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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応元年6月
198/506

幕府歩兵隊と衝突

 大坂での日々も、慣れてくると快適なものになった。

 京より涼しいし、潜入捜査だけど、大坂の新選組に遭遇しなければかなり楽な仕事だ。

 ただ、井戸端会議でからかわれるのを何とかしたいってぐらいかな。

「京で、西四条家の家来を捕縛したけど、解放したらしい」

 朝食を食べながら、山崎さんが言った。

「そんな事件があったのですか?」

「昨日、京から文が来て受け取ったのですよ」

 そうだったんだ。

 私に文をよこされても土方さんの文字は読めないから、山崎さん宛てに来たのだろう。

 土方さんも文字が、またミミズがはっているような文字で、しかもつなげて書くのでものすごく読みずらいのだ。

 四条家と言えば、8月18日の政変で七卿落ちで長州に逃げていたと思うけど。

 西四条家はどういう家かわからないけど、公家っていうことはわかるぞ。

「他に京で事件はありましたか?」

 一応京のことも気になるので、山崎さんに聞いてみた。

「特には書いてなかったですね」

 そうなんだ。

「大坂もこれと言った事件はないですね」

「きっと暑いから、不逞浪士や悪人たちも動きたくないのですよ」

 私がそう言うと、山崎さんは笑い出した。

蒼良そらさんらしい考え方ですね」

 そ、そうかなぁ。

「さて、そろそろ仕事に行ってきます」

 そう言って、鍼灸しんきゅうの道具をもって立ち上がった山崎さんの袖を引っ張った。

「蒼良さん、どうしたのですか?」

「あ、あのですね、私もご一緒していいですか?」

 いつかは一緒に行って情報収集を手伝いたいと思っていた。

 今日こそは連れて行ってもらうぞ。

「蒼良さん、気を使わなくてもいいですよ」

 気を使っているんじゃない。

「だめですか?」

 やっぱり一緒に行くのはだめなのかなぁ。

「蒼良さんは、ここにいてくれればいいですよ」

 実は、それが一番難しかったりする。

 というのも……。

「実は、ご近所の方々に色々とからかわれるのです」

 最初は井戸端会議で新婚さんとからかわれる程度だったけど、最近は、そのからかい方もエスカレートしてきたみたいで、のぞかれたりなんかがしょっちゅうだ。

 穴をあけられると、紙でふさいだりしてきた。

 穴をあけるなんて考えられないよね。

 長屋の大家さんは怒らないのか?

「もしかして、最近増えている穴をふさいだような跡は……」

 山崎さんも気がついたみたいでそう言ってきた。

「そうなんですよ。そんなに新婚が珍しいのか知りませんが、穴をあけて中をのぞこうとしいるらしいのですよ」

 山崎さんは驚いた顔をしていた。

 本当に、びっくりだよね。

 それから、突然長屋の戸のところに移動をし、穴に指を突っ込んでいた。

「うわっ!」

 という声が外からしたのは、気のせいか?

「本当にのぞかれてますね。ちょっとお仕置きをしたので、しばらくは大丈夫だと思いますよ」

 えっ、お仕置き?

「お隣さんでしょう。のぞいている視線を感じたので、目に指を突っ込んでみました」

 そ、そうなのか?山崎さんも普通に話しているが、そんなことをして大丈夫なのか?

「このままここにいたら、蒼良さんも落ち着きませんね。今日は一緒に仕事に行きましょう」

 わーい、やったぁ。

「今日の仕事先は、蒼良さんもよく知っているところなので」

 よく知っているところ?どこだ?

