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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応元年5月
185/506

原田さんの悩み

 これは、蒼良そらが帰ってくる前の話。


 西本願寺の屯所にもようやく慣れたころ、近藤さんに呼び出された。

 前より少し広くなった近藤さんの部屋に行くと、近藤さんと八木さんがいた。

「おお、左之来たか」

 近藤さんが、目の前にある座布団を指さした。

 そこに座れと言う事なのだろう。

「八木さんがなんでいるんだ?」

 俺は、八木さんを見ながら座布団の上に座った。

 しかも、八木さんの顔は難しい顔をしている。

「うちもここにいたくているわけやないんや」

 なら帰ればいいのに、なんでいるんだ?

「八木さんは、左之に話があるらしいんだ」

 話?八木さんの話はろくなもんじゃない。

 以前も、見合いしろっていう話だったような気がする。

「話って、なんだ?」

 八木さんを見ると、八木さんは言いにくそうな顔をしていた。

 なんだ?

「いや、わしが先に八木さんの話を聞いたのだが、左之の気持ちもわかるがな……」

 言いたいことがあるなら、はっきり言えよ。

 言いにくそうにしている二人を見て、イライラしてきた。

「俺、巡察に行かないといけないから、話があるなら早くしてくれないか?」

 我慢できなくなって、そう言ったら、近藤さんが、

「ああ、すまん、すまんなぁ」

 と、人のいい顔をして言った。

「あんさんにまた縁談をもってきたんや」

 八木さんが意を決したかのように言った。

 俺に縁談?

