恋文の行方
巡察をしていた。
今日の巡察は珍しく山崎さんと一緒だった。
「山崎さんも、巡察することがあるのですね」
山崎さんの仕事は、監察方と呼ばれるところで、隊士を監察したり潜入捜査をしたりするところだから、一緒に巡察なんてとっても珍しい。
「私だって、たまには巡察しますよ」
「山崎さんがこうやって巡察していると言う事は、平和な証拠ですね」
仕事があるときは、そっちを優先しているのだろうから、潜入捜査とかがないと言う事は、平和な証拠だ。
山崎さんは苦笑していた。
何か変なことを言ったかなぁ。
「ところで、蒼良さんの勘があたりましたね」
ん?なんか勘が当たったか?
「ほら、家茂公のことですよ。蒼良さんは、将軍はやめないって言っていたじゃないですか。その通りでしたね」
ああ、そのことか。
伏見で、家茂公の説得が終わるまで待機していた時に、将軍やめないから大丈夫だって話をしていたのだった。
「蒼良さんの勘が当たりましたね」
勘というか、知っていたのだけど、まさか知っていたとも言えない。
「来年あたりまで大丈夫ですよ」
確か、亡くなるのは来年あたりじゃなかったかな?
「来年、何かあるのですか?」
「あのですね……」
家茂公が亡くなります。
と言おうとしてやめた。
それこそ、なんでそんなことを知っているんだと言う事になり、またごまかすことになる。
だから、
「内緒です」
と、笑顔で言った。
「内緒なのですか?」
山崎さんも、笑顔でそう言ってきた。
「占い師じゃないですから、来年なにがあるかなんて、わからないですよ」
そう言って、笑ってごまかしたのだった。
山崎さんと巡察をしていると、お茶屋さんがあった。
お店の前に大きな台が置いてあり、その台の上には赤い敷物が敷いてあった。
その上に女の子が座っていたのだけど、その女の子、どこかで見たことがあるんだけどなぁ。
どこで見たんだろう?
「蒼良さん、どうかしたのですか?」
私が女の子を見ていたことに気がついた山崎さんが、声をかけてきた。
「いや、どこかで見たことあるような感じ出したのですが、きっと気のせいです」
よくあることだろう。
どこかで見たことあるのだけど、どこで見たか記憶がないってこと。
実際、見たことあるかどうかはわからない。
そして、そのまま終わってしまうことが。
しかし、今回はそのまま終わらなかった。
山崎さんの声に気がついた女の子は、私たちの方を見て、
「あっ!」
と言って、指をさしてきたのだ。
それに驚いた私たちは、思わず立ち止まってしまった。
人に指をさすなって、教わらなかったのか?
「あんたっ!」
女の子は、私に向かってそう言った。
山崎さんではなく、私に用があるようだ。
「な、何ですか?」
恐る恐る、私も女の子に言った。
「うちを覚えとらん?」
えっ、私とあったことがあるのか?どこでだ?
