ゆびきりげんまん
長州人を旅籠で捕縛した。
家茂公が京から大坂にうつり、本格的に長州征伐を考えているのかどうかはわからないけど、最近は長州人の捕縛が多いような……。
さて、巡察に行くかと思い、外に出た。
閏5月も終わりに近づいてきた。
現代に直すと7月ぐらいだろう。
今日も暑くなりそうだ。
太陽がまぶしく感じる。
最近は雨も降っていないから梅雨が明けたのかもしれない。
「あ、蒼良」
外に出たら、藤堂さんがいた。
「あ、用事がっ!」
そう言って私は回れ右をして中に入ろうとした。
「いや、蒼良。今日は私と巡察だから」
そうだったか?
最近、藤堂さんにあうと、新興宗教伊東教への勧誘があるので、なるべく避けてきたのだけど……。
伊東教は信者のノルマとかあるんか?
巡察が始まっても、藤堂さんとは話をしなかった。
話をするところか、いつ勧誘されるかとかまえていた。
「あのさぁ、蒼良」
突然藤堂さんが話しかけてきた。
私は、さっと身構えた。
「な、何ですか?」
「いや、刀で切ろうとかっていうわけじゃないから、そんなに構えなくても……」
そう言う構え方をしていたか?
「あ、すみません」
しばらくしーんとした空気が流れていた。
「あのさ……」
と、藤堂さんが話すと、
「な、何ですか?」
と、やっぱり構えてしまう私がいた。
「蒼良、もしかして、私のことを避けている?」
「いや、避けてないですよ」
「そうか。なんか避けられているような感じがしたから」
「あはは、気のせいですよ」
笑ってごまかしたけど、なんでばれてんだ?
「やっぱり避けてるよね」
な、なんでばれてんだっ!
「さ、避けてないですよ。全然避けてないですよ。ほら」
そう言いながら、藤堂さんの袖をさわるという、意味不明な行動をした私。
それを見ながら藤堂さんの顔は笑っていたけど、目は笑っていなかった。
うう、ごまかせないのね。
「あのですね、最近藤堂さんは、私の顔を見ると、伊東さんの勉強会に誘ってくるじゃないですか」
私がそう言うと、藤堂さんは私の顔を見てああとつぶやいた。
「私、伊東さんを好きじゃないので、あまり出たくないのですよ」
もうごまかせないので、正直に話した。
「もしかして、誘われるかもって思って、避けてたとか?」
藤堂さんに言われて、コクンとうなずいた。
「そうだったんだ。悪気はなかったのだけど、伊東さんもいい話をしているし、蒼良と考え方は一緒だって、伊東さんが言っていたから、ついつい誘ってしまって」
えっ、誰が伊東さんと考え方が一緒だって?
伊東さんもずいぶんと勝手なことを言うなぁ。
「わかったよ。蒼良に避けられる方が私は嫌だから、もう二度と蒼良を誘わないよ」
藤堂さんはそう言ってくれた。
それで、ちょっとホッとした。
「ところで、伊東さんの勉強会ってノルマか何かあったのですか?」
「えっ、のるま?」
あ、この言葉はまだなかったか。
「一人何人連れて来いっていうやつです」
「ああ、蒼良を連れて来いとは言われたけど、何人と言うのはなかったなぁ」
なんで私なんだっ!それでしつこかったんかいっ!
「蒼良と私とは、考えが一緒だから、きっと蒼良も勉強会を気に入ってくれるはずだって、伊東さんは言っていたんだけどなぁ」
いや、絶対に伊東さんとは気が合わないから。
なんで勝手に決めるかなぁ。
「でも、蒼良に嫌われることはしたくないから、伊東さんに何言われても誘わないよ。今まで悪かったね」
藤堂さんは、申し訳なさそうな感じで言った。
「じゃあ、ゆびきりしましょうっ!」
藤堂さんの申し訳なさそうな顔をいつもの笑顔に戻したいなぁと思い、私がそう言うと、
「えっ、蒼良、その意味知っているの?」
えっ、他に意味があるのか?
