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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応元年8月
210/506

奴茶屋

 8月になってから数件事件があった。

 まず、磐城平いわきたいら藩の藩士が詫び状を持ってきた。

 何の詫び状かというと、先月、うちの隊士が脱走をし、名古屋あたりで金策をしたという情報が入り、島田さんと伊東さんが東海道と中山道に分かれて行方を追うという出来事があった。

 その金策をした隊士を藩の中でかくまった人がいたという事だった。

 それで、申し訳ないと言う事らしい。

「申し訳ないと言われても、その隊士が捕まったわけではないので、何とも言えないですよね」

 謝ってくるのなら、捕縛して連れて来てくれればいいのになんて思ってしまう。

「そうだよなぁ」

 土方さんも、珍しく私に同調してきた。

「ところで、その隊士はつかまってないのですよね。場所も分かったことだし、捕縛しに行くのですか?」

 私が聞いたら、

「行かねぇよ」

 と、不機嫌な顔で言われた。

「なんでですか? 居場所がわかって捕まえることが出来るのですよ」

 なんか、土方さんらしくないなぁ。

「お前、磐城平藩の場所を知っていてそう言うのか?」

 え、場所?どこだろう?ここで聞くと、土方さんの雷が落ちてくるよな。

 足りない脳で必死に考えた。

 磐城平……いわきって地名があったよな。

 確か……

「福島っ!」

 自信をもってそう言ったら、

「なんだ、それは」

 と言われてしまった。

 まだ福島県はできてなかった。

「あのですね、東北……じゃなくて、茨城……じゃなくて……」

 説明するのが難しいなぁ。

 東北も、茨城もきっとまだないのだろう。

「お前は何が言いたいんだ?」

「あっ! 水戸の北ありますよね」

「そうだ。お前のことだから知らないと思ったぞ」

 頭を使ったかいがあった。

「ええ、そんなところまで逃げちゃったのですか?」

 追うのも大変じゃないか。

 っていうか、よくこの時代にそこまで逃げのびたよなぁ。

「追うのも時間がかかるからな。あきらめるしかねぇだろう」

 そうだよなぁ。

 新幹線があれば追っていきそうなんだけど。

 ま、逃げた隊士の運がよかったと言う事で。

 そして、もう一つ事件があった。

 島原の住吉神社の前で、一橋家の人と喧嘩したうちの隊士が相手を斬ってしまうという事件もあった。

「一橋家って、あの?」

「あのってなんだ?」

 あのって、あのだっ!

 じゃなくて、

「名門の方のですか?」

「お前も、一橋家が名門だって知ってんだな」

 当たり前だろう。

 江戸時代最後の将軍を出した家だろう。

 歴史で教わったぞ。

「お前のことだから、知らんと思ったぞ」

 私はどんだけバカになってんだ?


 さて、巡察と思っていたら、斎藤さんを見かけたので、斎藤さんの方に行った。

 ちょっと言いたいことがあったのよ。

「斎藤さん」

 私が呼び止めたら、

「なんだ?」

 と、何事もなかったかのように振り向いた。

 もう、何事もなかったかのような顔をしてっ!

「原田さんから聞きました。この前の幽霊の話、嘘だったみたいですね」

「ああ、その話か。嘘だ」

 あっさりと認めたぞ。

 嘘だ、じゃなくて、他に言うことがあるだろう。

「なんでそんな嘘を言ったのですか?」

「決まっているだろう。お前をからかうと面白いからな」

 そ、そうなのか?そんなに面白いのか?

「だからって、ついていい嘘と悪い嘘があるじゃないですか」

「嘘みたいな幽霊話を信じる方も悪いだろう」

 ま、確かにそうなんだけど。

 あ、丸め込まれてはいけない。

「とにかく、もう嘘はつかないでくださいね」

「さぁ、どうかな」

 斎藤さんは、ニヤッと笑った。

 さぁ、どうかなって。

「好きな女はからかいたくなるもんだからな」

 あんたは小学生かっ!

 それは小学生のレベルだろう。

「気がつかないか?」

 斎藤さんに突然聞かれた。

「なににですか?」

 何に気がつかないっていうんだ?

「ま、いい。話に聞いてはいたが、やっぱり鈍感だな」

 なんだ、そりゃ!

