屯所が汚い
「ちょっと斎藤を呼んで来てくれ」
土方さんにそう言われたから、斎藤さんを呼びに行った。
斎藤さんは、他の隊士と同じ部屋にいた。
大部屋の襖を開けたら、モワッと汗と油の匂いと言うのか、男臭いというのか、匂いが私に襲ってきた。
な、なんの匂いだ?
大部屋の中を見てみると、布団は敷きっぱなしの上に、普通に人が歩いていたり、その中を寝ている人がいたり、様々だった。
布団もずうっと敷きっぱなしなんだろう。
汚れてグチャグチャになっていた。
何が掛布団で、何が敷布団かわからないぐらいだった。
この部屋、汚いぞ。
「なんか用か?」
気が付くと、斎藤さんが目の前にいた。
私は、襖を開けたまま固まっていたらしい。
襖を開けた時に注目を浴びたみたいで、みんなの視線が私に突き刺さっていた。
その中には、やっぱりなぜか全裸の人がいたりした。
なんで全裸なんだ?
「なんだ、気になるのか?」
私の視線が全裸の人に向いている事に気が付いたのか、斎藤さんがそう言った。
「き、気になりませんよっ!」
「そっちばかり見ていたから、気になるのかと思った」
いや、なんで着物着ないんだろうとは思っていたけど。
「で、なんの用だ? まさか、男の裸を見に来たわけではないだろう」
な、なんでだっ!
「ち、違いますよ」
私の顔が熱くなっているから、多分赤くなっているのだろう。
わ、私なんでここにいるんだ?
そうだ、そうだった。
「土方さんが呼んでます」
土方さんが、斎藤さんを呼んでいたのだ。
それでここに来たのだけど、あまりの汚さと言うか、なんというか……。
それを見て絶句していたのだ。
「わかった」
斎藤さんは、やっと大部屋から出てきてくれた。
「斎藤さん、あの部屋汚くないですか?」
思い切って聞いてみた。
「そうか? どこもあんなものだぞ」
そ、そうなのか?
どこの部屋もあんな感じだったら、屯所全体が汚いってことだぞ。
「かなり汚いと思いますよ。掃除した方がいいですよ」
あんな部屋にいたら、病気になるぞ。
ただでさえ、梅雨でジメジメしていて変な菌が増殖する季節なのに。
「そう言うお前の部屋はどうなんだ?」
斎藤さんに聞かれた。
「自慢じゃないけど、綺麗ですよ」
朝起きたら、土方さんと一緒に布団をたたんで、たたみ終わるとほうきで掃いて掃除をしている。
あの大部屋より綺麗だぞ。
屯所内で一番きれいだぞ、多分。
「しかも、あの大部屋臭かったですよ」
襖を開けた時に襲ってきた匂い。
あれはあまりいい匂いではないぞ。
「色々な奴がいるからな」
斎藤さんはそう言うけど、学校だって色々な人がいるけどあんな匂いはしないぞ。
「昨日酒飲んで二日酔いの奴やら、風呂入ってない奴とか、ずうっと着替えてない奴とか」
それを普通の顔で斎藤さんは言ってるけど、全然普通じゃないからね。
ちょっとはみんな清潔に気を使おうよ。
そんな話をしているうちに、土方さんの部屋に着いた。
私がお茶を入れて部屋に着くと、土方さんと斎藤さんの話が終わっていた。
伊東さんの事かなぁ?
斎藤さんの前にお茶を置くと、
「この部屋、本当に綺麗だな」
と、斎藤さんが、周りを見回しながら言った。
「なんだ、お前らの部屋は汚いのか?」
土方さんは、知らないのか?
「こいつが汚いっていうから」
斎藤さんが、私を指さして言った。
「汚いってもんじゃないですよ。あれじゃあ病気になりますよ」
「俺はそうは思わんがな」
斎藤さん、それはおかしいよ。
「土方さん、ここはドカンと副長命令を出して、部屋を綺麗にしろって言ってください」
「お前、そんな簡単に副長命令出していたら、いざってときに役に立たんだろう」
いや、今までも結構簡単に出していたからね。
「でも、今出さないと、絶対に病人とか出ますよ。今は梅雨で変な菌が繁殖していますからね」
そのうちキノコはえますよ、キノコがっ!
「そう言えば、この前押入れに変なキノコが生えてたぞ」
斎藤さん、何事もない顔で言っていますが、それ、かなり大変なことだと思いますよ。
「おお、キノコか。食えるのか?」
土方さんも、そんなこと言っていますが、食えませんからねっ!
「お前、味見してみろ」
斎藤さん、あなたがすればいいでしょうっ!
そんなところに生えたキノコなんて、怖くて食べれませんからっ!
「蒼良僕の部屋掃除してよ」
「なんで私が沖田さんの部屋を掃除しないといけないのですか」
屯所内を歩いていたら沖田さんに会い、突然そう言われた。
「蒼良と土方さんの部屋は綺麗だって聞いたから」
自慢じゃないが、綺麗だぞ。
「だから、僕の部屋掃除してよ」
「沖田さんも、総司って名前なんだから、掃除した方がいいですよ。ちゃんと、自分で」
「名前は関係ないじゃん。せっかく蒼良に毒薬もらって労咳がちょっとよくなったのに、掃除して悪化したらどうしようかなぁ」
毒薬じゃないからっ!しかも、労咳って掃除で悪化するのか?今まで通り隊務を行う方が悪化すると思うぞ。
「その顔は、僕の言うこと信じてないでしょう」
信じられるかっ!
