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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
試衛館での日々
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土方さんと江戸での日々

 お師匠様と別れてから、ひたすら歩いた。

 土方さんに聞いたら、日野宿というところまで行くらしい。

 日野って、あの東京の日野?

 試衛館が新宿だから、新宿から日野まで歩かなければならない。

 電車なんて便利なものないし、車もない。

 ひたすら歩く。


 土方さんのお姉さんの嫁ぎ先にお世話になることになったのだけど、もうそこに着いたときはへとへとだった。

「土方さん、お薬ください。石田散薬」

「どうした? どこか痛めたか?」

「いや、疲れたので」

「ばかやろう……。石田散薬は疲労回復の薬じゃない。打ち身・捻挫の薬だっ!」

 あれ?お師匠様、疲れたときに効くぞ! って言ってなかったか?また騙されたか……。

「それに、これぐらいで疲れてどうする。こんなので疲れてたら京へ行けないぞ! 体力つけろっ!」

 はい、ごもっともです。

 まさか、新幹線で行くなんてできないし……。

 っていうか、まだ新幹線どころか蒸気機関車もないし……。

 京へ行く前に死にそうだわ。


 そしてようやくお世話になる所についたのだけど、家がでかい。

 しかも、道場まである。

 話を聞くと、お姉さんの旦那さんも天然理心流の人で、家に道場を作ったらしい。

 たまに近藤さんたちも来るらしい。

 私としては、たまにではなく毎日来て欲しいけど……。

 ここから通うの大変なのよ、しかも歩きだし。


 部屋に案内されたのだけど、それは土方さんの部屋だった。

「俺は居候の身だから、もう一部屋用意しろなんて言えんだろう」

 ええっ、同じ部屋で寝るの?

「安心しろ、女でもガキには興味がない」

 ふんっ!どうせガキですよ。

 土方さんがそう思っても、私の方が何か緊張して眠れない。

 あの、新選組のまだ鬼の副長じゃないけど、鬼の副長と同じ部屋で寝るなんて……。

 と、緊張していたら、朝になっていた。

 すっかり寝てしまったらしい。

 おかしいなぁ、緊張していたはずなんだけど。

 やっぱり、新宿から日野まで歩いたのがきいたのかな。

 起きたら、すでに土方さんも起きていた。

 そして私の姿を見て、ギョッとなっていた。

 私、何かおかしいのかな?

「お、おい。ずいぶん乱れてるが、いつもそうなのか?」

 えっ?と思い、自分の姿を見てみる。

 浴衣なので、裾はめくれ上がっているし、胸元もかなり着崩れしている。

 浴衣で寝るなんて、旅行で旅館に止まった時ぐらいだもんなぁ。

「こういうの着て寝るのって、めったにないもんで」

「こういうのって、お前、もしかして、寝るとき裸なのか?」

「なっ、なに言ってんですか。パ……寝巻き着て寝ますよ」

 危うく、パジャマといいそうになった。

 この時代、パジャマなんてないのだろうなぁ。

「なんだ、寝巻ききて寝るなら、一緒だろう」

 ああ、寝巻きイコール浴衣なのね。

 これ、寝ずらいんだよね。

 と言いつつ思いっきり寝てたけど。

「お前、京に行くときどうするんだ?」

「一緒に行きますよ」

「じゃなくて、京に行くときは宿に泊まるぞ。雑魚寝だぞ」

「雑魚寝なのですか? 私だけ個室って訳にはいきませんか?」

「お前はどこかの大名かっ! ばかやろうっ!」

 やっぱり、ダメだよね……。

 ということは、男ばかりのところに雑魚寝……ああ、お師匠様、私はどうすれば……。

「とにかく、その乱れているの、早く直せっ! 目のやり場に困る」

「あれ? ガキには興味がなかったのでは?」

「つべこべ言ってないで、とっとと直せっ!」

 ううっ、朝からそんなに怒鳴らなくても……。

 という訳で、なれない手つきで直していたのだけど、あれ?この紐はどこから出てきたの?あれ?これは?

