様の部屋に行くでしょう?」
「局長様ってなんだ。俺は副長だ。それに、昨日もその前も俺はずうっとこの部屋にいたがな」
そ、そうだったか?
そうだったような気もする。
「用事って何ですか?」
いつまでも土方さんと私の口喧嘩のような言い合いが続いたせいか、話の流れを変えるために藤堂さんがそう言った。
「ああ、そうだった」
土方さんはそう言うと、一通の文を出してきた。
「これを会津藩主である容保公に渡してほしい」
ええっ!
「会津藩主ですよ」
思わず驚いて言ってしまった。
「会津藩主だ。だからどうした」
「私なんかが文を渡しに行って大丈夫なんですか?」
「だから、平助にも頼んでいるのだろう。お前ひとりで行かせたら、どうなるかわからねぇからな」
うん、確かに。
ここって、納得するところじゃないよね。
「でも、会津藩主ですよ。容保公ですよ。その人は、私たちの文を受け取ってくれるのですか?」
そんな簡単に渡しに行けるものなのか?
「新選組は、会津藩預かりだから、色々報告しねぇといけねぇだろうが。それを文に書いてある。受け取るに決まってんだろっ!」
そう言うものなのか?
「わかりました。光明寺のほうがいいですか?」
藤堂さんは普通に土方さんに聞いた。
光明寺とは、会津藩の本陣になる。
「会津藩邸に頼む」
会津藩邸?
「あるんですか?」
聞いたことないぞ。
「あるに決まってんだろうがっ!」
ええっ、そうなのか?
「蒼良、御所の近くに会津藩邸が出来たんだよ」
そ、そうだったのか。
「ああっ! あそこですね。そう言われてみると、大工さんが出入りしていたので、何を作っているのかなぁって気になっていたのですよ」
「お前、本当にそう思っているか?」
「当たり前じゃないですか、土方さん」
「お前のことだから、適当にそう言ってごまかしてんのかと思ったぞ」
な、なんて失礼なっ!
「とにかく、文を届けてくれ」
「わかりました」
藤堂さんと声をそろえて言い、部屋を出ようとした時、
「言い忘れてたが、裃を着て行けよ」
えっ、裃か?
裃とは、現代で言うとスーツにあたるものだ。
正式な場所に出る時は、この裃と言う肩の部分がとがっている物と袴をはいていく。
もっと正式なものになると、この袴の部分も長いものになって引きずって歩くような感じなんだけど、そこまでの物を着ると言う事はまだない。
今回も、普通の裃でいいらしい。
あ、でも……。
「裃なんて持ってないですよ」
「そんなことはわかってる。借りて行け」
どこに借りに行くんだ?
「八木さんなら持っているだろ」
そう言えば、過去に会津藩の本陣の方に呼ばれて、裃を八木さんに借りたよなぁ。
「それなら、八木さんのところで着替えてから行ったほうがいいですね」
藤堂さんがそう言うと、土方さんがうなずいた。
「わかりました。行ってきます」
私はそう言ってから、部屋を出た。
「ほら、裃や」
八木さんのところに行き、裃を貸してほしいと言うと、二着出してくれた。
「そう言えば、火鉢はどうなったん?」
あ、そうだった。
八木さんが、火鉢が足りないって騒いでいて、屯所に帰ったら土方さんが使っていたという。
火鉢無くなると寒いから、内緒にしておけって言われたんだよな。
寒いの嫌だしなぁ。
「火鉢?」
藤堂さんが聞き返していた。
「この火鉢や」
八木さんが部屋にある火鉢を指さした。
「ああ、それは確か、ひ……」
私は、あわてて藤堂さんの口を手でふさいだ。
「なんや? 知っとるんか?」
「それは確か、火鉢ですよね」
同意を求めるように藤堂さんに言うと、私に口をふさがれたままうなずいていた。
「なんで口をふさいどるんや?」
八木さんにそう言われて、あわてて藤堂さんの口から手を離した。
「ふさいでないですよ」
「さっきふさいどったやろう」
「八木さん、裃に着替えないといけないので、お部屋借りますね」
私はそう言って、裃を持って奥の部屋へ逃げた。
火鉢のことは、ぜったに八木さんにばれてはいけない。
あれがないと、寒くて死んでしまう。
本当に。
裃なんて過去に一回着たぐらいなので、着替えるのにものすごく苦戦していた。
かなりの時間が経つけど、着物と袴は着れたけど、この肩の部分が着れない。
どうなってんだ?これ。
「なんや、まだ着替えとらんの?」
襖の外から八木さんの声がした。
「蒼良がまだ着替えているので」
す、すみません。
私が時間かかっているから、藤堂さんも着替えられないんだよね。
「一緒に着替えたらええやろう」
えっ?八木さん、今とんでもないことを言わなかったか?
