殿内さん暗殺
気になることというか、腹が立つというか、見ているだけでイライラしてたまらないという人物がいた。
その名は、殿内 義雄。というのも、彼は、幕府から来た人で、浪士組から分離するときに、浪士組の取締のえらい人から、京へ残る人たちを把握しておけと命じられたらしく、ものすごく偉そうに私たちに接してきた。
その後も江戸え帰るだろうと思っていたら、数人と居残っていた。
それは別に構わない。しかし、幕府から直接命じられていたと言う自尊心というか、俺はお前より偉いんだぞ!と言う思いが態度からして見え見えで、私にとって彼は大嫌いな人間の部類に入っていた。
隊の組織が発表になり、自分たちの名前がなかったことが相当悔しかったのか、納得できなかったのか。他の隊士に
「俺は幕府直属の人間なのに、このような扱いを受けるとは。」
と言ったり、
「俺達を局長にしないとは、どういうことだ。納得できん。」
と言ったりしていた。
幕府直属だから、ものすごく偉いのかと思っていたら、なんてことない。浪士組の責任者の一人で、しかも、京へ行く間に問題を起こし、役職を外されたらしい。
ちなみに、俺たちをと言っているけど、この時の壬生浪士組は、近藤さん派と芹沢さん派、そして、根岸さんという人を筆頭とする根岸派と言う3つに分かれていた。しかし、組織を作ったときは、根岸派の人間は誰ひとり入っていない。
そして、ちょっと話から外れるのだけど、将軍家茂公が、浪士組問題でゴタゴタしている最中に京に来ていた。家茂公のために京へ残っていたのに、気が付けば本人がもう来ていたという、なんとも間抜けな展開になっていた。
家茂公のために何もできないまま、家茂公たちが江戸に帰ると言い出した。将軍本人というか、取り巻いている周りの人たちがそういうことを決めるらしいのだけど。
江戸も生麦事件といって、前の年の文久2年、横浜で薩摩藩の大名行列を横切ったイギリス人が殺害されるという、文化の違いが起こした事件があって、今はその損害賠償の話で幕府とイギリスがゴタゴタしているらしい。
だから、帰って来いと言うことらしいのだけど、それを聞いた周りの人たちが江戸に帰ることを反対した。その中に会津藩もいた。
今帰ると、朝廷との仲がせっかく上手くいっているのに、それもうまくいかなくなるよということらしい。
私は政治的なことはよくわからないけど、会津藩以外にも色々な理由で将軍が江戸に帰るのを反対しているらしい。
会津藩も反対しているし、家茂公のために壬生浪士組が出来たのに、まだ何もしていないということで、私たちも、自分たちの名前をいれて将軍東帰反対の建白書というものを提出した。
ちなみに、その中に殿内さんたちの名前はなかった。それも気に食わなかったらしい。
私の中では、もう彼は嫌いなので関わりたくない。話もしたくない。ということで無視をしていたのだけど、嫌いな奴ほど寄ってくるというのか、彼からちょくちょく話しかけられていた。
それも、大体は隊の批判だった。正直、私はそんな話を聞きたくない。
避けていたのにもかかわらず、なぜか殿内さんから飲みに誘われた。
事の起こりは永倉さんと一緒に巡察に行き、帰ってきた時だった。ちなみに、殿内さんたちは巡察に行っていない。そんなもの行ってられるかっ!という状態らしい。
「おお、蒼良。いいところであった。」
私は、会いたくなかった。
「これから暇か?」
「いや、ちょっと用事があって。」
と、断ろうとしたら、
「蒼良、お前暇だって言ってただろう。帰ったら何しようかななんて、言ってたじゃないか。」
な、永倉さん、今それをここで言う?一生懸命断る理由を探していたのに。
「暇なのか、ちょうどいい。お前とじっくり話がしたかったんだ。飲みに行こう。」
「い、いや、私は…。」
「蒼良、行ってこい。たまには遊びに行くことも必要だぞ。」
永倉さんにボンっと背中を押された。だから、私は行きたくないんだってば。と、口をぱくぱくさせてその気持ちを伝えようとしたのだけど、残念ながら、永倉さんには伝わらず。
「気を付けていってこいよ~。土方さんには行っておくからな。」
と、笑顔で手を振って見送ってくれた。
気が進まないまま、居酒屋に到着した。
席にお酒が運ばれてきた。
「蒼良、遠慮せずに飲め。」
お酒を注がれたけど、お師匠様と20才まで飲まないという約束があるため、断った。
という訳で、殿内さんのみ酒を飲んでいた。
最初はいつもの隊批判話。適当に相槌を打っていた。だから一緒に来たくなかったのに。
そのうちお酒が入って酔っ払ってきたのか、気持ちが大きくなってきたのか、とんでもない話をしだした。
「蒼良、今のうちに俺たちの仲間にならないか?」
えっ?それはどういう意味だ?
