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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応元年9月
215/506

松原さんの恋

 巡察から帰ってくると、永倉さんと原田さんがやってきた。

蒼良そらお疲れ様」

 原田さんがそう言って、頭をなでてきた。

「お二人はこれからどこかに行くのですか?」

 私が聞くと、永倉さんが嬉しそうな顔をした。

「これから島原に行くんだ。蒼良も行くか?」

 永倉さんが私を誘ってきた。

 いつもなら断るのだけど、この前牡丹ちゃんが協力してくれたお礼をまだしていなかったから、お礼がてら行ってみようかな。

「行きます。支度してきますので、待っていてくださいね」

「蒼良が行くなんて、珍しいな」

 永倉さんのそんな声を背中で聞きながら、屯所に戻った。

 支度が終わって永倉さんたちと会った場所に行ったら、二人は待っていてくれた。

「よし、行こうか」

 原田さんのその声を合図に、島原に向かって歩き始めた。


 その島原へ行く途中でのこと。

 松原さんという四番隊組長をしている人を見かけた。

 知らない人ではないので、

「こんばんわ」

 と声をかけたら、松原さんの体がびくっとした。

 驚かしちゃったかな。

「すみません、驚かしちゃいましたね」

 私がそう言うと、松原さんは、チラッと私たちを見るとペコッと頭を軽く下げて言ってしまった。

 あれ?あんなに暗い人だったか?

 確か、もうちょっと明るい人だと思ったのだけど。

 しかも、山南さんが生きていた時は、新選組の中でも山南さんと並んで親切な人と言われていた人だ。

 でも、今見た松原さんはそう言う感じが全然しない。

「いったいなにがあったのですかね」

 思わず口に出していた。

「ああ、松原か?」

 原田さんが聞いてきた。

 私はコクンとうなずいた。

「最近おかしいんだよな」

 原田さんも私と同じことを思っていたらしい。

「お前らは鈍いなぁ」

 前を歩いていた永倉さんが私たちの方を振り返ってそう言った。

「それは恋をしているからに決まってんだろ」

 そ、そうなのか?


「松原は、女の家に通っているんだ」

 永倉さんがお酒を飲みながら得意げに話をした。

 島原に着き、牡丹ちゃんと楓ちゃんに来てもらい、一緒に楽しむことになった。

 でも、さっきの松原さんの暗い顔が横切ってなかなかお酒が進まない。

「蒼良、もうそんなに飲んでいるのか?」

 原田さんにそう言われたけど、お酒が進まないのだ。

「蒼良は酒が強いからな」

 永倉さんにもそう言われているけど、進まないものは進まないんだ。

「蒼良はん、飲みすぎ注意やで」

 牡丹ちゃんにも言われているけど……。

「でもあの顔は、女のところに通っていくような顔じゃなかったぞ」

 原田さんの言う通りなのだ。

 好きな人に会えるんだから、もっと嬉しそうな顔をしてもいいだろう。

 なんであんなに悲愴な顔をしているんだ?

「そんなことまで俺は知らないよ」

 永倉さんはそう言ってお酒をくいっと飲んだ。

 そうだよなぁ。

 山崎さんあたりに聞いて、調査してもらうか?

 でも、人のことだしなぁ。

 そこまで口出すのもおかしいよなぁ。

「ところで、お前たち付き合っているらしいな」

 永倉さんが突然、私と牡丹ちゃんを見て言った。

 えっ、付き合っている?

「近藤さんに話を聞いたぞ」

 ああ、その話か。

「新八、何言ってんだ?」

 原田さんは、私が女だと知っているので、永倉さんの言っていることがおかしく聞こえるのだろう。

 なんせ、女と女が付き合っていると言っているのと同じことだから。

「だって、近藤さんが言っていたぞ。蒼良に結婚話を持って行ったら、隣にいる女を連れてきて、この人と付き合っていると言ったって。なぁ」

 最後に私に相づちを求めてきた永倉さん。

「はい」

 と、私は言った。

「蒼良、どういうことだ?」

 原田さんが、永倉さんに聞こえないぐらいの小さい声で聞いてきた。

「近藤さんに結婚話を持ちかけられて、断り切れなかったから、牡丹ちゃんに頼んで、付き合っていることにしてもらったのです」

「なんだ、そうだったのか。大変だったな」

 原田さんはそう言いながら私にお酌をしてくれた。

「一人もんは辛いなぁ」

 永倉さんはそんなことを言いながら、お酒を飲んでいた。

「一人を謳歌しているくせに何言ってんだ」

 原田さんが永倉さんにそう言うと、永倉さんは、エへへと笑っていた。

 その間も、松原さんのことが気になっていた。

 本で松原さんのことが書いてあったような、なかったような……。

「ああっ!」

 思い出したっ!

