八ッ橋とくずきり
新緑の緑も眩しくなってきたなぁと思いつつ、庭の木を眺めていたら、
「蒼良、暇か?」
と、源さんに声をかけられた。
「暇です。」
「そうか。ちょっと出かけよう。美味しそうなお菓子の店を見つけたんだ。」
「えっ、お菓子ですか。是非行きます。」
わーい、甘いものだ。もう想像するだけでよだれがでそう。
という訳で、源さんと出かけた。
「蒼良は、甘いものが好きらしいと聞いたが、本当みたいだな。」
「女はみんな甘いものが好きなものなのですよ。」
源さんは、私が女だと知っている数少ない人物だ。
「そういうものなのか。よし、好きな女ができたらお菓子を送ることにしよう。」
「あ、それ、喜びますよ。」
喜ばない人もいるかもしれないけど…。少なくとも、私は嬉しい。
そんなことを話しつつ、黒谷本陣と呼ばれている京都守護職の本陣へ。
えっ、また会津公に用でもあるのか?と思っていたけど、そこではなく、その参道にあるお店へ。
そもそも、黒谷本陣って、金戒光明寺と言うお寺を借りて本陣にしているので、お寺の参道があるのだ。
「なんか、京の銘菓らしいぞ。」
京の銘菓といえば、思いつくのが一つしかないのだけど、あれでいいのか?
その銘菓が出てくると、ああ、やっぱり!という感じになった。
「八ッ橋ですね。」
「蒼良、知っていたのか。」
「京のお土産で銘菓と言えばこれですよ。」
「さすが、甘い物好きだな。」
出てきたものは、生八つ橋と呼ばれる、生地の中に餡子が入っているものではなく、今で言う焼いてある八ッ橋。生八つ橋が出来るのはもう少し後のことらしい。
でも、この八ッ橋も美味しい。
「蒼良は、思っていたより頑張ってるって歳が言ってたぞ。」
八ツ橋を食べながら、源さんが言った。
「ええ、土方さんが?私にはそんなこと全然言わないですよ。なんか怒られてばかりいます。」
「あいつは直接本人を褒めることはしないよ。そういう性格なんだろう。」
「ということは、照れ屋さんと言うことですね。」
「ははは、歳が照れ屋か。ま、たしかにそうだな。難しい性格だよ。でも、蒼良が来てからあいつもちょっと変わったんだぞ。」
「そうなんですか?」
「蒼良と言い合いしている時は本性を出しているな。普段は隠しているが、蒼良が来てから本当の自分が出るようになってきたよ。」
「それって、いいことなんですか?」
「いいことじゃないのか?本性を隠すということは疲れるぞ。」
確かに。それだけ気を使うからすごく疲れる。私には絶対に出来ない。
「あれ?左之じゃないか?」
源さんが言ったので見てみると、原田さんが店に入ってきた。
「おい、左之。こんなところで何してんだ?」
「源さんこそ、何してんだ?あっ、蒼良。」
「こんにちは。原田さんも、八ッ橋食べに来たのですか?」
「い、いや、食べに来たというか…。」
「分かったぞ!女に渡すのに買いに来たな。」
源さんが言うと、原田さんは一生懸命になって否定した。
「そんなに否定するとは、怪しいな。」
「だから、違うって。女なんて居ないよ。」
でも原田さんはかっこいいから、女性の一人や二人いそうだな。
「源さんが変なこと言うから、蒼良も誤解しているじゃないか。」
「えっ、私は、原田さんはかっこいいから、一人や二人いそうだなぁって。」
「だから、居ねぇって。俺は行くぞ。」
「あ、一緒に食べませんか?」
私が声かけたけど、原田さんは手を振って去っていった。
「あいつ、何も買わなかったけど、何しにきたんだ?」
確かに。何も買わず、何も食べずに去っていった。
本当に何しにきたのだろう。
八ツ橋を堪能したあと、屯所に戻った。結局その日は原田さんが何をしにあそこに来たのかわからなかった。
それから数日後のこと、原田さんに誘われたので、一緒に出かけることになった。
行き先も告げられないまま、祇園の方へ。祇園と言えば舞妓さんだけど、目的は舞妓さんではないらしい。
「ここだ、ここ。」
そう言われてみてみると、そこは甘味処というのか?今で言う和風スイーツのお店みたいなところだった。
そのお店はくずきりが有名らしい。って、くずきりって何?
