膳所(ぜぜ)事件
大坂で捕縛されて尋問を受けていた、藤井 藍田が死亡した。
大坂の事なので、よくわからないけど、多分拷問で亡くなったのだと思う。
そして、その仲間と疑いのある人たちを捕縛した。
拷問でも口を割らなかったのだろうなぁ。
だから、大坂の隊士たちも必死なのだろう。
でも、やることは他にもあると思うのだけど。
そもそも、長州人や、尊皇派簡単に言うと朝廷や帝の力で攘夷を考えている人たちを捕縛したりする暇があるのなら、手を組んで日本の国力をあげて、外国の勢力と戦った方がいいと思う。
しかし現状は、私も長州人を捕縛したりしている。
なんか、やっていることと思っていることが違うよな。
新選組を助けるためと思って、割りきるか。
土方さんに呼ばれて部屋に行くと、斎藤さんもいた。
「お前らに膳所行ってもらいたい」
私が入ってきて、座るとそう言った。
膳所?どこにあるんだ?
「大津あたりにある」
土方さんは私の方を見てにやりと笑った。
それってどこですか?という私の質問を先読みしてやったぜって感じだ。
「大津のどのあたりにあるんだ?」
斎藤さんがそう言った。
土方さんと二人で斎藤さんを見てしまった。
「知らないのですか?」
思わず聞いてしまった。
「そう言うお前は知っているのか?」
逆に斎藤さんに聞かれてしまった。
ブンブンと首を横にふった。
大津のどこにあるんだ?
「お前ら、膳所藩って知らんのか?」
土方さんはあきれたような感じで聞いてきた。
そう言う藩があったんだ。
調べてみると、関ケ原の戦いの後にできた譜代の藩らしい。
ちなみに譜代大名とは、関ケ原の戦いの後に重要な領地をもらい、要職もいいところに着いた人のことを言うらしい。
膳所藩は、土方さんの言う通り、大津のあたりにある。
「そこに何かあったのですか?」
私たちに行けって言ったのだから、何かあったのだろう。
「そこで、家茂公の上洛を阻止する事件が起きた」
そ、そうなのか?
家茂公は、江戸を出て京に向かっているところだ。
「膳所というところで起きたと言う事は、そこに家茂公が来ることになっていたのですか?」
だから、阻止する事件があったのだろう。
「それはわからん。俺がわからねぇことを聞くな」
土方さんに言われてしまった。
なんだ、知らないのか。
「なんでまた上洛を阻止する事件があったのですか?」
「それを俺たちが調べるのだろう」
斎藤さんに言われてしまった。
そう言う事か。
「膳所に行き、その事件を調べてほしいと言われた」
きっと幕府あたりが言ってきたのだろう。
「斉藤とお前と、後は斎藤の3番隊の数人、斎藤が選んで連れて行け」
ん?ちょっと待て。
「私が行かなくても、斎藤さんと3番隊の人たちで用は足りると思うのですが」
私は一番隊の補助なので、3番隊とはあまり関係がない。
なんで私なんだ?
「俺は、お前も一緒に行ってもらうと助かるがな」
斎藤さんがポツリと言った。
そう言われると、断りにくいなぁ。
「わかりました。斎藤さんと一緒に行ってきます」
「頼んだぞ」
土方さんにそう言われた。
私と斎藤さんを入れて数人で膳所藩に行くことになった。
「3番隊の人全部連れていくのかと思っていました」
こんなに人数が少ないと思わなかった。
「土方さんは、3番隊から数人と言っていただろう。全部連れて行かなくても用は足りる」
そうなのか?
「それなら、私じゃなくて私の代わりに他の3番隊の人を連れて行けばよかったのでは? と思うのですが」
「お前は役に立つからなぁ」
そうなんだ、なんか嬉しいな。
「こき使いやすいしな」
そっちかいっ!喜んで損したわ。
私じゃなくて、3番隊使えっ!
土方さんに私も行けって言われたのは、もしかしたら、こき使いやすいからか?
「土方さんがお前も行けっと言ったのは、俺が信用できんからだろう」
斎藤さんがそう言った。
私の思っていたことはわかったらしい。
「どうしてですか?」
土方さんは、斎藤さんを信用していると思うのだけど。
「俺が伊東さんと仲がいいからだろう」
確かに、斎藤さんは伊東さんの勉強会に毎回出たり、何かあると伊東さんと一緒にいる。
でもそれって、
「わざと仲のいいふりをしているのにですか?」
斎藤さんは、土方さんに命じられて伊東さんに近づいているはずだ。
要するに、斎藤さんは伊東派の動きをつかむための間者なのだ。
「お前、やっぱり知っていたのか?」
あっ、まだ知らないことになっているんだった。
これが判明するのは、伊東さんが殺される直前だ。
それまでは、だますのは身内からというぐらいに、周りも知らないことだ。
「なんで知っているんだ?」
斎藤さんは再び聞いてきた。
そりゃそうだろう。
伊東さんと仲のいいふりをして、みんなに間者をわからないようにしているんだ。
私が知っていることは、普通に考えるとおかしいのだ。
「し、知りませんよ。伊東さんと仲のいい斎藤さんは、実は表向きだけでって考えたら面白いじゃないですかっ!」
「そんなこと考えてて楽しいか?」
斎藤さんはあきれてた。
あきれていたが、何とかごまかせたぞ。
膳所藩に着き、藩の人に詳しく話を聞くため、膳所城の中に入った。
膳所城は、琵琶湖に建っていた。
というか、琵琶湖の中に石垣があるので、琵琶湖の中に城が建っているように見える。
湖上の城ってやつか?
