サンドウィッチ
「ね、大坂は京より涼しいしょう?」
私は、土方さんに言った。
土方さんと数名の隊士で警護のために大坂入りをした。
「京より涼しいが、もうすぐ涼しくなるだろう」
「えっ、まだ7月ですよ」
やっと7月になった。
現代で言うと、8月中旬あたりぐらいだと思う。
あれ?もう9月になるのか?
大体6月が現代で言うと8月ぐらいになるから、9月になるのか?
「お前、何悩んでいるんだ?」
えっ、悩んでいたか?
「いや、いつ涼しくなるのかなぁと思いまして」
「それはお前が悩むことじゃねぇだろう」
た、確かに。
「自然と涼しくなるさ」
そりゃそうなんだけど、いつごろ涼しくなるかわかったら、それを目標に頑張れるじゃないか。
そもそも、閏5月なんて入っているから、季節感がわからなくなってくるんだ。
おまけに改元まで入って、もう私の頭はグチャグチャだ。
もともとグチャグチャだろうという話もあるけど。
「土方さん、京が涼しくなるまでここにいませんか?」
「ばかやろう」
私の提案にあっさりとそう言われてしまった。
やっぱりそうだよなぁ。
でも、一度涼しいところに来ると、暑い所に行きたくなくなる。
「ここが京より涼しいのはわかるがな、俺たちの仕事は京にあるからな」
ああ、警護の仕事が涼しくなるまで伸びてくれないかなぁ。
そんなことを考えていると、ポカッと頭をたたかれた。
「お前、変なことを考えてただろう」
いや、別に考えてないが……
「この仕事を涼しくなるまでやりたいとかって、考えただろう?」
な、なんでわかったんだ?
「お前の考えていることは、顔に出るからな」
そ、そうなのか?
思わず両手で顔を隠した。
その様子を見て、土方さんが笑っていた。
「お前、ちょっと付き合え」
宿の京屋に入り、荷物を整理していたら、土方さんの声をかけられた。
「どこに行くのですか?」
「大坂にきたら、行くところがあるだろう」
あ、鴻池さんの所だ。
「私は、この前鴻池さんにお世話になったので、お礼をしないと」
「お前、そんなこと言ってなかったぞ」
あれ?
「言いませんでした?」
「聞いとらん」
そ、そうだったか?
「山崎さんと大坂に潜入していた時に一度……あ、二度か?」
「一度も二度も一緒だ。何を迷惑かけたんだ?」
「いや、迷惑かけた……あ、かけたかも……」
「わかったから、何をやったんだ?」
「一度目は、山崎さんと情報収集のために鴻池さんの背中に針を刺しました」
「な、なんだとっ! お前がかっ?」
私が針を刺すわけないじゃないか。
「山崎さんですが……」
「なんだ、お前が刺したかと思ったぞ。鴻池さんも、ずいぶんと命知らずだなぁと思ったぞ」
「土方さん、刺してあげますよ」
針を刺す真似をしたら、
「遠慮する」
と、一言で言われてしまった。
「で、二度目はなんだ?」
「二度目は、着替えるのにお部屋を借りました」
「着替え?」
「大坂屯所に来いと言われて、女装のままいけないし、長屋で着替えて誰かにばれても大変なので、お部屋を借りました」
「そうか。それだけだな。もうないな?」
「はい、ないと思います」
「思いますじゃ困るんだ。こっちも鴻池さんと話が合わないと困るだろう」
そ、そうなのか?