「お前……おちょくってるのか?」

「めっそうもないっ! なんか、紐が変なところから出てきてたり……あれ?」

「手のかかるやつだ」

 土方さんは、さっさと浴衣を直してくれた。

「これで良しっ。着物も着れないのか? お前はっ! ったく、女に着物着せたの初めてだ」

「えっ、脱がしたことはあるのですか?」

「ばかやろう」

 と言いながら、げんこつが落ちてきた。

 ううっ痛い。

「とにかく、京へ行くときは雑魚寝だ。そんな調子だと、女だとすぐバレるぞ。どんなやつがいるかわからないからな。バレたときどうなるか俺も知らん」

 えっ、そんなぁ……。

「おいっ、涙目になってるぞ。着物が崩れるのは仕方ない。だから、目が覚めたら布団の中ですぐ直せ。今からそれをやっておけば、京へ行く時までにはなんとかなるだろう」

「はいっ!」

 大きな声で返事すると、

「天野先生からの預かりものだからな。それと、これから先、俺のそばから離れるな。お前に何かあったら、天野先生に顔向けできねぇからな」

「わかりました。何があってもかじりついて離れませんから」

「いや、かじりつかんでもいい」

 そんなこと言いながら、土方さんは、私の頭をポンポンと軽く叩くように撫でてくれた。


 それから、道場で稽古をした。

 ちなみに、浴衣と違って、袴は普段稽古で履いているので、普通に着ることができた。

「着物が着れなくて袴は着れるって、お前、どんな生活してたんだ?」

 土方さんが、不思議そうな顔していた。 

 

 道場には、何人か人がいたけど、その中の一人の人が私たちのところまでやってきた。

「おはようございます」

「ああ、源さん。おはようございます。昨日、近藤さんから話を聞いてきた。あの話、本当らしい」

 あの話とは、浪士組を結成して京へ行く話だろう。

「本当なのか。で、行くのか? 京へ」

「俺は、行く。武士になれるかもしれねぇから。源さんは?」

「俺も行く。近藤さんに伝えてくれ」

「分かった」

「ところで、こちらが昨日門下生になったという子か?」

 源さんという人が、私の方を見た。

「天野蒼良と申します。よろしくお願いします」

 私は、自己紹介しておじぎした。

「井上源三郎と申す」

 ああ、だから源さんなんだ。

 って、新選組の六番隊組長になる人だ!