 大坂で知っているところと言えば、数件しか思いつかないが……。

 どこなんだろう……。


「なんや、また女装して蒼良はんも大変やなぁ」

 山崎さんに連れて来てもらったところは、なんと鴻池家だった。

 鴻池家さんは、私のことを男だと思っているので、また女装して仕事をしていると思っている。

 ま、女装して仕事をしているのは、本当なんだけどね。

「まさか、鴻池さんに会えるとは思いませんでした」

 背中に針を刺されている鴻池さんにそう言った。

「うちもや」

「鴻池さんは、私が鍼灸師をしているときのお得意様なんですよ」

 山崎さんは、鴻池さんの背中に針を刺しながら言った。

 そうだったんだぁ。

 人と人ってどこでつながっているかわからないなぁ。

「で、今は何の仕事しとるんや?」

「内緒です」

 女装して隠れて捜査をしているんだから、内緒だと言う事はわかってくれるだろう。

「うちは口がかたいで」

「口がかたくても、教えられません」

 私がそう言うと、

「そんなこといわんと。あ、いてっ!」

「すみません、手元がくるいました」

 と、山崎さんが恐ろしいことを言った。

「わかった。もう聞かんわ」

 鴻池さんもわかってくれたらしい。

 わかってくれたというか、山崎さんの手元がまたくるわれたら困るからだろうと思うのだけど。

 鴻池さんの針治療も無事に終わった。

「そう言えば蒼良はん、弥之助はんと桜はんって知ってますか?」

 鴻池さんが着物を羽織りながら聞いてきた。

 弥之助さんと桜さん……誰だ?

「あんたの紹介状を持ってここに来たんやけど」

 その言葉で思い出した。

「ああっ!」

 そうだ、ここに行けって、鴻池さんに文を書いて持たせたんだ。

 確か、藤堂さんと江戸に向かっている途中。

「ずいぶん前の話ですよね」

「昨年の話やで」

 そ、そうだった。

 なんか、ずいぶん前の話のような感じがする。

 藤堂さんと、伊東さんを新選組に入れるために江戸に向かって旅している途中で、駆け落ちをして家から追われている桜さんと弥之助さんに会ったんだ。

 桜さんが大店の娘さんで、親の決めた結婚相手がいたけど、それを蹴って、弥之助さんと駆け落ちをしているところだったんだ。

 あの時は、目くらましのために、私と桜さんで着物を交換して、桜さんは男装して行ったんだよなぁ。

「思い出しました。で、その二人がどうしたのですか?」

 まさか、追い出したとか、家の追手につかまったとかって言わないよね。

「桜はんに赤ちゃんが出来てな、一度家に報告した方がええってことになって、報告したら、許してもらえたらしいで」

 ん?それは?

「弥之助はんと家に帰ったよ。弥之助はん、桜はんの家に婿に入ったらしいで。蒼良はんに会ったらよろしく言っといてくれって言われたで」

 そうなんだぁ。

「よかったですね」

 一件落着じゃないかっ!よかった、よかった。

「江戸に来た時は、是非寄ってくれって、これ住所が書いてあるさかい」

 鴻池さんから紙切れをもらった。

 見てみると、何が書いてあるのかわからず、固まってしまった。

「後で、見てあげますよ」

 山崎さんが小さい声でそう言ってくれた。

 江戸に行ったときは、顔を出そう。

 わぁ、楽しみだなぁ。

「今日は、蒼良はんが来るとは思わんかったからな。なんも用意しとらんよ」

 鴻池さんは、私が来ると珍しいものを用意してくれる。

 それは、この時代では珍しいものだけど、現代ではそうでもないもので。

 だから、出すもの出すもの私が知っているので、最近では今度こそ知らないだろうと思って珍しいものを出してくる。

 今のところ、私の知らないものは出たことはない。

「いいですよ。用意するのも大変ですよ」

 お金もかかるし……って、鴻池さんはお金持ちだからいいのかな?


 山崎さんと鴻池家を後にした。

 にぎやかな大坂の町の中をはぐれないようにと、山崎さんは私の手をつないで歩いてくれた。

 優しいなぁ、山崎さん。

 街中を歩いていると、前方から軍隊のような集団がやってきた。

 私たちは、はしによけて道をあけた。

「あれなんですか?」

 山崎さんにこっそり聞くと、

「幕府歩兵組です」

 幕府歩兵組?

 後で調べてみてわかったのだけど、簡単に言うと、幕府の軍隊だ。

 そのほとんどが百姓や町民で、評判もかなり悪かったらしい。

 ま、新選組もそうなんだけどね。

「乱暴者が多いらしいので、気を付けてください」

 山崎さんがそう言った。

「大丈夫ですよ。新選組も乱暴者がたくさんいますから」

 私がそう言うと、山崎さんも笑っていた。

 噂をすれば影と言うのか?

