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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応元年8月
209/506

夜の巡察

 8月になった。

 現代で8月というと真夏だけど、この時代のこの時期は、だいぶ秋らしくなってきたという感じだ。

 現代に直すと、9月の下旬から10月上旬あたりになるだろう。

「お前、今日の夜に巡察に行くよな」

 昼間の巡察から帰ってきた斎藤さんが私に聞いてきた。

「はい、行きますよ」

 今日の夜は私が巡察に行くことになっている。

「いいことを教えてやろう」

 斎藤さんが、ニヤッと笑った。

 笑っているのだから、いいことに違いない。

 どんないいことなんだろう。

 私は楽しみにして待っていた。

「出るんだ」

 斎藤さんが一言そう言った。

 えっ?

「な、何が出るのですか?」

「出るって言ったら、一つだけだろう」

 一つだけ。

 なんだ?出るものは色々あるぞ。

 芽が出るとか、太陽が出るとか。

「わからんのか?」

 わかりません。

「これだよ、これ」

 斎藤さんは、自分の顔の前に両手を持ってきてブラブラとさせた。

 そ、その仕草はっ!もしかして……

 この世のものでないものなのか?

「まだわからんか?」

 いや、わかりました。

 十分にわかりました。

「そ、そんなものが出るわけないじゃないですかっ!」

 自慢じゃないが、私は見たことがない。

 だからいない、いるわけないじゃないかっ!

「いや、出るんだ」

 そ、そうなのか?

「あれは、どこだったかな? ああ、島原の近くだったなぁ」

 ご親切に場所まで教えてくれるのですね。

「ば、場所まで言わなくてもいいですよ」

「いや、お前も今日の夜に巡察に行くだろう? 知っておいたほうがいい」

 そ、そうなのか?別に知りたくはないが。

「急に赤ん坊の泣き声がしてな」

 え、赤ちゃん声か?

「声のする方へ行くと、赤ん坊を抱いた女が立っていた」

「それは普通の事じゃないのですか?」

「いや、女はすけていた」

 ええっ!すけていたと言う事は……

「透明人間と言う事ですね」

「お前は何言ってんだ?」

 それ以上は聞きたくなかったから、笑顔で言ったけど、斎藤さんに真面目な顔をされて返された。

 ほ、本当の話なのかっ?

「足もなかったから、あれはこれだ」

 斎藤さんはそう言って、両手を再び顔の前でブラブラさせた。

 そのポーズはやめてくれっ!

「俺も気になったから、色々調べたら、わかったことがある」

「なにがわかったのですか?」

「その幽霊だがな、島原で男にだまされた女の幽霊らしい」

 そ、そうなのか?

「赤ん坊は?」

 私が聞くと、斎藤さんはよくぞ聞いてくれたという顔をした。

「その女とだました男の相手にできた子供で、死産だったらしい。女も死ぬぐらいの難産だったからな」

「と言う事は、女の人も亡くなってしまったのですね」

「亡くなったから、幽霊になっているんだろう」

 そうなんだけど……。

「俺が巡察に行った時も出たし、他の奴が行った時も出たらしいからな。お前も気を付けろ」

 そ、そうなのか?

 斎藤さんは、笑顔で私の肩をポンポンと叩いて去っていった。

 今日の夜巡察なのに、そんな話聞かなければよかった。

 怖いじゃないかっ!


 夜の巡察に出た。

 幽霊が出るらしいので、休みますなんて言った日には、土方さんの雷が絶対に落ちてくるだろう。

 島原の近くに来ると、ウンギャーギャーという声がした。

「ひぃいいい」

 私は悲鳴を上げて一緒に巡察している原田さんに飛びついた。

「どうした?」

 原田さんは驚いて私に聞いた。

「今、赤ちゃんの泣き声がしませんでしたか?」

「いや、猫の鳴き声だろう?」

 ええっ、そうなのか?

「ほら」

 原田さんが指さした方を見たら、猫が二匹走り去っていった。

「猫の鳴き声は、赤ん坊の泣き声に似ているときがあるだろ?」

 確かに。

「どうした? 蒼良?ふるえているぞ」

 原田さんに飛びついたまま、原田さんにしがみついていたので、そう言われた。

「だ、大丈夫ですよ」

 慌てて私は離れた。

 お化けなんて、幽霊なんて、いるわけないじゃないかっ!