「蒼良、知らないのか?よしっ。」
原田さんはなぜか嬉しそうだった。
そのくずきりが、はこばれてきた。見てみると、透明な太い麺みたいなものに、黒蜜ときなこがかかっている。あれ?くず餅?でも、私が知っているくず餅と少し違う。
「これって、くず餅ですか?」
原田さんに聞いてみた。
「江戸で言うと、くず餅になるんだろうな。うまいか?」
「口当たりが良くて、美味しいです。でも、なんで江戸と京のくず餅は違うのだろう?」
お店の人に話を聞いてみると、江戸で言うくず餅とこのくずきりは材料が違う全く別物らしい。
くず餅は、小麦粉を発酵したものから出来ているらしいけど、このくずきりは、クズと呼ばれる植物からできる粉を使用しているらしい。材料も別物だから、品物も全く別物になる。
「蒼良は、これ食べるの初めてか?」
「はい、原田さんは?あ、もしかして、好きな女性と?」
「そ、そんなもの居ねぇよ。」
「そういえば、今思い出したのですが、八ッ橋屋さんに来ましたよね。」
「そんなこと、思い出すな。」
「あ、すみません。もしかして、その八ツ橋の人と来たのかなぁって。」
「なんだよ、その八ツ橋の人って。」
「原田さんが、八ッ橋持っていった女性。」
「お前、どこからそんな話になった。」
あれ?違うのか?源さんとあれは間違いなく、女性に持っていこうとしていたのに違いないって、言っていたのだけど…
「もしかして、源さんと二人であることないこと考えていたな。」
あ、バレたか…。
「蒼良、お前なぁ…。そもそも、なんで俺があそこにいたかというと、甘いもの好きな蒼良に、珍しいものを食べさせてやりたいと思ってだな。」
「ああ、蒼良に。って、私ですか?またなんで。」
「巡察であそこらへん回っていたときに見つけてな。こりゃ珍しいからいつか買って食わしてやろうと思っていたのだが、源さんに先越されてしまった。」
また、なんで私に?
「私より、気になる女性にあげたほうが、その人が喜ぶと思いますが。」
「居ねぇって言っているだろっ!それと、あの店見たときに、思い浮かんだのが蒼良だったんだ。そしたら、同じ考えしていた人がいたってわけだ。もしかして、源さんも俺と同じこと考えていたのかもな。」
話を聞いたら、原田さんがその店を見つけたときに、源さんも一緒に巡察していたらしい。
「嬉しいです。ありがとうございます。」
ちょっとしたことなんだけど、私のことを考えてくれて、こうやって連れてきてくれたことがなぜかとっても嬉しかった。
「ところで、これは本当に初めて食べたのか?」
「初めてですよ。美味しかったです。」
「よしっ。源さんが、八ッ橋は食べたことがあるらしいと言っていたから、結果的に、これでよかったのかもな。」
原田さんは、満足気に言った。
「八ッ橋も、美味しかったですよ。」
「でも、こっちは初めてなんだろ。よかったよかった。」
何が良かったんだか、訳が分からないのだけど。
「俺、たまに思うんだ。蒼良が女だったら、面白かっただろうなぁって。」
「なんでですか?」
女だったらではなく、本当に女なので、バレたかと思ってドキドキしてしまった。
「お前みたいな面白い奴は、そばに置いておきたいからだ。」
面白い奴って。それって褒められているのか?けなされているのか?
結局それはわからなかった。
ただ、帰り道でも、
「女だったらなぁ。」
なんてつぶやきながら、原田さんは私の頭を撫でてきた。
そのたびにバレてるんじゃないか?とドキドキしていた。