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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応元年6月
199/506

鈴木三樹三郎さん登場

「鈴木三樹三郎さんが来るらしい」

 いつも通りの朝食で山崎さんがそう言ってきた。

「鈴木三樹三郎さんが?」

 鈴木三樹三郎さんは、伊東甲子太郎さんの実の弟だ。

 この兄弟は、なんでわざわざ長い名前を付けるんだろう。

 鈴木三樹じゃだめなのか?伊東さんにしても、伊東甲子じゃだめなのか?それで充分だと思うけど。

蒼良そらさん、顔が怒っていますよ」

 ん?怒っていたか?

「伊東さんが嫌いだと聞いたことがありますが、鈴木さんも嫌いですか?」

 いや、鈴木さんとはほとんど交流がない。

 だから好きとか嫌いとか言うほどの関係でがない。

 でも、顔がおこっていると言う事は……

「やっぱり、名前ですかね」

 それしか考えられない。

 伊東さんも鈴木さんも、名前を何とかならんのかいっ!

 って、私が言うのも大きなお世話だよね。

 山崎さんは、なんだろう?って顔をしていたので、私のこの思いを初めて人に話した。

 初めて話したのに、山崎さんは声に出して笑った。

 そんなにおかしいことか?

「やっぱり、蒼良さんらしいですね。普通はそういうことをあまり考えませんよ」

 そ、そうなのか?もうちょっとみんな考えた方がいいよ。

「普通は、どういうことを考えるのですか?」

 思わず山崎さんに聞いてしまった。

「そうですね。なんで鈴木三樹三郎さんが大坂に来たのかなぁとかって考えませんか?」

 山崎さんも、わざとフルネームで言っただろう?

 そう言えば……

「確かに気になりますね。何しに来たんだろう?」

「しかも、大坂の大きな神社に屯所に来るようにという文を出したらしいですよ」

「山崎さん、いつの間にそんなことまで調べたのですか?」

「山崎さんじゃなくて、名前で呼んでください。今は夫婦なのですから」

 山崎さんが、いたずらっ子のように微笑んで言った。

 名前で呼ぶって、恥ずかしくって呼びずらいよ。

 恥ずかしがっていると、山崎さんに

「名前で呼ばないと、その先は教えませんよ」

 と言われてしまった。

 この先の話が大事なことだったら大変だっ!

 勇気を出して

「す、すすむさん」

 と呼んだ。

「何ですか?」

 山崎さんが笑顔で応じてくれた。

 で、なんだっけ?名前で呼ぶことに集中しすぎて忘れてしまったじゃないかっ!

「副長から文が来まして、鈴木さんが大坂屯所に行くから、一緒に同行するようにとのことです」

 ん?同行していいのか?

 大坂の隊士たちには、私たちのことは内緒だったと思ったけど。

「鈴木さんは私たちが潜入捜査をしていることは知っていますが、大坂の隊士たちは知らないので、鈴木さんと待ち合わせをして一緒に大坂の屯所に行くことになっています」

 そ、そうなのか?ずいぶんと面倒なことを。

「どこで待ち合わせをしているのですか?」

「京屋さんです」

 京屋さんと言えば、大坂屯所が出来る前、大坂に来ると泊まっていた船宿だ。

「蒼良さんは、その格好で行きますか?」

 いや、鈴木さんは伊東さんの実弟で、この先もしかしたら女装して捜査する対象になる可能性がある。

 出来れば、女装姿を見せたくない。

「この姿は鈴木さんには見せたくないですね。ここで着替えて行きます」

「いや、それも無理そうですよ」

 そ、そうなのか?

「隣の人間が目を光らせてますから」

 あ、そうだった。

 お隣さんが、いい意味で言うと好奇心が強い人で、私たちの生活がとっても気になるらしく、たまにのぞいている。

 数日前に、山崎さんに目つぶしをくらってからは大人しかったけど、男装した姿を見つけられた日には、お隣さんの好奇心が倍増して高くなってしまう。

 それは避けなければっ!

 でも、どうすればいいんだ?