こっちは全然記憶がないのだけど。
「手紙、頼んだんやけど」
女の子のその一言で、全部思い出した。
「ああっ!」
私も、女の子を指さしてしまった。
お師匠様に、人に指をさすなって、教わっていたはずなのに。
「知り合いなのですか?」
山崎さんに聞かれた。
「屯所で手紙を渡されたのです。藤堂さん宛ての」
それで、山崎さんは恋文だと察したらしく、
「ああ、そう言う事ですか」
と、言った。
その一言ですべてわかるって、さすが、監察方の山崎さんだ。
「文、渡してくれたよね」
女の子に言われ、恋文の行方を思い出した。
あれは、確か……。
「蒼良さん?」
私の顔色が変わったことに気がついた山崎さんは、心配そうな顔で聞いてきた。
「どうしよう」
女の子に背を向けて、山崎さんにそう言った。
「もしかして、手紙を渡していないとか……」
山崎さんに言われ、私はコクンとうなずいた。
「渡したのですが、間違えて土方さんに渡してしまって」
確かあの日は、この女の子の後に西本願寺のお坊さんからも手紙をもらい、それで間違えて恋文の方を土方さんに渡し、お坊さんの方を藤堂さんに渡してしまったのだ。
それを聞いた山崎さんは、
「蒼良さんらしい」
と笑っていたけど、チラッと後ろにいる女の子を見たら、笑いごとじゃすまされない。
真剣な顔で私たちの方を見て様子をうかがっている。
「どうしましょう?」
思わず山崎さんに助けを求めてしまった。
「まず、様子を見て見なければ、何とも言えませんね。色々あの女の子から聞き出してみましょう」
そうしよう。
山崎さんと一緒に女の子がいる所へ戻った。
「で、文は渡してくれたん?」
再び女の子に質問をされた。
「文とあなたがここにいることは、何か関係があるのですか?」
山崎さんが質問をした。
それ、確かに知りたいわ。
いい質問をするなぁ。
「おおありや。ここで待っとるって文に書いたんや。しかも、来るまでずうっと待っとるって書いたんやけど、来ないんや」
そりゃそうだ。
だって、その文を見せていないもん。
それにしても、来るまで待っているって……。
「その文を出したのって、確か先月でしたよね」
「そうや」
もしかして……
「先月からここで待っているのですか?」
「そうや」
そうなのかっ!普通、一カ月ぐらい来ないとあきらめないか?いや、その日であきらめるよね……。
「なんでそんなに待っているのですか?」
山崎さんがそう質問した。
「文に来るまで待っとるって書いたら、だいたいの人が来るんや」
そ、そうなのか?
「だから、藤堂はんも来るやろうと思って、待っとるんや」
「でも、さすがに一カ月もたっていると……」
山崎さんがそう言うと、
「そうやっ!」
と、山崎さんの声を女の子がさえぎった。
「あんたら、新選組の人やから藤堂はんに会うやろ?」
女の子の迫力に負けて、思わず山崎さんとうなずいてしまった。
「うちは明日も待っとるって言っといて。来るまで待っとるって」
それにもうなずいてしまったのだった。
「ええっ、そうなの?」
屯所に帰ってから、山崎さんと一緒に藤堂さんに報告に行った。
藤堂さんは、驚いてそう言った。
そりゃ驚くよね、一カ月も待っているんだもん。
「とりあえず、言いましたから」
山崎さんがそう言って去っていった。
私も去ろうとしたら、
「蒼良」
と、呼び止められてしまった。
「何とか断ってよ」
わ、私がか?
「藤堂さんが、断ったほうがいいですよ」
あの女の子、迫力があったもんなぁ。
それに、ちゃんと藤堂さんが断らないと、あの女の子も納得しないと思うのだけど。
「私はこれから夜の巡察に行くから、蒼良頼んだよ」
そう言うと、藤堂さんは去っていった。
ええっ!私が断るのか?
そりゃちょっと違うだろう。
藤堂さんを追いかけたけど、すでにいなくなっていた。
逃げ足速い。
ああ、どうすればいいんだ?
「お前、何回ため息ついてんだ?」
土方さんにそう言われた。
ため息つきたくないけど、ついてしまう。
「藤堂さんに逃げられました」
「はあ?」
土方さんに、今まであったことを全部話した。
「ほっとけばいいだろう。お前がかかわる問題じゃねぇ」
「ほっといたら、あの子、ずうっと待っていますよ」
「待たせとけばいいだろう。そうすれば気がつくだろ?」
いや、どうなんだろう?
「気がつくでしょうか?」
「気がつかねぇかもなぁ」
土方さんもやっぱりそう思うか?
