土方さんのストレスを発散
最近は、隊士が規則を破ることが多く、切腹や斬首が相次いでいた。
「はあ、またか」
最近では、隊士が脱走したと聞くと、ため息交じりでそう言う土方さんがいる。
「斬首とか、切腹とか言い渡しているがな、言い渡している方も神経使うんだぞ」
独り言のように土方さんが言った。
そりゃ、神経を使うだろう。
人の命を扱うんだから。
「でも、元はと言うと、土方さんが隊の規則を作って、破った人は切腹って決めたのですよ」
土方さんがぐちりたくなる気持ちも分かるけどね。
「ああ、そうだっ! 俺が作ったから俺が責任をもって対処してんだろうがっ! 文句あるか?」
土方さんはすごい勢いで言ってきた。
「いや、文句はないです」
そう言うしかないだろう。
文句を言った日には、私まで斬首されそうだわ。
「よし」
土方さんはなぜかそう言ってうなずいた。
土方さんが責任をもって対処しているけど、それってストレスたまらないか?
あ、ストレスたまっているから怒りっぽくなっているのか?
なんとかストレスを解消することはできないのかな。
「それにしても、最近は肩がこるなぁ」
土方さんは、そう言いながら自分の肩をトントンと叩いていた。
そうか、肩もこっているのか。
「もみましょうか?」
私がそう言うと、
「おお、頼む」
と、嬉しそうに頼んできた。
しかし……
「お前、本当にもんでいるか?」
一生懸命もんでいるが……。
「そこを指で押してくれ」
そう言われたので、ギュッと指で押すと、
「お前本当に押しているか?」
と言われた。
私より、プロにもんでもらったりした方がいいのか?
でも、この時代にそんな人がいるのかなぁ。
意外といるかもしれないけど、どこにいるんだろう?
色々と考えたけど、そう言う人は思いつかなかった。
「もういいぞ。そうだ、山崎に用があったんだ」
あっ!山崎さんがいたじゃないかっ!
数分後。
うつぶせに寝ている土方さんの背中に針を刺している山崎さんがいた。
「ずいぶんとこっていますね」
そう言いながら、山崎さんは慣れた手つきで針を刺していく。
なんか、背中がはりだらけでハリネズミみたいだ。
「い、いてっ!」
山崎さんが再び針を刺すと、土方さんがそう言った。
「大丈夫ですか?」
私が声をかけると、
「ま、まさか、今のはお前が刺したんじゃねぇだろうな?」
えっ、私がか?
「まさか、怖くて針刺せませんよ」
でも、ちょっとくらい刺してもよかったか?
「なんか、お前が刺しそうでいやだなぁ。よし、お前、俺の前に来い」
そう言われたから、土方さんの視線から見えるところに座った。
刺してもいいかなぁという気持ちが土方さんに通じてしまったのか?
「い、いてっ! おい、山崎。もうちょっと優しくできんか? たまに痛いんだが」
「それは、副長の背中や肩や腰がこっているからですよ」
そう言いながら、また山崎さんは針を刺した。
「いてっ! 源さんが腰やって治療していた時は、そんなに痛そうに見えなかったぞ」
「それは、源さんが我慢強いからじゃないですか?」
私が言ったら、
「お前、それは俺は我慢強くねぇって言いてぇのか?」
と言いながらにらみつけてきたけど、そう言ったとたん、山崎さんが針を刺したので、
「いてっ!」
と、また言った。
あまりのタイミングの良さに思わず笑ってしまった。
「お前っ、笑ったなっ!」
「す、すみません」
「副長、暴れないでください。暴れると針を刺すところを間違えますよ」
「おい山崎。そんな恐ろしいことを普通に言うな」
「いや、本当に暴れられると間違えますので」
「山崎さん、間違えるとどうなるのですか?」
「そうですね、命にかかわることもありますね」
そ、そうなのか?
それを聞いた途端、土方さんが大人しくなった。
これからは、怒りそうな時に針を刺してもらえば、大人しくなっていいかもしれないなぁ。
でも、いつも山崎さんがいるわけじゃないし、誰が刺そうか?私か?