「遊郭にいる遊女が、あなただけを愛しているという意味を込めて、小指を切って相手に贈るという意味なんだけど……蒼良のその顔を見ると、知らなかったみたいだね」
そんな意味があるとは知らなかった。
小指なんて切ったら、痛いじゃないかっ!
「わ、私は小指を切りませんよ」
もしかして、本当にそう思われていたら、嫌だったので、必死に言った。
「いや、小指贈られても困るから」
そりゃそうだよね。
「でも、蒼良の小指ならいいかな」
思わず引いてしまった。
「いや、今のは冗談だから、冗談。そんなにひかないで」
いや、今のは引くぞっ!
「で、蒼良のゆびきりはどういうものなの?」
藤堂さんに聞かれたので、
「こうやってですね」
と言いながら、藤堂さんの腕を持ち、小指を立ててもらって、ゆびきりをした。
「ゆびきりげんまん……」
ゆびきりの歌を歌って、ゆびきりをした。
「その歌の意味って、どういう意味なの?」
藤堂さんが聞いてきた。
「確か、げんまんが、げんこつ一万回で、後はそのまんまの意味ですよ。嘘ついたら、針千本飲んでもらいますから」
「ええっ!」
藤堂さんは驚いていた。
「本当には飲ませませんよ」
「そうだよね」
藤堂さんはそう言って笑った。
本当に飲ませるとなると、針千本集めるのが大変だろう。
そう言う問題でもないのだけど。
「ついでに、私も約束してほしいんだけど」
藤堂さんがそう言ってきた。
「何ですか?」
「今年の祇園祭の宵山に一緒に行ってほしいんだ」
「祇園祭って、6月ですよ。まだ5月だし」
ちょっと約束には早い感じがするんだけど。
「だから、行けたらでいいよ。もし、他の人と約束しちゃったら嫌だから、今年は私と一緒に行ってほしい。それにもう数日後には6月だよ」
そういえば、そうだった。
宵山かぁ。
昨年は池田屋事件でそれどころじゃなかったし、一昨年も見逃したよなぁ。
京に来て3年目だし、今年こそみたいなぁ。
「わかりました。一緒に宵山を見ましょうっ!」
「ありがとう、蒼良」
今年こそ、宵山見れますように。
藤堂さんと屯所に帰ってきたら、沖田さんと源さんがいた。
「お、ちょうどいいところに帰ってきたな」
源さんがそう言って迎えてくれた。
ちょうどいいところって?
「源さんがウナギごちそうしてくれるって」
沖田さんがそう言いながら源さんと一緒に出てきた。
「暑くなってきたからな。ウナギを食べて夏を乗り越えないとな。お前たちもどうだ?」
「えっ、いいんですか?」
ウナギも安いものじゃないから、思わず聞いてしまった。
「いいぞ。平助も一緒に来い」
源さんにそう言われ、藤堂さんも一緒にウナギを食べに行くことになった。
「えっ、まむしっ?」
藤堂さんは、お店の看板を見て驚いていた。
「ああ、あのですね……」
説明しようとしたら、沖田さんに止められた。
「なんで止めるんですか?」
小さい声で私が聞いたら、
「知らない方が面白いじゃん」
と言われてしまった。
そ、そうなのか?教えてあげた方が親切だと思うんだけど……。
「マムシって、あの?」
藤堂さんは、やっぱり知らないみたいでそう聞いてきた。
ちなみに、西日本の方では、うな重のことをご飯にまぶして食べるという意味でまむしと言う。
「そうだよ」
沖田さんはニコニコ顔でそう言った。
いや、教えてあげようよ。
「まむしは、栄養満点だからなぁ」
源さんまでそんなこと言っている。
「もしかして、蒼良も食べるの?」
藤堂さんは、恐る恐る聞いてきた。
「藤堂さん、まむしと言うのは……フグッウグッ!」
沖田さんに口を手でふさがれてしまった。
だから、教えてあげようよっ!
