近藤さん長州へ行く
「わしは長州に行く」
突然、近藤さんが土方さんの部屋に来て言いだした。
な、なにしに行くんだ?
「どうやって行くんだ? 長州に行くって言ったって、大変だぞ」
土方さんが近藤さんにそう言った。
今の長州の状況は、あまりいいものではない。
昨年、第一次長州征伐があった。
幕府軍対長州の戦争だ。
しかし、薩摩の西郷吉之助、のちの西郷隆盛が交渉し、幕府の不戦勝となった。
そして今年。
幕府は長州に江戸に来るように言ったのだけど、長州は病気を理由に断ってきた。
第一次長州征伐の時に徹底的にたたけばよかったのだろうけど、不戦勝という結果に納得できない人たちもいたらしく、流れは、もう一回長州と戦おうという感じになっている。
長州征伐のために、家茂公が京に来たけど、準備は全く進んでいない。
というのも、財政難と各藩の藩士たちも乗り気ではないらしい。
なら辞めればいいのにと思うのだけど、そう言うわけにもいかないものらしい。
で、多分、着々と長州征伐の準備が進んでいるのだろう。
幕府から、人を長州に送ることになった。
言う事は聞かないし、何を考えているか問い詰めてやる!と言う事なのだろう。
「幕府の永井殿が長州に行くことになったから、わしも連れて行ってくれって頼んだんだ」
近藤さんは普通に話をした。
ば、幕府の人と行くのか?いつの間にそんな話になっていたんだ?
土方さんも同じことを考えていたらしく、思わず私と目を合わせてしまった。
「それは、本当の話なのか? 近藤さん」
「当たり前だろう、歳。永井殿は、幕府から長州に行って詰問して来いと命じられたのだ」
そ、そうなんだ。
「そこに、わしも一緒に行くことになった。もちろん、数名隊士を連れて行く」
「隊士は、誰を連れて行くんだ?」
「伊東と武田と……」
その二人の名前が出た途端、私の名前が呼ばれませんようにと祈ってしまった。
この二人との旅は、もう二度とごめんだ。
近藤さんは、9名ほど名前をあげた。
その中に山崎さんも入っていた。
私の名前は呼ばれなかったので、ホッとした。
「わかった。行ってくるといいよ。隊は俺が何とかしておくさ」
「ありがとう、歳」
近藤さんはそう言って立ち上がった。
立ち上がった時に、何かを思い出したみたいで、土方さんの方を振り返ってきた。
「あ、そうそう、いい忘れていた。多摩に文を書いて送っておいた」
それがどうかしたのか?
「わしに何かあったら、歳に新選組を。総司に天然理心流を継がせてほしいと書いておいたぞ」
「なんだって?」
近藤さんの言葉に土方さんが驚いていた。
「一応、敵地に乗り込むのだからな、色々整理しておかないとな。大丈夫だ、覚悟はできている」
まるで遺言のような文を故郷に送ったのだから、それなりの覚悟を決めてのことだったんだろうとは思うんだけど……。
近藤さん、まだ大丈夫だったと思ったけど。
「わかった。俺は新選組の局長なんてごめんだ。だから、近藤さんが帰ってこねぇと、新選組はどうなるかわからねぇからな」
土方さんが局長でも新選組は大丈夫だと思うのだけど、土方さんは、近藤さんに帰ってきてほしいからそう言ったのだろう。
「歳の気持ちはわかっている。わかっているぞ」
近藤さんは、嬉しそうにそう言って部屋を出て行った。
「さて、大変だぞ。まったく、近藤さんもやっかいなことを頼んできたよなぁ。俺は局長なんてガラじゃねぇからな」
「そうですね。土方さんは、万年副長って感じですもんね」
「おい、そりゃどういう意味だ?」
な、なんか悪いことでも言ったか?
「近藤さんが局長だから、俺がここにいるんだ。近藤さんがいなくなったら、俺が副長でいる意味がねぇからな」
ん?と言う事は……
「近藤さんが帰ってこなかったら、新選組は無くなるのですか?」
「お前、縁起でもねぇことを言うなっ!」
怒られてしまった。
「大丈夫ですよ。近藤さんはちゃんと帰って来ますよ。確か、年末あたりにはもう帰っていると思いますよ」
歴史では、長州に行くのだけど入れてもらえず、年末には京に帰ってくるのだ。
「そんなに早くか? なんでお前がそんなことを知っているんだ?」
そうだよね、そう思うよね。
「か、勘ですかね……」
相変わらず、勘でごまかした私だった。
沖田さんが近藤さんが長州に行くことを知っているんだろうか?
近藤さんは、沖田さんの部屋にも行ったのだろうか?