「天野先生に頼まれて、連れて帰ってきた。面倒みてやってほしい」

「わかりました。蒼良、早速腕試しだ」

 えっ、またですか?源さんも強そうなんですけど……。

 腕試しは、昨日のような試合ではなく、どちらかというと、私の稽古を源さんが見るというものだった。

「蒼良君、君は腕がいいが、剣が軽い」

 剣が軽いというのは、剣に力がない。

 要するに、命中しても、力がないので、相手に致命傷を与えることができない。

「毎日すぶりをして、体力を付けたほうがいい」

「わかりました。ありがとうございます」

 お辞儀をすると、源さんは優しそうに笑った。


 土方さんは、お姉さんの旦那さんである佐藤彦五郎さんと話をしていた。

 内容は、多分昨日の浪士組のことだと思う。

 佐藤彦五郎さんは京には行かないらしい。

 ここで、天然理心流の道場を守るそうだ。


 そんなこんなで稽古が終わり、朝食を食べたあと、土方さんの行商に付き合った。

 これも、京まで歩く体力をつけるため。

 今の私だと、京どころか江戸からもでられない。

 とにかく体力をつけて、長距離歩けるようにならないと。

 という訳で、毎日朝起きる前に浴衣を直し、道場ですぶりをし、行商に付き合った。

 最初は帰ってくるとへとへとだったけど、徐々に体力がついてきているのか、だんだん疲れなくなってきた。

 土方さんも、私の様子を見ていたのか、最初は近場を行商で歩いていたけど、慣れてくると徐々に距離を伸ばしていった。


 そして、なんと、横浜まで歩いて行った。

 現代の私だったら、横浜まで歩くなんて考えられない。

 横浜は開港したばかりらしく、現代のように華やかではなかった。

 ただ、外国船がたくさんあったのと、外国船からの物資の往来が多かった。

「何年か前にペルリが来て、条約を結んで開港したから、ここは異人がたくさんいる」

 土方さんの言うとおり、外国人がたくさんいた。

 きょろきょろしていると、外国人のカップルと目が合い、ハローと言いながら手を振ってきたので、ハローと返した。

 すると、私の方へ近づいてきて話しかけてきた。

「Can you speak English? ――あなたは英語が話せますか?」

「No ――いいえ」

 と、私が答えたのにもかかわらず、

「You can be speaking English. ――あなたは英語を話せている」

 と言ってきた。

 いや、話せないから、勝手に決めないで。

「Where is a settlement? ――居留地はどこにありますか?」

 どこにあるのか?聞いているのはわかるのだけど、何ががわからなかった。settlementという単語がわからない。

「I'm sorry. I do'nt know. ――ごめんなさい。私は知らないです」

 私はそう言ってお辞儀をすると、カップルはグッバイ!と言って笑顔で去っていった。

 ふう。急に話しかけられると、緊張しちゃうわ。

 土方さんを見ると、彼は驚いて固まっていた。何を驚いているのだろう。

「おっ、お前っ! 異国の言葉がわかるのか?」

 そこで気がついた。そうだ、ここは江戸時代末。

 鎖国が終わったばかり。

 だから、中学生レベルの英語でも、わからない人が圧倒的に多いはず。

 そして話せる人は、多分日本で数人ぐらいしかいないかもしれない。

 やってしまったかも……。

 とにかくごまかそう。

「何言っているんですか。日本語を話してましたよ」

「嘘つけっ! 何話しているかわからなかったぞっ! 明らかに異国の言葉だ」

 このごまかし方は無理があった。

 ううっ、どうしよう。

 よし、困った時のお師匠様だ。

「実は、お師匠様の知り合いに異国の人と商売している人がいて、その人に少し教わりました」

「ああ、天野先生か。先生は顔が広いからな」

 よかった、ごまかせた。

「でも、なんで最初、相手が日本語話していたと嘘いったんだ?」

 全然ごまかせてなかった。

 ここからは、嘘言いたくなかったので、本当の事を言った。

「英語が少し話せただけで、変なふうに見られるのがイヤだったんです。異国の人と付き合いがあるのではないかとか」

「英語というのか? さっきの言葉は」

「はい」

「最初は驚いたが、お前が異人と付き合いがあるとは思わなかった。ま、普段の生活みてたら、何もないってわかるぞ。そんなこと、気にするな」

 土方さんは、ぐしゃっと頭を撫でてくれた。

「はいっ!」

 私は、大きな声で返事した。

「ところで、さっきは何を話してたんだ?」

「最初向こうが、英語を話せるか聞いてきました。私が英語で話せないと言ったら、いや、話せると言って……」

「そりゃ、その言葉で返したら、話せるくせに何言ってんだ! って、思うだろう」

 あ、そうか、日本語で返すべきだった。

「それで会話は終わったのか?」

「そのあとに、settlementというものが、どこにあるか聞かれたのですが、settlementという言葉自体知らなかったので、知りません、ごめんなさいと言ったら、去っていきました」

「そうか……。もしかしたら、居留地の場所を聞いてたかもしれないぞ」

「えっ、なんでわかるのですか?」

「そこしか行くとこないだろう」

 確かに……。

 現代だと、横浜といえば色々あるけど、この時代の横浜は、倉庫みたいなものと港ぐらいしかなかった。

 あとは、外国人が滞在する居留地。

 あのカップルが行くところといえば、居留地ぐらいしかないかも。

 土方さん、何気に英語しゃべれるんじゃぁ……と思ったけど、口に出すのはやめた。

 知るか、ばかやろうと言われそうだし……。


 それから、高台へ行くと、船とかよく見えると言われ、高台へ行った。

 この時代の海はすごく綺麗で、青い海の上に船がポツポツと浮かんでいた。

 海は日が反射して、キラキラと光っていた。

「すごい!本当に眺めがいいですね。土方さん」

「ああ、今日は天気もいいからな」

 土方さんは、懐から筆と紙を出してきた。

「何をするのですか?」

 私が聞いたら、

「良い句が浮かびそうだったからな」

 句って、俳句とか、短歌とかかな。

 句を作ることは伝記の本を読んで知っていたけど、本当だったんだ。

「で、句はできましたか?」

「そんな簡単にできるわけないだろっ! そういうお前こそ、出来るのか?」

 うーん……黒船が来て、横浜が開港してこうなったんだよね。

「黒船が 赤かったら 赤船だ…… なんてね」

 私の句を聞いた土方さんは、無言で筆と紙をしまった。

「あれ、句はいいのですか?」

「お前のくだらない句を聞いて、作る気が失せた。何が赤船だ、ばかやろう」

 私にはそんなセンスないから……。

 でも、土方さんの句を見てみたいなぁ。

 聞いてみたら、あっさりと、お前には絶対に見せん!と言われてしまった。

居留地

日米修好通商条約などの外国との条約により、開港した場所には居留地を設置することが決められる。


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