「蒼良はんも男やし、藤堂はんも男なんやから、一緒に着替えたらええやろう。一人ずつ部屋に入って着替えるなんて、えらい時間のかかることをしとるなぁ。ほら、蒼良はん、一緒に頼むで」
ええっ?何を頼んできたんだ?
そう思っていると、襖が開き、八木さんに押されて藤堂さんが押し込まれるかのように入ってきた。
「うちも忙しいから、早う頼むでっ!」
襖が閉まり、八木さんが去っていく足音がした。
「あ、蒼良、ご、ごめんっ!」
藤堂さんが目をつぶったまま、顔を赤くして一生懸命謝っていた。
「いや、もう着替えはほとんどすんでいるので、大丈夫ですよ。こちらこそ、いつまでも部屋占領してしまってすみません」
おそるおそる藤堂さんは目を開けた。
私が着物を着ている姿を見てホッとした顔をした。
「よかった」
ホッとしているところ申し訳ないのですが……。
「この裃の上の部分がどうしても着れなくて……」
上の部分を振り回しながら藤堂さんに見せた。
「裃って着たことあるの?」
「京に来たばかりの時、会津藩の本陣の方へ行ったじゃないですか。あの時が初めてで、今回は二回目です」
「蒼良の時代には、裃はないの?」
「着て歩いている人はいないですね」
裃着て電車に乗って通勤している人なんて見たことないしなぁ。
「そうなんだ」
藤堂さんは、さっさと手慣れた感じで着せてくれた。
「ありがとうございます」
「今度は私が着替えるから……」
あ、私のせいで、着替えるのが遅くなっているんだもんね。
「わかりました。外に出て待ってます」
そう言って私は外に出た。
無事に裃を着た私たちは、会津藩邸に行った。
会津藩邸は、立派な建物だった。
現代は、京都府庁になっている。
けど、今の府庁の面影は全然なかった。
「すごいお屋敷ですね」
「蒼良は、知っていたの?」
「何か建てているなぁと思っていたけど、まさか会津藩邸とは思わなかったです」
「土方さんに言っていたのは、本当のことだったんだ。私もごまかしているかと思っていたよ」
なんでそんなことを思うかなぁ。
そんなやり取りをしながら、会津藩邸に入る。
もちろん、門に門番と言うものがいるので、ちゃんと要件を言った。
ここで追い返されるかと思うぐらいの大きくて立派な門だった。
その門をくぐって、お屋敷の中に入った。
文を渡して帰るだけなのに、すごい緊張する威圧感のあるお屋敷だ。
でも、ただ文を渡すだけでいいのか?
「あの、藤堂さん」
屋敷の中に入った時、私は不安になって藤堂さんを呼んだ。
「どうしたの?」
「何もしないでただ文を渡すだけでいいのですか?」
「え?」
えっ?違うのか?
「蒼良、蒼良はただ頭を下げていればいいからね。文を渡したり口上を言ったりするのは、私がやるから」
ええっ!なんか言ったりするのか?
「容保公にちゃんと読んでもらうように言わないとね」
そ、そうなのか?
「だから、蒼良は私が頭を下げてと言ったら、下げればいいから。向こうが面を上げよと言ったら、頭をあげればいいよ」
なんかよくわからないけど、そうすればいいのね。
広い部屋に案内された。
まだ新しいお屋敷の木の香りと、新しい畳の香りがする。
思わずキョロキョロとあたりを見回してしまった。
じいっと座っている藤堂さんと目があい、キョロキョロしているのが恥ずかしくなってきた。
遠くから、人の来る気配がした。
「蒼良、頭を下げて」
藤堂さんにそう言われて、あわてて頭を下げた。
人がはいってきて座る気配がした。
藤堂さんが難しい言葉で何かを言っていた。
これが口上ってやつか?
言い終ると、
「面をあげよ」
と言われたから頭をあげた。
あげた時、少し立ちくらみがした。
それだけ下を向いていたと言う事だろう。
前を向くと、いたのは容保公じゃなかった。
写真と違うから、容保公じゃないよね。
文は容保公宛なのに、この人に渡していいのかな?
