行軍録
行軍録がまた作られた。
第二次長州征伐に参加することを前提に作られたのだと思うのだけど……。
「新選組は長州に行かないと思うのですが」
土方さんにそう言うと、
「なんでそう思うんだ?」
と言われてしまった。
確かに、土方さんから見ればなんでそう思うんだ?と思うよね。
「そもそも、私たちって、京の平和を守るのが仕事であって、長州を倒すことではないです」
ごまかすために、ちょっと正論を言ってみた。
「ま、確かにそうだが、俺たちを預かっている会津藩から依頼があれば、すぐに出撃できる準備は必要だろう」
それはないと思うんだけどなぁ。
「でも、他の藩の人たちはみんな反対していると聞いたのですが……」
「そうなのか? 初めて聞いたぞ」
えっ、そうなのか?
「ち、ちまたの噂ですよ、噂」
何とかごまかした。
「ま、薩摩藩は反対しているようだがな」
そうだろう。
そろそろ薩摩と長州が同盟を結ぶのに影で動きがあってもいいころだ。
この時期は、幕府が長州に大坂に来いっ!と呼び出したのだけど、長州は今病気で動けないからと言って断ってきた。
そんなわけで、長州に対する処分が出来ず、幕府の士気も下がり、財政も悪化しはじめ、家茂公がいつ江戸に帰ると言い出すかわからない状態になった。
その状態を少しでも良くしようと思い、一橋慶喜が家茂公を京へ呼び、京で会議が開かれているという状態だ。
でも、この状態ってきっとまだまだ続くんだよなぁ。
実際に動くのは、確か来年だったはず。
「おいっ!」
土方さんにそう呼ばれて気がついた。
「な、何ですか?」
「お前、何考えこんでいたんだ? 心ここにあらずって感じだったぞ」
そ、そうだったか?
「長州征伐の未来を考えていたのですよ」
「嘘つけ」
私が言うと、即答でそう言われてしまった。
本当に考えていたのだけど。
「お前が悩んだところで、解決するもんでもねぇだろう」
確かにそうなんだけどね。
「それより、この行軍録を総司にも教えて来い」
そうだ、そっちの方が大事な仕事だ。
教えないと、沖田さんいじけそうだしなぁ。
いじけたらやっかいなので、説明に行ってこよう。
「行ってきます」
そう言って、部屋を出て、沖田さんの部屋に行った。
「僕はいつも思うのだけど、蒼良は、不満はないの?」
沖田さんに土方さんが作った行軍録を見せたら、そう言われてしまった。
「なにに不満を持つのですか?」
「だって、いつも蒼良の名前がないじゃん。蒼良は他の隊士と比べるとよく働いているよ思うけどね」
沖田さんのその気持ちだけで、私はありがたいなぁと思う。
「きっと、女だからという理由で外しているんだよね、土方さん」
な、なんでそこまでわかるんだ?
「そ、そんなことはないと思いますよ」
「土方さんも、蒼良が女だって知っているんでしょ?」
そりゃあもう、一番最初にばれましたよ。
「土方さんは、何かあった時の逃げ道だって言ってましたよ。私も、別に不満はないです」
「蒼良は、えらいねぇ」
そう言いながら、沖田さんに頭をなでられた。
なんか、壬生の子供たちの頭をなでるのと同じ感覚でなでられているような感じがするのは、気のせいか?
「でも、ちょっとは欲を出してもいいんじゃないの?」
「いや、欲なんてないですよ。みんなが、長州に行っている間、屯所を守るのも立派な仕事です」
長州なんて、みんな行かないんだけどね。
「僕も、長州いかないと思うけどね」
沖田さんが、少し寂しそうに言った。
「なんでですか?」
「労咳だから、土方さんに留守番させられると思う。安静にしていないといけないしね」
「でも、行軍録にはちゃんと沖田さんの名前が入っていますよ。その時までに元気になるように、今、安静にしていないと」
「元気になっているかなぁ」
遠い目をして沖田さんは言った。
「大丈夫ですよ。第一、長州征伐に新選組は行きませんから」
「なんで、そんなことがわかるの」
しまった、失言だっ!
「か、勘ですっ!」
再び勘でごまかしたのだった。
「ところで、壬生で大砲の調練しているらしいね。暇だから見に行きたいなぁ」
沖田さんがそう言ってきた。
「今日は調子がいいんだよねぇ」
まるで、私に誘ってほしいような感じで言っているような感じがするのだけど。
「安静ですよ」
「見るだけだし、いいじゃん。それに、蒼良が前言ってたじゃん。病気治癒のお地蔵さんがいるって」
「ああ、夜泣き地蔵ですね」
「そこにも行ってみたいし」
「でも、沖田さんは行ったことがあるんじゃないのですか?」
前にそんなようなことを言っていなかったか?
「蒼良」
改めて、沖田さんに名前を呼ばれた。
「な、何ですか?」
こういう時って、ろくなことがないんだよなぁ。
「暇なんだよ」
そ、そうなのか?
「そりゃ、一応病人だし、安静が一番なので、仕方ないと思うのですが……」
「蒼良は、僕が暇すぎて死んじゃってもいいんだ」
暇すぎて死ぬ人なんているのか?
「死んじゃってもいいとは言ってないじゃないですか。死んだら困るから……」
私がそう言うと、途中でさえぎって、
「困るよね、困る。うん、困る。だから、壬生寺に行こう」
なんでそう言う話になるんだ?
