鴻池家
4月になった。
旧暦なので、今で言うと5月の中旬ぐらい。
さすがに冬の着物じゃあ暑い。けど、お金もないので仕方ない。
みんな、幕府からお給料がもらえると思って、夏服は京で買おうと思っていたから、冬服しか持っていない。
ちなみに、会津藩預りになった今も、お給料はもらっていない。ボランティアで京の街を守っている状態だ。そう思うと、私たちってなんていい人なんだろうって、思えてくる。
「蒼良、お前も暇なのか?」
芹沢さんが、7人ぐらい連れてやって来た。その中に原田さんと山南さんと源さんがいた。
「皆さんお揃いで、どうしたのですか?」
「お前も、この季節に冬の着物を着て暑いだろう。夏の着物を買ってやるから一緒に来い。」
「えっ、いいのですか?」
「遠慮はするな。来い。」
芹沢さんの言葉に甘えて、一緒についていくことにした。
京を出て、大坂についた。この時代は大阪ではなく、大坂と書くらしい。
京でも着物売っているところはたくさんあるのに、なんで大坂なんだろう?
芹沢さんは一件の店へ入った。着物屋ではなく、鴻池と言う両替商に入った。ちなみに両替商とは、簡単に言うと、今で言う銀行のようなものになる。
「みんな、入れ。」
芹沢さんが言ったので、店の中に入った。なんで着物屋ではなく、両替商?
店に入ると、番頭さんがいた。
「おい、金を出せっ!」
芹沢さんが、その番頭さんに言った。って、お金ないのに、着物買おうとしたのか?
しかも、金を出せっ!って、強盗と同じじゃないか。
しかし、番頭さんはちゃんとお金を出してきた。5両。
5両というお金が、現代でいうといくらの価値があるのかわからないけど。
「おい、バカにしてるのか?俺を誰だと思っている!会津藩預りの壬生浪士組局長、芹沢だぞっ!そんなはした金で足りるかっ!もっと出せっ!」
そう怒鳴って鉄扇振り回す芹沢さんに、びっくりした番頭さんは、別な人を呼びに行った。
「芹沢さん、着物はいいので、お金借りるのやめてください。なんか、強盗しているみたいで嫌です。」
私がそう言うと、
「これは強盗じゃない。金をもらうかわりに、俺たちはここの治安を守る。そういう取引だ。」
いや、取引じゃない、強盗だ。
「でも、お店の人も困っています。帰りましょう。」
「蒼良、芹沢局長のやることに口を出すな。」
平山さんが言った。彼は左目が潰れている。最初はびっくりしたけど、花火の事故で潰れたらしい。
彼は、壬生浪士組の中では芹沢さん派だった。
「平山さん、芹沢さんのことを思うなら、ここは止めるべきでしょう。芹沢さんの評判が悪くなりますよ。」
「何を言う!生意気な。」
「おい、落ち着け。ここで喧嘩するな。」
怒鳴る平山さんを芹沢さんが止めた。
「蒼良、ここはおとなしくしておこう。」
私も、源さんに止められた。
鴻池のご主人が200両持ってきてくれた。価値がわからないけど、ものすごく高い金額に違いない。
その200両を持って、機嫌良く芹沢さんは外に出た。
私は、強盗に加担しているみたいで嫌な気分になった。
鴻池家の周り一帯が両替商で、ほかの両替商にも入ったけど、嫌な気分でいっぱいだったので、どこの店に入ったのかわからなかった。
そして、そのお金を持って、大丸呉服店というところに行き、隊服を注文した。夏服も揃えてもらったけど、とても腕を通す気持ちになれなかった。
「蒼良、俺も、この方法がいいとは思わない。けど、これで夏を迎えるわけにはいかないし、芹沢さんの言うとおり、治安を良くすることでお返しすると思えば、いいんじゃないか?」
原田さんが、落ち込んでいる私を慰めてくれたけど、やっぱり、これは強盗だ。
「原田さん、隊規に勝手に金策してはいけないって、それはどうなるのですか?」
「俺たちだけでなく、みんなの着物も買ったんだ。それに芹沢さんのことだから、寄付してもらったことにするんじゃないのか?」
そうか、別の言い方をすれば、寄付になるのか。
数日後、例の隊服が来た。ダンダラ模様で浅葱色の、テレビで新撰組と言えばこれ、と言うあの隊服だ。
みんなは嬉しくて大騒ぎしていたけど、そのお金の出どころを知っている私は、素直に喜べなかった。
「お前にしては珍しいな。」
なぜか裃を着ている土方さんが言った。ちなみに裃とは、今で言うスーツの役割をするもので、正式な場所に行く時などに着る。
「こんな時は真っ先に行って喜びそうなものだろう。」
「土方さんは、なんで裃着ているのですか?」
「ああ、会津藩から呼び出しがあってな。今帰ってきたところだ。お前は、何を落ち込んでいる?」
「あの隊服のお金、どこから出ているか知ってますか?」
「大阪の鴻池っていう両替商だろ。」
「知ってたのですか?源さんか誰かから聞いたのですね。」
「いや、会津藩から聞いた。」
「えっ、会津藩?」
話を聞くと、あれから鴻池家の番頭さん、奉行所今で言うと、裁判所を警察署が合体したようなところに訴えでたらしい。
そりゃ、訴え出るよ。あれは強盗と同じだもの。
しかし、奉行所の人が、『壬生浪士組と言えば、会津藩の預りになっているから、丁重に取り扱うように』と言われたらしい。
だから200両が出てきた。
これを聞いて驚いたのは会津藩。
自分が預かっている組が、隊服を買うために強盗まがいのことをされると、自分の藩の評判に関わるのと、現に、預りとなっているけど、何もしていない。それは自分たちの手落ちだ。
どうも、公務に忙しくて忘れ去られていたらしい。
そんなわけで、すぐに鴻池家に返すように。と、土方さんや近藤さん達が呼ばれて200両預かってきたのだった。
芹沢さんが返しに行くのがいいと思うのだけど、本人は、強盗まがいのことをしておいて後からペコペコと謝りながら返しに行くのが嫌みたい。
「そういうわけで、俺が返しに行くことになったが、一緒に行くか?」
「はい。連れていってください。私が謝りに行きます。」
私が謝ったところでどうにかなる問題ではないけど、自分の気持ちが落ち着かなかった。
だから、土方さんと一緒に鴻池家に行くことにした。
鴻池家に200両返しに行ったら、丁重にもてなしてもらった。
「わざわざ返しに来ていただいて、ありがたいわ。」
鴻池家のご主人がにこやかに言った。
ありがたいもなにも、強盗みたいにして奪ったお金だもの。怒るのが当然なのに、なんでにこやかなんだろう?