「でも、いつも話が合わなくて困るってことないですよね」
「あったら困るだろうがっ!」
た、確かに。
鴻池さんは新選組のスポンサーだ。
話が合わなくて、スポンサーやめると言う事になった日には、えらいことだ。
「ないです。はい、ないです。大丈夫です。さ、行きましょう」
と言う事で、鴻池さんの家へ向かった。
鴻池さんの玄関に、大きな柱時計がかかっていた。
「なんだ、これは?」
土方さんが大きな時計を見て驚いていた。
「知りませんか?」
「お前知ってんのか?」
そんな会話をしていると、柱時計からボーンと大きな音が鳴った。
「うおっ! な、なんだっ!」
土方さんが腰の刀に手をかけている。
「大丈夫ですよ。この柱時計が鳴っているだけです」
ボーンと鳴った後は、チクタクと、下についている振り子を揺らして何事もなかったかのように動いていた。
「いきなり鳴りやがってっ!」
「一時だから鳴ったのですよ」
「いちじ?」
あ、時計を知らないから、読み方も知らないんだ。
「短い針が1で、長い針が12をさしているから、これで一時なのです」
「どれが一で、どれが十二だ?」
もしかして……
「数字を読めませんか?」
「すうじ?」
ああ、この時代の数字は漢数字かっ!
時計に書いてあるのは普通に数字だよ。
時計を教える前に数字を教えないとだめじゃないかっ!
「あ、来とったん?」
鴻池さんが奥から出てきた。
「こいつが突然鳴りだしたが、なんだ?」
土方さんが、時計を指さして言った。
「ああ、異国の時計や。異国の人間と取り聞きするのに、向こうの時間の読み方も分からんと、取引できんから」
きっと、何時にどこどこでという約束をするときに、日本の何刻という言い方じゃなく、何時にと言ってくるんだろうなぁ。
しかも、何刻って、ものすごく大まかだじ、夏と冬とで時間も変わるから、やっぱり、何時と言う方が使いやすい。
「鴻池さんも大変なんですね」
時計を覚えるのも大変だっただろう。
「そんなことないよ。けっこう簡単に覚えられたさかい。あんたも覚えるとええよ。もしかして、しっとったとか……」
鴻池さんに聞かれた。
「はい。これってぜんまい式ですか?」
この時代は電気がないから、ぜんまい式なんだろうなぁ。
「そうや。そこまで知っとるんか?」
「お前は、俺たちが知っている普通のことは知らないくせに、こういう変わった物は知っているんだな。なんでだ?」
土方さんにそう聞かれてしまった。
「お、お師匠様の影響ですよ」
困った時のお師匠様だ。
「そうか、天野先生も顔ひろいもんな」
この時代でも、ものすごく広くなっているお師匠様の顔。
そう言えば、最近お師匠様と会っていないけど、生きているんだろうか?
鴻池さんに奥の部屋に案内された。
「この前はなんも用意できんかったけど、今日は用意しとるからね」
鴻池さんがそう言った。
何を用意しているんだろう?
「そう言えば、この前こいつ世話になったようで」
土方さんが、私を親指でさしてそう言った。
「ああ、着替えただけや。女装したり大変やな、蒼良はんは」
「それが仕事なんで」
私にできることって、それぐらいだもんね。
「それだけが仕事じゃねぇだろう。一番隊も総司の代わりに引っ張っているだろう」
土方さんはそう言ってくれたけど、
「沖田さんには負けますよ」
沖田さんはカリスマ性があるからなぁ。
私には全くないし。
そこがもう全然違う。
「うちはそんなことようわからんけど、蒼良はんは、蒼良はんなりに頑張っているってことでいいんやないの?」
「鴻池さんの言う通りだ」
今日は二人ともなんか暖かいなぁ。
「で、蒼良はん、これ知っとるか?」
そう言って鴻池さんが出してきたのは……。
「サンドウィッチですか?」
「はあ? なんだって?」
土方さんは長いカタカナ語が聞き取れなかったらしい。
「蒼良はん、ようわかったなぁ。今回もうちの負けか」
これ、いつから勝負になったんだ?
勝ち負けがあったのか?
「なんだ?」
土方さんはわけがわからないようだ。
「なんでもええから食べてみい」
鴻池さんに言われ、サンドウィッチを食べた。
「おい、この赤っぽいのはなんだ?」
土方さんが私に聞いてきた。
「ハムだと思います」
どう見ても、ハムだろう。
「はむってなんだ?」
えっ、ハムって……
「ハムはハムですよ」
「だから、ハムってなんだ?」
ハムって、何だろう?