 歩兵隊の向かい側から大坂の新選組が来た。

 ちょうど歩兵隊と向かい合う形になった。

「逃げた方がいいですか?」

 山崎さんに聞いた。

「いや、このまま町人に紛れて様子を見ましょう」

 山崎さんはそう言いながら、私の前に立った。

 かばってくれているのだなぁと言う事がわかった。

 どちらかがよけないと、このまま真ん中でぶつかってしまうと思うのだけど。

 案の定、真ん中でぶつかった。

「新選組だっ! 道をあけろっ!」

「なにをっ! こっちは幕府歩兵組だっ! お前らが道をあけろっ!」

 乱暴者同士がぶつかれば、当然喧嘩になるわけで……。

 この場合もやっぱり喧嘩になった。

「この騒ぎに紛れて逃げましょう」

 山崎さんに言われて、その場を後にした。

 

 騒ぎはこれだけでは終わらなかった。

 夜になったら、屯所近くの万福寺がにぎやかになっていた。

 なんと、幕府歩兵組が新選組の大坂屯所である万福寺を取り囲んでいたのだ。

 当然、その近くにあるこの長屋もにぎやかになるわけで。

「蒼良さん、絶対に外に出ないでくださいね」

 そう言って山崎さんは外に出た。

 だ、大丈夫なのか?とりあえず、刀をもって山崎さんが帰ってくるのを待っていた。

 ガラッと戸が開いたので、思わず刀をかまえてしまった。

「私ですよ」

 山崎さんだった。

「どうでしたか?」

「幕府歩兵組が取り囲んでいましたが、取り囲んでいるだけで、特に衝突とかなさそうです」

 そうなのか?

 しばらくすると、幕府歩兵組の人たちも帰って行った。

 昼間のことを根に持ってちょっと脅しに来ただけか?

 山崎さんは、土方さんに報告する為か、書き物をしていた。

 書き物が終わると、

「ちょっと外に出ませんか?」

 と、山崎さんに言われた。

「大丈夫ですか?」

 歩兵組がいたのに、外に出ていいのか?

「大丈夫ですよ。みんな帰ったようですし、いたらいたで、対処できるので」

 対処って、どう対処するんだ?

 見ていると、山崎さんは刀を腰にさしたので、いたらいたで、何かして来たら斬るってことだなぁと納得したのだった。


「わぁ、星が綺麗ですよ」

 夜空を見上げると、星がとっても綺麗だった。

 現代と比べ物にならないぐらい綺麗だ。

 天の川まで綺麗に見える。

「田舎の方がもっと綺麗ですよ。それこそ、この前蒼良さんと潜入したあそこなら、ここよりもっと見えますよ」

 前に山崎さんと京なんだけど田舎町と言うところに潜入したことがある。

 潜入した時は梅雨でくもっていたけど、その代わり、蛍が綺麗だったなぁ。

「でも、ここでも充分綺麗です。天の川が見えるし」

 私が空を指さしながら言った。

「天の川だったら京でも見れますよ。蒼良さんは何でもないことでもそうやって楽しそうに言うのですね」

 そ、そうか?

「そんな蒼良さんが好きですよ」

 えっ、そう言われると照れるなぁ。

「蒼良さんと一緒にいると、何気ない毎日でも楽しくなりますね」

 そう言った山崎さんの顔は暗くてよくわからなかったけど、優しい顔をしているんだろうなぁと言う事はわかった。

「そうですか?」

「大坂の潜入捜査がこんなに楽しいものだとは思わなかったし、他にも蒼良さんとの捜査は楽しかったですよ」

「山崎さんに、台所仕事やらしてしまって、申し訳ないなぁと思っていたのですが……」

「ああ、あれも楽しかったですよ」

 ん?楽しかった?過去形になっているが……。

「もうすぐ大坂の潜入捜査も終わりそうなんですか?」

 全部過去形になっているし。

「そうですね、終わりが見えてきたかもしれないし、まだ先かもしれないし、わからないですね。明日、この文を出してから副長がどういうふうに出るかにかかってますね」

 そうなんだ。

「京はまだ暑いだろうなぁ」

 京は夜になっても蒸し暑いもんなぁ。

 大坂は、海からの風が吹いて夜になると涼しく感じる。

「暑いでしょう。帰りたくないですか?」

 暑いだろうから帰りたくないけど、京での仕事も気になるしなぁ。

「複雑ですね」

 私がそう答えると、

「私は、もう少しここに蒼良さんといたいですね」

 と、山崎さんが言った。

 山崎さんは京に帰りたくないのかなぁ。

 もともと大坂の人だしね。

 京に帰りたくないのかもしれない。

「さ、そろそろ家に帰りましょう」

 山崎さんに手を引かれて、長屋まで星を見ながら帰ったのだった。


 次の日の朝。

 お隣さんを見かけたので挨拶をしたら、真っ赤な目をして挨拶を返してくれた。

 あ、昨日の山崎さんの指がはいったんだ。

 私は笑いを我慢していたのだった。

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