「あの、山崎さん。私にも針を教えてください」
思わずそう言っていた。
「蒼良さんが針をですか?」
「土方さんの肩がこった時に、私がすぐに針を刺せるようにです」
「おい、それはこっちがお断りだっ! お前に針を刺されるぐらいならな、刀で背中を斬られた方がまだましだっ!」
土方さんが大声で言ったので、
「副長、大人しくしてください」
と言って、山崎さんが針を刺した。
「いてっ!」
と、土方さんは再びそう言って痛がっていた。
山崎さんの針が終わった後、秋らしくなってきたから、散歩でもしませんか?と外へ誘った。
屯所の中にずうっといるから、たまには外の景色を楽しむのもストレス解消になるだろう。
二条河原の周辺を歩いていた。
秋の風が気持ちいいから、ストレス解消になるといいなぁ。
「痛かったが、背中がすっきりした」
土方さんはそう言いながら肩をグルグル回していた。
「針って痛いのですか?」
なんか、痛そうだったが。
「ああ、結構痛かったぞ。お前もやるか?」
思わず首をブンブン振ってしまった。
「すっきりするぞ」
「いや、私はすっきりしていますので」
「お前の頭にさせば、その鈍感な頭も治るかもしれねぇぞ」
な、何だそりゃ。
鈍感とは何だ、鈍感とは。
でも、本当に治るのかな?
「本気にするな、冗談だ」
じ、冗談だったのか?一瞬本気で考えたぞ。
一言文句を言ってやろうと思い、土方さんの方を見ると、急に顔が怖くなった。
「何かありましたか?」
それとも、私が何かやったか?いや、まだ何もやっていないぞ。
いや、まだって……。
土方さんが怖い顔をしてみている方向を見ると、うちの隊士が数人いた。
何をしているんだろう?
「行くぞ」
土方さんはそう一言言うと、隊士がいる方へ向かって行った。
私も後をついて行った。
他の隊士たちがいるところに着くと、何をやっているのかがわかった。
なんと、斬首を始める前だったみたいで、斬首をされる人とする人とその他の人たちがいた。
なんか、ずいぶんとタイミングが悪いところに来ちゃったなぁ。
「ご苦労だな」
土方さんは隊士たちに声をかけた。
みんなぴんと背筋を伸ばして土方さんに挨拶をした。
「いいから続けろ。俺は見届ける」
ええっ、見るのか?
「お前は別に見なくてもいいぞ」
いや、そう言うわけにはいかないだろう。
土方さんのストレスを解消させるためにいるのに。
でも、これって逆にストレスたまるよな。
でも、見たくないなぁ。
「すみません。向こうにいます」
斬首刑を見るのが怖かったので、私は河原から少し離れた。
土方さんは、副長の責任と言うやつなのか、最後まで見届けていた。
これじゃあ、逆にストレスたまってしまうぞ。
土方さんが斬首刑を見届けている間、一人で次は何をすればいいか考えていた。
島原で接待か?でも、土方さんお酒飲めないもんなぁ。
でも、お座敷遊びを楽しんでもらうのもいいかも。
よし、次は島原に連れて行こう。
「お前、急に島原に来て何考えてんだ?」
普段島原に全然行かない私が、
「島原に行きましょうっ!」
と言って、土方さんを誘い出したことを不審に思い始めているらしい。
「お酒は飲めませんが、綺麗なお姉さんたちとお座敷遊びでも……」
「お前、金はあるのか?」
うっ……
「芸妓を呼ぶのもただでは呼べねぇぞ。それなりの金もかかるぞ」
そ、そうなんだよね。
「あ、あの……呼ぶのは一人でいいですか?」
いや、もしかしたら、一人も呼べないかも。
「呼ばなくてもいいだろう」
えっ?いいのか?
「お前が芸妓になれば」
そ、そう言う事なのか?
土方さんの顔を見たら、ニヤリと笑っていた。
「わ、わかりましたっ! 土方さんがそう言うのでしたら、私が芸妓になりますっ!」
もう、土方さんの為なら、なんにでもなるわ。
「そんなに力入れんでもいいだろう」
土方さんは楽しそうにそう言ったのだった。
いつも島原に潜入するときにお世話になっていて、芸妓さんたちが住んでいる置屋で芸妓に変身した私が外に出ると、土方さんが待っていた。
土方さんは、私の顔を見てなぜか驚いていた。
「なんか、おかしいですか?」
なんでそんなに驚くんだ?
「いや、おかしくねぇぞ。綺麗だ」
突然そう言われたので、照れてしまった。
「行くぞ」
土方さんが手を出してきたので、その手を握った。
芸妓さんの格好は重いくて動きずらいので、手をつないでもらえるとすごい助かる。
それから、芸妓さんとお酒を飲んだり食事を食べたりできる揚屋というところに行った。
揚屋に行くと、知っている人がいたので、驚いた。
「土方さん。綺麗な芸妓を連れてんなぁ。どこの芸妓だ?」
なんと、永倉さんと原田さんがいたのだ。
な、なんでここにいるんだ?