「ここは、鴻池さんに頼りましょう。鴻池さんなら、蒼良さんが女装して捜査していることは知っているし、信頼できる方なので、大丈夫でしょう。鴻池さんのところで着替えて、そこから鈴木さんの所に行きましょう」

 と言う事になり、山崎さんが鴻池さんに聞きに行ったら、喜んで協力しますよと言う事だったので、その好意に甘えることになった。


「蒼良はんも忙しい人やなぁ。女になったり、男になったり」

 女装から男装をした私を見て、鴻池さんがそう言った。

「それが仕事ですから」

 私は笑顔でそう言った。

「蒼良さんも、準備できたようですね」

 山崎さんも顔を出してきた。

「蒼良はん、さっきまでいい女になっとったけど、今はいい男になっとるよ」

「鴻池さん、ほめても何も出ませんよ」

「うちはほんまのことを言ったんやで」

 さすが商人だなぁと、感心してしまった。

「用意が出来たら行きましょう。鈴木さんがそろそろ京屋で待っていると思います」

 山崎さんに言われ、鴻池さんにお礼を言って歩き始めた時、

「蒼良はんっ! 足が内またになっとるで。内またで歩く男はおらんから、おかしいで」

 と、鴻池さんに言われてしまった。

 今回は、ちょっと長い間女装をしていたから、歩き方も内またになっていたのだろう。

 本当に、女になったり男になったりって、忙しいんだなぁと実感しつつ、下を向いて内またにならないように意識して歩いた。

 外に出ると、山崎さんが無意識に私の手を取った。

 私も最初は無意識に山崎さんの手を取ったけど、周りの視線が気になった時に気がついた。

「烝さん、男同士て手をつないで歩くのはおかしいみたいです。周りの視線がすごいのですが……」

 いつも、名前で呼べと言われるので、名前で呼んでしまった。

「あ、そうですね。周りの視線がおかしいですね」

 山崎さんは寂しそうな笑顔を浮かべてそう言い、手を離した。

「私から離れないでくださいね」

 言われなくても、離れません。

 

 京屋に無事についた。

「副長に言われて潜入捜査してたんだってな。なんの捜査だ?」

 鈴木さんは、潜入捜査をしているとは聞いたけど、どういう捜査かと言う事までは聞いていないらしい。

「大坂には家茂公が入っているので、色々あるのですよ」

 山崎さんはそう言ってごまかした。

 ごまかし方がうまいなぁ、山崎さん。

「ところで、大坂には何の用ですか?」

 山崎さんが探るように聞いていた。

「ああ、一緒に来ればわかるよ」

 ここで教えてくれないのかいっ!