 思い出した勢いで、思わず叫んでしまったので、それに驚いた永倉さんがお酒を吹き出していた。

 永倉さんは向かい側に座っていたので、思いっきり、そのお酒が飛んできた。

「新八、汚ねぇぞ」

 そう言った原田さんも、咳き込んでいた。

「いきなりなんだよ」

 永倉さんに聞かれた。

「松原さんのことですよ」

「それがどうかしたのか?」

 隣に座っている原田さんが心配そうな顔をして私の顔をのぞき込んでいた。

「相手の女の人は、松原さんが数か月前に斬った人の奥さんですよ」

「ええっ!」

 二人は驚いていた。

 そりゃ驚くよね。

 まるでドラマの世界だわ。

「松原が人を斬るって、ありえないだろう」

 私の話を信じられないのか、永倉さんがそう言ってきた。

「いや、お酒を飲んで酔っていたらしいですよ。そこで喧嘩になって相手を斬り殺してしまったようです」

「そうか。酔っていたらあり得るなぁ」

 永倉さんは、私の話に納得したらしい。

「でも、なんで自分が殺した男の妻と恋人になってんだ?」

 今度は原田さんが聞いてきた。

「松原さんは親切な人だから、殺してしまってから、えらいことをしてしまったと思ったみたいで、せめて遺体を家族のもとへと思い、男の身元を調べて遺体を運んだところが……」

「その女のところだったと言う事だな」

 原田さんがそう言ったので、私はうなずいた。

「で、相手の女は、自分が付き合っている男が自分の旦那を殺したことを知っているのか?」

「いや、知らないと思うぞ、新八。言えないからいつ言おうか悩んでいるのだろう。だから、あんなに暗い顔をしていたんだ」

「なるほど、言いたいけど、顔を見ると愛おしさが込み上げて来て、嫌われることの方が怖くなって言えなくなるんだな」

 永倉さん、詳しいなぁ。

「経験者は語るだ」

 永倉さんはそう言うと、またお酒を飲んだ。

 そうなのか?と思って原田さんを見ると、首を振っていたから、永倉さんはそんなことを経験していないらしい。

 私もそうなんだけどね。

「で、なんで蒼良がそこまで知ってんだ?」

 永倉さんにそう聞かれた。

「そう言えばそうだよな。蒼良は、松原と親しかったのか?」

 原田さんにも聞かれた。

 まさか、未来で本に書かれていますよなんて言えないので、

「勘ですっ!」

 と言ってごまかした。

「すごい勘だな。あてになるのか?」

「何言っているんですか、永倉さん。私の勘は当たると評判なのですよ」

 評判かどうかわからないけど、そう言っておいた。

 そしてこの日の帰りは、お約束通り永倉さんが酔いつぶれ、いつ戻り原田さんがかついで帰ったのだった。

「蒼良、蒼良の話がもし本当だったら、えらいことだぞ」

 永倉さんをかつぎなおしながら原田さんが言った。

「どうしてですか?」

 どうえらいことになるのだろう?

「土方さんに知れたら、怒られるぞ」

 そ、そうなのか?

「士道に背いたという規則にふれるだろう」

 えっ、そうなのか?

「自分が殺した男の妻と仲良くなったら、そうなるだろう」

 そうなんだ。

 ドラマみたいだなぁと思っていたんだけど。

 そう言えば、本でもそんなことが書いてあったよな。

 書いてあったよっ!

「切腹させられてしまうのですか?」

「たぶん、そうなるだろうなぁ。それにしても、新八のやつ重いぞっ!」

 原田さんはそう言いながら、再び永倉さんをかつぎなおした。

 なんとか、切腹させずにすむ方法があるといいのだけど。


 次の日、部屋に行くと土方さんと松原さんが向き合って座っていた。

 ものすごく、険悪な雰囲気だった。

「武士としてあるまじき行為だ。女と手を切るか、切腹するか選ばせてやる」

 もしかして、もう土方さんに知られたのか?