「あ、あの、あの時、強盗のようにお金を奪ってしまって、すみませんでした。」
私は、手をついて謝った。ご主人は、相変わらずにこやかだった。
「それは、あんたやないやろう。芹沢はんがやったんやろう。あんたは止めとったやないか。」
「でも、私の力が及ばなくって、あんなことに。」
「あんたが気にすることやないやろう。」
「鴻池さん、こいつは、そのことを気にして、200両で買った隊服とか腕を通さないんだ。」
土方さんが言った。
「だって、強盗まがいのことをして奪ったお金で作ったものを、使いたいとは思いません。」
「あんたは正義感が強いんやな。わいも、何も考えんと貸したんやないで。こんな世の中や。治安も悪いしな。うちの店もいつ本物の強盗にやられて潰されるかわからん。だから、200両貸したことによって壬生浪士組とつながりができる。そのつながりを利用して、何かあったときに守ってもらえたら幸いや。うちは武力がないからな。おたくに頼るしかないんや。」
芹沢さんもそんなこと言っていたなぁ。金を借りる代わりに、治安を守るって。
「うちの店に何かあったときは、よろしく頼むで。そういう意味も込めてかしたんや。どうや、守ってくれるか?」
「それで鴻池さんとお付き合いができるなら、喜んで守りますよ。何かあったときはいつでも言ってください。」
土方さんが答えた。
「それなら、こないだのことはもうええ。あんたも、意地はらんで素直に隊服とか着たらええ。」
「はい。ありがとうございます。」
「それにしても、あんたは本当に武士なんか?綺麗な顔した武士やなぁ。気持ちもええし、どや、うちの店で働かんか?」
ええっ、どうしよう?
「ばかやろう、悩むな。お前は武士なんだろう?」
土方さんに言われてしまった。そうだ、新選組を助けるためにここにいるから、ここでは働けない。
「すみません。私は壬生浪士組の隊士でありたいので。」
「そうか、残念やな。でも、うちはいつでも歓迎や。何かあったらいつでも来てええで。隣の土方さんにいじめられたときとかな。」
「はい、わかりました。」
「おいっ!俺がいじめているように聞こえるだろうがっ!そこは否定しろっ!」
「あ、わかりました。土方さん、外では怖いですけど、実際はそんな怖い人ではないのです。だから、大丈夫です。」
「お前、外では怖いって、どういう意味だ?」
「そのままの意味ですが…。」
「あんはんたち、おもろいなぁ。」
鴻池家のご主人が、笑いながら言った。
見世物になってしまった。
色々とご馳走になり、鴻池家を後にした。
その後、これがいい機会となり、鴻池家は様々なところで寄付をしてくれたり助けてくれたりしてくれた。
屯所に戻ってから、早速隊服に腕を通した。
「おっ、やっと着る気になったか。」
隊服を着た私を見て、土方さんが言った。
「はい。鴻池家のご主人もああ言ってくれたことだし。これで気持ちも晴れました。」
「そうか、それは良かった。」
テレビとか、お土産屋とかでよく見る隊服を着た私は、とても嬉しかった。
本物の新選組が着ていた、本物の隊服だ。
「これ、本物なのですね。お土産屋さんとかに売っているものじゃなくて、本物なのですね。」
つい、うっとりとして口に出してしまった。
「これに偽物とかあるのか?しかも、土産屋に売っているのか?」
しまった…。
「え、いや…、忠臣蔵!そ、そう、忠臣蔵に似ているじゃないですか。だから、忠臣蔵のじゃなくて、自分たちの物なのだなぁって。」
「ああ、忠臣蔵の真似たらしい。山形の模様が入っているところを。」
はい、知っています。だからごまかすためにそういったのです。
「浅葱色は、切腹の時に着る裃の色ですよね。」
「そうらしい。武士はいつも死と隣り合わせだからな。そういう意味も込めて作ったんだろう。それにしても、派手な隊服だな。」
「目立っていいじゃないですか。」
「そうか?俺は派手だと思うが。でも、これを着ていたら、うちの隊のものだってすぐわかっていいな。悪いこともできないだろう。」
「悪いことって、なんですか?」
「押し借りとかな。」
「芹沢さんですか?あれは治らないでしょう。」
「お前、ずいぶん辛口なことを言うな。でも、俺もそう思っていたが。今は我慢するしかないのかもしれないな。現に、あの人のおかげで隊服ができたわけだし。」
「そうですね。」
芹沢さんは、いい人なんだか、悪い人なんだか本当にわからない。
ただ分かっていることは、多分、今年の9月に内部粛清で殺されるということ。それまでになんとか心を入れ替えて、内部粛清を回避できればいいのだけど。
数日後、殿内さんと同じ派の人、阿比類さんが病死した。
私は話もしたことがないので、病死と聞いても、ピンっとこなかった。