 一緒に来ればわかると言う事なので、一緒に大坂の屯所に行くことにした。


 屯所の近くにある私たちの長屋の前を通った時は、お隣さんに見つからないかとどきどきしたけど、大丈夫だった。

 大坂の屯所に着いたら、みんなから歓迎された。

 それと同時に、お客が来ていると言う事だったので、お客さんがいる所に行った。

 鈴木さんが大坂の大きな神社の人たちに屯所に来るようにと文を出したので、屯所に見えているお客さんはどうやらその人らしい。

「大坂天満宮総代、大道吉儀と申す」

 その人はそう言って頭を下げてきた。

 大坂天満宮って、結構大きいぞ。

「鈴木三樹三郎と申す。今日は忙しいところわざわざこちらに足を運んでいただき、申し訳ない」

 鈴木さんはものすごく丁寧に応対していた。

「要件は、今年は祭を全部中止にしているようだな。何かあったのか? それが聞きたくて呼んだのだが」

 それだけのために呼んだんかいっ!って、なんで中止にしているんだ?私も気になるぞ。

「今年は情勢が情勢だから、やめた方がいいという事で全部取りやめたのです。奉行所にも届けてあります」

 多分、家茂公が大坂城にいるから、警護とか大変だしやめた方がいいってなったのだろう。

 なんか、お祭りが中止になっちゃうのって寂しいなぁ。

「こういう時だからこそ、祭りなど盛大にやった方がいいだろう。警護があるなら、我々が警護をするからどうだ?」

 ええっ!そうなのか?お祭りを楽しもうと思ったのに、警護かぁ。

 ま、仕方ないよね。

 そう言うお仕事だもん。

「いや、今から準備となると、神輿の修理とか間に合わないので、お気持ちだけはありがたく受け取っておきます」

 そう言って、総代と言う人は頭を下げた。

「我々も、京の禁裏を警護することになっているので、大坂は引き上げなければならないんだ」

 独り言のように鈴木さんが言った。

 ん?引き上げる?思わず山崎さんと顔を見合わせてしまった。

 私たちの捜査も終わりそうだなぁ。

 ちなみに禁裏とは、天皇がいるところだ。

 そこを警護しなければならないんだぁ。

 大変だなぁと、他人事のように思ってしまった。


「大坂も引き上げるから、お前たちも引き上げろと副長に言われた」

 総代と言う人が帰ってから、鈴木さんがそう話をした。

「私たちは、引き上げる準備があるので、鈴木さんはお先に京へ帰ってください。すぐに追いかけます。蒼良さん、準備があるので帰りましょう」

 山崎さんにそう言われ、鈴木さんに挨拶をして引き上げた。

「烝さん、引き上げる準備って、何をすればいいのですか?」

 私がそう聞くと、山崎さんはにこっと笑った。

「そんなものはないですよ」

 ええっ!ないのか?だって、準備するからって言ったじゃないか。

「せっかく大坂に来たのだから、最後の一日を任務じゃなくて思い出つくりに楽しみましょう」

 山崎さん、いいことを言うなぁ。

「わかりました」

 私も笑顔で返した。

「その前に、蒼良さんは鴻池さんの家に行って、また女装をしてもらわないと」

 そうだった。


 大坂の屯所の人たちが京に帰る日、私たちは、大坂を楽しむことにした。

「どこか行きたいところはありますか?」

 行きたいところかぁ。

 実は、一つだけあった。

「海が見たいです」

 京には海が無いので、京に帰る前に海が見たかった。

「海ですか。やっぱり蒼良さんは変わっているなぁ」

 そんなに変わっているか?

「普通の女性なら、大坂の町を買い物したいと言うものですが」

 そうなのか?

「京に帰ると、海が見れないじゃないですか。だから、海を見たいなぁと思ったのです。や……烝さんが嫌なら買い物でもいいですよ」

 山崎さんと言おうとしてしまった。

 また名前でと怒られるところだった。

 なんか、本当の夫婦みたいな会話だなぁと思ってしまった。

「いいですよ。海に行きましょう」

 と言う事で、山崎さんと海を見に行った。

 

 現代で言うと大阪湾になるのか?

 土方さんと横浜で海を見た時は、異国の船がたくさんいたけど、ここは日本の船ばかりだった。

 歴史では、今はまだ開港していないらしい。

 でも、近い将来開港するだろう。

 その開港問題で幕府の中でもめているらしい。

 それと、現代のように排水が流れると言う事もないので、綺麗な海だ。

「入って泳げそうですね」

 そう言ったら、

「本当に入らないでください」

 と、言われてしまった。

 ちなみに、この時代は海水浴と言うものはないらしい。

 海に入るのは、海に関係する仕事をしている人たちだけということらしい。

 せっかく海に来たのに、入れないとは。

 でも、潮風をたくさん吸い込んだ。

「烝さん、海の濃度は羊水の濃度と同じなんですよ」

 山崎さんのことを名前で呼ぶのもなれてきたなぁ。

 そんなことを思いながら言うと、

「何ですか、それ」

 と言われてしまった。

「赤ちゃんがお腹にいるときに羊水という水の中にいるのですよ」

「それは初めて聞きました。良順先生にも聞いてみますね」

 なんで良順先生が出てくるんだ?

「実は、良順先生から怪我人と病人が多いからと言う事で、医学を少し教わっているのです」

 そうだったんだぁ。

「烝さんなら、きっといいお医者さんになれますよ」

「私は、新選組隊士なんだけどなぁ」

 山崎さんは照れながらそう言った。

 ちなみに、後で知ったことなんだけど、海水浴と言う言葉を作ったのは良順先生らしい。


 大坂を満喫して無事に京に帰ってきた。

「ご苦労だった」

 土方さんにそう言われた。

「けっこう楽しかったですよ」

 私がそう言うと、

「お前、遊んでたんじゃないだろうなぁ」

 と言われてしまった。

「遊んでませんよ。ちゃんと烝さんと一緒に仕事していました」

「すすむさんだと?」

 土方さんが隣に座っていた山崎さんを見た。

 そうだ。

 もう仕事が終わったので、山崎さんだよね。

「夫婦役なので、名前で呼び合うことにしていたもので」

 山崎さんがそう言った。

「わかった。そう言う事か。お前も早く日頃の任務に戻りやがれっ!」

 なんで私が怒られるんだ?   

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