ハムはハムだと思ったけど、ハムって何と聞かれるとなんて言えばいいんだ?
「肉や、肉」
ものすごく簡単に言えば鴻池さんの言う通り、肉だ。
「そう、肉です」
「えっ、肉か?」
土方さんは、肉と聞いて、ちょっと引いたような感じがした。
この時代、肉を食べるという人はあまりいないし、肉は薬の扱いだった。
もう少し時代が進むと、肉も食べられるようになるんだろうけど。
「このふわふわしたものは何だ」
「肉をはさんでいるやつですか? パンです」
「ぱん? ぱんってなんだ?」
パンはパンだろうっ!それ以上どう説明しろと?
「パンって異国の食べ物や。うちらは米を食っとるが、異国の人間は米の代わりにこれ食っとるらしいで」
鴻池さん、なんていい説明なんだ。
「こんなカスカスしたものを食べているのか?」
そ、そうなのか?
「でも、たまに朝とか焼いて食べるとおいしいですよ」
「蒼良はん、食べたことあるんか?」
「ありますよ。サンドウィッチもよく作って食べましたよ」
「作るんか?」
鴻池さんと土方さんが声をそろえて聞いてきた。
あ、この時代、パンなんて珍しいから、焼いたりして食べないよね。
作るなんて、論外だよね。
「あ、お師匠様に……」
困った時のお師匠様だ。
「ああ、天野先生か」
なぜか、二人とも声をそろえてそう言って納得していた。
名前を出しただけで納得してもらえるお師匠様って、いったい何者なの?
「俺は、こんなカスカスしたものはごめんだな。やっぱり米が一番だ」
「そりゃ日本人は、米やろうなぁ」
そう言う人、現代にもいると思う。
「朝は米って人が多いですよね」
私がそう言うと、
「米しかねぇだろうが」
と、土方さんの鋭いつっこみが入った。
確かに、この時代は米しかないよね。
「蒼良はんは、米以外の物食べるんか?」
期待を込められた目で鴻池さんが私を見た。
パンなんて言えないし、コーンフレークとも言えないし、なんといえばいいんだ?
苦し紛れに出た言葉は、
「餅」
という言葉だった。
「正月かっ!」
土方さんのつっこみがはいってきた。
自分も、自分にそうつっこみたいです。
「それにしてもお前は変わってるよなぁ」
帰り道に土方さんがそう言ってきた。
そ、そうなのか?
「なんで、俺たちが知らねぇことを知ってて、知っていることを知らねぇんだ?」
それはですね、未来から来たからですよ。
なんて言えないよね。
「なんででしょうね」
そう言ってごまかそうとしたけど、
「お前に聞いてんだろうが」
と言われてしまった。
ど、どうやってごまかそうか?
「そ、それはですね……色々あるんですよ」
「そうか、色々あるのか」
絶対ごまかせないと思ったけど、ごまかせたぞ。
「土方さん、具合悪いのですか?」
「なんでだ?」
さっきの絶対に突っ込まれると思ったのだけど、突っ込んでこなかったぞ。
「いつもと違うような感じが」
「そうか? 俺は同じだが」
「もしかして、さっきのサンドウィッチを食べておかしくなったとか」
「なにっ? あれは毒なのか?」
「いえ、全然毒じゃないですよ」
「ばかやろう。お前がそう言ったから、毒食わされたかと思っただろうがっ!」
げんこつが落されそうになった。
大丈夫だ、いつもの土方さんだ。
「そもそも、なんで鴻池さんが毒を食べされるのですかっ!」
「変なものを出してくるからな。てっきりそう思った」
土方さんから見れば、確かに変なものかもしれないけど、私から見たら、普通物ですからねっ!