「お前も、頑張っているのに組織の中に入れず不満はあるだろう。」
「それは、ないです。壬生浪士組にいられるだけでもありがたいので。」
「嘘言うな。不満あるだろう。そういうこと言う奴に限って不満があるものなんだ。」
私の話は無視かいっ!思いっきり無視しているだろう。
「だから、俺のところに来い。俺たちが局長になったら、お前も取り立ててやるぞ。」
俺たちが局長になったらって…
「殿内さんは、局長じゃないでしょう。」
「今はな。いずれなる。」
「だって、近藤さんと芹沢さんがいるからそれは無理ですよ。」
「奴らが消えれば、俺がなる可能性だってあるだろう。」
消えれば?殺すってこと?
「それは、どういう意味ですか?」
「どうもこうも、そのままの意味だ、蒼良。消えてもらうのさ。」
「やっぱり、殺すってことですか?」
「お前、単刀直入に言うな。」
単刀直入もなにもないだろうっ!これって、えらいことなのでは?このままここにいると、私まで仲間と思われてしまう。
冗談じゃない。何が楽しくて嫌いな奴と仲間にならないといけない。
「私は、この話、聞かなかったことにします。」
「蒼良、何を言っている。この話を聞いて損はないぞ。俺に従え。」
いや、損も損、大損だよっ!
「従えません。」
「そう、意地になるな。お前の気持ちは分かっている。何も言わずに従え。」
わかってないだろうがっ!ダメだ。酔っ払っているせいか、私の話を全然聞かない。私にも限界というものがある。
ということで、盃の中に入っている酒を、殿内さんにぶっかけた。
「蒼良、何をする。」
「私は、あなたに従えません!何もせずに批判ばかりの人にどうして従わないといけないのですか?それに、近藤さんには江戸にいた時からお世話になっています。それを裏切ることはできません。今日のことは私の中に収めておこうと思いましたが、近藤さんの命が危ないとなれば、私は近藤さんのために働きます。失礼します。」
いっきにそう言って、私は居酒屋を出た。
とにかく、腹が立ってたまらなかった。この状態のままで屯所に帰りたくないと思った私は、ちょっと散歩してから帰ろうと思い、ブラブラと歩いた。
少し歩くと、右手を強く引っ張られた。そして、民家の間にある隙間へ。抵抗しようとしたら、後ろから抱きかかえられてしまった。声を出そうとしたら、口を手で抑えられてしまった。
「静かに。」
耳元から低い声が聞こえた。あ、斎藤さんだ。相手が分かったので、静かにした。
隙間から通りを見ていると、殿内さんが、キョロキョロしながら歩いていくのが見えた。きっと私を探しているのだろう。
殿内さんが去ってしばらくしてから通りに出た。
「なんで、斎藤さんがいるのですか?」
「話は、屯所に行きながら聞く。」
という訳で、歩き始めた。
「土方さんに、頼まれたのだ。」
土方さんに?
話を聞くと、殿内さんと出かけた後、永倉さんが土方さんに私が一緒に出かけたことを報告したらしい。
それを聞いて、斎藤さんに後をつけさせた。
だから、居酒屋で私が怒鳴って酒をかけたことも知っていた。嫌なところを見られたなぁと思っていたら、
「蒼良、今日のその近藤さんのために働くという気持ち、忘れるな。命をかけて自分の長を守るのが武士の心だ。」
普段から口数が少ない人が力説するように言ったので、驚いた。
「何を驚いている。俺の言っていることがわからんのか?」
「いえ、わかりました。この気持ちは忘れません。でも、斎藤さんがこんなに話したの初めて見たので。」
「俺だって、人間だから話もする。悪いか?」
「悪くないですよ。逆にもっと色々話して欲しいです。」
色々知りたいなぁと思って言ったけど、
「今はそれどころではない。速く屯所に行くのが先だ。」
と、早足で歩きながら斎藤さんが言った。
ここから屯所までお互い一言も話さなかった。
屯所に着いてすぐに土方さんのところへ。
斎藤さんが、居酒屋であったことなど土方さんに報告をした。
「そうか、ご苦労だった。蒼良は、大丈夫か?」
「私は、大丈夫ですよ。ちょっと腹が立ちましたが。ところで、なんで斎藤さんがいたのですか?」
「ああ、新八から報告があって、殿内の奴、最近物騒なことを考えているらしいということを知っていたから、それに蒼良が巻き込まれたら大変だと思い、護衛を頼んだ。」
そうだったのか。
「でも、大丈夫でしたよ。」
「お前は、本当にそう思っているのか?」
斎藤さんが聞いてきた。
「はい。」
そう答えると、
「おめでたいやつだな。」
と、あきれたように土方さんが言った。
えっ、何?本当に私、大丈夫だけど…。
「蒼良、殿内は酔っ払っているとはいえ、お前に仲間になるように言った。近藤さんの殺害をほのめかしつつ。そうだろう?」
「そうです、土方さん。でも、それが何かあるのですか?私はちゃんと断ったし。」
「断ったのはいい。でも、よく考えてみろ。お前は近藤さんを助けると言った。」
「はい、言いました。」
「ということは、お前が殿内の計画を邪魔することになる。」
「当たり前じゃないですか。あんな奴に近藤さんが殺されるなんて、ありえません。」
「じゃぁ今、その計画を実行するにあたり、一番邪魔なのは誰だ?」
ん?誰だ?