「それは、前会った時に断っただろう」

 はっきりと蒼良が好きだからと言って断ったはずだ。

「そのことなんだが……」

 近藤さんが言いにくそうに切り出してきた。

 いったい何なんだ、さっきから。

「左之が蒼良を好きなことはわかっている。わしは男同士とか、そういうことはあまり気にしない。気にしないが、男同士は幸せになれんぞ」

 近藤さんは、蒼良が男だと思っている。

 俺も蒼良にどういうわけがあって男装しているのかはわからない。

 しかし、蒼良は女だ。

 だから、近藤さんの心配は無用なものなのだが、表向きは男になっているし、女だと言う事は内緒だと約束した。

 蒼良は女だから、大丈夫だ。

 そう言ってやりたかったが、ここは我慢した。

「うちもな、この話があった時は断ったんや。でも、相手の娘はんが、もうあんたにぞっこんらしいから、うちも仕方なくこの話をもってきたんや」

 相手の娘がぞっこんって、俺に心当たりは全くない。

「ここの近くでお店をやっとる人の娘はんで、おまさはんっていうんやけど知らんか?」

 八木さんに聞かれたが、そのような娘に全く覚えがない。

「向こうは、左之に一目ぼれらしいぞ」

 近藤さんは嬉しそうに言っていたが、俺は全く嬉しくない。

「断ってくれよ、八木さん」

 俺は八木さんに言った。

「うちも最初はやめた方がええって断ったんやけど、おまさはんがもうあんた以外見えんらしいんや」

「左之、試しに1回会ってみてばいいだろう。それで気に入らなければ断ればいいんだ。会ってみろ」

 俺が断る間もなく、八木さんと近藤さんで勝手に話を進め、勝手に顔合わせの日まで決まってしまった。

 前のようなお見合い形式だと、緊張するだろうから、この屯所の門の前で待ち合わせをして出かけることになった。

「左之、心配するな。全部わしが考えてやるからな」

「話はうちがすすめとくさかい」

 勝手に話が進み、俺はそのおまさという娘と会うことになった。


 西本願寺の屯所に近いところにある門で俺は待っていた。

「原田さんどすか?」

 女が声かけてきた。

 その女は何もかもがこじんまりとしていて小さいくてかわいい女だった。

 蒼良以外の女にそう言う思いを感じたのは初めてかもしれない。

「突然呼び出してしもうて、すんません」

 おまさが頭を下げた。

「いや、八木さんが色々やったんだろ? あんたは悪くないさ」

 俺がそう言うと、おまさの顔いっぱいに笑顔が広がった。

「よかった。原田はん怒っとるんやないかと思ったさかい。八木はん、強引に話すすめたんやろ?」

 ま、強引だったな。

 近藤さんと組んで強引だった。

 でもそれを言うと、おまさが悲しい顔をするのではないかと思い、黙っていた。

 こいつに悲しい顔をさせたくないと思った。

 こんな事を思ってしまう自分に驚いた。

「せっかくだ。どこか行くか?」

 せっかくここまで俺のために出てきてくれたんだ。

 ちょっと出かけてもいいかな。そう思った。

 天気もいいし、気候もいい。

 出かけるにはちょうどいいだろう。

 だが、こんな時はどこに出かければいいのかわからなかった。

「どこか行きたいところはあるか?」

 俺がおまさに聞くと、おまさの顔がまた笑顔でいっぱいになった。

「梅宮大社に行きまへんか? 今はツツジが綺麗やさかい」

「そこでいい。行ってみよう」

 おまさと梅宮大社と言う所に行くことになった。


 おまさの言う通り、ツツジが綺麗に咲き誇っていた。

 おまさはツツジを見て笑顔で

「綺麗」

 と言っていた。

 それがかわいらしかった。

「ところで、ここは何の神様がいるんだ?」

 俺が聞いたら、

「お酒と……」

 と言ってから、顔を真っ赤にしてうつむいた。

「どうした?」

 俺が聞いたら、小さい声でぼそぼそと言った。

「なんだ?」

「子作りの神様です」

 なんだ、それで照れていたのか。

 俺は笑ってしまった。

「そんなこと気にしてたら、ツツジが見れないぞ」

 ポンッとおまさの背中を叩くと、俺の方を見て笑った。

 最初はおまさに会うのに乗り気じゃなかったが、いつの間にか、おまさと楽しい時間を過ごせた。


「どうだった?」

 俺が屯所に帰ってくると、近藤さんが様子を聞きたかったらしく、待っていた。

「楽しかった」

 俺は正直に言った。

「八木さんに報告だ」

 近藤さんは嬉しそうに去っていった。


「女が出来たらしいな」

 島原に新八と飲みに行ったら、新八に真っ先に聞かれた。

「女ってもんじゃない。八木さんと近藤さんに頼まれたから会っただけだ」

「でも、近藤さんが、左之は楽しんだらしいから、この話はうまくいくかもしれんと喜んでたぞ」

 近藤さんもおしゃべりだな。

 俺は酒をグイッと飲んだ。

「そんなんじゃない」

「このこのっ! 人気者は辛いよな」

 新八がひじで突っついてきた。

「痛いぞ、新八」

「左之、俺は嬉しいぞ。蒼良が好きと聞いた時は、左之もとうとう男色かと思ったが、女と出掛けるようになったんだ、もう男色じゃないよな」

 もともと男色じゃない。

 蒼良は女だぞ。

「さ、のめのめ」

 新八は俺の杯に酒をそそいだ。

 酒を飲むときに、酒を水のように飲んでいた蒼良を少しだけ思い出した。


 それから俺は、何回かおまさと出掛けた。

 おまさと出掛けることは、嫌じゃなかった。

 むしろ楽しんでいた。

 近藤さんと八木さんから、そろそろここで身を固めろって話が出た。

 このまま身を固めてもいいかな。

 おまさとなら大丈夫だろう。

 そう思った。

 でも、何かが引っかかった。

 何が?と聞かれるとうまく答えられない。

 しかし、その何かがずうっと心に引っかかっていた。

 

 1ケ月ぐらいが過ぎた。

 おまさと見たツツジの季節は終わりを告げていた。

 そんなときのこと、近藤さんの一言から始まった。

「歳が帰ってくるぞ」

 土方さんが帰ってくると言う事は、蒼良も帰ってくると言う事だ。

 心がそわそわしたが、俺にはおまさがいる。

 蒼良とのことは、蒼良が男装している限り成就することはないだろう。

 それなら、おまさと一緒に。

 そう思った。


 そして、土方さんたちが帰ってくる日が近づいてきた。

 近藤さんに言われ、草津宿まで迎えに行くことになった。

 草津宿で3日待った。

 3日目に土方さんたちに会うことが出来た。

 そこには、京を出た時と変わることがない蒼良がいた。

 元気そうでほっとした。

 しかし、俺にはおまさがいるから、蒼良を心から追い出さなければいけない。

「元気そうだな」

 そう言う会話をして終わった。

 その間、無理やりおまさの笑顔を思い出していた。

 

 蒼良たちが帰ってきたときは、まだ梅雨に入ってなかった。

 帰って来て間もなく梅雨に入った。

 季節がまた一つ動いた。

 俺の横にはおまさがいた。

 こいつさえいればいい。

 そう思っていた。

 蒼良も新八からおまさのことを聞いたみたいで、無邪気に、

「原田さんの奥さんになる人、今度紹介してください」

 と、笑顔で言ってきた。

 結婚すると俺は一言も言っていないのに、そう言う噂が流れているらしい。

「まだ結婚すると決めたわけじゃないぞ」

「でも、気に入ったのでしょう? それなら時間の問題ですよ」

 蒼良は、おまさに会うことを楽しみにしている様子だ。

 俺は、こんなにもためらっているのに。

「ところで、原田さん。最近何かありました?」

 蒼良が、俺の顔を見上げて行った。

「なんだ、突然」

「なんか、最近の原田さんの表情が気になって」

「俺の表情?」

 俺の表情なんて、蒼良が気になることなのか?

「はい。笑顔でも影があるように見えるのですが。何か悩んでいるのですか?」

 俺が、悩んでいる?