城ファンの人にとっても喜ばれそうだ。
湖の中に建っているので、梅雨の終わりに近い蒸し暑い日でも、城の中に入ったら涼しかった。
藩主はこの事件で忙しいらしく、藩で働いている人が私たちに応対してくれた。
その人からの話によると、ここの藩では、朝廷を支持する尊皇派と、幕府派で綺麗に二つに分かれていて、今回の妨害はもちろん尊皇派の仕業らしい。
そりゃ、尊皇派の人たちから見たら、家茂公なんて来てもらいたくないだろう。
でも、妨害するのもどうかと思うのだけどね。
「どのような妨害だったのですか?」
私が質問をした。
「家茂公がわが藩によることはわかっていたので、地雷を仕掛けて殺害しようとした計画らしいです」
えっ?計画らしい?らしいってなんだ?
「計画したらしいって、わからないのですか?」
そこは重要なところだぞ。
「計画をしたと思われます」
ちょっと待て。
思われますって……
「そう言う風評が流れたので」
私は怪訝な顔をしていたのだろう。
チラッと私の顔色を伺いながら藩の人はそう言った。
風評とは、噂だ。
要は、証拠はないけど噂があったから捕まえたという、現代ではありえないことだ。
「わかった。で、何人だ?」
斎藤さんは、何事もなかったかのように聞いた。
「11人ぐらいです」
「その11人の名前を書いて提出してほしい。要件はそれだけだ」
「わかりました」
話はとんとん拍子で進んでいるが、いいのか?
証拠はないのだぞ。
「それにしても、ここは涼しいな。湖上に建っているからか?」
斎藤さんは、全く関係ない話をし始めた。
「夏は涼しいです。しかし、湖上に建っているから城の維持がまた大変で、費用も掛かるから、廃城も考えているところです」
藩の人がそう言った。
えっ、廃城?なんてもったいないことをっ!
「確かに、これだけの物を維持するのは大変だろう」
そうなんだ。
というわけで、現代ではこの膳所城はない。
この年に廃城の届を出し、明治時代に城は壊されてしまったらしい。
私は、またもや貴重な場所に足を踏み入れたのだなぁと、一人で感動していたのだった。
っていうか、感動している場合じゃないってっ!
捕縛された人たちに名簿をもらい、城から出て宿に向かった。
そして、名簿に書いてある11人を捕縛した。
「斎藤さん、証拠がないのに捕縛していいのですか?」
「お前は、わかっていないな」
な、何をだ?
「これは、証拠を探すか作るかしろって言っているんだ」
そ、そうなのか?
それって、ねつ造ってやつか?
「それってしたらいけないことですよね」
「誰がそれを決めた?」
誰がって、世間一般ではそうだろう。
「藩の人間が遠回しにそう言ったんだから、こっちとしては、従うしかないだろう」
藩の人はそんなこと言ってたか?
「明日から、俺は捕縛した人間を訊問する」
訊問するって言いながら、拷問するのだろう。
「俺を信じられないって顔しているな」
「いや、信じるとかの問題ではなくて……」
「拷問はまだしないから、安心しろ」
斎藤さんは、にやりと笑った。
まだしないって、いつかはするってことか。
それから、佐野 七五三之助さんという3番隊の人を斎藤さんが呼んだ。
「明日、この膳所藩士の河瀬 太宰の家を捜索しろ。今回の妨害事件の証拠となるものをこいつと一緒に探して来い」
こいつというところで、私の方をちらっと見た。
私も一緒に行けと言う事だろう。
そして、証拠をつくれってことだろう。
んなこと、出来るわけないだろうっ!
「書状とかでもいい。証拠になるものを探して来い」
書状をつくれってか?嫌なこった。
「わかりました」
佐野さんはそう言って頭を下げた。
組長の命令は絶対なのね。
というわけで、私も一緒に次の日に家宅捜査に行くことになった。
そして当日、佐野さんと他の隊士と私で家宅捜索に行った。
河瀬 太宰という人の家には奥さんがいた。
「新選組です。御用改めさせてください」
私がそう言うと、顔色の悪い奥さんはコクンとうなずいた。
旦那さんが捕縛されているんだもん、顔色も悪くなるよなぁ。
奥さんがうなずいたのが合図になり、私と一緒に来ていた佐野さんが中に入った。
しばらく証拠を探していたけど、見つからなかった。
隠されたか、本当にないのかどちらかだな。
これは、思い切って奥さんに聞いたほうがいいのかな。
奥さんに聞こうと思い、奥さんのいる部屋に行った。
「すみません。今回の事件のことを書いてあるものはありますか? 正直に言ってください。それによっては旦那さんの今後が決まりますので」
私が奥さんにそう言うと、奥さんは小刀を出してきた。
な、何するんだっ!