前にいた人もなんか難しい言葉を言っていた。
それが言い終ると、再び藤堂さんが頭を下げたので、私も真似して頭を下げた。
いきなり頭を下げないでくれっ!びっくりするだろうがっ!
前にいた人が去っていった。
「これで終了。帰ろう」
藤堂さんに笑顔でそう言われた。
「そんな簡単に容保公に会えるわけないじゃん」
お屋敷を出て、門までの広い道を歩いているときに
「さっきいた人は、容保公じゃないです」
と言ったら、藤堂さんにそう言われたのだった。
えっ、知っていたのか?
「近藤さんなら会っているだろうけど、私たちのような身分の低い人間が会えるような人じゃないよ」
そうだった。
この時代には、身分制度と言うものがあったんだ。
「蒼良は、容保公を見たことがあるの?」
藤堂さんに言われたので、うなずいた。
「写真があるのですよ」
「え? しゃしん?」
この時代に写真はあったはずだぞ。
近藤さんの写真があったもん。
別な呼ばれ方をしていたのか?そう言えば、チラッと聞いたことがあったぞ。
確か……
「ほとがら!」
私がそう言うと、
「ああ、ほとがらね」
と、反応してくれた。
「容保公のほとがらがあるの?」
「ありますよ。ネットで検索するとちゃんと出ますからね」
「えっ?」
あ、ネットとかってわからないよね。
「とにかく、あるのですよ。それで見た人と、今日見た人は違ったので、容保公じゃないと思ったのです」
「そうなんだ。蒼良の時代でも残っているんだね」
「そりゃもう、近藤さんとか土方さんとかもありますよ」
「土方さんも? なんかほとがらと一番無縁そうだけどね」
確かに。
魂抜かれるぞっ!って本気でいいそうだもんね。
「そりゃ失礼だよ、蒼良」
と言いながら笑っている藤堂さんも失礼だと思いますよ。
「でも、面白そうだね。私もほとがらを作ってもらおうかな」
「いや、やめたほうがいいですよ」
「え、なんで?」
新選組の藤堂さんの写真があったと言う日には、もう絶対に公開されているだろう。
現代でも顔が知られて有名人になるだろう。
でも、それをどう説明していいのかわからなかったから、
「これには、深い深い事情があるのです。絶対にやめたほうがいいです」
「わかった」
と、藤堂さんは言ってくれたけど、納得していないような感じだった。
「あなたたちは、新選組の方ですか?」
門が近づいてきたというとき、突然知らない男性に話しかけられた。
会津藩邸にいるんだから、会津藩の人かな?
「俺は、見廻り組だ」
えっ、見廻り組の人?会津藩の人じゃないのか?
そう思っていたことが顔に出ていたのか、
「兄が会津藩の人間だから、たまにここにいるんだ」
そうだったのか。
ん?お兄さんが会津藩にいる見廻り組の人って、聞いたことあるぞ。
「俺は、佐々木只三郎という。街で会う事もあるだろう。よろしく頼む」
佐々木さんと言う人は、丁寧にあいさつしてきた。
「私は、天野蒼良です」
「私は、藤堂平助です」
お互い自己紹介をした後、ではまたと言う事になった。
「ああっ!」
八木さんに裃を返し、屯所へ向かっているときに思い出した。
その思い出したことにびっくりし、思わず叫んでしまった。
「蒼良、どうしたの?」
「会津藩邸で会った見廻り組の人、清河を斬った人ですよ」
「そう言えば、どこかで聞いたことある名前だなぁと思っていたよ」
清河とは、浪士組を作って、江戸から京に来たのだけど、京に着いた途端、連れてきた浪士組を幕府の組織から朝廷の組織にしようとした人だ。
江戸に帰ってから斬られたと聞いていた。
「それと、坂本龍馬を斬った人です」
「え、坂本龍馬? そう言えば道場にいたよ」
そりゃあいるでしょう。
藤堂さんと同じ、北辰一刀流の人なんだから。
「藤堂さん。坂本龍馬を斬ったのは、原田さんではなく、見廻り組の人ですからね」
私がすごい勢いでそう言ったので驚いた藤堂さんは、コクコクとうなずいていた。
絶対に、忘れないでくださいねっ!




