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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応元年6月
197/506

大坂の一日

 今月の初めから大坂に潜入をしてはや数日。

 米の値上げ騒動はなんとか落ち着き、今度は大坂の隊士を見張る役目のために潜入捜査を続行していた。

 大坂は京とり涼しいから過ごしやすくて快適だ。

 暑いのはあまり変わりないけど。


 今日は珍しく早く目が覚めた。

 いつも朝食は私がかまどを使えないので、山崎さんと一緒に作る。

 でも、今日は早く目が覚めたから、作って驚かしてやろうかなぁ。

 火のつけ方も、毎日山崎さんのやり方を見ていたから、何とかできそうな感じがする。

 かまどにまきを入れて、火打ち石を打ってみた。

 あれ?山崎さんと同じようにやっているのだけど、火がつかないぞ。

 おかしいなぁ、何がだめなんだ?

蒼良そらさん、何をしているのですか?」

 あっ、カチッカチッと火打ち石を鳴らしていたから、起こしちゃったか?

「あっ、だめですよ。私に黙って火打ち石を使ったら。火事になったら大変ですからね」

 火打ち石を山崎さんに取り上げられてしまった。

 確かに、火事になると紙と木でできている町はあっという間に燃え広がってしまう。

 山崎さんが慣れた手つきで火をつける。

 なんでこんな簡単に火をつけれるのだろう。

「どうかしましたか?」

 私がじいっと見ていたから、山崎さんに聞かれてしまった。

「どうして簡単に火がつくのかなぁと思ったもので」

「蒼良さんは、火をさわらなくていいですよ」

「火をさわらないと、ご飯が出来ないじゃないですか」

 こっそりと作って驚かしてやろうと思ったのになぁ。

「一緒に作ればいいのですよ」

 山崎さんは優しい笑顔でそう言ってくれた。

「でも、それじゃあ山崎さんに悪いですよ」

 山崎さんは、大坂に来てからあっちこっちで情報を集めているみたいで、朝食を食べ終わるとすぐに出かけてしまう。

 山崎さんが一生懸命働いているのに、私一人で休んでいるのもなんか悪い。

 私が考えていることが分かったのか、突然頭をなでられた。

「大丈夫ですよ、私に気を遣わなくても。実は、蒼良さんと一緒にこうやってかまどの前に立つのが楽しみだったりするんですよ」

 そ、そうなのか?それならいいんだけど。

 疲れているところ悪いなぁと思っていたから。

「それにしても、今日はなんで一人で朝食をつくろうとしていたのですか?」

 やっぱり、そう思ったよね。

「実は、こっそり作って驚かしてやろうと思っていたのです。でも、うまくいきませんでした」

 私がそう言うと、山崎さんは笑いながらかまどの火加減を見てご飯を炊いてくれた。

 一緒にご飯を食べて、山崎さんが出かける準備を始めた。

 鍼灸師しんきゅうしをしていた山崎さんは、それをしながら情報を得ようとしているのだろう。

 鍼灸師の道具をもって立ち上がった。

「じゃあ、行ってきます」

「ちょっと待ってっ!」

 私は、出かけようとしている山崎さんを呼び止めた。

「お弁当を作ったので、お昼に食べてください」

 お弁当箱がないから、おにぎりを握って竹の皮でつつんだだけだけど。

 山崎さんは中を見て驚いていた。

「ちゃんと三角おにぎりですね」

 当たり前だっ!私が料理できないと思っているみたいだけど、かまどさえ使いこなせたら、普通に料理が出来るからねっ!

「ありがとう。お昼が楽しみです」

 山崎さんは笑顔でそう言って、長屋の戸を開けて外に出た。

 私も見送りのために外に出た。

 外に出ると、お隣さんも外に出ていた。

「蒼良さん。周りの人には新婚さんと思われているので」

 そんなことはわかっている。

 だって、夫婦役で潜入捜査しているんだもん。

「それに、今日のお弁当も嬉しかったので」

 山崎さんは隣の住人を見ながら、顔を近づけてきた。

 えっ、何するの?もしかして、キスされるのか?

 ファーストキスなんだけど、それは好きな人と……

 と、パニックになって色々なことを思っていたら、山崎さんの顔が上に行った。

 そして、おでこに柔らかい感触が。

 あ、おでこにチュッてやつだ。

 ええっ!おでこにチュッだよっ!初めてだよっ!どうしよう?

