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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応元年9月
217/506

恋文

「おい、肥後藩の場所はわかったか?」

 突然土方さんに聞かれた。

 その話は先日終わったんじゃなかったのか?

「わかりません」

 あれから全然調べていないから、そんなものはわからない。

 すると、土方さんは地図を出してきた。

 土方さんに見せられた地図は、丸い島のようなものが四つ大まかに書かれている物だった。

 真ん中に細長い丸で書かれているのが本州らしい。

「ここだ」

 と言って土方さんが指さしたところは、九州だった。

 九州のそこら辺にあるところと言えば……。

「熊本?」

 思わずつぶやいてしまった。

「なんだ知っていたじゃないか」

 えっ?

「肥後藩は、熊本藩ともいうらしいぞ」

 そうなのか?

 それならわざわざ肥後藩と言わないで熊本藩と言ってくれればわかったのに。

「なんだ、知っていたのか」

 土方さんは少し残念そうに言った。

「熊本藩ならわかりましたよ。それにしても、ずいぶんと簡単に書いてある地図ですね。もっといい地図があると思うのですが」

 伊能忠敬が作った地図があると思うのだけど。

「もっといい地図か?」

「伊能図とか」

 私がそう言ったら、

「伊能図? なんだそりゃ」

 し、知らないのか?

「地図ですよ。伊能忠敬という人が、測量をして正確な日本地図を作ったのですよ」

「そんなことは初めて聞いたぞ」

 そ、そうなのか?本当に知らないみたいだ。

「お前は、変なことに詳しいよな」

 この時代に来てよく言われますよ。

 今回は、肥後藩が熊本にあるとわかったのがいい収穫だったかな。


 屯所の庭に出ると、門のところに影がチラッと見えた。

 なんだろう?

 そう思って門に近づくと、

「きゃあー」

 と悲鳴をあげられて、逃げられてしまった。

 一瞬しか見ていないからわからないけど、女の子だったような……。

 向こうがきゃあーと悲鳴を上げて逃げて行ったが、こっちもきゃあと悲鳴をあげたいぐらい驚いたぞ。

 それにしても、何だったんだ?

 そう思って屯所に入ろうと思っていたら、道の曲がり角からさっきの女の子がすごい勢いで出てきて、こちらに走って向かってきた。

 な、なんだっ!

 私にぶつかってくるんじゃないかという勢いで走ってきたかと思ったら、私の目の前で止まった。

 な、何?

「こ、これを藤堂さんに渡してください」

 そう言って、手紙らしきものを渡してきた。

 ためらっていると、手紙を押し付けられたので、思わず受け取ってしまった。

 私が受け取ったとわかったら、再びダッシュで去っていった。

 な、何だったんだ?

 これを藤堂さんに渡せばいいんだな。

 今度こそ屯所に入ろうと思い、門をくぐった。

 くぐった時に、お坊さんが一人いた。

 ここは西本願寺だから、お坊さんの一人や二人は必ずいるし会う。

 しかし、そのお坊さんはなんか怒っているのか、怖い顔をして私をにらんでいた。

 私、何かやったか?

「あんたっ! 新選組の人やなっ!」

 ほとんど怒鳴るような声で言われた。

 そうか、毎日お経を唱えるから、声もよく通る声なんだなぁ。

 なんて、意味のないことを考えてしまった。

「あんたらには、ほんまに困っとるんやっ!」

 本当にこのお坊さん、怒っているぞ。

 何かやったか?

 もしかして、この前永倉さんが酔っ払って、本堂の横でそそうをしたのがばれたとか?

 あ、それとも、お寺の中に柿の木があって、美味しそうに柿がなっていたから、原田さんと美味しくいただいたことがばれたとか……。

 あ、それとも……って、私どんだけ悪いことをしているんだ?