もし行っていなければ、私が行って教えないと。
でも、近藤さんは、なんで僕の部屋に来なかったんだ?って、逆にいじけちゃうかな。
「沖田さん、いますか?」
私が部屋に向かって声をかけると、
「いるよ」
と、楽しそうな声が返ってきた。
「入ります」
と言って襖を開けると、沖田さんが部屋で座っていた。
今日は大人しく座っているなぁ。
いつも行くと、
「暇なんだけど」
って言いながら立ち上がって私の周りをウロウロするのに。
「近藤さんが今ここにきて出て行ったばかりなんだ」
ああ、だから大人しいのか。
「それなら、話を聞きましたね。では」
話を直接近藤さんから聞いたのなら、私は用無しだろう。
そう思って部屋を出ようとすると、
「せっかく来たんだから、ゆっくりしてけばいいじゃん。あ、病人の世話は嫌だとか?」
「そんなことないですよ」
「それなら、そこに座って」
沖田さんは置いてあった座布団を指さした。
さっきまで近藤さんが座っていたのだろう。
少し暖かかった。
「近藤さんに何かあったら、僕に道場を頼むって言ってきたんだ」
やっぱり、その話を沖田さんにもしたらしい。
「沖田さんは強いし、沖田さん以外に継ぐ人も考えられないでしょう」
あ、でも、道場を継ぐってなると、沖田さんのあの教え方が普通になってしまうのか?
というのも、沖田さんの教え方というのが、普通じゃないのだ。
自分を基準にして教えるのだ。
沖田さんが普通の人なら別にいいのだけど、刀を持たせたら、彼の右に出るものはいないというぐらいの人が基準になってしまうので、普通の人たちはついて行けないのだ。
たまに、一番隊の人たちを指導するけど、みんな困った顔をしている。
「蒼良がそう思ってくれていると、嬉しいよ」
あ、でも、近藤さんはちゃんと帰ってくるから、いいか。
「僕も認められたって感じだね」
認められたって、みんなとっくに認めていると思うのだけど。
「だから、お祝いをしに行こう」
ちょっと待て。
何気に外出しちゃおうかなぁっていう空気じゃないか?
「お祝いは、ここでも十分できると思いますよ」
「わかってないなぁ、蒼良。やっぱり外に出て美味しいものを食べたいじゃん?」
そりゃ、食べたいが……。
沖田さんは栄養のあるものを食べたほうがいいんだよなぁ。
「良順先生がよくいく料理屋さんに行きますか?」
私がそう言うと、沖田さんは嫌な顔をした。
「蒼良は、僕に肉を食べさせようとしているのでしょう?」
「栄養があるし、いいですよ」
現代は、魚派より肉派が多いのに、この時代の人たちは肉は薬として扱っていたので、みんな魚派なのだろう。
でも、冷蔵庫と言うものが無いので、魚も捕ってすぐ食べれる環境にあるところじゃないと食べれない。
生きのいい魚が食べれるという利点はあるけど、やっぱり保管が出来ないので、めったに食べれるものではない。
だから、現代と比べると、やっぱり栄養は足りなんだよね。
私はいいダイエットになっているけど。
「肉は嫌だなぁ」
「じゃあ、何ならいいんですか?」
「普通のがいい」
普通のって、野菜か?
「あ、甘いものでもいいよ」
そ、そうなのか?
「って言ったら、蒼良嬉しそうな顔になったよ」
沖田さんは楽しそうに言った。
もしかして、からかわれたのか?
結局、普通に町に出ることになった。
「久々だなぁ」
沖田さんは両手を空に伸ばした。
「寒くないですか?」
私は、沖田さんの体調が悪くならないかと心配だ。
「大丈夫だよ。もう何回も言ったけど」
そ、そうだったか?
「沖田さんのことが心配なのですよ」
「蒼良に心配されると、なんか嬉しいなぁ」
いや、嬉しがっている場合じゃないからね。
そんなことを話しながら歩いていると、足は自然と壬生の方へ向かっていたらしい。
気がつくと、街中ではなく、壬生だった。
「なんか、足が向いちゃいましたね」
「そうだね。京の町に行く予定だったのに。早く街へ行こう」
沖田さんは、子供たちに会うのが嫌なのだろう。
子供たちに病気をうつしてしまうと思っているから。
「そうですね」
京の町へ足を向けた時、
「あ、あんたらっ!」
という声がした。
そ、その声は……。
「蒼良、無視して行こう」
いや、無視できないと思うけど……。
「あんたらっ! うちを無視するとはええ度胸をしとるなぁ」
八木さんはそう言いながら私たちの前に来た。
「なんか用?」
沖田さんはめんどくさそうに言った。
「あんた、そんな顔で言うことないやろ」
「元々こういう顔なんだよ」
沖田さんも負けずに言い放ったけど、八木さんには効き目がなかった。
「何かあったのですか?」
私がそう言うと、よくぞ言ってくれたという顔を八木さんがして話し始めた。
「火鉢が足りんのや」
え、火鉢?