 うろたえてる私にとびっきりの笑顔で

「行ってきます」

 と、山崎さんは言って大坂の町に消えて行ったのだった。

 うろたえていて、行ってらっしゃいを言い忘れてた。


 今日は洗濯でもしよう。

 家に残された私は、主婦らしく洗濯物をたらいに入れて外に出た。

 現代のように洗濯機もないし、家に水道もないから、井戸のそばに行って水を汲みながら洗わないといけない。

 もちろん手洗い。

 井戸のそばに行くと、すでに数人の先客がいて、みんな洗濯をしていた。

 井戸端会議っていうけど、本当に井戸のそばで女性の会議があるんだなぁ。

「あ、来たで」

 私と目があった人がそう言った。

 来たでって、私を待っていたのか?

 さぁ、ここにここに。

 そう言いながら近所の女性たちは私の座る場所を開けてくれた。

「あ、ありがとうございます」

 お礼を言って座ると、みんなからの視線が突き刺さった。

 洗濯しながら顔をあげると、みんなの好奇な視線とばっちり合った。

「あんた、新婚さんなんやてな」

「とっても仲がええんよ」

 そう言った人は、朝見たお隣さんだ。

「出かけるときにおでこにな……」

 そ、そこから先は言わないでっ!と思ったけど、言わなくてもその先はわかったらしく、キャーキャーと盛り上がった。

「ええなぁ、新婚さん」

「うちなんてもう遠い昔の話や。今は亭主は邪魔な存在や」

 誰かのその一言で、わっはっはーと男性より豪快な笑いが響き渡ったのだった。

 ああ、出来れば、山崎さんの代わりに大坂の新選組の情報が手にはいればいいなぁと思ったのだけど、これじゃあ無理そうだ。

「あんたも、そのうちそう思う日が来るで」

 ツンツンと肩をたたかれてそう言われた。

 そ、そうなのか?

 そう言えば、この人たちも大坂のおばちゃんなんだよなぁ。

 そう思いながら、ゴシゴシと着物を洗っていたのだった。


 洗濯も終わり、掃除も終わった。

 なんかここ数日で私も主婦らしくなったよなぁ。

 でも、潜入捜査しているのに、主婦になってどうすんだ?

 少しでも山崎さんの負担を軽くしないとなぁ。

 よし、私も大坂の町に繰り出して情報収集しよう。

 何かあった時のために、刀を女物の着物の中に隠した。

 女装して刀持っていたらおかしいもんね。


 大坂の町は商人の町と言うだけあり、とってもにぎやかだった。

 お店も多いし、人も多い。

 大きな川が流れていたり、海もあるので、物流が盛んだから大坂の町がこんなににぎやかなのだ。

 それにしても人が多い。

 これじゃあ、情報収集出来なくて、そのまま人にもまれて終わりそうだ。

 そう思って歩いていると、本当に人にぶつかってしまった。

「あ、すみません」

 ぶつかった人に謝った。

 私がぶつかった人は、この上なくガラの悪い人間だった。

 捕縛した浪士にこういう感じな人が結構いたなぁ。

「お前、ぶつかっといて、それで済むと思っているのか?」

 やっぱりからんできたか。

「だから、謝ったじゃないですか」

「謝ってすむと思っているんか?」

 すむと思ったから、謝ったんだろう。

 他に何をしろっているんだ?

「お前、結構きれいだなぁ」

 他の人にそう言われた。

 あれ?ガラの悪い浪人が増えてるぞ。

 いつの間にか数人に囲まれていた。

 そっちがその気ならっ!そう思って隠し持っていた刀に手を出した時、

「すみません。うちのが何か粗相をしましたか?」

 なんと、山崎さんがいた。

 いつの間に出てきたんだ?

 私に近づいてきて、

「ここで刀は出さないでくださいね」

 と、小さい声で言われてしまった。

 あら、ばれてたよ。

「なんだ、旦那がいたのか」

 ガラの悪い浪人の一人がそう言った。

「そんなことは関係ない。お前の女房が俺にぶつかってきたんだ。責任を取れ」

 何を責任取れっていうんだっ!

 そう思ってにらみつけていると、

「新選組だっ! 道を開けろっ!」

 という声が聞こえてきた。

 この声は、多分、大坂の隊士の谷さんの声だと思うのだけど。

「蒼良さん、逃げますよ」

 山崎さんに手を引かれて逃げた。

 私たちが大坂にいることは、大坂の隊士たちに内緒なので、ここで見つかるわけにはいかないのだ。

 だから、山崎さんに手を引かれながらも必死に逃げた。

「ここまでくれば大丈夫でしょう」

 ハアハアと息を切らしながら山崎さんが言った。

 私も、慣れない着物で走ったので、声が出ない。

「蒼良さん、なんであんなところにいたのですか?」

 しばらく時がたって落ち着いたら、山崎さんに聞かれてしまった。

「私も、山崎さんのように情報収集しようと思ったのですが……」

 情報収集どころか、変な浪人にからまれるし。

 はぁ、なんか全然情報収集してないよなぁ。

 落ち込んでいると、ポンッと肩に手が置かれた。

「それは私の仕事なので、蒼良さんは何も考えないで私のそばにいればいいのですよ」

 それじゃあ、山崎さんに悪いだろう。

「私のそばに蒼良さんがいるだけで、目くらましになるのですよ」

 目くらまし?