 一つは永倉さんだけど、止めることが出来なかったから、怒られても仕方ないよね。

「これ」

 お坊さんは、手紙を私の方に乱暴に出してきた。

「え?」

「え? やないっ! これをあんたの局長に渡してやっ!」

 これも、押し付けられてきたので、さっきの女の子の時と同様に受け取ってしまった。

「ほな、頼んだでっ!」

 お坊さんは怒りながら去っていった。

 これは、近藤さんに渡せばいいのかな。

 土方さんでもいいか。

 なんか私、郵便屋さんになっているよなぁ。

 そんなことを思いながら屯所の中に入った。


「おい、これは本当に坊主がよこしたのか?」

 お坊さんからもらった手紙を見ながら、土方さんはそう言った。

「坊主って、失礼じゃないですか」

「坊主を坊主と言って何が悪い。で、本当に坊主がよこしてきたのか?」

「はい。なぜか怒っていて、局長に渡せって」

「えっ、近藤さんにか?」

 何をそんなに驚いているんだろう。

「局長と言っていたので、近藤さんじゃないかと思うのですが」

「それで、なんでお前はこれを俺に持ってきたんだ?」

 なんでそんなことを聞かれるんだ?

「近藤さんも忙しくていつもいないので、土方さんでいいかなぁと思ったもので」

「俺も坊主からこんなものもらっても嬉しくねぇな」

 土方さんはそう言うと、ビリビリと手紙を破いてしまった。

「ええっ、いいのですか?」

「近藤さんに見せる物でもねぇからな。気持ちわりぃなぁ」

 破いた後に、両手をパンパンと叩きながら払っていた。

 そんな、汚いものをさわってしまったかのようにしなくても。

 ま、怒りながら渡してきた文だから、内容もいいものじゃないだろう。

 藤堂さんの文も預かっていたなぁ。

 私は、藤堂さんを探しに行った。


 藤堂さんは巡察に出ていたので、あったのは夕方だった。

「藤堂さんに渡してくれって。女の子からでしたよ」

 多分、ラブレターだと思うのだけど。

「え、女の子から?」

 藤堂さんは、怪訝そうな顔をして受け取った。

 そして、手紙に目を通した。

蒼良そら、本当に女の子からだったの?」

 なんでそんなことを聞くんだ?

「そうでしたよ。私に文を押し付けて逃げるように去って行ったから、多分ラ……恋文だと思いますよ」

「えっ? これが恋文?」

 えっ?違うのか?

 横から文をのぞいてみたけど、やっぱり芸術すぎるその文字が読めなかった。

「な、なんて書いてあるのですか?」

「簡単に言うと、あなたたちの行動、行為にこっちも我慢の限界だ。別な場所を屯所にしてほしい。という内容だけど」

 それはどう見てもラブレターじゃないよなぁ。

 あの女の子がこういうことを書いたのか?

 私たちの日ごろの行動を知っていたのか?

 いや、違う。

 もう一つ、文を受け取らなかったか?

「ああっ!」

 重大なことに気がつき、思わず大きな声で言ってしまった。

「びっくりした。蒼良、どうしたんだい?」

「間違えて渡しました」

「えっ?」

 藤堂さんに、お坊さんからも手紙をもらった話をした。

「と言う事は、私あての手紙は土方さんに行ったと言う事だね」

「そうなりますね」

 恋文だと思われるものは土方さんのところに行ったと言う事だ。

 確か、破いていたよなぁ。

 でも、つなぎ合わせたら、元に戻るかもしれない。

「蒼良、別にいいよ。きっと大した内容じゃないだろうから。むしろ、こっちの文を見せる方が大事だと思うけど」

 そうだよね。

 藤堂さんから文をもらい、再び土方さんのところへ行った。


「なんだ、こっちが坊主からの文か。びっくりしたなぁ」

 土方さんはそう言って私が持っていた文を手に取った。

「俺はてっきり、坊主が近藤さんに愛を告白するのかと思ったぞ」

 やっぱり、藤堂さんあての文はラブレターだったんだ。

 私は、くずかごからビリビリの文を拾い、ジグゾーパズルをつくるかのように引っ付けていった。

 細かく破かれていなかったので、何とか読めそうなんだけど……

 はぁ。

 思わずため息をついてうつぶせになってしまった。

「なにしてんだ、お前」

 土方さんはお坊さんからの文を読み終えたのか、その手紙をたたみながら言った。

「読めません」

 あまりに女らしい字で読めなかった。

 これは、土方さんの字みたいだ。

「俺は、今までお前がどんな教育を受けてきたか興味はないが、文字は勉強してこなかったのか?」

「してきましたよ。ちゃんと小さいときにしましたよ」

「じゃあなんで読めねぇんだ?」

「普通に書いてくれればいいじゃないですか。なんでわざわざ文字を続けて書くのですか?」

 一つ一つ丁寧に書いてもらえれば読めるんだ。

 土方さんは、チラッと組み立てた手紙を見ると、フウッと息を吐いて全部飛ばした。

「ああっ! なんてことをっ!」

 せっかく藤堂さんに渡せると思ったのに。

「この手紙の女も、藤堂と縁がなかったと言う事だな」

 そ、そうなのか?