「斎藤さんですか?」
「なんで俺なのだ。どう考えても、お前だろう。」
今まで黙っていた斎藤さんが言った。
ええっ、私?
「そうだ、お前だ。」
土方さんまで…。なんで私なんだ?
「俺が殿内なら、計画内容が近藤さんの耳に入る前にお前を消す。」
「土方さん、そんな恐ろしいことを。」
「だってそうだろう。酔っ払っているとはいえ、お前に計画の内容を漏らすという失態をおかしたら、それをなかったことにする。」
「それが、私を消すということですか。」
「そうだ。ここまで来る帰り道が一番危なかった。だから、斎藤に後をつけさせた。」
そういえば、殿内さんは私を探していた。それは殺すためだったんだ。
そう思ったら急に怖くなった。
「無事に帰ってきたから、よかった。あとは今後どうするかだ。」
どうするんだろう…。
「今後、蒼良は一人になるな。一人になったら命はないと思え。」
何かを宣言するように、土方さんは言った。
「わ、わかりました。死んでも、一人になりません。」
「安心しろ、死ぬときはみんな一人だ。」
「さ、斎藤さん、それは新種の冗談ですか?」
「いや、そんなつもりでは…。」
そんなやりとりを見て、土方さんは少し笑っていた。笑い事じゃないよ~。
「土方さん、殿内はどうしますか?」
斎藤さんが聞いたら、土方さんの顔から笑顔が消えた。
「近いうちに消す。こっちがやられるか、向こうがやられるか。だったらこっちからやったほうがいい。近藤さんには俺から言う。」
殺すということだ。どっちかが殺らないと、どっちかが死ぬ。それがせめて私たちの方にならないように、先にやるということだ。
そして思い出した。ずうっと思っていた。殿内さんって、どこかで聞いたことがある名前だってことに。
それは、新選組の最初の粛清による犠牲者。それが殿内さんだった。
私は本で読んだその現場にいるのだ。
「蒼良、どうした?消すと言う言葉を聞いて、怖くなったか?」
考え込んでいると、土方さんに声かけられた。
「いえ、大丈夫です。壬生浪士組が新選組になって、大きな組織になるためには必要なことだと思います。」
「新選組?」
土方さんと斎藤さんが声をそろえていった。
あっ、この時はまだ新選組になるってわからないんだ。しまった。考え込んでいたせいか、ついつい口に出てしまった。どうしよう…。
「あ、間違えました。」
「お前、何をどう間違えたのか分からんが、命を狙われているかもしれないんだから、しっかりしろ。」
土方さんに言われて気がついた。そうだ。今私は殿内さんが殺したい人間ナンバーワンになってしまっていたんだ。しかも、トップだった近藤さんを押しのけて。
この日から、決して一人で行動しないようにした。トイレじゃなくて、厠へ行くのも事情を知っている源さんに近くまで一緒に来てもらった。
「蒼良も、変な奴に目を付けられたなぁ。」
「源さん、付けられたくて付けられたのではないです。勝手に向こうが付けてきたのだから。」
「分かった、分かった。」
「実行する日が決まった。」
ある日、土方さんに呼ばれていったら、そう言われた。
「いつですか?」
「25日に会津藩から人が来て、壬生狂言を見物する。その日の夜に殺ろうと思う。」
「壬生狂言ってなんですか?」
「なんか、ここらへんでは有名なものらしい。仏教の教えをわかりやすく、大げさに身振り手振りで表現する無言劇らしい。」
無言劇ってことは、劇ってことか。楽しみだなぁ。
「おいっ、そっちが主じゃないぞ。お前のことだから、楽しもうと思っているだろう。」
あ、バレてる。
「本題はこれからだ。お前に頼みがある。」
「なんですか?」
「夜になったら、斎藤と一緒に殿内を呼び出して、酒をたくさん飲ませろ。」
「えっ、私がですか?」