 再び怒ろうとしたら、

「巡察に行くんじゃなかったのか」

 と言われてしまった。

 そうだった。

 巡察に行くところだったのよ。

「じゃあな」

 斎藤さんは、ヒラヒラと左手を振って去っていった。

 さて、私も巡察に行かなくては。


「今日は、蒼良とか。俺の足を引っ張るなよ」

 そう言って、武田さんはワッハハと笑った。

 足を引っ張るなって、あんたの足を引っ張った記憶がないぞ。

 今日は、武田さんと巡察だ。

 はっきり言って、私は彼も嫌いだ。

 というのも、近藤さんのご機嫌をうかがってばかりいるので、近藤さんにベッタリだ。

 そして、他の隊士からも評判が悪い。

 人の手柄を自分の手柄にしてしまうのだ。

 かなり性格が悪い。

 おまけに男色と来ている。

 ちなみに、私も襲われかけたことがある。

 あの時は、女だとばれたのかと思い、寿命が縮んだ。

 早く巡察を終わらせよう。

 そういう時に限って事件があって、巡察が長くなる。

 この日もそうなった。


「なに、蹴上奴茶屋けあげやっこぢゃやで浪士が押し借りだとっ!」

 隊士から報告を聞いた武田さんが、大げさに騒いだ。

 押し借りなんていつもの事だろう。

 そんな騒ぐことのものじゃない。

「よし、早速行くぞ。蒼良、ちゃんとついて来い」

 この人は、いつから私にえらそうな口を利くようになったんだ?

 とっとと捕縛して早く屯所に帰ろう。

 そう思って、奴茶屋というところへ行った。

 そこに着くと、二名の浪士がいた。

 いや、浪士じゃない。

 どうもどこかの藩の藩士らしい。

「藩の藩士なら、その藩を調べて藩で取り締まってもらった方がいいと思います」

 下手に新選組が口を出すと、そのとばっちりが会津藩の方へ行ってしまう。

 それを避けなければ。

 しかし、時は遅かった。

 相手も刀を出していたから、こちらも刀を出した。

 そして斬り合いになり、一人死亡、一人は捕縛した。

 捕縛してから、二人が薩摩藩士だと言う事がわかった。

 とりあえず訊問をし、薩摩藩邸にお返ししたのだった。


「悪いことをしたのだから、薩摩藩士であろうとなんであろうと関係ないですよ。お仕置きしてらればよかったのですよ」

 薩摩藩士だからという理由で藩邸に返したことに、なんか納得できなかった。

「今は、薩摩との関係を崩すわけにはいかんだろう」

 土方さんがそう言ってきた。

「そんなこと言わなくても、崩れますよ」

 そのうち、薩長同盟が結ばれて、あっさりと敵になってしまうんだ。

「なにを根拠にそんなことを言うんだ?」

 あ、これは先の話だから、言わない方がよかったのかも。

「勘ですよ、勘っ!」

 いつも通り、勘でごまかした。

「お前も機嫌が悪そうだな」

 当たり前だ。

 武田さんは、例のごとく自分ひとりの手柄にして、刀が折れたのも、

「俺は刀が折れるほど敵と戦ったからな」

 と、言いふらしている。

 刀が折れるのは、あんたの使い方が悪かったんだろうがっ!

 って、言ってやりたい。

 ああ、腹が立つわっ!

「そんなに怒るな」

 土方さんにもそう言われたけど、武田さんのせいでイライラするのよっ!

「そういえば、お前は奴茶屋に行ったことあるか?」

「今日行きましたよ。薩摩藩士を捕まえにっ!」

「今日行ったことはわかってる。それ以外に行ったことあるのかって聞いてんだっ!」

 あ、そうだったのね。

「それはないです」

「じゃあ行ってみるか? 歴史も古い茶屋で、料理もうまいらしいぞ」

 えっ、料理?

「茶屋って、料理も出してくれるのですか?」

 甘味処のような感じのところじゃないのか?