「ああ、どうすればいいと思いますか?」
「そう言う断り方はいくつかあるぞ。平助が女を連れて行って、こいつと付き合っていると言う断り方と……」
「それなら簡単ですね」
私が女装して藤堂さんと一緒に行けばいい話だ。
「お前、自分が女装してとかって考えてんじゃねぇだろうな」
「そっちの方が簡単じゃないですか」
「いや、だめだ」
土方さんに言われてしまった。
なんでだめなんだ?
「なるべくお前が女装した姿を他の人間に見せたくねぇっ!」
そうなのか?
「平助のために女装するのも気に食わん」
それは、土方さんの個人的な理由なのか?
「他に断り方はありますか?」
「一番は、本人が行って断るのがいいだろう」
そう思うでしょ?私もそう思うのです。
「でも、本人が行けねぇっていうのなら、俺が行ってやろう」
えっ?
「土方さん、もしかして暇なのですか?」
「なんでだ?」
人の恋路に足を踏み入れないって人だと思っていたから。
「俺が行ったらわりぃか?」
悪くはないです。
変なことを言って、土方さんが行かねぇっ!って言い出しても困るので、
「悪くないですよ」
と、笑顔で言った。
というわけで、暇な土方さんと一緒に、女の子がいたお茶屋さんに行った。
しかし、女の子はいなかった。
「おい、いつもここにいる女は?」
土方さんがお店の人に聞いた。
「えっ? いつもおる女の子?」
お店の人に逆に聞き返されてしまった。
えっ、知らないのか?
「昨日、ここにいた女の子です」
私が言うと、
「ああ、あの子か。そんないつもおるわけじゃないよ」
えっ?
「でも、あの子が……」
「お前、だまされたな」
えっ、そうなのか?
「女が毎日ここに一カ月もいるわけねぇよな。たいてい飽きるかあきらめるよな。それに、その女もそんなに暇じゃねぇだろう」
そう言われると、そうだよなぁ。
「よし、こっちもだましてやろう」
土方さんはそう言うと、お店の人を呼んできた。
「新選組の藤堂って男が来たが、いねぇから帰ったと言ってくれ。後、文の返事だが、好きな女がいるから、もうかまわねぇでくれと伝えてくれ」
一気にそう言うと、
「帰るぞ」
と、最後に私の方を見て言った。
「えっ、土方さんが断ってくれたの?」
一応、藤堂さんに説明したほうがいいだろうと思って、藤堂さんに今までのことを説明した。
「だって、藤堂さん逃げちゃったじゃないですか」
「夜の巡業だったんだよ」
そう言って逃げたよな。
「とにかく、断ったので。今後は私もかかわりませんからね」
「蒼良、怒ってる?」
藤堂さんにそう聞かれ、顔をのぞかれた。
「怒っていませんよ」
「いや、怒っているでしょう?」
うう、本当のことを言うと、怒っている。
「そもそも、藤堂さんがちゃんと断れば、よかったのですよ」
「でも、蒼良がちゃんと文を渡してくれればよかったんじゃないの?」
そ、そうともいう。
間違えなければよかったのだ。
結局自分のせいなのか?と、落ち込んでしまった。
「蒼良、落ち込んでいる?」
再び藤堂さんに聞かれた。
「なんか、自分が自分で嫌になって来ました」
はぁ、何してんだか、自分。
「蒼良、私が悪かったよ。だから、落ち込まないで」
藤堂さんは、そう言いながら私を抱きしめてきた。
抱きしめられた私は、驚きで落ち込みがどこかに飛んで行ってしまった。
「機嫌なおして、蒼良」
もう機嫌どころの騒ぎじゃないですから。
藤堂さんの腕の中から解放されたら、今度は、両手でほっぺではさまれ、顔をあげられた。
目をそらしても、藤堂さんの顔が視線に入ってくる。
どうしよう。
きっと赤い顔をしているよ。
「蒼良、顔が赤いよ」
藤堂さんにそう言われて笑われてしまった。
そして、ますます顔が熱くなってしまった。
藤堂さんには色々と言いたいことがあったけど、これで何も言えなくなってしまったのだった。