沖田さんは、さっと立ちあがり、座っていた私の手を引いた。
仕方ないなぁ。
壬生寺に行くぐらいなら大丈夫だろう。
大砲を打ちに行くわけじゃないし、遠くまで歩いていくわけじゃない。
というわけで、沖田さんと壬生寺に行くことになった。
「おお、今日は一番隊組長自らが出てきましたか」
そう言って迎えてくれたのは、武田さんだった。
その横にいた原田さんは、武田さんの大げさな歓迎に顔をしかめていた。
「大砲の使い方を説明しましょうか?」
武田さんが、沖田さんにそう言いながらすり寄ってきた。
「総司にすり寄ってどうするつもりなんだ?」
原田さんが、武田さんの様子を見て、げんなりしたような感じで私に言った。
「なんで沖田さんにすり寄っているのですか?」
近藤さんや土方さんならわかるけど、一番隊組長も五番隊組長も大して変りないと思うのだけど。
「一番隊組長だからじゃないのか? 先頭を務めるし総司も隊の中では一番強いからな」
確かに、それは言えるかも。
「武田さんって、えらい人には誰でもすり寄るんですね」
「それが、武田だろう」
確かに。
原田さんのその言葉で笑ってしまった。
「蒼良、僕は蒼良から聞きたいんだけど」
沖田さんは武田さんを無視して私を呼んでいた。
無視してまで呼ばなくてもいいだろう。
私が武田さんに恨まれたらどうすんだ?しかも、彼に襲われた過去もあるのだぞ。
「武田さんの方が詳しいと思いますよ」
武田さんの顔を立てるためにそう言ったのだけど、
「沖田さんがそう言うのなら、蒼良のほうがいいでしょう」
と、固まった笑顔で武田さんはそう言った。
その固まった笑顔が怖いのですが。
武田さんの方をちらっと見ながら沖田さんの方へ行った。
「武田、こっち頼む」
と、原田さんが呼んでいたので、後のフォローは原田さんがしてくれるのだろう。
私も、大砲はそんなに詳しくはないので、この前教わった通りのことを教えた。
「こんなものがあるのなら、刀なんていらないね」
そう言った沖田さんが、少し悲しそうだった。
「そんなことはないですよ。これだって、かなり古いものだと思いますよ」
「え、そうなの? 新しそうに見えるけど」
「使っていなかったものを出してきて、何とか直して使えるようにしたんじゃないですか?」
「へぇ。じゃあ今は何が一番新しいの?」
確か……
「アームストロング砲だったと思いますよ」
イギリスで製造されて、アメリカの南北戦争で使われたものが日本に来たと聞いたことがある。
「え、あーむすとろんぐほう?」
沖田さんと原田さんの声がそろって聞こえた。
「あれ? 原田さんは武田さんの面倒を見に行ったのでは?」
「ああ、めんどくさいから、屯所に返した」
めんどくさいから返したって、そう言うことが出来る原田さんが逆にすごいなぁ。
「そのなんだか砲ってやつ、蒼良は見たことあるの?」
沖田さんに聞かれた。
「博物館かなんかで見たことがありますよ」
多分だけどね。
その時に、原田さんにひじで突っつかれた。
「もしかして、それは未来にある物か?」
小さい声で原田さんに聞かれた。
あっ、そうだ。
未来にある物であって、この時代にはない。
それを察した原田さんは、
「ほら、たまたま見たんだろ?な、蒼良」
と、ごまかしてくれた。
「そ、そうなんですよ。お師匠様と日本各地を歩いていたので」
「へぇ。その、何とか砲って日本にあるんだ」
沖田さんに聞かれ、
「たぶん、薩摩あたりにはもうあるんじゃないですか?」
と私が言うと、再び原田さんにひじて突っつかれたが、その原田さんも、
「そうなのか?」
と驚いていて聞いてきたのだった。
本当はこっちがメインだったと思うのだけど。
そう思いながら、夜泣き地蔵のところへ行った。
「なんだ、ここに用があったのか?」
原田さんにそう言われた。
「蒼良が夜泣きをするから、それをやめさせるためにね」
「お、沖田さん。な、何を言っているのですかっ!」
「土方さんがこの前言っていたよ。蒼良に夜中に起こされて厠に連れてかれたって」
確かにそんなことがありましたよ。
「あれはですね、斎藤さんが怖い話をするからですよ」
「わかったから。とにかくここに用があったのだろう? なら用を済ませ」
原田さんがなだめるようにそう言ってきた。
沖田さんと二人でお祈りをした後、壬生寺を後にした。
「行軍録に、蒼良の名前が無かったな」
壬生からの帰り道、原田さんもそう言ってきた。
「やっぱり、左之さんもそう思うでしょ? 蒼良もそろそろ行軍録に加えてもいいと思うんだけどね。でも、蒼良は留守番するって」
「屯所を守るのも、立派な仕事でしょう」
「でも、蒼良は、それで満足なのか?」
原田さんに聞かれた。
いや、満足も何も、私たちが長州に行くことはないから。
「だから、僕も蒼良と留守番するよ」
沖田さんが、私の肩を抱き寄せてそう言った。
「はあ? 総司何言ってんだ? お前も行軍録に入ってんだろう?」
「左之さん、巡察にも参加していない人間が、長州に行けると思う? というわけで、僕は蒼良と留守番ね」
私の肩を抱き寄せたまま、原田さんに背を向けて手を振った沖田さん。
「ちょっと待てっ! そんなのずるいぞ」
そう言って追いかけてくる原田さん。
ところで、何がずるいんだ?
「ずるくないさ。左之さんはちゃんと行軍録に入っているんだから」
「それは総司もそうだろう?」
「だから、僕は無理だからね」
「威張って言う事じゃないだろう」
しばらく言い合いしていた二人。
「大丈夫ですよ。新選組が長州に行くことはないし、この行軍録が使われることは多分ないですからっ!」
そんな言い合いをしていた二人に思わず言ってしまった。
「えっ?」
二人の言い合いは止まったけど、二人の視線は私に向いていた。
さぁ、どうやってごまかそうか。