永倉さんが私の顔をまじまじと見てきた。
「そんなに見るんじゃねぇ」
土方さんが永倉さんに言った。
「なんだよ、いいじゃんか。土方さんもケチだなぁ。せっかく綺麗な芸妓がいるんだから、一緒に飲もうっ!」
ええっ、そうなるのか?
「もしかして、蒼良か?」
永倉さんに聞こえない声で原田さんが言ってきた。
私は、コクンとうなずいた。
「なんでそんなかっこうを?」
いや、これには色々と深いわけがあるのですよ。
そう言おうとしたら、原田さんに
「声を出さない方がいい。新八にばれる」
そ、そうだよね。
ええっ、と言う事は声を出さずに接待しろってことか?
「おい、勝手に決めんなっ!」
土方さんが慌てて永倉さんに言ったけど、
「いいから、いいから」
と、永倉さんが言ったので、一緒に飲むことになったのだった。
いや、いいからいいから、じゃないから。
「たまにはこういうのもいいな」
永倉さんにお酌をすると、永倉さんは嬉しそうにそう言った。
原田さんは私を心配そうに見ていたし、土方さんは機嫌が悪そうに見ていた。
もしかして、土方さんのストレス発散、また失敗か?
「大丈夫か?」
原田さんにお酌をすると、原田さんは心配な顔をして聞いてきた。
声を出せないので、うなずいた。
土方さんは飲めないのでお酌をしないでいると、
「この芸妓は、土方さんの馴染みの芸妓なのか?」
と、永倉さんが聞いてきた。
わ、私なんか言ったか?いや、やったかか?
「な、なんでだ?」
土方さんは永倉さんに聞いた。
「土方さんが酒飲まないの知っているから」
永倉さんのその言葉を聞いた土方さんは、ホッとしたらしく、
「俺にだってな、馴染みのある芸妓の一人や二人いるぞ」
と言った。
二人もいるのか?
その時に土方さんと目があった。
「い、いや、違うぞ」
え?違うのか?
「え、違うのか?」
そう言ったのは、私ではなく永倉さん。
「い、いや、いるぞ。ああ、いるぞ」
土方さんはそう言いながら、私の方を見て首を振っていた。
いないと言う事か?
ちょっとホッとした私がいる。
「お前、新八を酔いつぶせ」
土方さんが小さい声でそう言った。
いいのか?喜んで酔いつぶすぞ。
数時間後。
酔っ払い永倉さんが出来上がった。
「これだけ酔ったら明日は記憶がないだろう」
原田さんがそう言った。
それは、大丈夫と言う事か?
「まさか蒼良がこんな姿でいるとは、驚いた」
私も、ここで原田さんたちに会うとは思わなかったぞ。
「お前も着替えて来い。帰るぞ。新八も連れて帰らねぇとな」
土方さんがそう言った。
ああ、酔っ払いを作ったと言う事は、酔っ払いを連れて帰らないといけないよね。
「アハハっ! 俺は最高にいい気分だっ!」
永倉さんは、土方さんと原田さんにかつがれて、上機嫌だった。
あれから男装に戻り、一緒に屯所に帰ることになった。
「うるせぇっ! 少しは黙れっ!」
土方さんが永倉さんにそう言っていた。
なんか、今日の土方さんのストレスを解消させよう計画は、ことごとく失敗に終わったよなぁ。
もしかしたら、土方さんのストレスは余計にたまったかも?
「最高だぁっ!」
「黙りやがれっ!」
屯所に着き、永倉さんを寝かしてから部屋に戻った。
部屋に戻ると、土方さんが私の方を向いて、
「ありがとな」
と言った。
「え、何がですか?」
「今日、お前は俺のことを考えて色々やってたな」
もしかして、ストレス発散計画の事か?
「ことごとく失敗していたがな」
笑いながら土方さんが言った。
やっぱり、そうだよね、失敗していたよね。
ああっ!
「でも、お前のその気持ちが嬉しかった。ありがとな」
ぐしゃっと私の頭をなでた。
失敗だったけど、土方さんが喜んでくれたならいいのかな。
そう思ったら、私も嬉しかった。