 後で調べてみると、茶屋にも色々な種類があるらしい。

 この時代の旅は徒歩なので、街道に作られた少し休憩するそれこそ甘味処のような茶屋から、奴茶屋のように料理まで出してくれる茶屋もあるらしい。

「お前、本当に何も知らんのだな。よし、これから奴茶屋に連れて行ってやる」

 わーい、美味しいものが食べれるぞ。

「でもな、男二人で茶屋ってなんかなぁ」

 ここで、土方さんはためらうそぶりを見せた。

「女装でもしますか?」

「いや、女装して新八とかにまた会ってもなぁ。なるべくお前の女装した姿は他の人間に見せたくないからな」

 私は、別に他の人に見せても全くかまわないのだけど。

「そのままでいい。行くぞ」

 そう言って立ち上がったので、私も一緒に立ち上がって土方さんについて行った。


 ちなみに、これから行くところの奴茶屋の歴史が古く、話によると、楠木正成の曾孫という人が作ったらしい。

 楠木正成と言えば、室町時代の人だから、そこからしてもかなり歴史は古い。

 ちなみに、現代も場所は変わっているけどあるらしい。

 私たちが行ったのは、夕方だった。

「土方さん、昼間ゴタゴタしていたから、お休みなんてことはないですよね」 

 ゴタゴタも、私たちと薩摩藩士でおこしたんだけど。

「大丈夫だろう」

 土方さんの言うとり、奴茶屋はちゃんと営業をしていた。

 土方さんと中に入った。

「ここは、和宮様も立ち寄った由緒あるところらしいぞ」

 和宮と言えば、今の将軍家茂公の奥さんだ。

 そうなんだ、すごいところなんだなぁと思い、キョロキョロと見回してしまった。

「お前、行儀が悪いぞ」

 あまりにキョロキョロしていたので、土方さんに言われてしまった。

「すみません」

「珍しいのか?」

「はいっ! こういうところ、初めて来たので」

「お前のことだから、天野先生と来ていたと思ったぞ」

 あのケチなジ……お師匠様がこういうところに連れてきてくれるわけないだろう。

 料理も高そうなものばかり出てきて最初はためらいつつ口に入れていたけど、美味しかったので、最後の方は、遠慮なく食べていた。

 奴茶屋を思いっきり堪能した後は、もう武田さん云々の事は忘れていた。


「美味しかったか?」

 帰り道、土方さんに聞かれた。

「そりゃもう、美味しかったです。薩摩藩士も、押し借りじゃなく料理を食べればよかったのに」

「お前も面白いことを言うな。金がねぇから食えなかったんだろう」

 あ、そうか。

「土方さんは、お金があったのですね」

「俺のことは関係ねぇだろう」

 確かに。

 あそこで食事ができたと言う事は、お金があったと言う事だろう。

「お前の分までは払ってないからな」

 えっ?

「お前の分まで金が払えなかった」

 ええっ!そう言う事ってあるのですかっ!

「ど、どうすればいいのですか?」

 こういう時って、だいたいその店で働いて返すとかだよなぁ。

「しばらく、奴茶屋で働いたほうがいいのでしょうか? それでお金を返した方が……」

「それは、隊の規則に違反することだろう。勝手に金策してんだから」

 そ、そうなのか?

「それをしたら、切腹だ」

 ひぃいいっ!それは嫌だ。

 じゃあどうすればいいんだ?これじゃあ食い逃げじゃないか。

 押し借りとたいして変わらないぞ。

 どうすればいいんだ?

「嘘だ」

 ん?今、土方さんの口から、なんか聞こえたような。

「金払ってねぇっていうのは嘘だ」

 土方さんは、ニッコリと笑っていた。

 嘘なのか?

「な、なんでそんなことをっ!」

「斎藤が、からかうと面白いって言っていたからな」

 また斎藤さんかいっ!

「確かに面白かった」

 私はおもちゃじゃないんだぞっ!

「ま、そう怒るな。うまいもん食べてきたんだから、いいだろう?」

 いや、それとこれとは違うぞ。

 一人で一生懸命悩んでしまったじゃないか。

「まだ怒ってるのか?」

 怒っていますよ。

 そう思ってムスッとしていると、土方さんが私のあごにふれて、顔をあげさせた。

 な、なんだ?

 土方さんがゆっくりと近づいてきた。

 な、何するんだ?これって、キスされるのか?

 もう少しで、キスされるというとき、

「まだ怒っているか?」

 と、聞かれた。

「お、怒っていませんよ」

 思わずそう言った。

 すると、土方さんの顔が離れていった。

 びっ、びっくりしたぁ。

 キスされるかと思ったぞ。

「お前、なに座り込んでんだ?」

 気がつけば、緊張のあまり力が抜けてヘナヘナと座り込んでいた。

「お前には、刺激が強すぎたか」

 そう言って、土方さんは私を立たせてくれた。

「それにしても、お前は面白い奴だな」

 立たせてくれた後に、一言土方さんがそう言った。

 もしかして、またからかわれたのか?

 ムッとした顔をしていたのだろう。

「もう一回やるか? 今度は本当にやるぞ」

 と、近づいてきて土方さんがそう言った。

「いや、もういいです」

 心臓に悪いぞ。

「そうか。遠慮しなくてもいいぞ」

 いや、遠慮していないから。

 土方さんは、また笑っていたから、もしかしたら、またからかわれたのかもしれない。

 なんでこんなにからかわれるんだ?

 

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