まむしが運ばれてきて、ようやく藤堂さんも、まむしはウナギだってことがわかった。
「いや、俺たちも最初は驚いたもんなぁ」
源さんがうな重を食べながら言った。
「なんだ、みんな教えてくれないもんなぁ」
いや、教えようとしたんだよ、でも、沖田さんがっ!
「僕は教えようとしたんだけどね」
その沖田さんはすましてそう言った。
嘘つけっ!知らない方が面白いって言ったじゃないかっ!
「そう言えば、総司はどこか具合が悪いのか?」
源さんが、食べながらそう言ってきた。
思わず沖田さんの顔を見てしまった。
沖田さんは普通にすまして食べていた。
「え、総司、具合が悪いの?」
藤堂さんも驚いてそう聞いてきた。
まだ隊の人たちには黙っていた方がいいんだよね。
「別に、普通だよ。なんで?」
沖田さんはすましてそう言った。
私も何を言ったらいいのかわからなくて黙っていた。
「ならいいんだけどさ。総司だけ個室だし、毎日診察に来ている先生が出入りしているから、具合悪いのかと思ったよ」
源さんがそう言った。
よく見ているなぁ。
「個室は、一番隊組長だからですよ。一番の組長でえらいから」
私はごまかすためにそう言ったけど、
「でも、土方さんは副長だけど、蒼良と同室だよね」
と、沖田さんが言ってきた。
沖田さんをごまかすために言っているのに、なんで沖田さんがそんなこと言うんだっ!
「そ、それはですね……」
なんで返事に困るようなことを聞いてくるんだっ!
「それはだな、歳が一人じゃ寂しいからだろう」
源さん、そんなこと言っていいのですか?
「あはは、土方さん子供みたいだね。一人じゃ寂しいって」
沖田さんはうけて笑っているし、藤堂さんはどういう反応したらいいのか困っているし。
「あ、あいつはだな、昔から寂しがり屋だったからな」
源さん、本当にそんなこと言っていいのか?
「寂しがりやだって」
沖田さんはまた受けて笑っていた。
沖田さんも、おなか抱えて笑わなくてもいいだろう。
「土方さんに一番似合わない」
いや、沖田さんも本当のことを言わないのっ!
「総司は本当に元気なの?」
藤堂さんが心配そうに聞いてきた。
「夏まけだよ。急に暑くなったからね」
沖田さんはそう言った。
ごまかし方がうまいなぁ。
「総司、昨年もそんなこと言ってなかったか?」
源さんがそう言った。
昨年もそんなこと言っていたか?そう言えば、池田屋で熱中症で倒れてたよなぁ。
「やっぱり、栄養つけないとな。俺の食え」
源さんはそう言って、自分のうなぎを沖田さんのウナギの上にのせた。
「そんなに食べれないよ」
沖田さんは笑顔でそう言った。
源さんからウナギをごちそうになり、満足して屯所に帰った。
「おい、誰が寂しがり屋だって?」
数日後、いきなり土方さんが言ってきたので、驚いた。
「どこからその話が……」
「俺は小さいときから寂しがり屋だったらしいな」
「そ、それは、誰が……」
「屯所内で噂になってるぞっ!」
ええっ、そうなのか?
誰が広めたんだ?思い当たるのが一人しかいないが。
「わ、私は言ってないですよっ!」
聞いてはいたが、一言も言ってないぞ。
でも、土方さんは私をにらんでいるし。
「源さんが言ったのですよ。沖田さんが個室なのに、なんで副長の土方さんが個室じゃないんだって聞かれたから」
源さんなりに必死にごまかしたのだろう。
「源さんかぁ。またなんでそんなことを」
源さんは、土方さんより年上で、たくさんお世話になっているようなので、何も言えないらしい。
「人のうわさも七十五日っていいますから、そのうち消えますよ」
「七十五日もうわさされんだぞっ!」
そうとるのかっ!
七十五日ぐらい我慢してくれっ!って、無理か?