 心当たりがないわけでもない。

 おまさのことだろう。

 でも、顔に影が差すほどの事でもない。

「なにも悩んでないぞ」

 俺は、蒼良の頭をなでた。

 蒼良の柔らかい髪が、心地よかった。


 梅雨に入ったから、毎日雨が降っている。

 音もなく、静かに降っている。

 今日は、蒼良と巡察だった。

 今は、蒼良と二人っきりになりたくなかった。

 でも、二人っきりとは無縁そうだ。

 後ろを見たら、江戸から来た新入隊士たちがずらずらと俺たちの後をついて歩いている。

「教育係を任されたもので……」

 蒼良が、後ろを歩いている隊士たちを見ている俺に向かって申し訳なさそうに言った。

「蒼良のせいじゃないだろう。そうだな、蒼良以外考えられないな、教育係」

 新八だと、好きにすればいいとか言ってほったらかしそうだし、平助は伊東さんにべったりだから、土方さんもまかせられなかったのだろう。

「ほめても、何も出ませんよ」

 蒼良が笑顔でそう言った。

 その笑顔にドキッとした。

 なにドキッとしているんだ。

 俺にはおまさがいるだろう。

 蒼良はあきらめると決めたんだ。

 そんなことを考えていると、蒼良が俺の顔をじいっと見上げていた。

「今日の巡察は、ここまでです。屯所に帰って剣の稽古をしてください。多分、斎藤さんがいると思うので」

 蒼良が後ろにいる隊士たちにそう言った。

「おい、ここで終わりにしていいのか?」

 俺が聞くと、

「いいんです。原田さん、ちょっと付き合ってください」

 と、蒼良に言われた。


 蒼良について行くと、紫陽花がたくさん咲いているところに着いた。

「詩仙堂という所です」

 蒼良がそう言った。

「京でこんなところがあったのか」

 まるで隠家みたいなところだ。

「驚いたでしょう? 私も初めて来たときは驚きました」

 蒼良が笑顔で言った。

「梅雨で毎日じめじめしていて嫌だけど、紫陽花みると梅雨なのに綺麗に咲き誇っていて、癒されますね」

 蒼良が紫陽花を見ながら言った。

「そうだな」

 青っぽいのから紫っぽいのまで、梅雨の景色の中、ここだけ色があるように咲いていた。

 自然と心が落ち着いていた。

 静かな場所だから落ち着くのか?それとも、蒼良がいるからか?

 いや、蒼良じゃない。

 俺は一生懸命否定をした。

「紫陽花って、別名七変化っているのですよ。名前のとおりですね。花言葉って知ってますか?」

 蒼良が楽しそうな感じで聞いてきた。

 蒼良は蒼良で、紫陽花を楽しんでいるのだろう。

「花言葉?」

「あ、知りませんでした? 花にも意味があるのですよ。紫陽花の花は、移り気という意味があるのですよ。だから、綺麗だからって、おまささんに贈ったらいけませんよ」

 蒼良がちょっと厳しい顔をしてそう言ったが、すぐに笑顔に戻った。

 移り気か。

 俺みたいだな。

 おまさに移ったり、蒼良に移ったり。

「俺にふさわしい花だな」

 俺はそうつぶやいていた。

「原田さんにふさわしい?」

 何も知らない蒼良は、首をかしげて聞いてきた。

「あ、原田さん、かっこいいから。紫陽花みたいに綺麗な顔しているし。だから、原田さんにピッタリな花ですね」

 そんな意味じゃない。

 それは違う。

 そう言おうと思って蒼良を見た。

 蒼良は傘をまわしながら紫陽花を見て歩いていた。

 雨で地面が滑りやすくなっていたのだろう。

「あっ!」

 と、蒼良が小さく叫んだ。

 見てみると、蒼良が傘を放り投げて体が倒れそうになっていた。

 危ないっ!こいつに怪我させたくない。

 こいつは、俺の大事な奴だから。

 俺は、急いで蒼良を支えた。

 蒼良は俺の腕の中に倒れこんできた。

 地面に体を打ち付けることは回避できた。

「す、すみません。私が気を付けなかったから」

 蒼良が俺の腕から体を起こそうとしたが、俺はそれを止めて蒼良を強く抱きしめていた。

 俺の大事な奴だから。

 答えはとうの昔に出ていたじゃないか。

 こいつが、俺の大事な奴なんだ。

 おまさじゃない、こいつだ。

「あの、原田さん、もう大丈夫ですから」

 蒼良の声が聞こえたが、俺は無視してしばらく蒼良を抱きしめていた。


              ******


「ええっ! 原田さん、おまささんと結婚しないのですか?」

 永倉さんから話を聞いてびっくりした。

 おまささんと付き合っていたのだけど、原田さんがもう付き合うことはできないと言って、別れたらしい。

 おまささんも、原田さんの幸せを願っていますと言って身を引いたとか。

「俺はてっきり結婚すると思っていたのにな」

 永倉さんも驚いたのか、そう言っていた。

 おまささんって、確か、原田さんと結婚するんだよな。

 歴史ではそうなっている。

 だから、てっきり私もそう思っていた。

 でも、原田さんは結婚を断った。

 なんか知らないけど、私の知らない何かが働いて、歴史が変わったらしい。

 何が動いて、何を動かして、歴史が変わったんだ?

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