 ウンギャー

「ひぃいいい」

 再び原田さんに飛びついた。

「おい、どうしたんだ?」

「こ、今度も猫の鳴き声ですか?」

 原田さんを見上げて聞いた。

「また猫みたいだぞ」

 猫の声ってわかっているけど、昼間斎藤さんから話を聞いたら、猫の声も赤ちゃんの泣き声も同じく聞こえてくる。

 原田さんから離れようとしたら、逆に原田さんが私の体に腕をまわしてきた。

「また、ふるえてるぞ。大丈夫か?」

 原田さんの胸から声が聞こえた。

「だ、大丈夫です」

「落ち着くまで、こうしているか?」

 いや、余計に落ち着かないから。

「何かあったのか? 今日の蒼良はらしくないぞ」

 そ、そうか?確かに、猫の鳴き声にものすごく敏感になっている私がいる。

「実はですね……」

 原田さんに話をした。

「なるほど、それで猫の鳴き声に敏感なんだな。正確に言うと、赤ん坊の泣き声か」

 原田さんは笑っているみたいで、胸のあたりがふるえていた。

 いつまで原田さんの腕の中にいるんだろう?

「それなら、しばらくこのままでいるか。落ち着くまで」

 だから、落ち着かないから。

「だ、大丈夫です」

「斎藤の言ったことは気にすんな。そんなもの見たことないから、いるわけない」

 原田さんの言う通りだ。

「それに、出たらやり振り回して追っ払うから、大丈夫だ」

 そうだ、追い払えばいいんだよね。

 そう思ったら、気持ちが楽になった。

 もう大丈夫だろう。

「原田さん、もう大丈夫です。ありがとうございます」

「俺は、ずうっとこのままでもいいんだがな」

 ええっ、それは困る。

 巡察が出来ないじゃないか。

 でも、原田さんは私を離してくれた。

「さ、行くか」

「はい」

 夜の巡察はまだまだ続く。


 島原の周辺を見廻り、異常がないようだからと言う事で別な所に行こうとした時だった。

 ウンギャーという声がした。

 ああ、猫だろう。

 それにしても、今日の猫はよく鳴くなぁ。

 なんてのんきに思っていると、

「あれは、赤ん坊の泣き声だぞ」

 と、原田さんが言った。

 そ、そうなのか?

「普通の泣き声じゃないな。行ってみよう」

 ええっ、行くのか?しかも、普通の泣き声じゃないって、そこまでわかるのか?

 私には、猫も赤ちゃんの泣き声も同じく聞こえるが。

 原田さんがかけだして行ったので、一人になりたくない私は慌てて原田さんの後を追った。

 着いたところは、長屋だった。

「ここから聞こえるな」

 確かに、中からウンギャーと泣き声が聞こえる。

「どうしますか?」

 中に踏み込むのか?

 そう思って構えているところに、桶が飛んできた。

 え、桶?そう思っていると、今度は大きなものが飛んできたので、思わず受け止めた。

 受け止めたものは、なんと赤ちゃんだった。

 この赤ちゃんは……?

「ひぃいいいいっ!」

 私は悲鳴を上げると、

「蒼良、落とすなっ! 本物の赤ん坊だぞ」

 と、原田さんに言われた。

 えっ、本物?

 改めてみてみると、ずしっと重量もあるし、真っ赤な顔をして泣いている。

 ほ、本物だっ!幽霊じゃなかった。

「ああ、よしよし」

 幽霊じゃないとわかると、早く泣き止んでほしかったので、抱っこしてあやした。

「それにしても、なんで赤ちゃんが飛んできたのですか?」

 桶も飛んできたよなぁ。

「この長屋から飛んできたな。行ってみよう」

 原田さんが長屋の方へ歩き始めたので、私も赤ちゃんを抱っこしたまま原田さんについて行った。


「なんやっ!」

「なんやとはなんやっ!」

 原田さんと行った長屋の中では、夫婦喧嘩の真っ最中だった。

「あの……新選組ですが……」

 私がそう言ったら、

「蒼良、危ないっ!」

 と原田さんが言って槍を振り回した。

 槍にゴンッてあたって落ちたものは、なんと茶碗だった。

 もしかして、この勢いで赤ちゃんも投げたのか?