「蒼良は、僕の病気がひどくなってもいいんだね」
「わ、わかりましたよっ! 掃除しますから、沖田さんも手伝ってくださいね」
「蒼良、ありがとう」
そう言って笑顔になった沖田さんを見ると、何も言えなくなってしまった。
この笑顔にだまされる人は何人いるんだか。
沖田さんは個室だった。
「個室なのですか?」
「土方さんが、一番隊組長は個室だっていうから」
土方さんは、沖田さんの病気を知っているから、他の人にうつらないように個室にしたのだろう。
「よかったですね。一番隊組長は一番偉いのですよ」
「そうかなぁ。実感ないや。とにかく、掃除しよう」
沖田さんと一緒に掃除を始めた。
沖田さんの部屋は個室だからかもしれないけど、他の部屋ほど汚れていなかった。
しかも、荷物もほとんどない。
「沖田さん、もしかして荷物はまだ……」
八木さんの所なのか?
「ああ、八木さんのところにあるよ。あっちの方が居心地いいから」
やっぱりそうだったのね。
しかし、少ない荷物の中に一つだけ、見覚えのある紙袋があった。
それは、沖田さんのお姉さんが土方さんに持たせてきた人胆丸。
斬首刑になった人間の中身の物で作られた薬だ。
労咳に効くらしいが、そんなものが効くとは思えない。
思えないけど、どういう物なのかは興味があった。
どんな匂いがするんだろう。
思わず赤黒い玉を手に取って匂いをかいでいた。
「もしかして、飲みたいの?」
沖田さんの声が突然後ろから聞こえてきた。
「いや、匂いをかいだだけですから」
「遠慮しなくてもいいよ」
ドンッと沖田さんが湯呑を私の目の前に置いた。
ちゃんと水も入っている。
い、いつの間に?
「鼻つまんで水で流し込めば味はわからないから」
それは、私が前に言ったセリフじゃないかっ!
「もしかして、この前のこと恨んでます?」
私が聞いたら、沖田さんは笑顔でうなずいた。
「この薬は、私は関係ないですよ。土方さんが持って帰った来たのだし、沖田さんだって、私に向かって薬を吹き出したじゃないですか」
私は、沖田さんの薬と唾液を顔で受けたんだぞ。
「あ、そうだった?」
そうだった?じゃないわっ!
そして、この部屋はあまり汚れていなかった。
「部屋があまり汚れていないのは、もしかして……」
「ああ、ほとんどここつかってないから」
やっぱり。
沖田さんの生活拠点は、まだ八木さんの家なのだ。
「でも、蒼良が掃除してくれたから、本格的にここに住もうかな」
いや、もうここが屯所なので、住んでもらわないと困ると思うのですが。
「それに、壬生の子供たちに病気をうつしたらいけないからね」
そう言った沖田さんが、なんか寂しそうな顔をしていた。
沖田さん、子供が好きだもんなぁ。
一緒に遊べないのが寂しいだろうなぁ。
「大丈夫ですよ。私でよければ、沖田さんと遊んであげますよ」
「本当に? その言葉、忘れないでね」
沖田さんの笑顔で言ったその言葉に、すごく嫌な予感がしたのですが。
気のせいか?
屯所の中があまりに来たないことがわかり、新入隊士の教育係りという特権を生かして、新入隊士と一緒に掃除をすることにした。
「この部屋掃除するので、みなさん一回移動してください」
縁側の掃除が終わったので、大部屋を掃除するぞと思い、襖をあけてそう言った。
「掃除? 大丈夫だ。汚れてないだろう」
永倉さんがぼさぼさの頭で出てきた。
どうやら寝ていたらしい。
この時間にいる隊士たちは、昨晩夜勤だった人たちだから、ほとんどの人が今の時間寝ているのだ。
「充分汚れてますから」
永倉さん、こんな汚いところで寝ていて全然平気なのか?
「後、そこの全裸っ! 着物を着てくださいっ!」
全裸で寝るとかって考えられない。
もしかして、裸族なのか?
この時代にも裸族っているのか?
「俺、もうちょっと寝たいから」
そう言うと、永倉さんはいそいそと布団の中へ入って行った。
掃除ができないじゃないかっ!
永倉さんが布団に入ると、他の人も揃って布団に入ってしまったのだった。
「やっぱり、副長命令でドカンと言ってくださいよっ!」
大部屋の後で土方さんに文句を言いに行った。
「絶対に病人が出ますよ。そのうち、お医者さんが来て怒られますからねっ!」
「なんだ、誰か具合が悪いのか?」
お医者さんという言葉に反応した土方さん。
「みんな元気いっぱいですよ。少しはその元気を掃除に回してほしいですよ」
「なんだ、医者なんて言うから、病人がいるのかと思った」
「そのうち出ますって話ですよ」
「なんでそんなことがわかるんだ」
歴史でもそうなっているけど、
「あまりに不潔すぎるからですよっ!」
不潔すぎて病人が出るのも時間の問題だろう。
「一回見に行った方がいいですよ。どんだけ汚いか」
「そんなきたねぇ所に行っても仕方ねぇだろう」
副長がそれでどうすんだっ!
ああ、もう知らんっ!
そのうち松本 良順先生が来て怒られるんだからねっ!
もう私は知らんぞっ!
この日の夜の夜の味噌汁にキノコが入っていた。
なんでこの時期にキノコ?キノコって秋だよな。
もしかして……いや、それはないよな。
でも、あまりにタイミングが良すぎるので、残したのだった。