「わかりました」

 松原さんは昨日見た時と比べると、一段と暗い顔をして部屋を出て行った。

「土方さん、もうわかっちゃったのですか?」

 松原さんが出た後、恐る恐る土方さんに聞いてみた。

「わかっちゃったって、お前知っていたのか?」

 ブンブンと首を振った。

「私だって、昨日知ったばかりですよ」

 昨日見かけて初めて本で読んだことを思い出したのだ。

「そうか、ならいいが。自分が殺した男の妻と恋仲になるなんて、あいつは何考えてんだか」

 土方さんはため息をつくと、文机に向かって、書き物を始めた。

 私は、松原さんが心配だったので、急いで追いかけた。


 屯所の玄関でやっと追いついた。

 松原さんは出かけようとしていた。

「ちょっとお話ししていいですか?」

 私が聞くと、遠い目をして松原さんはうなずいた。

 これは、本当に思いつめているなぁ。

 屯所の縁側に移動すると、原田さんがいた。

「あれ、珍しい奴と一緒だな」

 原田さんはそう言って近づいてきた。

「原田さん、昨日言っていていたことが現実になってしまいました」

「えっ、土方さんにもう言われたのか?」

 原田さんは松原さんの顔を見ながら聞いてきた。

「はい。切腹か、女と別れるか選べと言われていました」

「まったく、土方さんは鬼だよなぁ」

 鬼になりたくて鬼になっているわけではないことはわかっているのだけど、たまに豆を投げつけたくなるぞ。

「よし、松原、話を聞かせろ」

 原田さんも縁側に腰を掛けた。

 松原さんの話は、私が話した話とだいたい同じだった。

 違うところは、遺体を運んだ時、美人な奥さんと病気の子供がいて、それを見て自分はとんでもないことをしてしまったと思ったらしい。

 でも、自分が斬ったとはいえず、償いのためにお金を渡して世話していたのだけど、いつの間にか好きになってしまったらしい。

 そして、病気の子供は死んでしまい、松原さんは必死で奥さんをなぐさめているうちに二人の間には恋が芽生えてしまったらしい。

「言わなければと思っていたが、なかなか言えなかった。今日こそはと思って屯所を出るのだが、彼女を前にすると言えないのだ」

「そりゃ、言えないだろう。もし俺が松原でも言えないさ」

 原田さんはそう言ってなぐさめていた。

「で、結局言っていないわけですね」

 私が聞いたら、松原さんはうなずいた。

 まずやるべきことは、これだな。

「私たちも彼女の家に行きますから、松原さん、すべてを話しましょう。それで彼女の気持ちが変わらなければ、そのまま彼女と逃げればいいと思うのですが」

「蒼良、それじゃあ脱走だろう。切腹だ」

「原田さん、どっちにしろ切腹なのですよ。このままでも脱走しても。それなら少しでも生きる可能性が高い方を選んだほうがいいじゃないですか。脱走して逃げ切れれば助かるのだし。どうですか?」

 松原さんに聞いた。

 松原さんは、遠い目をしたままだった。

「蒼良の言う通りだな。よし、俺も手伝うぞ。とにかく彼女に話に行こう」

 原田さんが松原さんを立たせた。

 そして3人で彼女の家に向かったのだった。


「だからやったのですね」

 松原さんは、泣きながら全部彼女に話した。

 彼女は冷静に話を聞き、最後のそう言ったのだった。

「なんでこの人はうちに親切なんやろうと思うとったんや。そう言うことやったんやね」

「でも、あなたを好きだという気持ちは変わりません」

 松原さんは、涙を流しながら彼女の目を見て言った。

「うちも同じ気持ちどす。亡くなった主人より、あんさんの方が好きや」

 彼女のその言葉を聞き、思わず原田さんとうなずき合ってしまった。

 やった、両思いじゃないか。

 しかし松原さんは、

「一緒に死んでくれるか?」

 と言っていた。

 なんでそこで死ぬ話になるんだ?