「私一人で長屋に潜んでいるより、蒼良さんがいてくれたほうが、周りから警戒されずに済むのですよ」

 確かに。

 男の一人暮らしだと、何もんなんだ?って感じになるもんね。

「だから、蒼良さんがいるだけで仕事になるのですよ」

 でも、それじゃあなんかなぁ。

「蒼良さん、せっかく街に出てきたのですから、ちょっと歩きましょうか?」

 私が悩んでいるのを察したのか、山崎さんがそう言ってきた。

「大坂の町は人が多いので、はぐれないように、私の手を離さないでくださいね」

 山崎さんはそう言って私の手を握って歩き始めた。


 大坂の町は京の町と比べるとにぎやかで、色々なものたくさん売っていた。

 その中でも綺麗で目にひかれたのは、ガラスの玉で作られたものだった。

 立ち止まってみていると、

「トンボ玉ですよ」

 と、山崎さんに言われた。

 小さいガラスの玉なのに、中に模様が入っているのもあって綺麗だった。

「これって、きっと細かい作業で作られるんですよね」

 トンボ玉を手に取ってながめながらそう言った。

「そんなことを考える蒼良さんが面白いですね」

 そ、そうなのか?

「気に入ったのがあれば買いますよ」

「や、山っ!」

 山崎さんっ!それは悪いですよ。

 そう言おうとしたら、人差し指を口に当てられてしまった。

「ここでは夫婦なのですよ。夫婦で名字を呼ぶのはおかしいでしょう?」

「じゃあ、なんて呼べばいいのですか?」

すすむと呼んでください」

 ええっ!名前でか?

 なんか照れるなぁ……。

 顔を熱くしながら、

「す、烝さん」

 と呼んでみた。

「何ですか?」

 ものすごく優しい顔でそう言った山崎さん。

 その顔を見たら、何を言うか忘れてしまった。

 なんだっけ?

「今日のお弁当のお礼ですよ。美味しかったです」

 あ、そうそうっ!

「高いお礼になってしまいますよ」

「大丈夫です。好きなものを選んでください」

 そう言われてもなぁ。

 と思いつつ、金魚が書いてあるトンボ玉でできたかんざしに目が行った。

「これ、夏らしくていいですね」

 私がそのかんざしを手に取ると、スッと山崎さんが私の手からかんざしを抜いた。

 しばらくすると、笑顔で山崎さんが帰ってきた。

「買ってきましたよ」

 ずいぶんと高いお礼になってしまった。

 山崎さんは、私の今しているかんざしを抜いて、買ったかんざしをさしてくれた。

「つけておきましたよ」

 そう言って、今までしていたかんざしを私の手の上に置いた。

 これ、土方さんが買ってくれたやつだ。

「さ、行きましょう」

 再び、山崎さんに手を引かれて歩いた。


 大坂の町を歩き、長屋に帰ってきた。

 そして朝と同様にかまどの前で二人で夕食を作った。

「今日は、情報は入りましたか?」

 山崎さんに聞いたら、

「特に、これっ! ていうものはないね。大坂の隊士たちも、京と同じことをしているなぁってぐらいだな」

 そうなんだ。

「実は、私も情報収集をっ! と思って、井戸端会議に参加してきました」

「えっ、蒼良さんが?」

 なんか、私が井戸端会議に参加するとは思っていなかったみたいだなぁ。

 私も思わなかったけど。

「何か情報はありましたか?」

 山崎さんに聞かれた。

「情報どころか、ひやかされてしまいました。新婚だからって」

 恐るべし、大坂のおばちゃんって感じだったもんなぁ。

 そんな様子を見て山崎さんは笑っていた。

「大坂の人たちは、京の人たちと違うでしょう?」

「全然違いますよ」

 私のその答えに再び笑った山崎さん。

「でも、嫌いじゃないですよ。むしろ好きかな、大坂の人。みんな話しかけてきてくれるし、京の人より付き合いやすいですね」

「私も、その大坂の人なんですがね」

 あ、そうだった。

 山崎さんも大坂の人だったよ。

「蒼良さんにそう言われると嬉しいです」

 山崎さんは笑顔でそう言ってくれた。

 それから二人で作った夕食を一緒に食べたのだった。

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