 とにかく、藤堂さんに謝らなくては。


「と言う事で、すみません」

 あの後、藤堂さんに全部話した。

「プッ」

 藤堂さんは吹き出していた。

「お坊さんが近藤さんに恋文ねぇ。ごめん。笑いが止まらない」

 いや、その手紙は本当は藤堂さん宛てでしたからね。

「蒼良、気にしなくてもいいよ。その文を見たとしても、私は見なかったことにすると思うから」

 えっ、そうなのか?

「せっかく女の子がかいてくれた恋文ですよ」

 私なんか、男の子からラブレターなんてもらったことないのに。

 ちなみに、メールもない。

「私は、蒼良が書いた恋文なら受け取るけど、他の女の人が書いた恋文は受け取らないから」

 ええっ!そ、そうなのか?

「私、恋文なんて書いたことないですよ」

「それなら私に書いてよ」

 藤堂さんはいたずらっ子のような笑顔でそう言った。

 いや、それは無理だ。

「無理ですよ。恋文じゃなくて、変文になりますからね」

 私がそう言ったら、藤堂さんは再び吹き出した。

 いや、本当にシャレにならないからねっ!

 それにしても、手紙を渡し間違えてしまうとは。

 お坊さんはいいとしても、女の子の方は申し訳ないなぁ。

「もしかして、申し訳ないと思ってる?」

 藤堂さんが、私の顔をのぞき込んできた。

「はい」

「それなら、明日、私に付き合ってよ」

 えっ?

「なにに付き合うのですか?」

「内緒。明日のお楽しみで」

 藤堂さんはそう言って去っていった。

 藤堂さんは、私に何をさせるつもりなんだろうか?


 次の日、藤堂さんに付き合っていったところは、醍醐寺(だいごじというお寺だった。

「ここの紅葉がいいと聞いたから。一度蒼良を連れて来てみたかったんだ」

 確かに、紅葉が綺麗だ。

「でも、ここは桜も有名ですよね」

 桜が綺麗で、豊臣秀吉が花見をしたところで有名だ。

「うん、桜もそうなんだけどね。秀吉はここで紅葉狩りも計画していたらしいよ」

 そうなんだ。

 計画していたと言う事は、実行に移されたのかなぁ?

 弁天堂というところに橋が架かっているのだけど、そこからの紅葉は特別に綺麗だった。

 橋の色も朱色だったこともあったと思うし、池に紅葉がうつっていたせいもあったと思う。

「蒼良の時代にも、このお寺はまだあるの?」

「ありますよ。聞いたことあります」

「聞いたことがあるっていう事は、まだ行ったことが無かったんだね」

 藤堂さんに言われて、私はうなずいた。

 現代に戻ったら、ここにもまた来てみよう。

「藤堂さん、付き合うって、これだけでいいのですか?」

「これだけでいいって?」

「私は、てっきり罰ゲームのようなことをさせられるのかと思いましたよ」

「えっ、ばつげえむ?」

 この時代にはなかった言葉だよね。

「罰ですよ。お仕置きというか、そんな感じのものです」

「お仕置きしてほしかったの?」

 藤堂さんに聞かれて、ブンブンと首を振った。

「なんだ、てっきりしてほしいのかと思ったよ」

 そんなもの、してほしい人なんていないだろう。

「あともう一つ頼みがあるのだけど」

 藤堂さんが、紅葉を見ながらそう言った。

「何ですか?」

「私が好きなのは、蒼良だ。だから、もう二度と他の女性から私あての手紙を受け取らないでほしい。蒼良から他の女性からの恋文をもらうとは思わなかったよ」

 どう返事したらいいのだろう。

「すみません」

 なんだかわけがわからなくって、なぜか謝っていたのだった。


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