「大丈夫か?」

 原田さんに聞かれた。

 原田さんが槍を振り回してくれなければ、私に直撃していただろう。

「大丈夫です」

 私がそう言うと、原田さんが喧嘩している夫婦に向かっていき、二人の間に立つと、ドンッ!と槍で床をたたいた。

「新選組だ」

 一言、原田さんがそう言った。

 やっと喧嘩がおさまった。

「なんで、新選組がおるんや?」

 旦那さんの方がそう言ってきた。

「あのですね、赤ちゃんを投げたでしょう?」

 二人の間に私も立ち、赤ちゃんを見せると、

「あ、うちの子や」

 と言って、奥さんが私から赤ちゃんを抱き上げた。

 赤ちゃんはやっぱりお母さんの方がいいみたいで、私から奥さんの方へ移動すると笑顔を見せていた。

「お宅から飛んできましたよ」

「あんたも嘘がうまいなぁ」

 旦那さんの方にそう言われた。

 信じられないかもしれないけど、飛んできたんだからねっ!

「赤ん坊だけじゃない。桶も飛んできたし、茶碗も飛んできた。あそこに茶碗が割れているだろ?」

 原田さんは、地面に落ちている割れた茶碗を指さした。

「あ、ほんまや」

 奥さんの方が、割れた茶碗を見て言った。

「あのですね、喧嘩するなとは言いませんよ。喧嘩もするでしょう。でも、物を投げるのはよくないですよ。ましてや、赤ちゃん投げるなんて、やってはいけないことですよ」

 私がたんたんと言い聞かすように言うと、夫婦は、下を向いてうなだれていた。

「つい投げてしもうたんや」

 旦那さんの方がそう言った。

「気がついたら投げとったな。うちら親失格や」

 奥さんも落ち込んでそう言った。

「やっちまったもんは仕方ないだろう。これからやらなければいいんだ」

 落ち込む二人に原田さんがそう言った。

「そうですよ。今後こういうことが無いように気を付けてくださいね」

 私がそう言うと、

「うちらを連れて行かんのか?」

 と、旦那さんに言われた。

 どこに連れて行けというんだ?

「新選組につかまると、河原で斬首させられるって聞いたで」

 奥さんの方も、恐る恐るそう言った。

 夫婦喧嘩で斬首していたら、京に人間がいなくなっちゃうじゃないかっ!

 しかも、そんなことで新選組が人を捕まえていたら、とっても忙しくなっちゃうからね。

「俺たちは、京の治安を守るのが仕事だ。夫婦喧嘩は、京の治安を脅かすようなものじゃないだろう」

 原田さんがそう言うと、夫婦はホッとした顔をしたのだった。

 新選組の評判って、まだ悪かったのね。


「昨日の巡察はどうだった?」

 朝、斎藤さんにそう言われた。

 あ、幽霊のこと、すっかり忘れていたわ。

「無事に終わりましたよ」

 私は胸を張って言った。

「怖がってたんじゃないのか?」

「怖がっていませんよ」

 本当は怖がって原田さんに何回か飛びついたのだけど。

「なんだ、つまらんな」

 斎藤さんはそう言って去っていった。

 な、何なんだ?

「あ、蒼良」

 今度は、原田さんが近づいてきた。

「今、斎藤に聞いたんだが、お前にした幽霊話は、嘘らしいぞ」

 えっ?嘘なのか?

「お前が怖がるのが面白いから、したらしい」

 な、何だとっ!

「蒼良、落ち着け。被害者は蒼良だけじゃないから」

 え?どういう意味だ?

「初めて夜に巡察に出る隊士たちにもしているらしいぞ」

 そ、そうなのか?

 斎藤さんって一体……。

「ま、嘘だったんだから、いいだろう?」

「確かに、嘘でよかったです」

 そう言った私に、原田さんは優しく笑いかけてくれた。

 でも、納得できないぞ。

 なんでわざわざあんな嘘をついたんだ?

 よし、私も斎藤さんに嘘を言って、怖がらせてやろう。

 斎藤さんの苦手なものって何だろう?

 色々考えたけど、なさそうだ。

 この時点でもう私の負けじゃないかっ!

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