「おい、俺たちは松原を死なせないためにここにいるんだ。簡単に死ぬなんて言うな」

「でも、このままだと、みんなに迷惑になる。ここで彼女と一緒に死にます」

「松原さん、生きることを考えましょうよ」

「いや、自分が斬った人間の奥さんを好きになるなんて、いけないことなのです」

「たまたま斬った人の奥さんを好きになっただけじゃないですかっ! 好きになって、その奥さんの心まで松原さんは盗んだのだから、最後まで責任取りましょうよ。ここで一緒に死んだら、松原さんが斬った人は、ずうっと松原さんを恨むと思いますよ」

 私がそう言うと、原田さんはうなずきながら聞いていた。

「松原、選べ。ここで死にたいか? それとも彼女と幸せになりたいか?」

 原田さんが静かにそう聞いた。

「し、幸せになりたいですっ!」

 松原さんはそう言うと、泣き崩れた。

「よし、そうなったら話は決まった」

 原田さんはそう言って立ち上がった。

「なにをするのですか?」

「何言ってんだ? 蒼良が言ったのだろう? 脱走だ。手伝うぞ」

 そう来たか。

 よし、手伝うぞ。


 松原さんと彼女は少ない荷物で誰にも気づかれないように旅立った。

「東へ入ったらだめですよ。西に行ってください。長州以外の西へ。あ、大坂もだめですよ」

「そう言えば、前に脱走した隊士が大坂で見つかったなんてことがあったよな」

 原田さんが懐かしそうにそう話した。

 そんなことがあったか?あったような気もする。

「わかりました。二人にはお世話になりました」

 松原さんと彼女は頭を下げて去って行った。

「蒼良、ここからが仕事だぞ」

 原田さんにそう言われた。

 ここからが憂うつな仕事なんだ。

 でも、これで二人の命が助かるのなら、やるしかないでしょう。


 みんなが寝静まった頃を見計らって、原田さんと屯所を抜け出した。

 ちょうど処刑をした男女の死体があると言う情報をどこからか原田さんが仕入れてきて、その遺体を引き取りに行った。

 死臭と言うものがあり、それがものすごく強かった。

「蒼良、我慢しろ。誰か身元が分からないぐらい遺体がいたんでいた方がいいんだ」

 それはわかっている。

 わかっているけど、臭いぞっ!

 でも、二人を助けるためと思って我慢した。

 二つの遺体を彼女の家に運び入れた。

「後は、みんなが気がつくまでそのままにしておけばいいだろう」

「臭いがすごいからすぐにわかると思うのですが」

「よし、雨戸を閉めよう。発見が遅れれば遅れたほうがいい」

 その分二人が逃げる距離も伸びる。

 そして、この遺体が二人のものだと勘違いしてくれたら、二人は永遠に逃げられるのだ。

 雨戸を閉めて彼女の家を去った。

「このままじゃ帰れないぞ」

 えっ、そうなのか?

「死臭が俺たちにもうつっているからな」

 ええっ!あわてて自分の着物の匂いをかいだ。

「自分の臭いはわからないだろう」

 原田さんは笑いながらそう言った。


 それから原田さんは宿に案内してくれた。

「今日は屯所に帰れないだろう。だから、宿を取った」

 すごい、気が回るなぁ。

 しかも、新しい着物まで用意してあった。

「原田さんがいなければ、私、何もできなかったです。ありがとうございます」

「いや、俺も、蒼良に助けられた。逃げてもそのままでも切腹なんだから、生きる可能性の高い方にかけるという言葉が胸に残ったよ」

 そうだったのか。

「先に風呂に入って来い。俺が見張っといてやるから」

 原田さんの言葉に甘えて、先にお風呂に入った。

 私が出てから原田さんが入ったらしい。

 はいったらしいというのも、もう記憶が無くなっていた。

 色々あった一日だったから、疲れてしまったのだ。

 次の日、朝起きて原田さんが先に起きていたから驚いた。

「お、おはようございます」

「おう。蒼良は本当にどこでも寝れんだな」

 原田さんは笑いながらそう言った。

 人間、どこでも寝れるようにならないと、疲れも取れませんからね。

 でも、男の人の前でも平気で寝れるって、私も考えたほうがいいよね。


 それから数日後の九月一日。

 松原さんが数日姿を見せないのと、彼女の家から死臭がすると言う事で、調査に入った。

 そこには、原田さんと一緒に運んだ遺体が二体あった。

 そこから、二人は心中したと言う事になったのだった。

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