私に切りつけてくるのだと思い、私はかまえた。
しかし、その小刀は持ち主のおなかに刺さった。
奥さんは、切腹をしたらしい。
「大丈夫ですかっ!」
私は倒れた奥さんに駆け寄った。
まだ息があった。
「お医者さんをっ!」
私の声を聞いて部屋に来た他の隊士に言った。
「医者なんていらないだろう」
えっ?
私が驚いていると、その隊士は倒れた奥さんの頭を蹴った。
「なにをするのですかっ! 怪我人なのですよっ!」
「将軍の上洛を邪魔する奴に協力するつもりはない」
そう言って、その隊士はまた奥さんを蹴った。
「やめなさいっ! それに、まだ証拠が出ていないのに、そんなこと言っていいのですか?」
「証拠なら出ているだろう」
出ている?どこにだ?
その隊士は、倒れている奥さんの近くに置いてあった黒く焦げた紙を拾った。
「これが証拠だ」
いや、それは燃えカスだろう。
「俺たちに見られたくないから、ここで燃やした。そして、追跡を拒むために自死した。立派な証拠だろう」
そ、そうなのか?
立派な証拠をあんたがここで作ったのだろう。
「そんな証拠より、この人を助けて直接聞いたほうが証拠になりますっ! 私が医者を呼んできますっ!」
私は急いで家を出てお医者さんを呼んだ。
奥さんは命はとりとめたけど、結局何も食べすに反抗したため私たちがここを去ってしばらくしたら亡くなってしまった。
私が奥さんに直接聞いたから、奥さんは自分で自分を刺したのかもしれない。
私はそう思うようになっていた。
「大丈夫か?」
斎藤さんに聞かれた。
「大丈夫じゃなさそうだな」
大丈夫じゃないです。
「話は聞いた。お前のせいじゃない。むしろお前は証拠を見つけた人間として、評価が上がっているぞ」
そんなの証拠かどうかわからないですよ。
「考えるな」
そう言われると、余計考えてしまう。
そう思っていたら、急に斎藤さんの手があごにふれて、私の顔が上を向いた。
「考えられないようにしてやろうか?」
斎藤さんはそう言うと、私に顔を近づけてきた。
えっ、キスされるのか?
ど、どうしよう。
一応ファーストキスなんだけど、そう言うものは好きな人とって思ったのだけど。
じゃあ阻止しないとだめじゃんっ!
って思った時、斎藤さんが、顔を近づけたまま動きを止めた。
「どうだ? 考えられなかっただろう」
確かに、事件のことは考えられなかったけど、別な考えでいっぱいになりましたからねっ!
「お前は悪くない。あの人は、お前に聞かれたからそう言う行動に出たのではなく、誰が言ってもそう言う行動をしていたと思うぞ」
そうなのかなぁ。
「現に、書状を燃やしていたらしいじゃないか。それが燃えたら死のうって思っていたのだろう。だから、誰があの場に行っても、こうなっていた。だから、お前のせいではない。それ以上、自分を責めるな」
斎藤さんの言う通りなのかなぁ。
確かに、書状のようなものを燃やしていた。
「それに、お前が証拠をあげなくても、俺があげていたから安心しろ」
ん?それはどういう意味だ?
「それは、証拠が無かったら斎藤さんが証拠を作ったってことですか?」
「さぁ、どうかな。それより、ここから先はどうする?」
ここから先と言われて気が付いた。
そうだ、斎藤さんにキスされそうになっていたんだ。
斎藤さんの顔はまだ近くにある。
斎藤さんの息を顔で感じるぐらい近い。
「続きをするか?」
斎藤さんはニヤリっと笑って言った。
「いや、遠慮します」
「遠慮するな」
いや、遠慮していないからっ!
「俺は続きをしてもいいと思うがな」
私は思ってないからっ!
「次、自分を責めたら、この続きをするからな」
斎藤さんはそう言うと、私から顔を離した。
た、助かったぞ。
その後、膳所で捕まった人たちは処刑された。
それは半年ぐらい後の話になる。
結局、本当に家茂公を暗殺しようと企ていたのかはわからないままだった。
その後、明治維新後に名誉回復される。
しかし、今の段階では罪人になっている。
私がいなくても、この事件は起きていた。
だから、私がいなくてもあの奥さんは亡くなっていたんだ。
もう自分を責めるのはやめよう。
そう思った。
そして、膳所を後にしたのだった。