「蒼良なら、この前のことを謝りたいと言って呼び出せば、相手も安心してうけるだろう。とにかく酔っ払わせてくれ。そして居酒屋を出た時に殺る。」
「酔わせて殺すってことですね。」
「確実に殺るにはそれが一番いいだろう。相手も、浪士組から来た人間だから、剣は使える。シラフだと、失敗するかもしれん。」
「わかりました、やってみます。ところで…。」
「なんだ。」
「壬生狂言、私も見れますか?」
そう聞いたら、土方さんは呆れたような顔していたけど、何がおかしくなったのか笑い始めた。
「なんか、お前らしいな。昼間は何もないから、みんなで壬生狂言を見るといい。」
わーい、やった。楽しみだな。
そしてその日はやってきた。
壬生狂言は、本当に無言劇だったけど、餅が投げられたり、くもの糸みたいなものが手から出てきたり、綱渡りしたりと、見ていて飽きなかった。
会津藩からえらい人が来たらしいけど、その接待は近藤さんや芹沢さんがやっていたので、私はゆっくり見ることができた。
殿内さんたちはいなかったけど、夕方戻ってきた。壬生狂言を見ることを避けていたらしい。
理由は分からないけど、やっぱり、自分たちが上なのに、なんでお前たちが仕切るんだ!みたいな気に食わないものがあったのだろう。
私は土方さんに言われたとおり、殿内さんを誘った。
「この前はすみませんでした。お詫びも兼ねて、お酒を奢らせてください。」
「おお、そんなことは気にするな。今夜は出かけないといけないから、今度でいいか?」
これは、やばい展開なのでは?どうしても、今日飲ませなければ。
「出かけるって、どこへですか?」
「ちょっと用事ができて、江戸に行く。」
え、江戸?またずいぶんと遠いところへ。
「江戸に行ったら、帰ってくるまで時間かかりますね。それまで待ちきれないので、今日、一緒に飲んでそれから旅立ってもいいのではないですか?そんなに長居はさせませんから。」
とにかく、今日、居酒屋へ誘って大量に酒を飲まさないと。
「蒼良がそこまで言うなら付き合おう。」
よし、誘い出し成功。
殿内さんは、旅支度をして屯所をでた。屯所を出てから、偶然を装って出てきた斎藤さんにあった。斎藤さんも、一緒に行きましょうと、誘った。
ここまでは計画通りだ。
この前と同じ居酒屋へ入った。
「どころで、江戸に何しに行くのですか?」
私がお酒を注ぎながら殿内さんに聞いた。
「実はな、俺たちの仲間を集めに行こうと思っている。今のままじゃ少ないから、近藤や芹沢にすぐやられてしまう。」
そういうことだったのか。今日実行できることになってよかったのかもしれない。殿内さんの仲間が増えてからだと、色々と大変そうだ。
とにかく、斎藤さんと交互で酒を注いだ。殿内さんを酔わせるために。
そして、彼は酔っ払った。ちょっとフラフラしていたからこれで大丈夫だろう。
「すっかり、ご馳走になった。いい酒だった。また誘ってくれ。」
そう言って去っていった。
私の役目はこれで終わった。
「よし、帰るぞ。」
斎藤さんに言われ、屯所に帰った。
次の日、四条橋で殿内さんがきられている遺体が発見された。
誰がやったのかわからない。けど、土方さんが私の話を近藤さんに報告したとき、温厚な近藤さんが怒って自分が殺る!といったので、近藤さんと付き添いできた沖田さんじゃないかなと思う。
私は、嫌いな人がいなくなってホッとした気持ちもあるけど、居なくなった形が殺されたということと、その殺しに自分も一役かったことが、なかなか割り切ることができなかった。
現代にもどっても、嫌いな人はいる。でも、殺したいとは思わない。なんとか折り合いをつけてやっていかないとと思う。
それがこの時代と現代と違うところなのかもしれない。嫌いどころか、命まで狙われてしまう。
割り切らないといけない。そう思いつつも、割り切れない自分がいた。