「寒うなってきたから、そろそろ出そうと思うて火鉢を出したんよ。そしたら一つ足りんのや」
「八木さん、火鉢の一つぐらいどうでもないじゃん。たくさんあるんだから」
沖田さんがそう言うと、
「あんた、よくそう言うこと言えるなぁ。ちょっと来なっ!」
と八木さんは言い、八木さんの家に連れて行かれたのだった。
「ええ火鉢やったんよ。あんたら持っていっとらんよね」
そう言い放った八木さんの足元に、松の絵のはいった火鉢が数個置いてあった。
沖田さんの言う通り、たくさんあるんだからって感じなんだけど、それを言ったらすごい勢いで怒られそうだしなぁ。
「いつだったか、芹沢さんは試し切りしたとか言ってましたよね」
過去にも火鉢がないって、なぜか夏に八木さんが騒いだことがあった。
その時は、芹沢さんが刀の試し切りをしたという話だったんだけど。
「あの火鉢はこれや」
って、まだあったんかいっ!
綺麗に刀傷がついてるし。
「それ以外に一つ足りんのや」
「用はそれだけ?」
沖田さんがまた八木さんが怒りそうなことを言った。
「それだけってなぁ。これでも必死なんやでっ!」
「はい、わかりました。八木さんの言う通りですね」
八木さんの怒りを静めるために私はそう言ったけど、
「あんた、適当にいっとるなっ!」
と言われてしまった。
「ああ、蒼良が八木さんを怒らしちゃった」
いや、最初に怒らせたのは、沖田さんですからね。
「そうや、物はついでやっ! ちょっと来なっ!」
八木さんにそう言われて連れてこられたのは前川さんの家だった。
ここも、屯所に使われていた。
「雨戸に変な落書きしたやろ」
えっ、落書き?
沖田さんと顔を見合わせていると、
「これやっ!」
と言って、八木さんはその雨戸を見せてくれた。
そこには、私でも読めるちゃんとした文字で、『会津 新選組隊長 近藤勇』と書いてあり、もう一つにも『勤勉 努力 活動 発展』と書いてあった。
「綺麗な文字ですね」
「あ、蒼良、これは読めるんだ。しかも、綺麗な文字って言ってるし」
つなげて書いていなければ、私だって読めるのですよ。
「あんたっ! 感心しとる場合やないでっ!」
八木さんはまだ怒っていた。
「いや、八木さんっ! これはとっといたほうがいいですよ。後ですごい価値が出ますからね」
現代だったら、すごい価値のあるものになっている。
新選組ファンにはもうたまらないものになるだろう。
「ほんまに価値が出るんやろうな?」
「出ますよ。もう値段がつけられないぐらいの価値ですよ」
「ほんまかいな。ま、価値が出るもんならとっとこうかな」
それで八木さんがとっといてくれたのかはわからないけど、現代にもちゃんとこれは残っているらしい。
残っているのは、前川さんの家だから、前川さんが残してくれたんだよね。
やっと八木さんから解放された私たちは、壬生を後にした。
「ところであの雨戸、いつ価値が出るの?」
沖田さんに聞かれたので、
「150年以上たった頃だと思うのですが……」
そのちょっと前から価値が出ているか?
「それじゃあ、価値がないのと同じだね。僕たち、そんなに長生きしないからね」
あ、確かに。
健康な人だって、150年以上生きるのは無理だ。
「蒼良もすごいことを言って八木さんをだましたね」
いや、だましたつもりはなかったのだけど、結果的にはそうなるのか?
でも、価値は出ると思うぞ。
西本願寺の屯所に戻り、部屋に帰ると土方さんが火鉢にあたっていた。
どこかで見たことある火鉢だなぁ。
「ああっ!」
思わず、その火鉢を指さして叫んでしまった。
「なんだ、びっくりしただろうがっ!」
「その火鉢、八木さんのっ!」
「ああ、よくわかったな。屯所の引っ越しの時に持ってきた」
普通にそう言っているけど、泥棒と同じだからね。
「持ってきちゃったのですか? 八木さんが探していましたよ」
おまけに雨戸に落書きしたって怒られたし。
「探してたか? たくさん火鉢があるんだから、一つぐらい無くなっても気がつかねぇと思ったんだけどな」
いや思いっきり気がついてましたから。
「何とかごまかしておけ」
「ええっ! 私がですか?」
「火鉢がねぇとこまるだろ?」
たしかに困る。
だって、この時代の唯一の暖房手段なんだもん。
「お前が困らねぇって言うなら、返すが……」
「いや、思いっきり困りますから」
思わず土方さんを止める私。
だって、寒いの嫌だもん。
「それならごまかしとけ」
そう言う土方さんにうなずいた私だった。




